第6話 オルブライト侯爵の二人の愛弟子
パトリスを弟子にすると決めたアンブローズだが、もう一人弟子をとろうとしていた。もう一人の弟子兼オルブライト侯爵家の跡取りとなる者だ。
初めは親戚や傍系家門の子どもたちに目星をつけていたが、弟子にするにはどうもそりが合わなかった。
幼児の頃からオーレリアのもととで育ったアンブローズからすると、彼らはプライドが高くて欲深く映り、教える気になれなかった。アンブローズの弟子となることに意欲的だが、それには大魔法使いの弟子となる栄誉と時期侯爵家の当主になれる機会を得たいという欲望が透けて見えたのだ。
弟子にするなら師匠のように、地位ではなく大きな目的のために魔法を極めるような志が高い者がいい。
アンブローズが抱く理想の弟子像に、貴族出身の魔法使いの卵たちは当てはまらなかった。そうしてアンブローズの足は、平民学校に向かようになった。
王都の平民学校の中でも比較的小規模な学校を訪れた。校長が教師を兼任しているような学校だ。
アンブローズはそこでブラッドと出会った。
彼らの魔法の授業を見ていたアンブローズは、ブラッドの器用さに着目する。ブラッドはとりわけ魔力量が多いというわけではないが、師匠のオーレリアと同じく魔力のコントロールに優れている。そこに魔法の才を感じた。
アンブローズは早速、校長からブラッドの話しを聞くことにした。
ブラッドは彼の父方の祖父母と暮らしているらしい。もともとは両親と姉と兄と弟の六人家族だったが、彼が四歳の頃に一家が母方の祖父母の畑仕事をしている最中に魔物に襲われブラッド一人だけが生き残った。
その襲撃がきっかけで、ブラッドは魔物から人々を守る仕事に就きたいという夢を持っているそうだ。魔法のコントロールに長けているのは、将来そのような仕事に就くために練習しているためらしい。
魔法の才があり、大きな目的のために魔法を極めている。
アンブローズはブラッドを弟子にしようと心に決めたのだった。
「君、私の弟子にならないかい?」
アンブローズは校長にブラッドを呼んでもらうと、単刀直入に切り出した。まさか大魔法使いから直々に声をかけてもらえるとは思いも寄らなかったブラッドは動揺した。
「平民の俺なんかが、いいのですか?」
「平民だからダメな理由なんてない。二つ前の大魔法使いは平民出身だったんだよ? それに、私の師匠も平民で、素晴らしい魔法使いだった。君には彼らのような魔法使いになってもらいたいんだ」
ブラッドはやや気後れしていたが、それでもアンブローズの提案を受け入れた。かくして弟子を得たアンブローズは、ブラッドの祖父母に事情を話し、ブラッドを引き取って自身の屋敷に住まわせた。
二人の師弟関係が始まってすぐに、とある問題が発生した。アンブローズとしてはどうも、お師匠様と呼ばれることに堅苦しさを感じていた。そのためブラッドに名前で呼ぶように言ったが、真面目なブラッドに拒否されてしまう。
両者で話し合った結果、お互いに百歩譲って師匠と呼ばれることになったのだった。
そのようないきさつもまた、アンブローズがブラッドを気に入るきっかけとなった。
ブラッドの真面目な性格は師匠のオーレリアと似ており、アンブローズはそれを好ましく思うのだった。
アンブローズはブラッドに特別授業だと言って後継者教育も受けさせた。弟子入りの提案のみ受けたブラッドとしては約束と違うと思ったが、貴族社会を知るいい機会のため、大人しく授業を受けた。
それから五年後、パトリスが誘拐されかけたと聞いたアンブローズは、ブラッドを連れてパトリスを弟子として迎えに行った。
帰りの馬車の中で、ブラッドが躊躇いがちに口を開いた。
「師匠……さきほどのご令嬢の髪は、銀色でした」
「うん、そうだね」
「銀色の髪の人間の中には、高度な癒しの魔法を使える人がいるんですよね? あのご令嬢は本当に、魔法が使えないのでしょうか?」
「よく覚えているね。それに察しがいい。さすがだよ」
アンブローズはブラッドに、銀色の髪を持つ者と高度な癒しの魔法の関係性についてブラッドに教えていた。それは、ブラッドに自分の意思を継がせるためだった。
同じ悲劇が繰り返されないよう、ブラッドにも銀色の髪を持つ者たちを守ってもらいたかった。
「もしかして、本当は使えるのに隠しているのではないですか?」
「いいや、本当に使えないようだ。パトリスが必死で魔法の練習をしても、初級の浮遊魔法でさえ使えないらしい。実際に、私の部下がその様子を見ていた」
グランヴィル伯爵は娘が魔法を使えない原因を探るため、王立魔法使い協会に所属する魔法使いの研究者たちをタウンハウスに招いてパトリスを見てもらうこともあった。
健気なパトリスは父親の期待に応えたい一心で、魔法使いたちから提案された方法を全て試したが、どれひとつとして上手くいかなかったそうだ。
「――ただし、それはパトリスの魔法が封じられているからなのかもしれない」
「魔法を封じる……そんなことができるのですか?」
「できなくはない。方法はあるからね。ただ、その方法を知っている者は僅かだし、使うのはなかなか面倒な魔法なんだ。それでも魔法大家のグランヴィル伯爵家なら可能だろう。……ただし、グランヴィル伯爵にそのことを言ってみたところで、しらばっくれられるだろうね。もしも私たちの推理が本当なら、グランヴィル伯爵は王国中の人々を騙し、入念な計画を立ててパトリスを守ろうとしているはずだ」
「秘密を守るのなら、その秘密を知る人は少ない方がいいということですね」
「ご名答。もしかすると、グランヴィル伯爵だけが知っているのかもしれない」
彼らがパトリスを守りたいのであれば進んで協力したいが、相手がそれを望まないのであれば、下手に申し出るわけにはいかない。
「ブラッド、このことは私たちだけの秘密だよ。二人でパトリスを守ろう」
「はい! 兄弟子として、お嬢様を守ります」
「……その言葉、兄弟子と言うより騎士みたいだね」
もともと兄弟がいたブラッドは兄弟弟子ができて嬉しかったらしく、打ち解けてからは目に見えてパトリスを大切にした。アンブローズがパトリスに教える座学のほとんどはブラッドも学んでいた内容だったが一緒に聞き、授業が終わると一緒に復習した。
アンブローズは、パトリスが優しく頼もしい兄弟子に惹かれていることにすぐに気づいた。
ブラッドがパトリスに惹かれていることにも気づいていた。出会ってから数年はパトリスを妹のように接していたブラッドだが、パトリスが十歳に成長した頃、彼女を異性として意識するようになっていたのだ。
二人でパトリスに会いに行くと、帰りには決まって切なそうな表情を浮かべているのでバレバレだった。
毎度そのような表情を見せられると、ついアンブローズの悪戯心が疼く。
ある時、アンブローズは馬車に乗り込むと、グランヴィル伯爵家の屋敷を見つめるブラッドに声をかける。
「ねえ、ブラッドはパトリスのことが好きだよね?」
「――っ、いきなりなにを言うのですか?!」
ブラッドは大きく肩を揺らして動揺した。秘めていた想いを暴かれてしまい、気恥ずかしさに頬を赤く染める。
「いい子だし、可愛いもんね?」
「それは、そうですけど……」
「告白しないの?」
「……できるわけがないじゃないですか。だって、パトリスは貴族令嬢ですよ? 平民の俺なんかが好きになってはいけない相手です」
またしてもブラッドは自身の身分のせいで引け目を感じていた。彼はパトリスへの想いを隠し、諦めようとしているのだ。
「それなら爵位を賜れるほどの功績を得るといい。あと、オルブライト侯爵家の当主になれば誰も反対しないよ?」
「きっと、俺が爵位を得る前にパトリスは家が決めた者と婚約しますよ」
まるで自分に言い聞かせるように呟いた。しかしアンブローズの提案が心の中に残り続けており、ブラッドを駆り立てる。
そうしてブラッドは半年後、王立騎士団に入団した。
騎士団に入団する前、ブランドは騎士団の入団試験を受ける前にアンブローズに魔法使いにならないことを伝えた。
「あ~あ、騎士団に愛弟子をとられちゃった」
「……今までお世話になった恩をお返しできず、申し訳ございません」
「謝らなくていい。君がしたいことを見つけたんだ。応援するよ。それに、騎士なら魔法使いよりも早くに爵位を貰える可能性があるもんね? 早くパトリスに告白できるよう頑張ってね」
「――っ、そのことで、さらに謝罪があるのですが……」
ブラッドはアンブローズに深く頭を下げた。
「俺はオルブライト侯爵家の当主になれません。自らの手で爵位を手にして、パトリスに求婚するつもりです」
「……わかったよ。どのみち、君が本当にパトリスに想いを伝えるのであれば、いつか私から言おうと思っていたことだ。パトリスに求婚するのであれば、オルブライト侯爵家のような魔法使いのしがらみにまみれた家門は相応しくない。魔法で苦しめられてきたあの子を、魔法から助け出してあげるためにもね」
それは、アンブローズがパトリスを養女にできない理由でもあった。オルブライト侯爵家はグランヴィル伯爵家ほどではないが魔法使いを数多く輩出しており、一族の大半が魔法使いとなっている。もしもパトリスを迎え入れると、彼女は魔法を使えないことをまた思い悩むだろう。
「早く騎士として成果を上げて、お姫様を迎えに行くんだよ」
「はい」
王立騎士団に入団したブラッドは、目覚ましい活躍で仲間たちから評価された。鍛錬と戦術の勉強に励んだ努力は報われ、一年も待たず見習い騎士から正騎士となり、二年後にはひとつの部隊を任される隊長となった。
目まぐるしい日々を送っていたブラッドだが、定期的にアンブローズに会ってはパトリスの近況を聞いていた。本音を言うと顔を見たかったが、もしもパトリスに会うと、決心が揺らいですぐにでも想いを伝えてしまうのではないかと危惧していたため、何度も踏みとどまった。
いつパトリスに縁談が持ちかけられるのかわからず、焦っていたのはたしかだった。逸る思いを抑え、パトリスに送る手紙にはつとめて兄弟子らしい言葉を選んで書いたのだった。
その二年後、男爵位を得たブラッドはパトリスに想いを伝えようとしていた。しかし王国各地で魔物の大量発生が起こり、パトリスに会いに行くのはおろか休みさえ取れない状況だった。
ようやく会いに行けると思った矢先、王国南部に現れた海竜を討伐する遠征に参加することなる。
遠征前に武器を手入れしようと街へ出たブラッドは、馬車が横転した音を聞いて現場にかけつける。平民らしい服装の男が二人、馬車に乗っていた女性の腕を掴んで連れ去ろうとしていた。
その女性がパトリスであることに気づいたブラッドは、男たちを焼き払うつもりだったが、パトリスを怖がらせてしまうと思い留まり、威嚇する程度の火炎魔法で彼らを攻撃した。
いつもはグランヴィル伯爵家の屋敷に閉じ込められているパトリスがなぜ外にいるのかわからず困惑した。しかし怯えているパトリスを安心させるために、彼女に寄り添うことに専念したのだった。
パトリスを屋敷に帰したブラッドは、アンブローズにパトリスが誘拐されそうになったことを手紙で知らせた。
アンブローズからすぐに返事が来た。パトリスの存在を知る何者かがパトリスが治癒の魔法が使えると目論んで狙っている可能性があるとして、犯人を捜し出すと書かれていた。
ブラッドもその捜査に加わることにした。非番の日はアンブローズのもとを訪ねてお互いの捜査状況を共有した。
爵位を得たらすぐにパトリスに想いを伝えようとしていたブラッドだが、愛する人を脅かす存在を排除することを優先したのだった。
実行犯の二人を尋問したが、彼らは自分たちはただ雇われただけだと主張した。依頼主の正体はわからないと、口を揃えて言うのだった。
根気強く尋問して口を割らせようとしたが、二人とも魔法で口止めをされており、決定的な証言を得られなかった。
それでもブラッドは諦めず、情報屋を雇って二人の依頼主を探した。その折、グランヴィル伯爵家が隠していた噂の次女が、伯爵領にある別邸で療養することとなったという噂を耳にした。
先日の事件により精神的な負荷が強く、日常生活がままならなくなってしまったのだと聞く。
噂を聞いたブラッドは居ても立っても居られなくなり、グランヴィル伯爵にパトリスへの面会を願い出たが、とてもではないが人に会わせられる状態ではないと言って断られた。
アンブローズに相談したが、結果は同じだった。パトリスは、アンブローズにも会えない状態らしい。
実際はパトリスはアンブローズの家でメイドとして働いていたのだが、ブラッドには知られたくないというパトリスの願いを叶えるために嘘をついていた。
しかしアンブローズを全面的に信頼していたブラッドは、その嘘を信じていた。
それ以来、ブラッドは以前にもまして捜査に力を入れた。愛する人を傷つけた犯人を、決して許すつもりはなかった。
情報屋からの報告によると、事件が起こる以前、実行犯の男たちが入り浸っていた酒場の近くに貴族家の馬車が停まっていたそうだ。馬車の車体には家門がなかったが、造りがよく手入れが行き届いている馬車だった。
普段は馬車が通りことのない場所だったため、周辺に店を構えている店主や客たちは物珍しく思って眺めていた。
その日、実行犯の男たちが店の外で何者かと話していた声を、近くにいた平民たちが聞いていた。
銀髪の貴族令嬢を屋敷に連れて行けば絶対に、その場で金貨百枚をくれるのだろうなと、男の内の一人が言っていたそうだ。
男たちと話している人物は黒色のローブを頭から被っていたため、性別も年齢もわからなかったらしい。
しかし声は男性のものだったと、近くに居合わせた人物が証言していた。老人の声だが、しわがれてはなく、よく通る声だった。言葉遣いは丁寧で、どこかの屋敷に仕えている使用人ではないかとも言っていた。
集めた情報をまとめると、犯人は貴族で、口止めの魔法を使えるほど魔法の実力がある者らしい。
口止めの魔法は、かけられた者が特定の内容を話そうと思うと同時に発動する精神操作魔法だ。人の精神に作用する魔法、特に特定の内容に限定して発動させるものは、魔法の中でも高度な技術が必要となる。
犯人は魔法に長けた家門で間違いないだろうと目星をつけた。
しかしそれ以上の証拠は見つからず、捜査は滞ってしまった。
行き詰まりに焦燥を覚えていたある日、ブラッドは急にアンブローズに呼び出され、パトリスの姉のレイチェルと婚約したと聞かされた。ひと月後には式を挙げるらしい。
師匠は死ぬまで独身を貫くとばかり思っていたブラッドにとって青天の霹靂だった。
「どうして、結婚を……?」
「手塩にかけて育てた愛弟子がうちの家門を継いでくれなかったからね。今更いちから弟子を見つけるわけにもいかないし、結婚することにしたんだよ」
「……申し訳ございません」
「いいんだよ。どのみち、魔法大家のグランヴィル伯爵家との結びつきを強固にしたかったからね。グランヴィル伯爵からの提案を断る理由はないと判断したんだよ」
グランヴィル伯爵はアンブローズと年近く、彼の同僚だ。娘を自分と同じくらいの年頃の夫に嫁がせるなんて平民出身のブラッドには信じ難いことだが、それが貴族の婚姻だ。 ブラッドは師匠の結婚を祝福した。
式の当日、ブラッドはパトリスに会えるのではと密かに期待したが、彼女の姿はどこにもなかった。パトリスはまだ、領地で療養しているそうだ。
内心がっくりと肩を落として参列していたブラッドは、招待客の中にレイチェルの師匠のトレヴァーを見つけた。弟子が仇敵の妻となったためか、トレヴァーはいつになく不機嫌そうだ。
しかしトレヴァーは弟子のレイチェルには目もくれず、招待客を見回している。まるで誰かを探しているようなその様子が妙に引っかかった。
式が終わると、トレヴァーはアンブローズとレイチェルに声をかけて会場を後にした。
どうもトレヴァーの様子が不審に思えたブラッドは、さりげなく後をつける。
誰もいない廊下で、トレヴァーは大きなため息をついた。
「はあ、今日こそ次女を見れると思ったのに、領地に隠したままか。わざわざオルブライトに足を運んでやったと言うのに、骨折り損だったな」
投げやりに呟いた言葉が、ブラッドが感じていた違和感を確信へと変えた。
間違いなくトレヴァーはパトリスを探していた。
彼は高度な魔法を使える貴族で、その気になれば口止めの魔法を使えるだろう。おまけに彼の父親が銀髪の子どもを研究のために酷使した過去がある。彼もまた、同じ研究をしている可能性を考えた。
ブラッドはアンブローズに式での出来事とこれまでの捜査結果を伝えた。それ以来、二人はトレヴァーの動向に目を光らせている。
そんな中、ブラッドは地方都市に現れた黒竜の討伐に行くことになった。遠征から帰ったらまた、調査を再開しよう。そう決意したブラッドだが、遠征先で黒竜を倒した際に竜が反撃で放った魔法のせいで視力を失ってしまった。
王都に戻ったブラッドは仲間たちに半ば強制的に王都にある中央神殿へ押し込まれ、そこで入院していた。その間にブラッドは領地と屋敷を賜ることや、前線から外れて教官となることが決まった。
ブラッドが仲間に頼んで代筆してもらった手紙をアンブローズに送ると、アンブローズはすぐに駆けつけ、ブラッドにかけられた魔法を解こうとした。しかし竜の魔法は想像以上に強力で、アンブローズの手にも余るものだった。
退院したブラッドが国王から褒賞を賜ったその日、アンブローズは再びブラッドの前に現れる。
「今からうちにおいで。これからのことについて話そう」
ブラッドは頷くと、アンブローズに助けられながらオルブライト侯爵家の馬車に乗った。
そうして彼は知らない間にパトリスと再会し、彼女をメイドとして雇うこととなった。
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