煙草の灰が落ちる間に

@child___a

第1話

Close your eyes and count....


1.....


      Gun.



 男が、目の前にいるストーカー女を『捕獲』したのは丁度2週間前。

 四六時中見張られる、無言電話、電波系なメール、奇妙な贈り物…そんなことがしばらく続いたので男は一計を案じたわけ。

 エアガンショップでゴキゲンな銃を買い、ボンベをスキューバ用のと交換した。

 そして、自分の部屋の窓から女を撃った。

 双眼鏡を持って男の部屋を覗いていた女は、白いレインコートをはためかせながら非常階段を転げ落ちた。

 蜘蛛の巣に引っかかる紋白蝶のように女は非常階段の踊り場に仰向けになって倒れていた。

 ……女は、男が近づいて行っても逃げようとしなかった。


    I wanna be your dog!


 割れた額から血を流しつつ、女はすがるような目で男を見つめた。



...2.....


 女は男のコトを”カミサマ”と呼ぶ。

 宇宙からの電波が『啓示』をくれたのだとすわった目で蕩々と語る女。

 男は笑って、女の額に煙草の火を押しつける。

 ビンディーのような痣がつき、タンパク質の焦げるニオイが充満する。


       STIGMA.


 うっとりとした目で、女が男を見上げる。男は、その顔に拳をめり込ませた。

 したたり落ちる鼻血、ことり、と音を立ててフローリングの床に転がる折れた歯。

 それでも女はうっとりした目で男を見つめ続けている。


   デンパ、ウチュウ、カミサマ、ゼッタイ、シンライ、イノリ、ヨクボウ。


 男が、全裸になった女の背中に煙草の火を押しつける度に、女は呪文のように繰り返す。


   デンパ、ウチュウ、カミサマ、ゼッタイ、シンライ、イノリ、ヨクボウ。

     

 あちこちから流れた血が固まって赤い粉となって床に落ちる。

 まるで、鱗粉のようだな…と男は何となく思った。



....3.....


 遮光カーテンに閉ざされた部屋。昼も夜も真っ暗で、床は血とほこりでべたべたしている。

 男は一度も女を抱かず、ただひたすら殴る。蹴る。

 

      Happy?

 

 それでも、女は幸せそうに笑い続け、宇宙からの電波を受信し続ける。

 男は、だんだん飽きてきた。このガイキチおもちゃに。

 もっと簡単に壊れるだろうとか、助けを求めるだろうとか、最初はそんなことを思っていたのだ。  

 そして、男は2週間ぶりに遮光カーテンを開けた。

 青い…青い、月明かり。

 血は、月光にあたると黒く輝くということを男は初めて知った。

 ボコボコになって床に横たわっていた女が、起きあがる。

 鼻はひしゃげ、あちこち内出血でどす黒く腫れあがっている女の顔は、とても醜い。

 女は月に向かって両手を広げる……。まるでアンテナのように……。

 男は、衝動的に台所から出刃包丁を持ち出し女の頸動脈を斬った。

 黒く輝く噴水。スローモーションのように倒れる女。白かった壁も『黒』に染まっていく。 

 女が、勝ち誇ったように微笑んだ。

 女が息絶えたことを確認すると、男はふるえる手でポケットから煙草を取りだした。

 ライターで、火をつける。

 フィルターに返り血がしみこんでいて、なんだか女を貪っているような気分になる。

 ……そして、男は月を振り返る。



       煙草の灰が落ちる間に、

          どうするか

       考えなくてはいけない。



 男はベランダに出て、階下を見下ろす。

 月には宇宙波を増幅させるパラボラアンテナがくっきり見える。

 そして、FMラジオのように、宇宙波はクリアな状態で男の耳に…体中に染み込みつつある。


     アナタハカミヲサガシマスカ?


          Yes / No



 Noならどうだっていうんだ。

 男は煙草をくわえたまま月に向かって両手を広げる。世界中の『カミサマ』たちのヴィジョンが男の目に映し出される。

 残酷で、獰猛なヴイジョン

 それに仕える無数の『受信者』

 男は口の端でちょっと笑った。

 煙草の灰が、風に散る。

 男は神なんて信じていなかった。目の前にある現実と非現実。女の死体と宇宙電波。

 それから逃げ出すように、ベランダから身を乗り出す。

 下の道路を歩いていた少年が、ふと顔をあげる…。

 男と、目が合う。

 男は気付いてしまった。

 そいつは……『カミサマ』だ。


ソレ・ヲ・シルコト。

 ソレ・ヲ・ミハルコト。

  ソレ・ニ・ツカエルコト。



 男の体に降り注ぐ、3つのキーワード。


 少年が、曲がり角を曲がった。

 男は急いでクローゼットからコートを取り出して羽織る。


 宇宙電波は、少年の行方をナビシステムのように教えてくれる。


 耳をすませ!

 神経を研ぎ澄ませ!


 男の顔に、幸せそうな微笑みが浮かぶ。大丈夫。今、見失っても、電波があの子のことを何でも教えてくれるのだから。

 大丈夫。電波は世界中どこにいても、ちゃんと自分に届くのだから。男はコートを脱ぎ、風呂に入って髭を剃る。

 怪しまれないように、普通の格好をして、外へ出る。

 かつて、女が持っていた双眼鏡を片手に、男は少年の家の前にある電柱のかげに立った…。


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