禁断の虹色惑星

加賀倉 創作【書く精】

episode1『虹色の惑星』

 ここは、とある惑星。


 惑星の外層を、海七割、陸三割が占める。


 海は、全身がオレンジとホワイトとブラックの縞模様で飾られた小さな魚の楽園が築かれている。

 

 陸は、桃、赤、黄、緑、青、藍、紫など色とりどりの花をつける樹々で埋め尽くされている。


 陸の様子を見てみよう。


 桃色の花をつけた樹と樹の間に、人一人。


 その隣、そのまた隣も樹、人、樹、人。


 人は皆、地に寝転がってスヤスヤとおやすみ中だ。


 乱立する樹々の狭間で、人は長い長い休息を取っていた。

 

 ある日、人類は、一斉に目を覚ました。


「ここはどこ?」


「私は誰?」


「ここは誰?」


「私はどこ?」

 

 何万人もの裸体が、同時に起き上がる。


 皆、年齢は、だいたい同じくらいだろうか、十五歳ほどの体つきに見える。


「なんだ、ピンクの花に囲まれてるぞ?」


 ある人は、まぶしそうに樹に成った花を見上げる。


 青い空には、まばらに配置された白い雲と、一つの大きな明るい星。


 遠くの方、その明るい星の昇る方角には、このあたりにある桃色の花とは違って、赤く萌える樹々。


 反対の方角には、妖艶なオーラを放つすみれ色の樹々。

 

 そう、この岩石惑星は緯度ごとに植生が異なるが、各緯度にはそれぞれ固有の、カラフルな花をつける樹々が繁茂しており、宇宙そらから見ると、ちょうどグラデーションになっているわけだ。


 またべつの人は、樹に、赤い、大粒の果実が成っているのを見つける。


 それをもぎ取って、シャキッと、かじる。


「味、薄っ!」


「どれ、俺にも一口くれ!」


 またまたべつの人が、果実を奪い取り、シャキッとかじる。


「薄っ!」


「な、だろ?」


「ああ。まぁ、食えるだけマシか」


「そうだな」


 と、初対面とは思えない会話。


 

 次はあっちの方を見てみよう。


 

 こっちの人は、なぜかラジカセを持っている。


 ラジカセからは、はるか昔の大ヒット曲が流れている。


 ♪ イジリー・ジーンは僕の恋人じゃない ♪


 ラジカセを持つ人は、首を鳩のようにクイッ、クイッと素早く動かして、リズムに乗っている。


 隣には、奇妙な後ろ歩きで、水平移動する人もいる。


「そのメロディーと、奇妙な後ろ歩き……。あ! それ知ってるぞ! 確かジャッカル・マイソンっていう、ポップ・レジェンドの人の曲だ!」


「そうそう、衛星ウォークって言うんだっけ?」


「待って、私たち、ちゃんと過去の記憶があるみたい。なぜか、私もジャッカル・マイソンの『イジリー・ジーン』が昔流行ったって知ってるし。あ! じゃああれは知ってる? 『ほんなら、キョート・ギンコー』」


「知ってるぞ! サビは、『意味ねぇ〜! 意味ねぇ〜! 預金金利ゼロゼロキーンリキーンリ♪』だろ?」


「うわぁ、懐かしい」


「あれ、ふと思い出したんだけど、キンリキンリっていいう動物いなかったっけ?」


「あ、いたいた! 短い首のキリンが二本生えたやつだよね?」


「そう、そんなのだったはず!」

 

「あのさ、思ったんだけど……」


「なになに?」

 

「みんな記憶はある程度あるみたいだけど、自分の名前がわからないんじゃない?」

 

「確かに……。じゃあ、みんなで名前、付け合いっこでもするか?」


「いいねいいね! そうしよう!」


「よし……そうだなぁ、お前はこの大きな樹の、立派な黒い根っこの側で生まれたから、名前は『クロネ』でどうだ?」


「うん、いいねいいね! オッケーソースル!」


「なんか変な言い方だな、どこかで聞いたことがあるような響きだけど……」


「ヘイKimi! ちゃんと思い出して」


「すみません、よくわかりません」

 

 そんな妙な会話を、人々は全裸でするのだ。

 

 

***

 


 この惑星の人間は、なぜか、裁縫と、農業と、料理と、建築とに詳しい人ばかりだった。


 まぁでも、一から生活を始めるには、都合がいいだろう。


 子供達はまず、裸なのもなんなので、自分の服を、器用に作り始める。


 カラフルな樹に成る木の実は栄養満点だったので、それを効率的に栽培する。


 木の実は味が薄かったので、海から塩を取ってきて、おいしく味付けする。


 海に行ったついでに、オレンジ色の魚を獲ってきて、塩焼きにすることもあった。


 それ以外の時間は、皆で協力して、テキパキと家を建てる。


 立派な村が、でき始めていた。


 家を建てるための木材が足りなくなれば、遠くに樹を切りに行った。


 北と南にしばらく行くと、樹から採れる木材は変わらなかったが、花の色が変わった。


 そのため、遠出した人は、桃、赤、黄、緑、青、藍、紫、など様々な色の花がついた枝を、持ち帰ってくることが多かった。


 不思議なことに、それらは全く異なる色をしているにも関わらず、全て形も、香りも同じだった。


 そして、のちに気付いたことだが、その惑星の女性たちは、やけに腕っぷしが強かった。


 腕っぷしというのは、文字通り、腕力という意味である。

 

 みんなで協力して、生活する。


 彼らの生活は、順調に見えた。


 が、彼らの生態には、ある不可解な点があった。


 それは、「性」に関するものである。

 

 色んな男女がいて、思春期の年齢で、もちろん外見的にも内面的にも、魅力のあるものがたくさんいたが、彼らは皆、誰にも発情せず、付き合うことは愚か、大人になっても、子供を作ろうとしなかった。

 

 性欲がないわけではなかったが、とにかく異性に興味が湧かなかった。

 

 もう少し別な言い方をすると、なぜか、に対して、性欲が沸かなかったのである。



 

 ***



 

__五十年後__

 

 惑星の住人は、年をかなり取った。


 村のどこを見渡しても、活気のある若者はいない。

 

 そして、皆同じところにイボができ始めた。


 同じところにイボ、というのは、奇妙過ぎるが、特に何か実害があるわけではないので、不思議に思いながらも、誰も深刻には捉えなかった。


 しかし、そう言っていられるのも束の間だった。


 人々はだんだん、同じような場所に不調が出たり、同じような病気にかかり始めた。


 まず、腹痛が起こった。


 次に、口腔内、喉、そして肛門などが腫れた。


 さらには、血便、下痢、体重減少。


 明らかに、消化器官に関わる病気だった。


 当初は、何かの伝染病かと思って、その有り余った土地を生かして、隔離政策ソーシャルディスタンスをとった。


 やむを得ず接触のタイミングがあるときは、樹の実を発酵させて作ったアルコールで手指消毒したり、樹の繊維からできたセルロースマスクを着用して対応した。


 しかし、どれも効果は無く、病の波は収まらず、誰もがそれらの症状に苦しんだ。


 治療法も色々試したが、根治はできず、樹の樹液から作った漢方を飲むという対症療法で、うまく症状と付き合っていくしかなかった。


 症状の中でも一番辛かったのは、慢性的な腹痛と下痢だった。


 腸の健康と精神の健康は運命共同体、とはよく言ったもので、人々はストレスで精神的に病んでいく。


 加えて、彼らは一切、繁殖行為を行わなかったので、彼らを看病したり、生産活動を担う若者は、もちろんいなかった。


 次第に寂れていく村。


 惑星の虹色の美しさとは裏腹に、人々は衰弱し、静かに、消えていった。


 〈episode2へ続く〉

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