6

 次の日、大介はいつものように退勤した。すでに外は暗い。夏はまだ暗くなかったのに。そして徐々に涼しくなってきた。


「今日も疲れたなー」

「お疲れ様!」


 大介は振り向いた。そこには明子がいる。まさかここで明子と会うとは。ここまでつけ回していたんだろうか?


「えっ、来てくれたの?」

「うん。いいでしょ?」


 明子は笑みを浮かべている。大介に会うのが嬉しいようだ。


「いいけど。まさかここまで来てくれるとは」

「初めて会った時から好きになって。いいでしょ?」


 大介は照れている。こんなに好きと思われたの、初めてだ。まさか、自分が女に好かれるとは。


「まぁ、いいけど。この近くに勤めてるの?」

「うん」


 驚く事に、明子はこの近くで勤めているそうだ。いつもは週末に会うのに、まさか、ここで会うとは。


「まさか近くに勤めてるとは」

「私もびっくりしたわ」


 2人は一緒に帰り道を歩き出した。2人は最寄りの地下鉄の駅に向かっていく。


「まさか、一緒に帰るとは」

「びっくりした?」


 大介は驚いていた。まさか、一緒に帰るとは。


「うん。こんな日もいいよね」

「ああ。誰かと一緒に帰るなんて、何年ぶりだろう」


 大介はいつも1人で帰っている。名古屋に来て以来、全く恋人ができた事がないからだ。


「そうなの?」

「うん。いつも1人で会社から帰ってるから」


 明子は思った。大介は孤独なようだ。だが、私といると、孤独じゃない。この人のために何とかしないと。


「そっか。孤独なんだね」

「うん。恋人、できた事ないから」


 明子もそうだ。自分に恋人なんてできないだろう。そして、孤独に死んでいくんだろうか?


「そうなんだ。私が初めてなんだね」

「ああ」


 2人は名城線のホームにやって来た。名城線は名古屋市営地下鉄の路線で、金山、栄、大曾根、八事、新瑞橋を経由する環状線だ。


「これから名城線で帰ろうかなって」

「地下鉄唯一の周回環状運転の路線だね」


 明子は知っていた。都営大江戸線も環状線だが、この名城線は完全周回運転だ。また、金山からは名古屋港まで名港線が延びている。


「うん。だけど、環状線になるまでにはけっこう年がかかったんだよな」

「うん。昭和40年に最初の区間が開業して、29年間全く延長がなかったんだよね」


 名城線は1971年に大曾根まで開業した。だが、その先が開業したのは2000年になってからだ。これによって、ナゴヤドームの最寄り駅が開業し、ナゴヤドームへ行きやすくなった。


「理由はわからないけど、ナゴヤドーム前矢田に車庫を作るから遅れたのかなって」

「そうだね。あの車庫って、バンテリンドームの下にあるんだよね」


 ナゴヤドームの地下には、大幸車庫という2層構造の車両基地があり、ここに大量の車両が留置されている。その影響か、ここ止まりの電車があり、この駅でやや長めに停車する場合がある。


「うん。駐車場の中に入り口があって、試合前と試合後の観客輸送がしやすいんだよな」

「そうそう!」


 この車庫はナゴヤドームで試合がある時に役立つという。試合の状況に応じて、帰宅ラッシュにすぐに対応できる。


「新瑞橋駅は30年も終点だったんだな。だから、隣の瑞穂運動場東との雰囲気がだいぶ違っている」

「確かに。開業年にかなりの差があるからね」


 新瑞橋駅は1974年に4号線の駅として開業した。それから30年も終点だった。そして、2004年の全通、環状運転の開始によって途中駅になった。


「名城線は昔、名古屋港から名古屋大学の事を言ってたんだけど、今は環状区間が名城線で、金山から名古屋港までが名港線になった」


 名城線は開業当時は名港線も含めての愛称で、金山と新瑞橋は4号線と呼ばれていた。だが、環状運転の開始によって、環状線は名城線に、金山から名古屋港間は名港線となった。


「そうだね。だけど、多くの電車は名城線の大曾根まで乗り入れている」

「この区間は利用客が多いからかな?」

「そうね」


 名港線の電車は、金山止まりなのは一部だけで、それ以外は名城線に入り、大曽根行きかナゴヤドーム前矢田行き、あるいは右回りになる。


「右回りが山手線で言う外回りで、左回りが山手線で言う内回り」

「呼び方が独特だけど、慣れたらそう思わなくなってくるよね」


 2人とも、右回り、左回りの呼び方に慣れている。逆に、外回り、内回りと言われると戸惑うぐらいだ。


「うん。でも僕は、昔からこれに慣れてるね」

「私も昔から慣れてるわ」


 話しているうちに、大介の家の最寄り駅だ。明子とはここでお別れだ。


「おっと、降りないと」

「じゃあね、バイバイ」

「バイバイ」


 大介は最寄り駅を降りた。明子は手を振っている。だが、いつかはマイホームを手に入れ、玄関で手を振ってほしいな。




 それから、大介の心は揺れていた。もちろん、明子の事でだ。職場の人も、いつもと違う大介の表情が気になっていた。


「どうしたんだい?」


 大介は振り向いた。そこには上司の上田がいる。上田は笑みを浮かべている。


「好きな人ができてな」

「そっか。よかったな」


 上田は喜んだ。大介にも好きな人ができたとは。どんな人だろう。もし、結婚式をあげたら、呼んでほしいな。


「この年齢ではできないだろうと思ってたけど、まさか」


 大介は戸惑っている。この年齢では、もう無理だろうと思っていた。


「どんな人?」

「僕と気が合いそうな人」


 だが、鉄道が好きな事で付き合い始めた事は言おうとしない。


「ふーん」

「そろそろプロポーズをも考えないとな」


 大介は考えていた。近々、プロポーズも考えなければ。認めてくれても認めなくても、自分の気持ちを伝えないといけない。


「そうだね」

「大ちゃんもいよいよ結婚秒読みか?」


 上田は期待していた。プロポーズを考えちえるのならば、結婚は近いのでは?


「いやいや、まだまだですよ」


 大介は苦笑いを見せている。いつ結婚になるかわからない。まだまだ先だ。




 次の金曜日の事だ。明子はいつものように家に帰ってきた。今日は残業で、大介と一緒に帰れなかった。残念だったけど、会社のためだ。頑張らなければ。


 明子は疲れて、横になっていた。明日は休みだ。どこに出かけよう。考えてないから、大介と一緒に撮り鉄でもしようかな?


 突然、電話が鳴った。誰からだろうか? 明子は受話器を取った。


「もしもし!」

「もしもし! 大介?」


 明子は驚いた。大介かな? もしそうだったら、明日の撮り鉄の誘いだろうか?


「うん、大介だよ」

「元気にしてて何より。調子どう?」


 大介も明子も心配していた。ここ最近、一緒に帰らないからだ。残業が続いているんだろうか? 体調不良で休んでいたんだろうか?


「いいよ」


 大介はほっとした。どうやら残業が続いていたからのようだ。


「そう。わかった。じゃあね」


 電話が切れた。明子はほっとした。何か重要な事ではないかと思ったからだ。

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