第47話 無理恋は終わり!

 様々なセリフを、言葉を、時には動物の声真似を。

 そんな変幻自在に声を操る声優に……なれたらいいなーと思う。


「はい、日々希。次の仕事の台本」


 そう言ってテレビ局のホールで休憩していたら手渡された一冊の台本……いや、分厚い台本の下には薄い台本のようなものがさらに数冊重ねられている。


「……マネージャー、仕事、詰め過ぎじゃない? 俺、声がガラガラになるよ」


「あのショッピングモールのイベントであんなに叫んでも大丈夫だったじゃない。まだまだイケるよ、問題なし。はい、はちみつのど飴あげる」


 マネージャーは長く束ねた銀髪を揺らし、何度も見たことのある怪しい笑みを浮かべながら飴を差し出してきた。

 とりあえず受け取り、口に放り込むと甘くておいしい味に息をついた。


「しかしまぁ……よくこんだけ仕事持ってくるよね。普通アマチュアの人、こんな主役級ばかりの仕事とかナレーションとか受けないでしょ」


「ふふ、僕の人脈をなめないでほしいね。その気になれば映画の吹き替えだって取れるし、海外でも活躍させることはできるよ」


「……海外は嫌だ、夢くんに会えなくなる」


 軽い惚気じみたことを言うと目の前のマネージャーは「僕の前でよく平気で言えるよね」と口角を上げながらツッコむ。別に嫌ではなさそう、鼻で笑っているし。


「あの人と一緒にいたかったらツクルGに就職すれば良かったんだ。新しい部長が言ってたでしょ。『スナバのコーヒー持ってくればいつでも就職させてやる』って……スナバのコーヒーなんて苦いだけだと思うんだけど、あの人好きだよね」


 その言葉に、頭の中でコーヒーを飲むサングラスのあの人が浮かぶ。そしてその人に呼び出されスナバに使いっ走りされる体格の良いADの姿も。


『パワハラっすよ! でもオレの給料、ちょっとだけ上げてくれたんで文句言えないんすよね、はぁぁぁ』


 未だにADだけど。給料は上がったらしい。もっと上を目指すから『日々希くんも活躍してね!』といつも応援メッセージをくれる。


「……さて、あと少し休憩したら行くよ? キミは今や売れっ子、大人気の声優さんなんだからね」


「おかげさまで、有能なマネージャーの実力のおかげだよ。でもあんたが営業職ってのも、すごい似合わないよな。絶対こび売るタイプじゃないのに」


「こび売るわけないじゃない。まぁ、僕の場合、後ろ盾もあるし? 僕の機嫌損ねたら色々黙ってないからね」


 それは……またまたハラスメントに当たるのではないか。やっとツクルGのハラスメント問題が落ち着いたのに。


「それにキミが大成したのは僕だけの力じゃない。しっかりキミが力を伸ばしているからだ」


「……あんたがほめてくれるなんて。今度はツクルGが崩壊するんじゃない?」


 冗談でそんなことを言うと「僕がその気になればできる」と、また怖い一言。このマネージャーの一言で、夢くんの仕事がなくなってしまう。ヤバい、おとなしくしておこう。


「ま、まぁいいか……台本台本」


 次の収録はアニメ。自分得意のボーイズラブだ。それ系のアニメで有名になったせいか必然的にその仕事が多いけど、嫌ではない。


『あんたのことが世界で一番好きなんだ』


 台本のセリフを小声で読み進めていく。


『俺のものになれ。俺といつまでも一緒にいろ』


 うーん、オラオラ系か。


『あんたは俺のもんだ――』


『……日々希っ!』


 突然、マネージャーでもない、誰かの大声。

 身体が飛び上がり「うわぁっ!」と叫んでしまった。


『今のは誰に対してなんだ⁉』


 何かと思いきや、目の前に座るマネージャーがスピーカーにして携帯をかまえて、おかしさに肩を震わせていた。


(こ、こいつ! こっそり電話かけたな!)


 俺の恋人に。


「……もしもし夢くん、これはいつもの収録だよ」


 そう言うと電話向こうで『そ、そっか』と焦る声がした。


『悪い悪い……急にお前から電話かかってきたと思ったら、すごいこと言ってたから。日々希が俺のこと“あんた”呼ばわりはしないよな、あはは』


 照れ隠しのように笑っている。マネージャーが勝手に自分の携帯を使ったのだ、全く。

 そして夢くんは恋人になってからというもの、ものすごく自分を大事にしてくれるのだが、若干心配性というか執着がすごいというか。でもめちゃめちゃ窮屈に縛られているわけじゃなくて、オーバーなくらい気にしてくれている感じだ。


「夢くん、心配しなくても俺がそれを言うのは夢くんにだけだって……な?」


『あ……うん、そうだよな、良かった』


 うちらのやり取りに、マネージャーが銀髪を揺らして笑いをこらえているのがムカつく。

 そういえばこのマネージャーだが……あの時、夢くんとの別れ話をした後、夢くんが自分を探して社内で叫び、見つけて抱き合っている時の様子を、こっそり動画に撮っていて。騒動が落ち着いた後、会社内のパソコンにその動画をアップしやがったのだ。


『でもマジで好きなのは俺だけにしてくれない、かな……』


 という夢くんのセリフに社内は黄色い声が上がり、付き合い出したうちらはめちゃめちゃお祝いされた……あれは超恥ずかしかった。社内でプチ結婚式みたいなことをされ、スタッフが用意したケーキに入刀したり……うぅぅ、恥。


 そう思っていたら夢くんはとんでもないことを言ってくる。


『じゃあ日々希、俺に対して言ってよ?』


 ……今、ここで?

 目の前にマネージャー、いるけど……?


『言ってくれないと、俺、夜まで頑張れないな』


 何その子供みたいな言い方! マネージャーが死にそうに笑っているし!

 こうなれば仕方ない、自分は“演技”と思えばなんでもできる。

 でもこれは演技だけど、演技ではない。

 マジな気持ち。


「俺は夢くんのことが大好きだよ!」


 マジで大好きだ。

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異次元から愛を叫ぶ 神美 @move0622127

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