第40話 一応女の子だからね
隣に座る佐野さんは、ハンカチを噛みしめる2人を見ながら口を開いた。
「羨ましいよね」
「そうー?」
「うん。今一番羨ましい」
藍沢さんは崇くんの手首を掴んで勢いよく振る。そして崇くんはおじいちゃん顔負けのシワを寄せている。
あの光景のどこが羨ましいんだろうか?
首を傾げながら僕も2人の様子を見るけれど理解ができない。
「佐野さんもあんな感じになりたいのー?」
「そりゃもちろん。私だって女の子だ――」
その瞬間、隣からまた別の歯を食いしばった声が聞こえてくる。
綱引きの後、崇くんが突っ伏している時声をかけてきた女子が、今ものすごい目を開いて藍沢さんのことを見ていた。
「――あの2人付き合ってるの?そんな感じじゃなかったじゃん……!」
「僕の周りの女子はみんなあんな感じだけど〜……?」
「し、嫉妬ぐらいみんなするじゃん……?私だって今はないけど好きな人ができたらすると思うし?」
「ほへー」
歯を食いしばって崇くんに目をやる面川さんから視線を外し、僕も崇くんに目を向ける。
にしても距離が近いなぁ。
手首を掴んでるのに振り払おうともしないし、離そうともしないんだよなぁ。
これは面川さんも勘違いするよねぇ。
僕だって未だに信じがたいもん。あの2人が付き合ってない理由もそうだけど、別の人のことを好きだということが。
「私にも春来ないかな」
突然儚げに言葉を零す佐野さんは、相変わらず藍沢さんのことを見る。
「来てるでしょー」
当然のように言葉を返す僕は、崇くんのことを見たまま。
佐野さんはうちのクラスだけではなく、学校中で女子なのにも関わらず美男子として名を馳せている。
女子人気がとてつもなく多いのだが、もちろん男子人気もしっかりとある。
だからこその言葉だったのだが、またもや儚げに首を横に振る佐野さん。
「残念ながら来てないんだよ」
「ほへー」
「……興味がないのは分かったからその返事はやめない?」
「実際興味ないしね〜」
「……」
僕が突き放したからだろうか。
突然無言になった佐野さんに目を上げると、視線が交差する。
身長で負けているのは男子としての威厳がないけれど、この顔が相まって特に何も思わない。
だから僕は首を傾げて言う。
「どうしたのー?」
「前とは別で、随分と私の前で笑顔を向けるようになったね」
「んー安全ってことが分かったからね〜」
「それは嬉しいことだけど、その作った笑いは好きじゃないな」
「佐野さんだってしてるでしょ〜」
「今はしてないよ」
にこやかに笑う僕とは別で、確かに佐野さんはいつもの美男子スマイルを浮かべていない。
だからといって僕がやめる理由にはならないんだけどね。
「そうだね〜」
スッと視線をそらした僕はブルーシートに手をつく。
「ねぇ聞いてる!?善田くんたちやっぱ付き合ってるよね!」
「聞いてる聞いてる。うるさいよ?面川」
「だって!せっかく話せたのに!いい感じだったのに!」
これまた元気な面川さんは友達に慰められながらも崇くんのことを見ている。
その反対側では僕の顔を見下ろす美形があるものだから、自然と僕の視線は面川さんと同じ崇くんへと向く。
「ほんとあっけらかんとしてるよね。せっかく今日からモテ初めたのだから今ぐらい練習したら?」
「練習って?」
「心のこもった言葉を紡ぐ練習よ」
「心ぐらいちゃんとこもってるよー?崇くんと話すときとか特にね」
「善田くんだけじゃん……」
「それが良いんだよー」
「ふーん……」
どこか納得のいかない表情を浮かべる佐野さんは僕から視線を外し、手を後ろについて青空を見上げる。
さすがは学園の美男子と言おう。やけに様になっていて、ファンの人が見れば目がハートになるだろう。
「私は絶対に君の素を見るからね」
なんの突拍子もなく、突然呟かれた言葉は宙を待って僕の耳へと届く。
目を見開くわけでもなく、驚きの言葉を零すわけでもなく、ごく自然の息をついた僕は佐野さんのことを見ることなく言葉を返す。
「これが素なんだけどな〜」
その言葉を最後に、僕たちは運動場の中心へと集められ、僕らの体育祭は幕を閉じた。
最後の最後までハンカチを噛み締めていた崇くんと藍沢さんと面川さんには、僕の心の中から最高の拍手をお見舞しよう。
告白をして振られた者同士、お互いの傷を舐め合うのかと思っていたが、やっぱり幼馴染のことが忘れられなくてハンカチを噛みしめる。 せにな @senina
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