episode2『禁断の◯クセイ』
俺の名前は、
片田舎の農村の家に生まれた。
家族は皆他界していて、今、俺に身寄りは一人もいない。
三十一歳、身長一九五センチメートルの巨漢。
広い肩幅に、太い四肢。
モリモリの上腕二頭筋、僧帽筋、大胸筋、腹筋、大腿筋、ふくらはぎ……枚挙にいとまがない。
力比べでは、村の誰にも負けない。
大人になってからは、その有り余る体力を活かして、建築業界で働き始めた。
趣味は……こう見えて、裁縫と料理が得意だ。
「男っぽい趣味じゃないね」「えっ? その図体で?」なんてからかう奴もいるが、まったく、偏見が激しい。
朝晩はちゃんと自炊するし、仕事の日の昼ご飯には、前日の残り物のお弁当を持っていく家庭的な人間だ。
作業着が破れたら、すぐに新調せずに糸で縫ったり、布を貼り付けて直す。
うちの建築会社の社長は、ケチだから、新しい服の発注をそう簡単に許可するわけでもないし、そうするしかないのも事実。
そして今日も俺は、家を建て、料理し、裁縫をする。
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__数年後__
全員、外見が全く同じに見える異星人。
人間にとっては、他の動物は皆顔が同じに見えたりするものだが、それと同じ現象なのだろうか。
異星人たちは皆、似たような外見で、同じような声色で、我々と同じ言語を操った。
「我々は不老不死の種族だ。我々はどれだけぐちゃぐちゃになっても復活する。反抗しようなんて考えないことだな」
と、異星人A。
「貴様ら人間には、老いというものと、死というものがあるんだな。かわいそうに」
と、異星人B。
「下等な生物ほど、子孫を残す。我々は不老不死の、貴様らよりも上位の生物だから、基本的には子孫など残さない。昔から、ずーっと数を一切減らさずにやってきた。もし住むのにいい惑星を新たに見つけたら、数を増やし、集団を複数に分けて、入植するのだ」
と、異星人C。
「貴様らの中から、くじ引きで、一人だけ生き残らせてやる。外れたやつは全員、特製のガスで安楽死。苦しませはしないさ。我々は自分たちの住む場所が欲しいだけ。土着の生物を殺すのは、手段であって目的でないから、殺戮を楽しんだりはしない。それで、運良く当たりを引き当て、生き残った一人は、我々が用意した、ガラクタ同然の巨大宇宙船と一緒に、宇宙の彼方へ飛ばしてやる。副賞で、一つだけ、持っていきたいものを言え。それと一緒に乗せてやる」
と、異星人D。
人類は、当たりを引いた一人しか生き残ることができない。いずれにせよ、たったひとりぼっちで宇宙を漂う。くじを当てたって何も嬉しくない。寂しさが続くだけである。
「貴様ら人間は、老いるから、せっかく一人残してやっても、いつかは必ずゼロ人になるな。かわいそうに。はははは」
と、異星人……多分E。
数十億の人類は、運命のくじを引いた。
引いたのは、屈強な男、
「俺が……最後の人類になるのか」
と、山治は、現実を受け入れ難い様子。
「まぁ、せっかく運良く当たりくじを引いたんだ。宇宙船には、水やら食料やら、寿命を全うするのに必要な物資は積んでやるから安心しろ。貴様がひとりぼっちで、一生絶望しながら生きられるように、丁寧に手配してやるよ!」
と、おそらく異星人F。
異星人は、本当に性根の腐ったやつらだった。
巨大宇宙船に山治が搭乗する時、異星人は、食料とは別に、当たり障りのない娯楽の品々を、船内に運んだ。
「おい貴様、このよくわからない虹色の円盤をたくさん積み込んでやったぞ、感謝しろ。使い方はわからないが……投げて遊ぶのか? フリスビーみたいに?」
と、異星人Gらしきやつ。
「それは、
と、その発達した胸筋に力を込め、堂々と言い放つ山治。
「まぁ、所詮人間の発明だろう? 知れてるさ」
と、異星人Hそうなやつ。
「あぁ、あと最後に一つだけ、お前の欲しいものをこのオンボロ宇宙船に乗せてやる」
と、たぶん異星人I。
「話し相手が……欲しい」
と、切実そうな山治。
「貴様一人が選ばれたんだ! 別の人間を乗せるのは、許可できない」
と、異星人J。
「人間を乗せてくれとは頼んでいない。ロボットでも、なんでもいいから、頼む」
そう、山治は寂しがり屋なのである。
「ふむ、どうしたものか。あまりに人間そっくりのロボットだと、孤独、寂しさが期待できないからな」
と、異星人K。
「でも、約束は約束だろう。当たりくじを引いたものは、一つ、自分の好きなものを載せる事ができる。ルールは守れ!」
と、拳を構える山治。
「けっ、威勢のいいやつだ。ならあれでいいだろう。ガラクタ同然のAI搭載ロボット。さっきそこの電気屋で見つけた」
と、異星人L。
「人型じゃないのか?」
と、少しでも孤独を紛らわせることに必死な山治。
「こちらもルールは守っている。これもれっきとした据え置き型ロボットだ」
と、異星人M。
「まぁ、贅沢言うなって人間よ。さっきのCDとやらも、おそらくそのロボットが再生してくれるだろうよ」
と、異星人N。
「わかった……」
歳内山治。
人類最後の男は。
巨大宇宙船で、目的地のない旅に出た。
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__出航直後、まだ母星の見える宇宙空間にて__
山治は、異星人の用意したオンボロ宇宙船内を片っ端から漁り、使えそうなものを探していた。
オンボロという割には、色んなものが積載されていた。
おいしくは無さそうだが、栄養はありそうな流動食が山積み。
異星人が積み込んだ水と食料もある。
得体の知れない、危なそうな兵器の数々。
やけに部品の多い、ヘンテコな外見の機械もたくさん。
機械の類に備わっているスクリーンには、意味不明の言語が表示されており、使い方が不明。
「どうやってこの宇宙船を扱えばいいんだ? 下手に触って自爆装置でも起動させちまったら大変だからな。願わくは、手引き書が欲しいが……」
血眼になりながら、船内中を歩き回る山治。
「お! 紙みたいなのがあるぞ!」
と、山治は、意味不明の機械の中から、冊子を取り出した。
表紙には、でかでかと、奇妙な図形が描かれている。
「なんだ? このマークは。デフォルメしたウミネコかカモメみたいだな。デザインセンスねぇな、あの異星人はよ」
山治は、冊子の中身をパラパラとめくる。
「って、なんだこの文字は? なんて書いてるかさっぱりだよ!」
山治は、床に冊子を叩きつける。
「はぁ、なんてこった! これがあのハリウッド映画なんかでよく聞く『ア◯ホール!』ってやつか」
と、山治はひとりぼっちなのをいいことに、思い切り叫んだ。
すると、突如として、船内に山治の声ではない、謎の音声が響き渡った。
〈
意味不明の音声。
「なんだ?……あ、あれか。俺が積んでくれって言ったお話し相手さんか。本体はどこにいるんだ?」
山治は船内をウロウロしていると、寝室らしき区画に辿り着いた。
硬そうなベッドの多数並んだ、だだっ広い部屋。
それらは、どれもまったく同じ単調なデザインで、異星人たちのセンスの無さが
「おやまぁ! 殺風景な寝室だこと!」
山治の声は、広すぎる部屋の中を、反響することなく消えていく。
そして、部屋の中央には、自動販売機ほどのサイズの金属の塊が佇んでいた。
「おっ、ひょっとして、こいつか? 俺のお話し相手さんは」
それが、異星人の用意した、大きめで箱型の、据え置きロボットだった。
ロボットの体からは、いくつもの管が伸びている。
「なるほど、このケーブルが宇宙船中のスピーカーと繋がっているわけか。宇宙人め、やけにご丁寧にセットしてくれたじゃないか。くじ引きの当たりってのは伊達ではないらしい」
山治は、ロボットの周りをグルグル周回しながら、四方八方からジロジロと観察する。
「ん、何か文字が入っているぞ」
ロボットの正面のちょうどど真ん中に、妙な刻印。
「『
「……」
ロボットからの反応はない。
「ちくしょう、返事くらいしろよ! この、ア◯ホールが!」
〈nblf dmpof……nblf dmpof……〉
ロボットは、先ほどと全く同じ音声を発する。
「待てよ。どうやら、通じる言葉と通じない言葉があるようだな。さっき俺はなんて言った?」
腕を組み、目を閉じ、自身の発言を思い出そうとする山治。
「そうだ、ア◯ホールって言ったな、さっき!」
〈nblf dmpof……nblf dmpof……〉
「やっぱりそうだ! でかしたぞ! よろしくな、この腐れア◯ホールが!」
〈nblf dmpof……nblf dmpof……〉
「んだよ! ちっとも会話になんねーじゃねーか!」
〈……〉
山治のロボットとの意思疎通は、絶望的である。
「仕方ない。この
山治は、ロボットのいる部屋を後にした。
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__数時間後__
山治は、両脇に無数の怪しい研究室が並ぶ回廊に来ていた。
部屋の全てに厳重そうな扉が備わっており、外からは、ガラスの窓越しに、実験機材の数々を確認できる。
「この部屋はなんだ?」
山治の目の前の扉の上には、表札のような板が掲げられている。
板には、
「なんだ、変な記号だな。まぁとりあえず入ってみるとするか」
山治が扉横のボタンを押すと、扉は横にスライドして開いた。
部屋の中には、山積みになった、朽ちた樹々と、枯れ果てた草花。
「うわぁ、あいつら、こんなに植物を。いろんな星の植物を研究してやがったんだな。こんなの、もう木材にすら使ってやれねぇ、可哀想に」
山治は、植物の亡骸で足の踏み場のないその部屋に踏み込んでいく。
「ちょっと上を失礼するぜぇ」
山治が足踏みする度、黄色い粉が宙を舞う。
「ゴホッ! ゴホッ! 花粉がすごいなぁ。スギだかヒノキだか知らないが、俺はめしべじゃないぞ、受粉しようとするのはやめてくれ」
部屋は、黄色い
「なんだか鼻がムズムズしてきたぞファッ、ファッ……ファックション!!」
〈nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
「おいア◯ホール! うるせぇんだよ!〉
〈nblf dmpof……nblf dmpof……〉
「……って待てよ、音の要素は同じに聞こえたが、微妙に調子が違うぞ? あー、またクシャミが出そうだ……ファッ、ファックション! ファックション!」
〈nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
「おおっ!? なるほど、こいつ、俺のクシャミの、ファックションの『フ◯ック』に反応してやがる!」
〈nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
「おもしれぇ奴だな、下品な言葉にハマり出したガキかよ。まぁ、さっきの『木偶の坊』って台詞は前言撤回させてもらうぜ。このフ◯ッキンア◯ホールめが!」
〈nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof……nblf dmpof……〉
「ははは。こりゃ傑作だ。そんなお前には特別にニックネームをつけてやろう。そうだなぁ、品番は『AKI1009』だよな? じゃあ……アキってのはどうだ?」
〈……〉
アキから、返事はない。
「ったくよぉ、無口な野郎だぜ。ん、待てよ、そう言えばこいつは雌なのか? 雄なのか? でも『アキ』って名前なら、雌の方がいいのか。どちらにせよ、よろしく頼むぜ、アキ!」
〈……〉
やはり返事はない。
アキは、恥ずかしがり屋のようだ。
「ま、そのうちお喋りしようぜ。今は俺も、植物のお友達と遊ぶのに忙しいからよ」
山治は、花粉の靄に包まれながら、部屋の中を進む。
「おーっと、そこに綺麗な樹が一本見えるぞ?」
山治は、砂の上を走る自動車のように、黄色い煙を巻き上げてその樹を目指す。
「よし、捕まえたぜ! ってあれ? これ、何かの中に入ってるな」
それは、部屋の中に立った一つ、透明のショーケースに丁寧に保存された樹だった。
「にしても、このピンクの花をつけた樹……桜か? で、よく見るとこれ、凍ってるのか?」
山治は、ショーケースの透明部分に触れる。
「冷たっ! おいおい、まさか樹をコールドスリープ状態にしたってわけか。なんなら代わりに俺がここに一生
山治は、そのケースの周りを入念にチェックした。
「おっ、ここにも手引き書を発見!」
説明書の表紙には、またもや、でかでかと、デフォルメされたカモメのような図形が。
「あーっ!! わかったぞ。これは読み物を表すマークだ! よーく見てみると、開いた本みたいな形をしてるじゃないか。なーんだ、あの異星人ども、考え方が人間と大して変わらないな」
山治は、未知の言語の解読の、第一歩を踏み出すことに成功した。
「この植物の置かれてる部屋のマークが、棒の生えた円だろう? 明らかに植物を簡易的に表すマークだ。で、書物の置いてある部屋がもし存在するなら、そのマークは、このカモメとそっくりに違いねぇ! よし、カモメを探して辞書をゲットだ!」
その後、山治は無事大きな書庫を発見し、子供向けの学習教材を使って、異星人言語の取得に取り掛かった。
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__十年後__
山治は、四十歳になっていた。
アキとの意思疎通は相変わらず困難を伴ったが、異星人の言語をほぼ習得し、船内の設備を一通り扱えるようになり、宇宙での生活に適応していた。そしてある時、言語学習に明け暮れて存在を忘れていた、娯楽の存在を思い出すのだった。
「あったあった、こんなに山ほど! あ、マイケル・ジャクソンのCDがたくさんあるじゃないか。小さい頃、よく聞いてたなぁ」
山治は床の上に、何十枚、何百枚ものマイケル・ジャクソンのCDを広げている。
「『ビリー・ジーン』。これは確かマイケルが初めてムーン・ウォークを披露した時の楽曲だよな。それに『今夜は、ビート・イット』か。他にも色々あるな。お、『スリラー』もあるぞ……そうだ、アキに再生してもらおう!」
山治は、久しぶりの娯楽らしい娯楽に胸を躍らせて、アキのいる寝室へ向かった。
「よおし、まずは『今夜は、ビート・イット』を流してみよう」
アキの図体の下方にある薄い引き出しを開け、ディスクを挿入する。
シャカシャカという読み込み音の後、まずまずの音質で、マイケル・ジャクソンの『今夜は、ビート・イット』が再生される。
♪ 再生中 ♪
曲の一番の終盤に差し掛かる。
〈……funky!! nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
曲とは関係のないノイズが入り込む。
「ん、なんだ? CDの劣化か?」
〈and strong……〉
「あ、戻ったな。ま、CDもアキもガラクタなんだろうな」
山治は、再び曲に聴き浸る。
〈……funky!! nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
「なんだ? まただ」
山治は、考えを巡らせる。
〈……funky!! nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
再び、同じところで、ノイズ。
「あ! わかったぞ! お前本当にフ◯ックが好きなんだな! 歌詞の『funky』を『f*ck you』と聴き間違えてやがる!」
〈nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!! nblf dmpof!!〉
「笑わせやがるぜ! でもなアキ、すまないが、俺は人間、お前はロボット。子供は作れないんだぜ」
〈……〉
アキはやはり、返事をしない。
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ある時、俺は、歳内山治は思い出した。
自分が人類最後の男であることを。
そして、この巨大な宇宙船のどこかに、人間を再興するための何かしらの技術が、埋もれているのではないか、と。
俺は、異星人の言語の勉強をしに入り浸った大きな書庫を、再び訪れた。
『遺伝子工学』と書かれたブースに足を運ぶ。
昔、学校の生物の授業で、人間の性染色体には、X染色体とY染色体、二種類があると聞いたことがある。
男性はX染色体とY染色体を一本ずつ持ち、女性はX染色体二本を持つ。
で、俺の生物学的な性は男だ。
生半可な知識からの推測だが、自分の二種類の性染色体をどうにかこうにかいじくり回して、女性を生み出すことができるんじゃないのか?
俺は、自分の適当な思いつきに、期待した。
俺は勉強がそれほど得意な方ではない。
でも、異星人の言語だって習得できたんだ。
人間の未来のためなら、挑戦してみてもいいんじゃないのか。
俺は、書棚から『遺伝子工学入門』と背表紙に書かれた本を引っぱり出した。
〈episode3に続く〉
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