繰り返しの日々の中で、少し頑張ってみる話

葦澤 瑞来

繰り返しの日々の中で、少し頑張ってみる話

 人生がうまくいっている実感も、物事がうまくできた達成感も無く、繰り返しの毎日をうまくこなす惰性の日々。朝起きて、学校に行って、授業が終わったら帰る。そして寝て起きる。多分、大人になっても変わらない。そんな毎日を送っていると、そんな毎日を想像すると、俺は怠惰でいられずにはいられない。




「よっ、寿人。数学の宿題やってきたか~」




 教室に入り、俺の席に行くまでの通り道。彼は一番後ろの席で友人たちと談笑していたが、俺を見つけると話しかけてきた。


 


「なんだ?また宿題見せてほしいのか?」


「お願い!!」




 そう言って頭を下げながら、両手を合わせる友人、箕郷英二。運動部に入っていて、短髪。目は細めだが、綺麗な二重でそれを感じさせない。


 席は近くないが、ふとした拍子に仲良くなった。英二は誰でも気安く話せる雰囲気を持っていて、彼の周りには人が集まる。俺はその周りの人。




「なんで寿人なんだ、英二。俺らだって宿題はしているぞ」


「いや、俺は宿題していない。寿人、英二と一緒に見てもいいか!?」


「いいよ、別に」




 そう言って、俺はリュックの中からノートを取り出し、英二に渡す。




「サンキュー寿人、愛しているぜ!!」


「俺も愛してる!英二と二人でジュース奢ってやる。黄色いエネルギーのやつ!」




 クラスの中でもなんとなくグループが存在する。女子のようにくっきりとはしていないが、ふんわりとそこにある。例えば、朝誰と雑談をするか。誰と移動教室を一緒にするか。昼食を誰と食べるか。たったそれだけ。


 朝、一緒に学校に行く友達は別のクラスにいるし、帰る友達も他にいる。ちょっとした休み時間は、席の近い男子と話す。授業以外、ずっと一緒にいたがる彼女らとは少し違う。




 英二を中心としたこのグループ。


 英二が俺のノートを丸写しするのを是としない男子、水尻竜星。尻と入っている自分の名字が嫌いらしい。「芸能人でいるじゃないか」と英二が言うと、女の尻は綺麗だが男の尻は汚いだろ?と返していた。将来は婿入りするらしい。


 俺のノートを英二と一緒に丸写ししているのは、轟剛人。自分の好きなアニメや漫画をよくおすすめしてくる。どんな会話でも、そのアニメや漫画に関連したワードが出ると強引にそっちの話題にし始め、よく英二に叱られている。




「おい、なんで俺のノートじゃなくて寿人のノートなんだって聞いているんだぞ」




 竜星はいつも宿題をちゃんとしてこない奴にはちょっぴり厳しい。自分のルールがしっかりしていて、たまに自分のルールに背く行動をした人がいると不機嫌になる。しかし今回は、自分のノートより俺のノートを選んだ英二たちに文句があるらしい。




「この三か月、色んな人のノートを見せてもらったが、遠慮なく丸写しができて、正答率が一番高いのが寿人なんだよ。竜星も惜しかったんだけどなあ」 




 こんなことを堂々と鼻高々にいう英二。彼が人に好かれる要因かもしれない。




「な、なんだと~!」




 竜星は悔しそうな顔をしながら、俺を睨む。梅干し見たくなるくらい唇に力を入れている。その顔がおかしくて、俺は笑う。




「な、何笑ってんだ!バカにしてんのか!!」


「顔が……!」


「あはは!竜星の悔しがる顔、癖ありすぎだろ!!」




 英二と一緒に笑う。もちろん大声ではなく、この四人の空間にとどまるくらいの。


 俺たちの指摘に竜星は頬に手をあてて、顔こねるようにぐにゃぐにゃと動かし始める。




「バカにすんじゃねえぞ、人の顔を……まったく」


「恥をかきたくなければ、二度と悔しがらないことだな」


「寿人、言いすぎだぞ~!」




 英二が笑いながら俺に注意する。これは一緒に面白がっているだけだが。




「恥をかかせたのは、英二たちだぞ。……寿人、俺もノート見ていいか?答え合わせしたい」


「はは、いいよ。じゃあ俺は席に戻るから、数学の前に返してくれ」


「はいよ~」




 英二の気の抜けた返事を背に、俺は自分の席に戻る。


 朝のちょっとした時間、友達のと談笑。毎日、違う会話をしているようで、ちょっとしか違わない会話。何も変わらない関わり方。いつまでもあの三人と変わらない関係、もし大人になっても同じように仲が良かったら。それが幸せか、不幸せなのか、俺には分からない。




「よっしゃー、俺いち抜け~」


「早えな、剛人」


「お前たちが楽しくおしゃべりしている時、俺はノートを丸写ししている」


「名言風に言うな!!」


「じゃあ俺たちが真面目に勉強している時も、お前はノート丸写ししとけ」




 別に達観している訳じゃない。この日常に不満を持っている訳でもない。あいつらと一緒にいるのは楽しいし、ずっと仲良くしていたい。喧嘩なんかしたくない。当たり前だ。幸せはいつも感じている。こんな繰り返しの日々でも、俺は繰り返しの幸せを貰っている。


 腹が減っていれば飯はうまい。湯船につかれば一日の疲れを忘れる。眠るベッドの感触は心地いい。




 そんな繰り返しの日々。繰り返しの未来。


 それを許容して、それに甘んじて、受動的に生きる俺は、怠惰、なのかもしれない。




「おはよう、鳥谷くん」




 隣の席の大川さん。少し派手で、少し強引なところがある普通の女の子。多少のカリスマ性があるのか、比較的にクラスで一番容姿が整っているからなのか、友達の多い女の子。




「おはよう、大川さん」




 軽い挨拶。


 そして俺は大川さん側じゃない方の机の横にリュックを置き、席に着く。別に大川さんの事が嫌いなわけではない。ただ大川さんが俺側にリュックを置いているからだ。


 引き出しから文庫本を取り出して、読み始める。小説を読むのは好きだ。ここにはありふれた日常なんてない。全ての本に、日常の皮を被ったファンタジーが存在する。だから本は好き。剛人が薦めるアニメや漫画は、少しファンタジーが過ぎて遠ざけてしまうが。




「ねえねえ、鳥谷くん」


「ん?」




 珍しい、大川さんが話しかけてくるなんて。席が隣でも、案外関りが無い。いつも隣の席の人と一緒に何かをするときは、大川さんではなく、もう片側の西君とペアになる。今日はまだ教室には来ていないが。




「ちょっと、渡したいものがあるんだけどさ」


「渡したいもの?」


「そう。ほら、小鹿」


「ちょ、ちょっと、美香ちゃん」




 そうやって大川さんの女子グループの奥から出てきたのは、絵川さん。絵川小鹿さん。他の女子と比べると小柄。座っている僕より少し大きいくらい。


 ショートカットが似合いそうだけれど、長い髪をポニーテールにしている。ほとんど関わり合いがなく、大川さんが隣で話している時に、何回か挨拶した程度だ。だから、性格も知らない。


 印象は気弱そうだけれど、授業中の発言では堂々としていた。つまり、分からない。




「どうしたの、絵川さん」




 そう聞くと、彼女は少し俯き、「えーっと、あーっと」と繰り返す。その手にはよくあるレターセットの、封された手紙だと思われるものを持っていた。




「ほら、小鹿。頑張んなさい!」




 大川さん含めた何人かの女子が励ましなのか、囃し立てのか分からないが、とりあえず急かすように背中を押す。そしてそれに煽られた絵川さんは、大きな息を吸う。




「鳥谷くん!!これ!!受け取ってください!!」




 その吸った息をすべて使うくらい、教室に――はたまた廊下にまで響くくらいの大声で、そう言った。絵川さんは、俺の宿題を丸写しを頼んだ英二よりも深く頭を下げて、肘を伸ばして手紙を俺に差し出した。




「あ、ありがとう……」




 面を食らっていたが、我に返った俺は女の子に頭を下げさせている図が俯瞰的に見てよろしくないと思い、すぐにその手紙を受け取った。




「あの!一人で見てください!」




 手紙を渡し終わると、絵川さんはするすると女子グループの林に隠れていく。周りの女子からは「よくやったぞ~小鹿!!」とわちゃわちゃしていた。


 俺はその手紙を封を裏表見る。少し柄が入って可愛げのある封に、分かりやすくハートのシール。可愛げがある。そして『絵川小鹿』と丸い文字で書かれている。彼女に良く似合う字だ。




「鳥谷くん!」


「な、何?」




 大川さんはこちらを見て、鼻息をフスーッと出しながら、両手を胸元でギュッとして言った。




「しっかり、頼むぞ!!」




 この騒動で浮足立った教室。俺が受け取った手紙の内容なんて、皆が想像できる通りだろう。しかしそれを目にしたいジャーナリズムの働いた愚民の目を掻い潜るのに、労力を使った。




―――




『今日の放課後、教室に残っていただけませんか』




 手紙の内容はそれだけだった。


 これくらいだったら、みんなに見られても良かったなと思いつつ、それは絵川さんには悪いなと思い直す。ただ帰宅部の俺がなかなか教室から出ないことを不審に思われ、限界まで教室に残ろうとする部活男子もいた。そいつらは大川さんに蹴られていた。




 そして教室には、俺と絵川さんの二人だけ。


 そこまでかかった時間もあったからか、丁度夕暮れ時でまさしく、という雰囲気が出ている。これぞクラスメイト全員で作った演出といっても過言ではないだろう。過言だろうな。




 俺の席は『とりたに』で、彼女は『えがわ』なので、席は離れている。それに俺は後ろで、彼女は前の方。教室の中で二人きりになっても、席から動き出さない絵川さんの小さな背中を俺は眺めていた。




 でもこの時間は少しありがたい。


 これで予想外……例えば、「英二君を紹介してください!!」とかの肩透かしな告白だったら、俺は多少ガッカリしながら帰るだろう。


 まあ予想通りでも俺は困る。こういう時、どうしたらいいか俺は知らない。




――ガタガタッ!!ガダダン!!




「あ、わわわ……」




 覚悟を決めたように立ち上がった絵川さん。そのせいで椅子を倒して動揺していた。なんだか微笑ましい。俺は今からこの子に告白されるのかもしれない。思わず、こちらも緊張する。




 椅子を直して、くるっとこちらを向く絵川さん。その顔色が紅潮しているのか、青ざめているのか夕暮れで分からない。制服のスカートを握りながら、涙をこらえる様に全身に力が入っている。


 それでもゆっくり、一歩一歩俺の方に近づく絵川さん。俺は適当な距離で、椅子から立ち上がる。机一つ半くらいの距離。思ったより、近い。俺はゆっくりと鼻で呼吸する。彼女にバレないように。




「鳥谷くん……!」




 震える声。それでも叫びに近い声量。彼女は追い込まれた時、声が大きくなるタイプなのだろう。俺はどちらかといえば小さくなる。




「今日は、残ってくれてありがとうございます……」


「うん、いいよ。それで、どうしたの?」




 この緊張感から察してはいるが、あえて促す。彼女がその内容を少しで言いやすくなるように、と思って。優しい声をかけると、ゆっくりと彼女は俺の方を見て、少しだけ力を抜いた。




「あの……鳥谷くんとは席が遠くて、あまり話したことがなくて、いきなりこんなこと迷惑かもしれなくて……でも私がおはようっていうと、優しくおはようって返してくれたり、箕郷くんとか水尻くんと話して笑っている姿だったり――」




 そうに訥々と話す絵川さん。


 彼女の視線は行ったり来たり。この緊張した雰囲気に何か助けを求めているように、縋る様に。多分、教室の外に大川さん含む女子グループの人たちでもいるのだろう。




――ああ、どうしようかな。




「それで……それで!私、鳥谷くんのことが好きになりました!!恋人になってください!!」




 意を決して絵川さんがそう言って、目をギュッと瞑った。俺はホッとした。とりあえず彼女が頭を下げなくてよかった。なんかこれで断ったら、俺が加害者みたいになる。




 さて、手紙の時点から俺は考えなくてはいけなかった。


 考える時間が欲しいと保留できないように絵川さんが……多分大川さんらが考えた戦略。戦略といったら失礼か。彼女たちが俺のために用意してくれた優しい時間。




 俺は窓の外を見てみる。


 夕暮れはとても綺麗。俺が帰宅部だから、夕暮れの教室何て滅多に見られない。風情がある。でも帰り道に見る夕暮れと、今見る夕暮れに特別な違いはない。夕暮れはいつだって綺麗だ。




 そんな俺の感情と、彼女の告白への返答は全く関係はない。


 ただ俺はいつもの夕暮れで心動かされても、考えや感情が変わるという訳じゃない。いくら夕暮れが綺麗だから絵川さんと付き合うことはしない。




「ねえ、鳥谷くん。今、答え……聞いてもいい?」




 そんな絵川さんの目は不安に満ちていて、そこに期待も混じっていた。君は何に期待しているのだろう。俺と付き合う事?俺と付き合った後の事?さらにその先の未来……はないか。




「うん、答えるよ」




 そう言うと、絵川さんの体に緊張感が帯びる。


 俺は少し、教室の外を気にしていた。高校になってから、教室は廊下側にもガラス窓がある。それでも彼女らは上手に隠れている。本当にいないように。




「うん、付き合うよ。俺、井川さんと付き合うよ」




 俺は穏やかに笑えていたと思う。


 そんな俺の顔、そして俺の返答に彼女は感情が溢れる様に目に涙が浮き出る。その瞬間、教室の扉が勢いよく開かれて、大川さん含む女子三人が飛び出てきて、泣いている絵川さんに寄り添う。




「頑張った!頑張ったねっ、小鹿~」


「よかったね、小鹿~!!」


「よくやったわ、小鹿!!」




 彼女たちがそんな賞賛の声を、絵川さんにかける度、彼女はますます大粒の涙を流して泣き始める。大川さんは自分の制服の事など気にせず、絵川さんの事を抱きしめて、頭を撫でていた。女性の友情はもっとドロドロしているものだと勘違いしていた。いや、これも本の読みすぎ、俺の妄想。嬉しい現実。




「鳥谷くん……!」




 大川さんと二人の女子は、絵川さんの寄り添いながらも俺の方を見る。三人同時に首をひねってこちらを向く。ちょっとしたホラーだ。




「なに……?」




 すると、女子三人組は俺に向けて親指を立てて、グッジョブ!!とハンドサインをした。人の恋路は面白い。俺にも経験がある。でもここまで寄り添えるかといえば、そうではない。これは男には分からないことかもしれない。




 そして俺は恐怖する。この告白を断っていたら、彼女たちからあのハンドサインが逆になっていたのだろうと、想像して。六つの鋭い眼光と、泣きじゃくる絵川さん。混沌としている。




「よっしゃーー!!」




 絵川さんが泣き止むくらいで、大川さんが両手を上げてそう叫ぶ。




「みんなで祝勝会だーー!!」


「おーー!」「やったーー!!」




 三人の女子はみんなで両手を上げていた。


 どこにいく?いつものファミレス?もっと特別な場所でもいいんじゃない?私、バイト代入ったよ!などなど、この空間に俺なんかいないみたいに。女子だけの時間、すごく気まずい。でもここから去ることもできないのでもどかしい。




 そんな困惑している俺に、涙を拭いた痕のある絵川さんが俺に近づき、そっと外にで出ている俺のワイシャツの裾をちょこっと握り、




「鳥谷くんも来て?」




 と上目遣いでそう言った。犬がク~ンとおやつを求めるかのように、小動物みたいに甘えてくる。




「キャーー!小鹿、可愛すぎだよ!!」




 後ろで大川さんが叫ぶ。愛されているんだな、絵川さん。




「彼女がそう言っているんだし、鳥谷くんも来るでしょ」




 そう言われて、俺は悩む。


 祝勝会。絵川さんが勝ったことを祝う会。そこに俺はいるのだろうか。女子たちによる作戦会議、会話が盛り上がっているのに挨拶しに来た絵川さん。その日と決めて手紙に文字を綴り、観衆のもとそれを渡す。情緒的な日暮れ時に、心の籠った告白。


 その過程に、俺はいない。彼女にとって特別な毎日に、俺はいないのだ。




「止めておくよ」




 絵川さんは、俺のシャツの裾を離して「え?」と短く切れるような声で言う。


 彼女がショックを受ける前に、俺は言葉を続ける。




「さすがに女子四人の中に男一人じゃ気まずいというか、俺無しで話したいことの方が多いと思うよ。だから、今回は四人で。恋人になったんだ、今日じゃなくてもいいじゃないか。明日は来るよ。また今度、一緒に行こう」




 意識的に笑いかける。


 すると、絵川さんの笑顔が戻り、「うん」と元気よく頷いた。その希望に満ちた顔、未来に期待する顔。俺はなんでそんな顔ができるのだろうと、不思議に思った。




―――




「じゃあね~」


「また明日、鳥谷くん」




 手を振りながら教室から出ていく女子四人組。最後に小さく「バイバイ、鳥谷くん」と笑顔で手を振る彼女は小鳥のよう。でもそこに小鹿のような弱々しさはない。




 教室に一人に残された俺。


 恋人ができたというのに、その実感が無いのは仕方のない事だろう。俺は告白されただけ。そして承諾しただけなんだから。俺からしたらスタートラインに立っているかも分からない。彼女たちはどこにいるのだろう。




「はあ……疲れた」




 俺は思わず、自分の席に座る。




 朝、手紙を渡されてから教室中がそわそわしていて、視線は絵川さんではなくて俺。誰もが彼女の告白に、俺がどう答えるのかを気にした。昼食を食べている時の、英二、竜星、剛人の三人も話題には出さなかったが、俺から何かを話してくれることを期待するような顔で見ていた。




 ああ、疲れた。




 空が綺麗。薄雲が綺麗。教室が綺麗。


 それでも俺は、こんな今日も特別な一日だったと、口にはできない。




「夕暮れ、独りぼっちの教室で、告白を受け入れた少年は何を想うのだろうか」




 頬杖をついて、夕暮れの空を見ていた俺の斜め後ろ、教室の扉の方から聞こえる女の声。その語り口調の声でも、誰なのかを判別できた俺は少しすごい。




「先輩……?」




 そこに立っていたのは、中学時代憧れていた先輩。旭川鶴海だった。相変わらずのショートカットで、細いのに丈夫そうな体格、底抜けに明るい笑顔。




「よっ、黄昏れ少年」




 古いアニメのイケメンがやっていそうな、指二つを立てて「チーッス!」みたいなポーズをとった先輩。ボーイッシュな彼女には、少々似合いすぎている。




「先輩、なんでここにいるんですか?」


「たまたまだよ……って言いたいんだけど、実は君を探していたんだ」


「いや、そうじゃなくて。なんで先輩がこの学校に?」


「はああ!?」




 激昂した先輩は、俺の方へ早歩き。ドズドスと迫ってきて、俺の前で仁王立ち。その存在感と威圧感に、俺は困惑しながら身を引いた。




「お世話になった先輩の進学先を覚えていないとは後輩にあるまじき失態だぞ!!せっかく私の背中を追いかけて、この学校にやってきた後輩をわざわざ世話しようと思ってきたのに、がっかりだ、全く!」


「あー、そういえば……なんとなく先輩がこの学校志望だったて言っていたような……」


「それを覚えてくれて、同じ学校に来たわけじゃないの!?」


「先輩、受かっていたんですね。学年の中でも頭が悪いって有名だったから、勝手に落ちたものだと」


「がおーー!!」




 俺は中学生の時、陸上部に所属していた。


 その時、一つ上の学年に旭川先輩はいた。彼女は積極的に部を盛り上げ、人一倍努力し、その時の三年生と二年生の中心にいて、入部したての一年生――俺たちは彼女のそんな姿に憧れた。




 あの時、あの入部してからの一年間は、今思い出しても煌めいていた。


 この人の背中を追いかけて、沢山の人が俺の前にいて、追いすがるのに必死で、それでもその努力が楽しくて。今みたいに、繰り返しの日々なんて思っていなかった。




 どうして俺がこうなったか。簡単だ。ただ記録が伸びなくなったから。


 あんなに楽しかったものが、苦しいものになって、いつからか放課後になった時の口癖が「部活だりぃ」になった。余計な練習はしない。休憩中は友人とバカ話。


 そのくらいかな、毎日同じ事ばっかって思い始めたのは。




「ねえ、聞いているの?」




 先輩は俺の前の席に陣取って、俺の机に頬杖をついていた。苛立ちを含んだその声に反応して、俺が目を合わせると、子供のように無邪気に笑う。




「また会えて嬉しいよ、寿人くん」


「俺は少し……会いたくなかったです」




 俺は先輩に負い目がある。


 がむしゃらに走って、家ではストレッチ。母親には食事のバランスを強要した。この人の笑顔を見ると、あの情景とあの声を思い出す。今のような夕暮れの部活終わり。ギリギリまで走っていた俺に、ただ一言、「一緒に頑張ろうね!」と言ってくれた。その次の日はより頑張った。




 記録が伸びなくなっても、彼女は俺を励ましてくれた。別にそれが重荷になった訳じゃない。


 でも彼女が部長として頑張っている時、俺はもう陸上への情熱を消していた。「一緒に頑張ろうね」という言葉。彼女にとってはふと言ったことだろうが、俺には約束のように感じ、勝手にそれを破った後ろめたさがあっただけ。




「もう走らないの?」




 心臓が跳ねる。申し訳ないけれど、告白の手紙を渡された時よりも。でもそれはときめきじゃなく、罪悪感だ。




「走ってますよ。遅刻しそうな時に」


「刺すよ」


「何でです?」


「指で、目を」




 頬を膨らませながら、ピースの第二関節を曲げて鷹のような手で、「刺すぞ~」と脅してくる先輩。冗談めかしく、目を微笑ませながら。


 しかしそれが切り替わり、先輩は頬杖を止めて自分の膝に手を乗せる。




「ちゃんと答えて。陸上、やらないの?」




 俺は先輩の顔を見られなかった。多分、真面目で真っ直ぐな目をしているのだろうが、それが今の俺には痛い。でもさっきのように茶化すのはさすがに悪いから、




「やりません。中学は部活に入らないといけませんでしたから、高校では帰宅部でもいいな~と」




 そういう人はいっぱいいる。


 俺のように最終的にライトに部活をしていた人は当たり前に、最後まで走り切った人でも高校になったら別の事をしたい人もいる。俺はその中の一人でしかないのだ。




「そっか。まあ、高校生になって、新しくやりたいこともできる、か」


「そうですね」




 そう言った先輩を見ると、腕を後ろでクロスして体を伸ばしてリラックスしていた。もう固い雰囲気はない。


 ホッとした。もしかしたら先輩は俺を陸上部に勧誘しに来たのかと思った。憧れだった先輩に誘われても、俺は多分あの時のように頑張れない。俺にとってあの日々は苦しい幻想だ。




 そんなことを思っていると、先輩は俺の頭に強くチョップしてきた。




「――痛って!なにすんですか!!」




 すると先輩は立ち上がり、俺に指を差しながら言う。




「君が嘘つくからだろ!!何が、そうですね、だ!君の顔は新しくやりたいことができた青春の高校生の顔をしていないぞ!!下を向いて、憂い気に夕暮れを見る小説の男の子みたいだぞ!」


「小説の男の子……って」




 そんな憂い気な少年は、ある女性との出会いで人生が変わりがち……それはフィクションで、ファンタジー。繰り返しの日々で、繰り返しの日々を目指して進んでいく。人生は一人の女性じゃ変わらない。




「ほらほらほら!!その顔だ、その顔、その顔止めろ!!」 




 先輩はそう怒って、木魚を叩くように俺の頭をチョップし続ける。軽いチョップだが、先輩が立っているので結構痛い。




「いい加減にしろ!」




 俺はそのチョップを真剣白刃取りする。「ぐむむむむ……」と先輩はチョップの手に力を入れまくるが、俺もなかなかの力を出してそれを封じ込める。そして彼女の手から力が抜けたのを確認して、手を離す。そして先輩は脱力して、落ちる様に椅子に座る。




「で、私の後輩は何に悩んでいるのかな?」


「別に悩んではいませんよ。悩むくらい悩むことはありません」


「また嘘つく~。悩んでいない男の子が、小説の男の子みたいな顔をするわけないでしょ」


「俺は小説の男の子じゃありません」


「だからじゃん。寿人くんは小説の中にいないのに、小説の中にいる様に儚い。だからじゃん」


「儚いって……小説の中でしか聞きませんよ」




 先輩は「むむむっ!」と眼光を鋭くして俺を睨みつける。


 本当に悩みという悩みは無いんだ。ごく一般的で、誰もが思っていること。それを敏感に、深く考えてしまうだけ。ふとした時が、ちょっと人より多いだけ。それだけだ。


 でも先輩をちらりと見ても、これ以上は話す気配はなく。俺が話し始めるのを待っている。俺はしょうがないと、溜息をついた後話し始めた。




「中学の時からずっと、俺は繰り返しの日々にいるんです。何か嬉しいことがあっても、何か苦しいことがあっても、どうしたって同じような明日がくる。そんな毎日の積み重ね。そうすると、未来が詰まらなくて色が無いものだと思ってしまう。でも俺は、それでも俺は一般的な道しか選べない。だって、それが無難で、楽で、幸せな道だって知っているから」




 ポツリポツリと自分の感情が出てくる。しかし決して感情的にならない。これは感情的になれない内容で、自覚できるくらい自虐的だった。本当に、最後に鼻で笑ってしまうくらいに。


 こんな話、悩みとして聞かされて先輩はどんな顔をしているのだろう。気になって、顔を上げてみると、彼女の顔は俺の想像とは全く違う。




「先輩?」




 思わず声に出た。


 いたずらに笑い、「そんな悩み、悩みじゃない!」と一蹴くらいしそうだな、と思っていたが、先輩の顔は、二重で綺麗な目が見開かれ、ポカンと口を開けていた。


 でもそれは一瞬で、俺の声に気が付いて普段の笑顔に戻る。別にそれが貼り付けたようには見えなかった。




「あーごめんごめん。そっかーそんな悩みがあるのか。でも私には分からないような、分かるような、分からないような」


「分からないに二票ですね」


「そうなの!よく分からなかった。これでは寿人くんの悩みが解消できないなんて、先輩の面子丸つぶれなので、一つ一つお話ししましょう!」




 ふん、と鼻息高く張り切る先輩。


 そんな分解するような悩みでもないんだけどな。こんなの不安感にもならない漠然とした感想のようなものだ。




「でも、先輩。時間はいいんですか?校庭は絶賛盛り上がり中ですが」


「大丈夫なのだ!そもそも今日は君に会いに来たって言ったでしょ。私は自分の予定をすっぽかすほどおっちょこちょいじゃないし」


「つまり予定がないから、ふらっと来てみたと」


「言い方!これでも何度かチャレンジしたんだぞ。でも私がいくら教室を覗いても、寿人くんいないだもん。さすが帰宅部ね!ホームルームが終わったら、風を起こして教室から帰るんでしょ。あーそこで陸上部の経験を活かすんだ!日直の合図で、スタートダッシュ!」




 椅子の上で本格的に腕をふる先輩。こっちの方が風を巻き起こりそうだ。




「さすがにバカにし過ぎですよ。俺、短距離じゃないですし」


「じゃあ、長距離の経験を活かして、学校から家までのタイムを毎日縮めているのか……!」


「おい、話を聞くんじゃないのか。俺は帰るぞ……!」


「きゃー!私の後輩が、タメ口使っちゃった!これはこれで、ドキドキしちゃうね」


「はいはい。無駄話する時間があることは分かりましたよ。俺もいつも一緒に帰っている友達には、今日は用事があるって言ってありますし」


「あーそうだ!告白されてたね、寿人くん!」




 手紙をもらった後、昼休みに別クラスに行ってその友人には断りをいれた。その頃には俺が告白される噂が別クラスに回り、その教室を訪ねるとソワソワし始めた。入学から三か月。まあ、こんなゴシップニュース誰でも飛びつく。当事者にはたまったものじゃないが。


 先輩もこの話題に興味津々な顔をしている。




「先輩、どこから見ていたんですか?」


「途中から……というか終わってからだよ。寿人くんの教室を見に行ったら、外で組体操しているみたいな女の子たちがいて、それで何かの拍子に喜びながら中に入っていったから……これはイベント!って覗いたら、泣いている子の周りではしゃぐさっきの子たち。そして傍には男の子。これは…!でしょ?」




 良かった。絵川さんの友人はもうしょうがないと諦めがつくけれど、俺が返事をする場面を先輩に見られたら、何となく恥ずかしい。多分、それが英二でも恥ずかしい。




「でも寿人くん、あんまり喜んでいるようには見えないね。せっかく彼女ができたのに」




 見透かされている……というか、普通に見る人が見ればバレる。正直、告白を受け入れた後、絵川さんに悟られないように、平然を装うふりをしているふりをしているまであるかも。




「そういうのも含めて、さっきの悩み……というか、そういう面があるというか……」




 少し言葉に詰まりながらも、もうこのまま話してしまおうと思いきる。少なくとも目の前のあこがれだった先輩は、人間的に信用できる。




「いいよ、話してみて」




 さっきまでテンションが高かった先輩からは別人だと思ってしまうような、優しい声。俺にとっては聞きなれた声だった。




「俺は聞くだけなら、充実した日々を送っているのだと思います。気の合う友達もいる。教師との確執もないし、家族仲も良好。成績も悪くないし、趣味はないけれどテレビは楽しい」


「彼女もできたしね。この時期で彼女持ちは、かなり勝ち組ね」


「思ってもない事を」


「まあ、私には分からない価値観だけど、周りには、彼氏ほちーって嘆いている友達いっぱいいるよ。中には恋人を作るために高校に入った人もいるんじゃない?」




 先輩は親しみやすく、飛び抜けに明るく、人を引っ張るリーダー的存在でカリスマ性があって、容姿もいいし、たまに抜けている所もある。彼女が中学時代からモテていることは知っていたが、告白する男子は少なかったと思う。先輩は劣等感を抱いてしまう程、輝いていた。


 相変わらずの先輩。


 どんなペースで走れば記録が伸びるか。大会で緊張したときはどうしたらいいか。大人数で走るのと、一人で走る時の記録の違い。あの時、先輩と話すことは陸上のこと。こんな風に、先輩と教室で陸上以外の話をするなんて、思ってもいなかった。




「で、続きは?」


「え?」


「続きよ続き。友達はいる、彼女のいる、テレビは楽しい。悪くいない日々じゃん」




 悪くない日々。そう、悪くない。




「友達がいなければ吸う息が苦しい。教師と仲が悪ければ、一日の半分以上の時間で心が歪む。家族仲が良くないと、ソワソワするし、成績が悪いとバツが悪い。テレビは……まあこれはいいや。これが嫌で、俺は自分勝手にうまくやっているんです」


「自分勝手に、うまくやる?ふむふむ……」


「分かりませんか?」


「分からない!」




 まあ、先輩はそうかもしれない。


 先輩は友達との関係も、教師との関係も、家族……は知らないけれど、多分良好だろう。うまくやろうとしなくても、うまくできている人。そしてそれができた上で、それ以上へ走ろうとする人だ。




「足掻かず、戸惑わず、何かを求めて手を伸ばさない。そしてそつなく、受動的。自分が苦しくならないように、動悸がしないように、うまく自分の感情を隠すんです。自分のために、人に判断を委ねるんです。それが楽だから」




 先輩は自分の顎に人差し指を当てて、考える仕草をしている。そして俺の言葉を咀嚼し、飲み込んだ瞬間、閃いたように「ああー」と声を出した。




「恋人ができたのに、喜んでいないのはそれが理由?自分が苦しくないように、悲しまないように、上手に自分を隠して彼女の気持ちを受け入れたの?」


「はい。朝、突然の手紙。ソワソワしだす教室。見守る彼女の友達。夕暮れ迫る雰囲気のあるシチュエーション。緊張感ある告白。あれは俺の選択ではなく、彼女たちの選択。俺はそれにただ委ねただけ」




 別に絵川さんと付き合いたくない訳じゃない。でも碌に話したことも無い。人となりも知らない人と恋人になるのはどうなんだろう。そういう気持ちは確かにあった。ただ自分の気持ちを優先した場合と、彼女たちの気持ちを優先した場合を天秤にかけ、俺が傷つく可能性が高いのはどちらだろうか。




 俺は溜息をついた後、長く息を吸った後に大きく手を広げ、天井を見上げる。そしてちょっとだけ声を張って言ってみる。




「人間関係概ね良好。将来安定。俺にはありふれた幸せな未来が待っている!」




 そして広げた両手をゆっくり机で組みながら、背中を丸めて張りの無い声で続けた。




「なんてつまらないんでしょう。俺は小説にでてくる少年じゃないのに、どうしてこんなに色鮮やかな未来を恋焦がれるのでしょうか」




 友人関係も家族関係も良好ではなかったり、教師と仲が悪かったり、成績がよくなかったり、テレビが面白く感じなかったりすれば、もしかしたら俺は自分が思ってもみないことに埋没していったのかもしれない。それこそ、小説の主人公みたいに。




「憧れているなら向かえばいいのに。そこは色があって、鮮やかなんでしょう?」




 胸をぐさりと突き刺す言葉。先輩の人となりを知っているから、不快にはならないが、普通に落ち込む。「ああーー……」と唸り声を上げながら、俺は机におでこをぶつけながら顔を伏せる。




「ど、どうしたの、寿人くん!?」


「無理です……」


「な、何が?」


「そこに向かって走るのが無理なんです」




 俺は机から頭を離す。先輩は苦笑いしながら俺の奇行を見届けた。


 別にここまで考えていなかったな~なんてことまで、言葉に出る。そしてそれを自分の中で認め、自己嫌悪に陥る。会話って恐い。




「つまらないというのは満足していないってことで、不満じゃない。俺はこの生活、人生に不満を持ってるわけじゃない。学校は面倒くさいけど、友達と会うのは楽しい。授業を受けるのは嫌だけど、成績が良いと嬉しい。それって、先輩の言う通り悪くない日々なんです。別に軌道変更したい程、嫌いな日々じゃないんです」


「でも満足できないんでしょ?」


「はい。俺は先輩と一緒に練習した日が眩しい……と思ってしまう。自分が怠惰だって思ってしまう」


「でもそんな自分に戻ったら、この悪くない日々が無くなってしまう?」


「……そうです」


「――ぷっ、はははは!!」




 先輩は突然笑いだした。


 それはもう大爆笑。あともう少しで涙が出てしまうくらいに、大口広げて笑っている。俺は思わず目を細めてしまう。さすがの先輩でも、茶化すだけで真剣に聞いてくれていると思っていた。まあ、笑われても仕方ない悩みなのだが――




「おい!悩みを聞くって言ったのはあんただぞ!ここまではいい感じだったのに!」


「あはは!ごめんごめん!いや~耐えたね。これで一通り聞けたのかな?」


「なんですか、耐えたって。ずっと笑うの我慢していたんじゃないですか。全く、損した気分です」


「だって普通の人なら、そんなうじうじしているならやってしまえー!って片付ける悩みだよ。それを真剣に聞いている私!って考えるとちょっとおかしいじゃない?」


「そうに一蹴したかったんじゃないですか。じゃあこんなに語らせる前に止めてくださいよ」




 拗ねたというか、ちょっとがっかりしてしまった俺は、片手にこめかみを乗せながら体勢をだらしなくして、窓の外を見る。話している間にちょっと日が落ちて、空のグラデーションが綺麗だ。




「そうじゃないよ――」




 先輩はそう言うと突然、両手で俺の顎を持ち上げて、強制的に俺の目線を変える。


 空のその先、遠くを見るようで何も見ていない視界が、いきなり先輩の顔でいっぱいになる。びっくりして、あ、という言葉すら出ない。




「他の人ならそうだけど、私は違う。寿人くんの悩み、ちゃんと解決してあげるよ」




 強制的に合わせられた目と目。


 俺はあまり先輩の目を合わせたくはなかった。彼女の未来に進もうとする真っ直ぐな目は、俺には眩しすぎるから。しかし先輩の目は、あの時のようにギラギラはしていなかった。


 優しくて、大人しくて、穏やかで。


 思わず目を逸らしてしまいそうになったけど、それに気が付いた俺は逆に目を離せなかった。




「私は君の話、ちゃんと聞いてたよ。君は大切な先輩である私に、何か始めろー!陸上もう一回やれー!って言われても、多分やってくれない。……私に強引に手を引かれたかったりする?」


「……すいません。遠慮します」


「残念」




 風のような声を発して、先輩は指を一本ずつ俺の顔から離してギュッと自分の手を握りながら、座りなおした。俺も思わず力が入ってしまっていたのか、椅子の背もたれで脱力する。


 夢のような――というと俺が望んでいるようだから、幻覚のようにと言い換えるが、そう思ってしまうような数秒間。初彼女ができた男になんてことをするんだろうか、この女。




「どうしたの?先輩の美貌に恐れをなしたか~?」


「ホント、恐怖でしたよ」




 冗談めかしく言うと、いたずらな笑顔を見せる先輩。


 あの不思議なオーラを持っていた先輩はそこにはいない。いつもの先輩。




「で、先輩。俺の悩み、解決してくださいよ」


「先輩に任せなさい!!」


「任せます。お願いしますね」




 なんだかんだで、親や先生よりも頼りになるかもしれない先輩。


 顔を近づけられてふわふわしてしまったが、あんな風に「ちゃんと解決してあげるよ」なんて言われれば、寄りかかりたくなってしまう。




「まず、君は一部分の自己評価が低い」


「一部分…ですか?」


「そう。友達がいて、誰とも揉めてなくて、彼女ができて、そんな自分は幸せ者だと自覚できているのは素晴らしい事です。その通りだと、先輩も思います」


「ありがとうございます」


「しかし!頑張る、という一点においては自己評価が低い!君は陸上部で一生懸命頑張っていたことが鮮烈で、それを基準にしちゃうんだよ。あの頃に比べれば、自分って頑張っていないな~って。だから!まずは君が自分は頑張っていることを自覚しなくちゃ!」


「頑張っている……」


「友達と仲良くして、家族といい関係を築いて、勉強を頑張って――自分が生きやすくなる環境を作るために、君は努力したんだ。それはがむしゃらに走っていたあの頃とは違うかもしれないけれど、君は頑張っているはずなんだ」




 テストでいい点を取って、教師に「頑張ったな」って言われる。通知表を親に見せると、「頑張っているわね」と言われる。身の入らなかった時期の陸上部でも顧問には「頑張っているな」と言われた。


 でも、こんなに心に響く「頑張っている」という言葉は、初めてかもしれない。




「寿人くんが物凄い勢いで全力疾走していたのを、私が見てた。その足を緩めた瞬間も、私が見てた。でも君はまだ走っているよ。頑張っているよ」


「……でも」


「――でもじゃなくて、まずは寿人くん、君が頑張っていることを自分で認めるの!」




 先輩は机に放りだされていた俺の手の上に、自分の手を乗せた。そして彼女の親指だけに力が入った。俺の手はそれだけで、手を握られていると勝手に錯覚する。




「……俺は頑張って、います」




 俺が歯切れ悪くそう言うと、先輩は満足したように俺の手を離した。




「うん!寿人くんは怠惰じゃない。あの頃より、ちょっと遅いだけだよ」


「陸上部に所属していた身からすると、遅いと言われるのは癪に障りますね」


「じゃあ陸上部に入る?」


「入りませんよ。どうしたってあの頃みたいに走れない」




 陸上は三年間ちゃんとやった。体が思い出して、練習すればいいタイムは出るかもしれない。でも俺が言っているのは、その走れないじゃない。あの頃のようには頑張れない。頑張りたくない。




「あれは眩しくて楽しい思い出ですが、苦しくて辛い思い出です。だからこんなに心に残ってる」


「苦しいよね、走るのって」


「はい。でも楽しい」


「それを知っているから、寿人くんはこうして悩んでる」




 そっか。俺は頑張っていたか。


 いつも繰り返しの日々というエスカレータに乗っているものだと思っていた。でもちゃんと階段を上っていたんだな。そう自覚すると、俺は自分を褒めていける。自分を認めてあげられる。多分、階段を上り続ける人生だけど、その一歩一歩を褒められたらその人生は――




――パン!




 思いふけっていると、先輩が手を叩く。


 足元を見て、自分を褒めてあげようと思っていたら、先輩は強制的に俺の顔を上げさせた。




「なんかスッキリした顔をしたようですけど、寿人くん!」


「はい?」


「これからですよ!こ・れ・か・ら!」




 先輩は俺の眼前で、指をポンポンポンポンと空気を四回押した。三回目は目に刺さると思った。




「俺は結構納得できたんですけど……」


「だめだめだめ!こんなので納得されちゃあ困る。私、寿人くんの話を聞いて考えたことはこれだけじゃないの」


「先輩、頭回るんですね」


「ふん!!」


「痛っ--!!」




 チョップを一撃。木魚遊びのやつじゃなく、かなり本気のやつ。気絶しそうになった。冗談無しに。




「愛する後輩のために、一生懸命話を聞いて考えたのに何て言い草!!せっかく素晴らしい話をしてあげようと思っていたのに、どうするの?一旦、尊敬してますって言う?」


「……先輩、尊敬してます」


「よろしい」




 なんだこれ。




「それで、素晴らしい話って言うのは何です?これまでが結構素晴らしかったんですけど」


「あら、そう?」




 先輩は分かりやすく鼻が高く伸び、胸を張りながら腰に手をあてている。照れ隠しだろう。自分で本気で、真面目に話したのを自覚しているからか、彼女は褒められたらくすぐったく感じている。


 そしてこれも分かりやすく咳払いをした後に、先輩は話を続ける。




「私、考えたの。なんで寿人くんが繰り返しの日々が~なんてことを考え始めたのかって」


「俺が過去の自分と比べていたからですよね?」


「うん、それもある。でもそれは君にとって不満の無い人生なんでしょ。せっかくなら、満足する人生にしなくちゃ!」


「でも俺はあの時のように頑張るのは……」


「極端!」




 先輩は軽くリズミカルに机をたたいた後、肘を乗せて指を立てながら彼女は語る。




「ねえ、寿人くん。ベッドに入る時に、あ~疲れたな~って思ったのはいつ?それも清々しく」




 いきなりそんな事を聞かれ、俺は椅子に座りなおし、顔をしかめて考える。


 いつも家に帰って、夕食を食べて、風呂に入って、部屋に戻る。何か、色々しながら眠くなるのを待って、寝る。




「ん~本当に陸上に熱入っていた頃……」


「あはは!君はそればっかり。大好きすぎでしょ」


「しょうがないじゃないですか!……難しいですよ、この質問」


「そう?例えば、友達と遊園地いった日とか、定期テストが終わった日とか、私の場合は……大会が終わった日とか?そういう日ってさ、何もかも使い切って疲れているのに、充実感に満ちていて、明日も頑張ろうってなるでしょ」


「あ~確かに」




 すごく分かる。最近はそういうの無かったけど、小学生のときなんかいっぱいあったかも。


 帰る時間ギリギリまで近所の友達と遊んだり、プールに遊びにいったり、家族と遠出したり、そんな日は名残惜しさも感じつつ、明日への期待もあった。




「寿人くんがこの毎日を繰り返しの日々だと思ってしまうのは、自分はあまり頑張っていないと思ってしまうのと他に、そういう面もあるんじゃない?」


「……?卑屈になっていた俺が言うのもなんですけど、そういうのって繰り返しの日々があってこその特別感がありませんか。滅多に味わえないからいいっていうか」


「そうだけど……そうじゃなくて!君は十分頑張っていて、その頑張りが自分を幸せにしている。でもそんな生活に満足できないのは、頑張りが足りないからだよ」




 思わず、首をかしげてしまった。


 先輩は「十分頑張っている」と言ったのに、すぐに「頑張りが足りない」と。でも先輩の優しく語りかけるような口調から、「どっちだよ!」とはツッコめなかった。


 でも先輩は俺が微妙な反応している事に気づくと、ちゃんと付け足してくれた。




「えーっとね、寿人くんはよく陸上を一生懸命だった頃を思い出すでしょ」


「先輩に笑われるくらいに」


「だって面白いんだもん。それでね、あの頃の君が十分の内、十五分頑張っていたとして――」


「十五分……」




 先輩は分かりやすく説明するために、背を図る様な手を上げ下げして話す。




「その十五分は楽しかったけど、苦しくて辛い。あれくらい頑張るのは気が進まない。それは君の許容量を超えているから。でも十五分に耐えられた君の容量は十四分だとして、今十分頑張っているから、四分余っていて……それで、人間が気持ちいいと感じられる割合が八割だとして……それで今君が十分で、許容量が十四分で…………ねえ、私何言ってるの?」


「大丈夫ですよ!伝わってますよ!」




 言いたいことは分かったけど、多分割合を考え始めたのが悪い。俺も先輩の説明を聞いていて、そこら辺から考えるのが面倒くさくなった。計算式にしてみれば簡単なのに、暗算は苦手だ。正直、くり上がる掛け算とか、紙に書きたくなる。


 でも考えればすぐ出る。




「……まあ、十一くらいですかね?」


「ぐ、具体的な数字なんてどうでもいいのよ!私が言いたいのは、君は身も心もまだエネルギーがあるのにそれを使っていないから満足できないの。私から見ても、他の人から見ても、君は頑張っているけど、君自身はまだ頑張り足りないって思っているかもってこと」


「それは自分が陸上で頑張っていた頃と比べて……とは関係なくですか?」


「関係なく!もちろん、その土台になっているのは陸上の頑張りかもしれないけど、それは私には分からない。う~ん……じゃあね、もっと君がしっくりくるようなこと、言ってあげようか?」


「最初から言ってください」


「こういうのは順序なの!……あのね、君は欲張りなんだよ。他の人なら羨んでもいい環境にいる君は、そういう環境を作った君は、それ以上を求めているんだ。嬉しい、悲しい、楽しい、苦しいを今よりちょっとだけ望んでる」


「苦しいのは……嫌ですけどね」




 欲張り。先輩が俺のためにしっくりくる言葉を選んでくれて、俺はその言葉を聞いて、心にストンとテトリスのように入ってきた。「それだーー!!」って言いたくなるくらい。


 今までうまくやってきた。それは安定と平穏を求めるため。嬉しいこともあったし、悲しかったこともあったし、楽しかったし苦しかった。でも先輩の言う通り、確かに物足りなかった。




「だから、君は今より少し頑張るの」


「少し?」


「十分から、十一分。その一分を頑張るの。もちろん、二分でも三分でもいいよ。容量を超えないように、一生懸命頑張らないで、少し頑張るの。ちょっとだけ背伸びしてみるの。そうすればね――」




 先輩は俺の顔の前で、指を立ててクルリと描いた後、窓の外を指した。


 俺は猫のように、彼女の指を追いかけて窓の外を見る。先輩との話は、自分のためになって、そして楽しくて、時間を忘れられる。あんなに綺麗な夕暮れも、落ちてその鮮やかな光も失っていく。




「色の無い未来が、歪んで淡くなって、ちょっとした色が入って輝いて。そうすれば、本当に君が頑張りたい、情熱を注ぎたいと思えることが見つかるよ」




 ゆらゆらと揺れる夕暮れ。それでも空はまだ淡く明るい、夜との狭間。もし俺の未来があんな風になれたなら、それが予兆だと強い一歩が踏み出せるだろうか。これから闇に囚われる空だけど、俺はこの色を広げようと飛ぶことができるだろうか。


 それは――




「少しだけ頑張ってみないと分からないですね」




 そんな未来を切り開くためではない。夜に満足して眠るため。そのために、今までよりもちょっとだけ、少し頑張ってみる。楽しいや苦しいで少しだけ自分の心を動かせるように。




「いい笑顔」


「え?」


「小説の中の少年みたいな、綺麗な笑顔だよ」


「どっちにしろ、そうなってしまうんですね」


「うん、最終回みたい」


「いや、俺の人生はこれからですよ」


「あはは!本当に最終回みたいじゃない!」


「誰が打ち切り漫画の主人公じゃ!!」




 憂鬱とも言えないくらいの心のモヤモヤ。それが晴れた俺は、今日初めて先輩と一緒に本心で笑い合えた。どこか後ろめたさがあった悩み相談。こんなの話を聞いてもらえるだけでもありがたいのに、寄り添って、考えてもらって、真剣に解決してもらえた。


 先輩は言うだろう。これから自分で解決するんだよ?と。




「よし!」




 先輩がガタガタッと椅子を鳴らして、勢いよく立ち上がる。


 そうか。悩み相談は終わったし、もう夜に近い。帰る時間だ。




「じゃあ、そろそろ帰りますか」


「そうだね。可愛げのある後輩のために、いっぱい喋っちゃった!私ってこんなにおしゃべりだったけ?」


「どちらかというと、背中で語るタイプではありました」


「そうだよね~」




 と先輩は照れ臭く頭をかいた。


 彼女の凄まじい努力とその記録は、周りの人を勇気づけ、鼓舞し、そして置いてけぼりにした。励ます時も「一緒に頑張ろう!」「頑張れば記録が伸びるよ!」と口下手だった気がする。今思うと、そんな先輩に「少しだけ頑張ってみよう」なんて絶妙なこと言われるとは。




「でも助かりました。先輩がこんなに親身になって悩みを聞いてくれるなら、あの時も相談すればよかったかな?そうしたら俺、もう少し頑張って、やり切って、もしかしたら今も先輩と一緒に陸上をやっていたかも」




 そんなのただ妄想で、ありえない現実で、先輩が「悩みを聞くよ」と言ってくれなければ、俺はこんなこと恥ずかしくて言えなかった。だからこれはたられば話を楽しむためだけ。


 しかしそれに対して、先輩は俺がしていたような憂いな目線を落として、笑う。そして彼女は椅子の向きを正しく直して、教室の扉へ向かって歩く。




「それはあり得ないよ。あの時の私は、後ろを振り返ることはなかったもの。君が後ろで転んでいても、私には関係なかったもの」


「え?」




 そういう先輩の背中は、最初にこの教室に入ってきた時のような細くても頑丈そうな印象は一つも無く、弱々しくて……儚い。しかしそれも一瞬、ピンと伸びたその背筋には、過去に俺が追いかけていたその背中そのものだった。


 先輩は振り返って俺を見る。そしてピシッと指を差した。




「これで終わりじゃないからね!!私、悩み相談されるために君を訪ねたわけじゃないし。これからも私とのおじゃべり、付き合ってもらうからね!」


「いや!先輩、陸上は?」


「いいの!そういう訳で、また来るからね!じゃあね――」




 先輩は流すように手を振りながら、教室から出ていく――その途中、教室の扉を掴みながらクルリとこちらを向く。そしていたずらな笑顔で、




「そうだ!彼女ちゃんにお礼言っておいて!私と君を繋げるキューピットになってくれてありがとって!」




 そう言って、颯爽と教室を出て、廊下を走り去っていく。




「んなこと言えるか、バカ!!」




 俺が叫ぶ頃にはもうそこに先輩はおらず、誰もいない校舎に声が虚しく響いた。


 先輩の言う通り、今よりも少し頑張ってみようって言う時に、なんでその本人から波乱を巻き起こすようなこと言うんだよ。そういえば俺、陸上の時の先輩しか知らないや。周りを置いていく人ではあったけど、人を振り回す面もあったとは。




 ゆっくり息を吐く。




「よし!」




 とりあえず、明日から少し頑張ろ!


 そう思いながら、リュックを拾うように持って、駆け足で教室を出ていった。




―――




「おはよ~」


「おっす寿人!」


「よっ、寿人!」


「元気そうだな、寿人!」




 少し頑張ろうと思った矢先、まあでも挨拶はいつも通りでいいな、と思いながら三人が集まっている所に声をかけると、いつも通りじゃないテンションで挨拶を返される。


 っていうか――




「俺、すげー見られてるんだけど……」




 俺は歩いていける距離に学校があるので、基本的に登校時間は遅い。クラスの奴らはほとんど集まっている中、大部分がこちらを見ている。一旦、教室を出ていきたいほど。




「何言ってんだよ!ほれほれ、俺たちと一緒にいる場合じゃないだろ?行ってやれよ、彼女のとこ!」




 英二は自分に彼女ができたのかと思う程、興奮していた。他の二人も、英二の言葉に激しく頷いて同意している。ヘッドバンキング……。




「ああ、そういうことね」




 今日、俺は変に意識せずに学校に来たのに、友人たち、もといクラスメイトがこんなだと逆に冷める。今までなら、そのまま「行ってくるよ」って言うんだけど、少し頑張ってみるか。




 俺は英二の頭を鷲掴みにして、親指と小指に力を入れる。




「いたたたた!!」


「あんまり茶化すなよ~。俺はお前らのおもちゃでも、人形でもねえぞ」


「早々に彼女作った野郎はからかわれるのが世の常――ねねねねねっ!」


「あ?このまま、脳ぶっ壊してマリオネットにしてやろうか?」


「おい!死ぬ!痛すぎて死ぬぞ!気絶するーー!」




 そう言ってパッと英二の頭を離す。涙目で「う~」と自分のこめかみをさすっていた。剛人は英二の惨状に大爆笑。竜星も呆れて「途中からお前が悪い」と声をかけ、俺の方を向く。




「まあ、からかうのもあるけど、俺らなりの気遣いでもあるんだぜ、寿人」


「分かってるよ。でもそういうのは自分でやるから大丈夫だ。変な気遣いされると、俺の指がお前の頭に食い込むぜ」


「お前、そんな暴力キャラだったか?なんだか逞しいし。彼女効果か?」


「ま、そんなもんだ。じゃ、席に戻るよ」




 間接的な彼女効果だ。絵川さんが告白したから、先輩と会えて、俺は少し頑張ろうと思えたわけだからな。まあ、先輩の言った、キューピット的なことは口が裂けても言えないのだが。


 教室のソワソワは消えないし、俺が彼女に近寄るところを見ようとする視線も消えない。まあ、仕方がない事だと思って割り切ろう。嫌なものは嫌なのだが。直に消えるだろう。




「おはよう、鳥谷君」




 俺の席の隣は大川さん。そのグループに絵川さんがいる。彼女は一番にその輪から出て、俺に挨拶をしてきた。多分、このクラスで一番ソワソワしていたのは、絵川さんとその周りかもしれない。大川さんたちも会話を止めて、こちらを見ている。


 それに俺は思わず笑ってしまった。




「おはよう、絵川さん」


「何か嬉しいことあったの?」


「あったよ」




 絵川さんは照れて、大川さんたちは小さく、キャッキャしていた。あー、そっか。まあそれでいいや。ここで少し頑張って自分に正直になるのは、さすがに藪蛇だ。今までの生活でそのくらいの危機察知能力はある。




「ねえ、絵川さん。言いたいことがあるんだ」


「え!え、何ですか!」




 それを聞いた大川さんたちはちょっとボリュームを上げて、キャッキャする。




「俺、絵川さんの事あんま良く知らないし、人柄とか性格とは漠然としたことしか分からないし、それに告白を受けたものの、絵川さんに恋をしているかどうかは微妙なんだ」


「え……?」




 これを聞いて絵川さんは照れていたのが嘘のように、顔から赤みが消えていた。教室もそわそわしている雰囲気も消えて、誰も話していない。俺の言うことを聞き耳立てずとも聞けている状態。でも先輩に背中を押され、俺が決めた事。今更恥ずかしがることでもない。




「でもこう……俺、少し頑張るよ。絵川さんの恋人として」




 惰性で受けてしまったこの告白。先輩と話した後なら、未来は変わっていたのだだろうが、自分で選んだ以上責任は伴う。だからこれは寿人にとって、これは積極的で前向きな発言だった。


 しかしクラスメイトは騒然としていた。余計な前文。そして「少し頑張る」とは何事か。男なら精一杯がんばれよ!と思ったのであった。




「うん!嬉しい!」




 しかし当の絵川小鹿は寿人のその言葉に、嬉しそうに頷いた。


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繰り返しの日々の中で、少し頑張ってみる話 葦澤 瑞来 @mzkysd_81

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