第10話 オルブライト侯爵の推測
「どうして私をホリングワース男爵家まで迎えに来ましたの? あそこにいる使用人が連絡を寄越したのかしら?」
ブラッドの屋敷からの帰り道の馬車の中。
レイチェルはうんざりした様子で、隣に座って彼女の肩を抱きこんでいるアンブローズに非難めいた口調で問う。
「シレンスが連絡してきたのは当たっているよ。迎えに行ったのは――そうだね。あなたがパトリスをあの屋敷から連れ去るのではないかと危惧していたからだよ。私の目を盗んでパトリスを領地まで運ぶのではないかと思っていた」
「当主であるあなたへの断りもなしにそのようなことをしませんわ」
「……そうだね。あなたはきっとそのようなことをしない。曲がったことが嫌いで、卑怯な手を使えない。……相変わらずだね」
アンブローズがくすくすと笑うと、彼の耳元で青色の魔法石のピアスが星明かりを受けて輝く。
彼の愛する師の瞳の色と同じ、青色の魔法石のピアス。レイチェルはその魔法石をこっそりと盗み見た。
「ねえ、レイチェル。いつから私をローズと呼んでいたのかな? 私がいないところではそう呼んでいたのかい?」
「先ほどたまたま呼び間違えただけですわ。今後は間違えないように気をつけますからもうその話は止してくださいませ」
「まさか。妻が愛称で呼んでくれて喜ばない夫はいないはずさ」
その言葉にレイチェルは眉根を寄せた。
いつもの彼なら決してこんなにも密着してこない。それどころか隣に座りもしない。
それが内密に白い結婚を宣言した二人の心の距離を表していた。
アンブローズとレイチェルは表向きではグランヴィル伯爵からアンブローズに打診があって取り決められた政略結婚だが、実はその前にレイチェルからアンブローズに契約結婚を持ちかけられていた。
レイチェルはパトリスが勘当されて屋敷を追い出された後にアンブローズの屋敷にいると父親から聞いた。
なぜ危険な外の世界に出したのかと問い質すレイチェルに、父親はこれが最善策だからだと答えた。事前にアンブローズに手紙を送っており、彼ならすぐにパトリスを助けて匿ってくれると信じていた。
大魔法使いで侯爵家の当主である彼のもとなら、パトリスは安全に暮らせる。
そう語る父親はすっかり憔悴していた。いつも厳格で少しも弱さを見せない父親がこんなにも弱々しい姿を見せるなんて、愛する妻に先立たれて以来ではないだろうか。
父親は自分の判断の甘さがパトリスを危険に晒してしまったことを悔いているのだと、レイチェルは悟った。
彼は日ごろからパトリスを閉じ込めていることに負い目を感じていた。そのためつい、外に出たいという彼女の願いを叶えてあげたいと思ってしまったのだろう。
レイチェルも父親も表面上はパトリスを疎ましく思っているように見せていた。しかし実のところ二人ともパトリスを愛しており、彼女を守るためにわざとそのような演技を続けている。
きっかけは、レイチェルとパトリスの母親が遺した手紙だった。
はやり病を患い死に直面していた彼女は、夫とレイチェルそれぞれに手紙を書いた。そこに記されていたのは、自身が犯した罪と真実の告白。
パトリスは本当は魔法を使える上に、銀色の髪を持つ者と高度な癒しの魔法も使えるらしい。
彼女は二度ほど、パトリスが無自覚で発動させたその癒しの魔法にかかったそうだ。
幸にもまだ、彼女以外誰もパトリスがその魔法を使えることに気づいていない。
悩んだ末に彼女は、他の者がパトリスの力に気付く前にアンブローズが編み出した魔力発動を無効化する魔法をかけて抑え込んだ。
この国で魔法が使えない者は最弱者となってしまうことはわかっていた。そうなればパトリスが周囲からどのような目で見られることになるのかもまた、わかっていた。
それでもよからぬ魔法使いたちが娘を餌食にするかもしれないと思うと恐怖が勝り、魔法をかけてしまったという。
彼女が恐れるのも無理はない。魔法使いの中には自身の研究のためなら悪魔に魂を売ったとしか思えないような所業を行う者さえいる。
いくら魔法大家の魔法使いが束になって我が子を守ったとしてもいても、相手が倫理や立場をかなぐり捨てて襲ってきては太刀打ちできないかもしれない。
そうであればパトリスの可能性を潰してでも彼女を守りたかった。
手紙を読んだレイチェルと父親は話し合い、パトリスにかけられている魔法を解かないことにした。
もしもパトリスが魔法を使えるのであれば、彼女があの高度な癒しの魔法を使えるのではないかと目を光らせる魔法使いたちが現れるはずだと、彼らも思っていた。
それからの日々は地獄だった。
レイチェルも父親もパトリスを避けなければならず、パトリスが悲しそうな顔をするたびに胸が痛んだ。
彼らのパトリスへの態度が急変して、使用人の中にはパトリスに嫌がらせをする者が現れた。その度に二人は密かにその者を罰して辞めさせたのだった。
父親がパトリスを屋敷から追い出したのは、レイチェルにとっても寝耳に水だった。
彼女は父親から話を聞いてすぐに、アンブローズと結婚してパトリスの近くにいようと決意した。
どうしても妹を近くで守りたかった彼女は、アンブローズと結婚してから侯爵夫人の権限でパトリスを領主邸に異動させ、後に自分は療養という名目で移り住もうと企てていたのだ。
それが彼女の考え得る最善策だった。
弱く儚い妹の安全を他人に任せるつもりはなかった。
たとえその相手が当代の大魔法使いであったとしても、任せたままにせず自分の手で守り抜きたい。
なにがあっても、どんな手を使ってでも妹を守り抜くと母親に誓ったし、パトリスを守ることは彼女自身が長年向き合ってきたとある事情に関わることでもあった。
レイチェルはすぐに行動を起こしたが、初めは上手くいかなかった。アンブローズはレイチェルを警戒して全く取り合おうとしなかったのだ。
なんせ彼女の師は天敵のプレストン家の現当主であるトレヴァー・プレストン。いくら可愛い弟子のパトリスの姉で親しい同僚の娘と言えど、トレヴァーの弟子と関わるなんてまっぴらごめんだ。
だからレイチェルはアンブローズにありのままの事実を話して協力を求めた。
パトリスが本当は魔法を使えること、そして彼女は高度な治癒魔法を使えること、母親がパトリスに魔力発動を無効化する魔法をかけたこと――そして、自分は彼女を守るためにプレストン伯爵家を没落させようと企てていること。
アンブローズはそれでもレイチェルをすぐには信じられなかったため、魔法契約書という特別な魔法をかけられた書類を使って契約を交わすことを条件に結婚を受け入れると言った。
魔法契約書で一度契約を取り交わすと死ぬまで解除できない。おまけに書いている契約内容を破ると契約書の魔法が発動し、心臓を潰されて死んでしまう。
レイチェルはその条件を受け入れてアンブローズとの結婚にこぎつけた。
そしてその時、アンブローズは契約書には記していない、とある条件をもう一つ付け加えている。それは、この結婚は白い結婚であるということ。
アンブローズには想い人がいるため、レイチェルを愛せないと言ったのだ。
レイチェルはそれさえも二つ返事で承諾すると、父親にアンブローズとの結婚を提案した。パトリスを守るために必要なことだと説得するのだった。
こうして表向きは二つの家門の結びを強くするための政略結婚が成立した。
――それなのに、今の夫はなぜか妻を心から愛している夫のように触れてきている。
レイチェルは大いに困惑した。
「……
「ずっとこうしているつもりだと言ったら、どうする?」
「ご冗談を……あなたには想う相手がいるから、私を愛することはできないと仰ったではないですか。あなたのその想いとは一年やそこらで霧散するほど薄っぺらいものだったのです?」
いったいなぜ彼がこのような行動をとり始めたのかわからない。
アンブローズはブラッドの屋敷へ自分を迎えに来てからずっと離れないし、紫色の瞳は蕩けさせているのに見つめられると不思議と背筋がぞくりとするほどの強い怒りに似た感情を感じ取ってしまう。
ありったけの皮肉を込めて行ってみたが、アンブローズは眉一つ動かさない。年下の妻に皮肉を言われて憤ることも、その発言を鼻で笑うこともせず、至極真面目な面持ちでレイチェルの手を恭しくとる。
そしてその指にそっと唇を当てた。
「いや、私の想いは全く変わらりません。永遠に――師匠、あなたを愛しています」
「……っ、なにを言っているの……?!」
彼の口から出た懐かしい呼び名に、レイチェルは驚きで声が裏返ってしまった。
びくりと肩を揺らしたその動きをアンブローズは決して逃さない。彼は確信に満ちた笑み眼差しでレイチェルを捕らえた。
「その反応だと、やっぱり師匠なのですね。こうしてまた話せるなんて夢のようです。あなたを失ってどれほどこの世界に絶望したか……だけど師匠の言いつけ通り、守るべき者たちを命ある限り守り抜き、当主としての責任を果たしてきました」
「そんなはず、ありません。私があなたの師匠だなんて、いったいどうして……」
「小さな疑問がいくつも積み重なって確信となりました。一番の決め手は、私をローズと呼んだことですよ。あの呼び名は師匠しか使っていませんから。人は私を地位で区別してオルブライト侯爵か大魔法使いと呼ぶんです。誰もあなたのように花の名前に喩えて呼んだりはしません。あなただけですよ。私の髪を花の色だと言うなんて」
それに、とアンブローズは言葉を続ける。
「私が変わってしまったのだと話すあなたはまるで、よく知っている子どもが大人になって不良になってしまったと嘆くような表情でした。あなたのようなうら若い女性が父親と同じ年代の男に対して、そのような感情を抱くなんてあまりにも不自然です」
「……」
オーレリアは小さく溜息をつくと、水色の瞳をまっすぐアンブローズに向けた。
「そうよ、私はオーレリア・エアルドレッドの記憶を持ったまま生まれ変わったわ。今もその原因を探しているけどわからないの。神様の気まぐれなのかしらね」
「とてもありがたい気まぐれです。明日にでも神殿に寄付をしに行こうと思います」
レイチェルが白状すると、アンブローズはますます嬉しそうに表情を綻ばせる。
「師匠、あなたより年上で可愛げなんてこれっぽっちもない『ローズ』でも、愛してくれますか?」
「な、なにを言っているの! 元とはいえ、弟子を恋愛対象として見るなんて、師として恥ずかし――」
「魔法使いの中には師弟から夫婦になった者もいるではありませんか。それに今の師匠と私は弟子ではありませんし、夫婦ですよ? なにも躊躇うことはありませんよね?」
アンブローズはぐいと更にレイチェルに近づく。レイチェルはたじろぐが、アンブローズにがっしりと掴まれているせいで逃げられない。
「師匠に惚れてもらえるよう努力します」
この頑固な弟子がそう宣言すれば、彼は目的を成し遂げるまで頑なに貫くだろう。
レイチェルは思わず空を仰いだ。
***
レイチェルは彼女の告白通り、前世の記憶を持ったまま生まれた。
前世の彼女は奇遇なことに今と同じエスメラルダ王国に住んでおり――歴代最少年で大魔法使いになった、オーレリア・エアルドレッド。
生まれ変わったと気付いた時には既に揺りかごの中にいて、自分の手が赤子のそれになっていることに気づいてとても驚いたものだ。
中身は一度目の人生のときのまま、体だけ変わってしまったのである。
体は赤子のため言葉を話すことはできず、しかたがなく赤子として世話をされて過ごした。
平民として生きてきた記憶があるため、なにからなにまで世話をしてもらうのは正直に言って気が引けた。
おまけに父親はかつて部下として接していたグランヴィル伯爵。
とりわけ仲がいいとも悪いとも分類されなかった部下だが、貴族の両親と上手くやっていけるか不安だった。しかしその心配は杞憂に終わり、グランヴィル伯爵もその妻も善良な人物であったため好きになった。
特に父親は、自分たち家族を大切に想う人物なのだとわかって好感が持てた。前世で見た彼はいつも気難しそうな表情だったが、妻や子どもの自分に向ける眼差しは優しく慈愛に満ちていたのだ。
しかし心残りがいくつかあった。それは遺してしまった妹や両親、そして弟子のアンブローズのことだ。
彼らの現状を把握するために大人たちに話し声に常に耳を傾けていた。
あいにく平民である家族たちの現状は掴めなかったが、アンブローズについてはすぐにわかった。
彼は大魔法使いになり、その後プレストン伯爵を失脚まで追いやったらしい。
その話を聞いたレイチェルは嘆いた。アンブローズを復習に巻き込みたくなかったのに、結果として彼にそうさせてしまったのだ。
アンブローズが妹や家族たちを自身の領地に匿ってくれていることも知った。
自分は彼にたくさんの借りを作った。そう考えたレイチェルは、成長した暁には恩返ししようと心に誓った。
アンブローズは父親の同期で仲がいい。
いつか彼の成長した姿を見られるのではないかと心待ちにしていた。
真面目なレイチェルは話せるようになるとすぐに勉強をしたいと父親に強請り、家庭教師をつけてもらった。いつまでも子どもらしくしていることが耐えられなかったのだ。
前世の記憶があったレイチェルはほとんどの教科で優等生ぶりを発揮して家庭教師たちを唸らせた。
貴族の礼儀作法については前世では未修得だったが持ち前の勤勉さですぐに自分のものにした。
魔力や魔法の知識も前世と変わらなかったため、家庭教師は教えることはもうないと言って辞めてしまった。
この時からレイチェルは社交界で、グランヴィル伯爵家の才女と呼ばれるようになった。
そんなある日、レイチェルに妹ができた。
レイチェルは素直に喜んだ。しかし母親に抱かれている赤子の髪の色が銀色だとわかるや否や、不安のあまり固まってしまった。
もしも前世の妹のようにこの妹も例の高度な癒しの魔法を使えるのだとしたら、悪い魔法使いたちに狙われてしまうのではないか。
そんな不安に駆られたレイチェルは、暇さえあればパトリスのそばにいて彼女を守ろうとした。
妹が生まれてから五日ほど経ったある日、父親がアンブローズを屋敷に招いた。
レイチェルが妹のいる揺りかごに寄り添っていると、父親と一緒に部屋を訪ねてきたのだ。
久しぶりに見るアンブローズは記憶の中よりうんと大人びて、美しい男性へと変貌していた。
大人たちの話によるとアンブローズは今も未婚らしいが、これは王国中の令嬢たちが放っておかないのではないかと思う。
じっと見つめているレイチェルの視線に気づいたのか、アンブローズと目が合った。
レイチェルを観察するような眼差しに、もしかして自分がオーレリアだと気付いたのではないかと淡い期待を抱く。しかしアンブローズは余所行きの微笑みを浮かべるだけでなにも言わなかった。
アンブローズはパトリスを見ると、一瞬だけ痛ましげに表情を曇らせた。しかしすぐに微笑みを取り繕うと、妹にパトリスと名付けたのだった。
グランヴィル伯爵家の次女が銀髪だという話は瞬く間に社交界や魔法使いたちの間で広まった。それと同時に、その次女が魔法を使えないという話も併せて広まった。
魔法使いの中には自分がパトリスの師となって彼女が魔法を使えるように指導すると言い出す者がいたが、全て父親が断った。
そうして断られた貴族の中に、レイチェルを弟子として迎えたいと申し出る人物が現れた。
レイチェルにとって憎くてしかたがない存在。プレストン伯爵家の現当主、トレヴァーだ。
正直に言うとレイチェルはトレヴァーと関わりたくもなかったが、これはチャンスだとも考えた。
大人たちの話によるとアンブローズはプレストン家が前当主を切り捨てて一族の存続を守ったらしい。ならば彼らを決定的に追放するために彼らのそばで見張ろうと思いついたのだ。
両親はプレストン家の評判が良くないためすぐに断ろうとしたが、レイチェルはその話を引き受けた。
そうして当時五歳だったレイチェルは、高慢で高圧的なトレヴァーのもとでの鍛錬に耐える日々が始まった。
それから予想外の悲劇が起こった。
レイチェルがトレヴァーの弟子となって二年後、母親が流行り病を患った。まだ治療法や治療薬のない病だった。
母親は日に日に衰弱していたが、最期までパトリスを心配していた。だからレイチェルは彼女の手を握り、「なにがあっても、どんな手を使ってでも妹を守り抜く」と誓った。
その言葉を聞いた母親は微笑みを浮かべて、息を引き取った。
彼女が犯した罪を遺書で知ったのは、その翌日だった。
***
「パトリスにかけられているのは間違いなく、あなたが編み出した魔力発動を無効化する魔法よね?」
「……ええ、実は師匠から知らされる前から気づいていました。パトリスに名付けに行った時に一目見てわかりましたから」
「知っていて、なぜあの子に教えてあげなかったの? パトリスはいつも、魔法が使えないことを悲しんでいたのよ?」
「パトリスは生れた時から魔法使いたちのしがらみのせいで苦しめられてきました。魔法絶対主義のこの世界の在り方が呪いのようにあの子を不幸にしているのです。そんな彼女に魔法を解くために誰かを愛して愛されなさいなんて、言えませんよ。その言葉がまた呪いとなって、あの子が人を愛する機会を失くしてしまいます。優しいあの子は呪いを解くために誰かを愛そうとするのではないかと悩むでしょうから」
アンブローズが編み出した魔力発動を無効化する魔法は、一風変わった方法で解くことができる。
それは、心から愛し合う者とのキス。アンブローズはその条件を魔法の魔術式に組み込んだのだった。
「たしかにあの子ならそう思うかもしれないわね……」
「それに、教えなくてもパトリスはいつかぜったいに魔法を解けるとわかっていましたから。いつかあの子を愛し、あの子のためなら命を賭けることも惜しまない人が現れる。二人で協力して、どんな困難も愛の力で乗り越えられると思って黙っていたのです」
夫の楽観的でややロマンチックすぎる考えに、レイチェルは思わずため息をついた。
「あなたって子はいつから魔法にロマンを求め始めたのかしら。魔法を解く条件として心から愛し合う者とのキスを魔術式に組み込むなんて、本当にふざけているわ。どうしてそんなものを条件にしたの?」
「ただの思いつきです。あの魔法はもともと、犯罪者を無力化させるために編み出したものなんですよ。そういう魔法を作ってほしいと騎士団の魔法騎士部隊隊長から依頼を受けて編み出しましたし、実際に彼ら以外の魔法使いが使用することは禁じられています。――そんな魔法を使われた人物でも、誰かを愛していて、その相手に愛されているような者であれば、更生できると思ったんです」
「……もしもパトリスがホリングワース男爵と恋仲になって魔法を取り戻せば、あの子は大きな力を手にすることになるわ。それを魔法使いたちが気づかないわけがない。それなのにあなたはあの二人の仲をくっつけるつもり?」
「ええ、私の大切な弟子たちを誰も傷つけられない世界にするので問題ありません。明日の作戦でプレストン伯爵を見せしめにして、魔法使いたちに警告するつもりですから」
アンブローズの言う作戦とは、彼とブラッドとオルブライト家の使用人、そしてレイチェルとグランヴィル伯爵が共同戦線を張って行われる。
このところパトリスの行方を掴もうと嗅ぎまわっていたトレヴァーと彼に協力しているプレストン伯爵家の面々を今度こそ追放するための作戦だ。
実際には既に始まっており、一週間ほど前から各々が人を雇ってパトリスの居場所に関して様々な噂を流していた。
片やグランヴィル伯爵家のタウンハウス。片やその領主邸。オルブライト侯爵家の領主邸とも噂させた。同時にプレストン伯爵家に密偵を送り込んで内情を探らせていた。
そして三日前、密偵から知らせがあった。トレヴァーたちが噂の流れている場所に人を送りこんでパトリスを誘拐する計画を立てているらしい。
アンブローズたちはわざと彼らに屋敷を襲わせ、証拠を残したうえで捕える算段だ。
その計画が実行される日が明日。
だからアンブローズはブラッドたちに、外に出ないよう伝えた。敵を欺くために本物のパトリスは隠しておかなければならないし、彼女を守る護衛たちには彼女のそばにいてもらいたい。
「彼らが二度と銀色の髪を持つ者たちを実験材料にしようなんてふざけた考えを持たないように、トレヴァー・プレストンたちは徹底的に罪を償ってもらいます」
アンブローズが仄暗く笑うと、レイチェルは背筋が凍るような感覚を覚えた。
彼は以前、師匠というのは弟子のためなら卑怯者にもなれると言っていたが、今の彼はさながら魔王のようだ。
「上手くいくといいのだけど……」
レイチェルは馬車の窓から夜空を見上げる。
そうして、同じ星空のもとにいる大切な妹を想った。
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