第23話

 王族の食事風景と聞くと、俺の中にはあるイメージが浮かぶ。

 滑らかな長机の上に等間隔に燭台が並べられ、その机を王族たちが囲って無言で食事をとるという固定観念ともいえるものだ。


 しかし、ここではそれは違うことはもう分かっている。


 それを証明するように、俺はまだアリシアとカミュ以外の人間と食事をしたことがない。

 というよりも、彼ら以外にこの城の住人をろくに知らないのだ。


 とにかく、ここでは家族で食事をとるという習慣が少ない。


 他の国ではどうなのかは知らないが、この城では普段家族全員で食事はとることはなく、それぞれ別室で自分の傍付きなどと一緒に食事をする。


 しかも、何故このようなルールが決まったのかは誰も知らないのだそうだ。

 ただ知らぬうちに定着していたらしい。


 実にユニークで変わった習慣だ。


 だが、家族一人一人が別室で食事をしていては家族関係もへったくれもない。

 なので家族一同で食事をする日というものはある。


 ここでは大体、ひと月に数回程度の頻度で家族一同で食事をする日が設けられているのだ。


 それは食事会と呼ばれており、食事会の開かれることは前日にアリシアの父である国王から家族たちに手紙で伝えられるらしい。


 つまりアリシアが手紙を受け取った次の日である今日が、その食事会だ。



―――――



 緊張の中、俺は無言で直立に静止していた。


 いまいる部屋は王族たちが家族で食事をするときに使用されている部屋で、俺のイメージしていた白い壁や長机。

 それに細やかな装飾のある金の燭台など大まかな印象が合致していた。


 だがそこに流れる空気は、俺がイメージしていたものよりも息苦しく、鬱陶しかった。


 手の平が緊張で濡れているのを感じつつ、隣と斜め前に視線をやる。

 俺の左には尖った耳が目につくカミュの姿があり、前には椅子の背もたれにほとんど体の隠れたアリシアが座って食事をとっている。


 この部屋にいる人間は全員で十二人。


 そのうち直立している人間が俺を含めて八人。

 長机で食事をしているのが四人といった構図だ。


 もちろん、この食事をしている四人こそが、国を治める王族たちだ。


 まずは言わずと知れた我が主人――アリシア・H・アルトリア。


 その対面。

 存在を消すかのように静かに食事をとっているのがアリシアの兄であり、昨日手紙を渡しに来た次男であるネロ・H・アルトリア。


 そんなネロの横に座るのが、ネロに似た髪と目を持ちながら、ネロとはまったく相反する偉そうな態度の長男。

 そして長男である第一王子の斜め横、非常に落ち着いた態度で長机に陣取る、アリシアの父であるアルトリア王国を統べる国王がいる。


「「「「…………」」」」


 食事が始まって既に十分ほどが経過しているはずなのだが、未だにまともな会話はない。


 俺の耳に入ってくるのは小さな咀嚼音とナイフやフォークが陶器の食器に接触する音だけで、俺が聞いた言葉といえばせいぜい最初の交わされた心のこもっていない朝の挨拶程度だ。


 しばらく無言の食事会は続く。

 これほど静寂が耳に痛いと思ったのは初めてだ。


 ちなみに椅子に座ってない八人はメイドを除くと四人に絞られ、残りの二人は第一王子の背後に控えている。


 片方は、いかにも剣士といった風な剣を携えたガタイのいい四十代くらいで、もう片方はひょろっとしているが、ローブでそれを隠しているかのように見える三十代後半くらいの奴。

 どちらも男だ。


 恐らくあれが第一王子の護衛を務める傍付きなのだろう。

 やけにその片割れのローブを纏った方が睨んでくるので、もしかしたら彼が採用試験の時に俺が打ち負かしたと聞いている魔術師なのかもしれない。


 目だけを移動させ、対面のネロのほうを見る。


 何故か、彼の背後には傍付きであろう人間の姿は見当たらない。

 休暇なのであろうか、と内心で首を傾げる。


 さらに目を移動させ、国王のほうを見る。


 国王の傍にも護衛のような存在はおらず、代わりに秘書のような佇まいのメイドが二人いるだけの状態だ。

 だが、メイドの来ている服の色味が給仕している他のメイドと違うので、侍女の役割も担っている国王専属のメイドなのかもしれない。


「……それで、私たちを呼びつけた理由はなんですか、父上」


 沈黙に包まれた部屋で、最初にそう口を開いたのはグラスを片手に持ち偉そうな態度を崩さない第一王子だった。

 国王は沈黙を破った第一王子に一瞥をくれてから、目を閉じて静かに答える。


「家族と食事をするために呼びつけてはいけないか?」

「いいえ。でも、父上が何の用事もなく私たちを呼び出すことはないでしょう」


 そう言って肩をすくめた第一王子の顔には笑みが張り付いている。


 その笑顔は一見害のなさそうに見えるが言葉の纏う雰囲気は、まったくもって自らの欲に忠実そうに感じられた。


「私としては、いつになったら王の座を譲られるのかを訊きたいところなのですが」

「お前に譲ると言った覚えはない……」


 食事を続けつつ、国王は眉一つ動かすことなく無表情にそう言う。


 次の王になんてなんの関心などないような調子に第一王子はこめかみを一瞬ヒクつかせるが、すぐに笑みを取り戻す。


「ですが普通、次代の王は先代の王の長男から選ばれるはずです。その法則で考えれば、私が選ばれるのが当たり前のはずですか?」

「それはただの一般論だ。次男であるネロやアリシアが王になってならない理由にはなっておらん……」

「しかしですね――」

「私に意見するのか? 息子であるお前が?」


 第一王子は苦い顔をして食い下がるが、国王はそう言って彼の意見を封殺する。


「次の王を決めるのは私だ。お前が口出しすることではない」


 ぴしゃりとそう言われた第一王子は不満な顔をしつつも渋々引き下がる。

 本人にしては何故お前だと断言してくれないのだろう、という心境だろう。


 心の中で勝手にセリフを付けつつ、俺はその光景を冷めた目で見ていた。


 目の前で行われているのが、父親に王を辞めることを迫り、自分が後釜に座ろうとか画策している王子なんていういかにもな構図だというのは分かりきっている。


 不穏で嫌な空気だ。

 そんなに王になりたいものなのだろうか。


 俺の感覚では王なんて前世の総理大臣と同じでただの煩わしい仕事を一身に引き受けるのに、問題を起こせばすぐに辞職することになる貧乏くじの極みだろうに。


 そんな風に考えながら俺は事態を観察している。

 目の前の光景を見ていると、まるでドラマの撮影にエキストラで入れてもらえたような、ひどく他人事でフィクションのように世界が見えてくる。


「それは私も興味があります」


 しかし俺の意識は現実に舞い戻る。

 アリシアが突如として会話に参戦したからだ。



◆◆◆◆◆



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転生凡人小説家は美少女王族の家庭教師として異世界ライフを満喫します 森川 蓮二 @K02

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