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 10月13日の金曜日、明子はいつものように帰ってきた。今日も大介に会わなかった。残業が続いて、なかなか帰れないんだろうか? 週末には必ず会えるのに、平日に会えないとこんなに寂しいと感じるとは。どうしたんだろう。


 突然、電話が鳴った。誰からだろう。明子は受話器を取った。


「もしもし、大介だけど。明子、明日は東京に行こうかな?」


 大介だ。東京に行こうとか、急にどうしたんだろう。いつもはこの近くなのに、明日は10月14日、鉄道の日だからかな?


「どうしたの? いつも名古屋近辺なのに」


 やっぱりそうだった。鉄道の日だから、特別な場所に行こうと思ったんだろうか?


「10月14日は鉄道の日だから。だから特別な所に行こうかなと」

「ふーん。いいじゃない。東京はもっと魅力的だからね」


 明子は東京の電車を思い浮かべた。人口が多い分、電車も長い。10両編成以上の電車がほとんどだ。それに、複々線でそれらが並走する姿は圧巻だ。


「うん。複々線が多くみられて、いろんな電車が走っていて」

「とっても楽しみだね」


 2人とも、東京の電車を思い浮かべて、興奮していた。久しぶりに見てみたいな。


「ありがとう。明日、名駅の前で待ってるよ」

「うん」


 電話が切れた。突然の事だが、とても嬉しい。明日に向けての準備をしよう。明日はきっと特別な1日になりそうだ。




 朝9時ごろ、明子は名古屋駅の前にやって来た。大介とはここで待ち合わせだ。早く来ないかな?


「大介さん!」


 明子は振り向いた。そこには大介がいる。大介もどこか特別な服装だ。


「明子ちゃん、来たんだね」

「うん。今日もよろしくね」

「ああ」


 2人は新幹線のホームに向かった。新幹線に乗るなんて、何年ぶりだろう。先日、豊橋でよく見ていたけど、まさか実際に乗るとは。白い車体に青いラインで、かっこいい流線形だ。2人はまたもや見とれてしまった。


「これが新幹線か」


 2人は興奮した。これに乗って、東京に行くんだと思うと、ワクワクしてくる。


「やっぱりかっこいいね」

「ほんとほんと」


 2人は新幹線に乗った。車内には何組かの家族もいる。自分たちもこんな家族を持ちたいものだ。そして、家族そろって新幹線に乗りたいな。


 新幹線は程なくして、名古屋を発車した。この新幹線のぞみは名古屋を出ると新横浜まで停まらない。昔は終点の東京まで停まらなかったそうだが、後に新横浜と品川に停まるようになった。2人は終点の東京まで乗る予定だ。


 新幹線は猛スピードで走っている。乗っている子供たちは興奮している。同じように2人も興奮している。これが新幹線のかっこいい所であり、素晴らしさだ。この速さが、日本の生活を劇的に変えたと言っても過言ではない。これによって、東京と大阪が当たり前のように日帰りで行けるようになった。




 10時ぐらいに、新幹線は品川駅を発車した。次は終点、東京だ。東京駅は大きなレンガ造りの駅舎が印象的な、東京の、いや、日本を代表する駅だ。2人とも、中学校の修学旅行で見た時は、とても興奮したものだ。だが、東京駅は何度見ても素晴らしいと感じる。どうしてだろうか? 東京に来たと実感し、これからここで頑張っていきたいと思わせるからだろうか?


「ここが東京か」

「やっぱり興奮するわね」


 大介は、東京に行けなかった日々を思い出した。なかなか就職先が見つからずに、旅行に行けなかった日々、コロナ禍で旅行になかなか行けなかった日々だった。だけど、それを乗り越えて、こうして再び東京に行く事ができた。


「うん。東京に行くのは10年ぶりだよ」

「本当?」

「うん。コロナ禍などで行く機会がなかったんだ」


 明子も同感だ。新型コロナウィルスの流行で、なかなか旅行に行けなかった。緊急事態による外出制限で、なかなか東京に行けなかった。そんな中で行われた東京五輪は、無観客ばかりでとてもさみしい大会だった。だけど、ようやく元の生活が戻って来たようだ。できれば、もう一度この時期に東京五輪をやってほしい物だと思っている。だが、もう過ぎた事だ。


「そっか。私もあの頃は大変だったな。行きたくても行けない。本当につらかったな」

「僕もだったよ。でも、必ず元の生活は戻ってくると信じてた」


 だが、2人とも信じていた。きっと元の生活が戻ってきて、再び自由に外出できるようになるだろう。


「そうだね」


 と、大介は車窓から通勤電車を見ていた。東海道本線、京浜東北線、山手線の電車が次々とすれ違い、あるいは並走している。緑とオレンジの東海道本線、青い京浜東北線、緑の山手線、路線によって色が違っていて、色とりどりだ。


「いろんな電車が走ってる!」

「これが東京なのね。見てるだけで興奮するわ」


 明子も興奮していた。これが都会なんだ。憧れていた風景なんだ。


「うん。これぞ都会って感じだね」

「いつかここに住みたいね」


 明子は夢見ていた。大介と結婚して、一緒にここで暮らす日々を。


「僕にはもう無理だよ。こんな人生を送ってきたんだから。それに名古屋が住みやすいと思ってるから」


 だが、大介は無理だと思っていた。自分は名古屋がいい。名古屋が好きだから。


「そうだね。私もそう」


 思ってみればそうだな。明子も住んでみたいと思っていたが、住み慣れた名古屋が一番いい。


 2人は東海道本線に乗り換え、新橋駅に向かった。新橋は日本の鉄道発祥の地と言われている。だが、この駅は2代目の新橋駅で、ゆりかもめの汐留駅の近くに初代の新橋駅があったという。現在そこは汐留シオサイトとなっている。


 2人は新橋駅にやって来た。シオサイトへはゆりかもめの汐留駅が最寄りだが、1駅先なので、歩いていく事にした。


 少し歩くと、高層ビルが立ち並ぶ場所にやって来た。ここが汐留シオサイトだ。この辺りには新橋停車場、後の汐留駅があった。関東大震災で崩壊したという当時の駅舎は、後に再建され、鉄道歴史展示室になっている。


 2人は0キロポストの前にやって来た。これが日本の鉄道の始まりの場所だ。ここから150年余り、日本の鉄道はここまで発展したんだと思うと、感慨深いものがある。


「ここが鉄道発祥の地」

「初代新橋駅で、その後は汐留貨物駅となってたんだね」


 大介は辺りを見渡した。ここには日本テレビの本社をはじめ、様々な高層ビルが立ち並んでいる。そんな真新しい建物の中で、このレトロな建物は異彩を放っている。


「ここは再開発されたけど、ここが日本の鉄道の始まりの地だという事を伝えてるんだね」

「うん」


 ふと、大介は鉄道唱歌を歌い出した。


「♪汽笛一声新橋をはやわが汽車は離れたり」

「愛宕の山に入りのこる月を旅路の友として」


 すると、明子も口ずさんだ。一緒に歌うと、とても嬉しい。どうしてだろう。


「やっぱりいい歌だね、鉄道唱歌は」

「うん」


 ふと、明子は思った。せっかく東京に来たんだから、スカイツリーに行こうかな?


「次はスカイツリーに行こうか?」

「うん」


 2人は汐留を後にして、スカイツリーに向かった。スカイツリーは押上駅の近くにある新しい東京の電波塔で、新しい観光スポットになりつつある。2人ともスカイツリーに行くのは初めてだ。楽しみだな。




 2人は押上駅にやって来た。押上駅には多くの人がいた。彼らはこれからスカイツリーに向かおうというんだろうか?


 1時間ほどで、2人はスカイツリーの天望デッキにやって来た。天望デッキには多くの人がいる。


「いい眺めだね」

「うん」


 2人は天望デッキからの風景に息をのんだ。こんなに眺めがいいとは。やっぱり来てよかったな。


「こんなに高い所から地上を見るなんて、初めてだ。すごいなー」

「私もよ」


 と、明子は指をさした。その向こうには富士山が見える。


「あっ、富士山が見える!」

「本当だ! やっぱ富士山はいいなー」


 富士山を見て、大介も興奮した。やっぱり富士山は見とれてしまう。新富士駅や新幹線の車窓から見る富士山も最高だけど、天望デッキから見る富士山も素晴らしいな。


「うん! 富士山を眺めるなら、駿豆線とか富士山麓鉄道がおすすめだね!」


 大介はそれらに乗った事がある。どっちも車窓から見える富士山の眺めは美しい。


「そうそう! どっちかと言えば、富士山麓鉄道だね」

「フジサン特急乗ってみたいね!」


 明子は富士山麓鉄道に乗った事がある。そして、職場の仲間と富士急ハイランドに行った事がある。絶叫マシンに乗って、富士飛行社に乗って、とても楽しかったな。


「うん! 元小田急のRSEだね」


 この富士山麓鉄道には、様々な中古車が走っている。かつて山手線などで走った205系、元京王の5000系、元小田急ロマンスカーの20000系RSE、元JR東海の371系、どれも魅力的だ。


「ああ。HiSEと共に引退したんだよね。HiSEは長野電鉄で走っている」


 RSEもHiSEも、同じ日に引退した。どちらも短命で終わったが、HiSEは長野電鉄の特急として活躍している。


「そうそう! ゆけむりね」

「長野電鉄に乗ってみたいね」


 2人は思った。もし結婚したら、長野電鉄にも行ってみたいな。そして、湯田中温泉で日々の疲れを取りたいな。


「うん。あそこって、かつての成田エクスプレスや、元東急の車両や元東京メトロ日比谷線の電車も走ってるんだよね」

「そうそう! まるで一昔前の東京の風景みたいだよね」


 長野電鉄には、かつて東京で走っていた電車が数多く走っている。HiSEの他に、元成田エクスプレスの253系、元東急の8500系、元東京メトロ日比谷線の03系、どれも懐かしいと思うものばかりだ。


「ますます乗ってみたくなった」

「一緒に行こうよ!」

「そうだね」


 と、大介は思った。ここで指輪を渡して、プロポーズをしようかな? 反応はどうかわからないけど、勇気を出さないと。


「あのー」

「どうしたの?」


 明子は振り向いた。突然、どうしたんだろう。


「プレゼントがあるんだけど」

「プレゼント?」


 大介は箱を取り出し、中身を空けた。その中には、指輪がある。プロポーズだろうか? だったら、大歓迎だ。だって、同じ好みを持っているんだから。


「指輪?」

「これからも一緒にいてください!」


 大介はドキドキしていた。認めてくれるんだろうか? もしダメだったら、どうしよう。


「好きなものが同じだから、喜んで!」


 大介は顔を上げた。まさか、認めてくれるとは。好きな物が同じだけで、一緒になれるとは。今まで隠していた好みだが、今は誇りに思える。どうしてだろう。明子と付き合っているからだろうか?


「ありがとう!」

「こちらこそ!」


 そして、2人は一緒になろうと決意した。今、2人の交際生活は終着駅を迎えた。そして、結婚生活という新しい路線に向かおうとしている。この先、いろんな困難があるかもしれないけど、2人ならきっと乗り越えられる。なぜならば、同じ好みを持っているのだから。

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Railway 口羽龍 @ryo_kuchiba

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