第22話
アリシアの名を呼ぶ声になんとなく聞き覚えがある気がして首を振る。
通路の奥の方から一人の青年がこちらに近づいてくるのが見えた。
「あ…………」
「やぁ、ジーク。カミュ殿も」
近づいてきた人物は昨日、書庫で目撃した青年だった。
「一体、何の用ですか?」
青年を一瞥しつつ、アリシアが問い掛ける。
その目はさっきとは打って変わって胡乱げで面倒臭そうなことを隠そうともしていない。
「そう邪険に扱わないでくれ。こっちだって無闇にイラつかせるようなつもりはないんだ」
そう青年は優しげに語りかける。
俺は頃合いを見計らって隣のカミュに視線を送り、ヒソヒソと会話を始める。
「彼と会ったのか?」
「えぇ、昨日書庫でばったりと。特に話したりはしませんでしたけど、名前は知ってるみたいだったので、軽い挨拶だけ返しておきました」
昨日のことを簡潔に説明すると、カミュは短く「そうか……」と呟いた。
「えっと、この方は?」
「この方はネロ王子。ネロ・アルトリア王子。アルトリア王国の第二王子で姫様の兄上だ」
「お嬢様の……、お兄さんですか?」
俺が視線をアリシアと他愛もない会話をしている青年をまじまじと見る。
アルトリア王国の第二王子、ネロ・H・アルトリア。
言われてみれば、服の着こなし方や動作などから王子様にも見えなくはない。
王子っぽさがないところを上げろと言われたら、随分と時代がかった古風な喋り方だろう。
そのため、二十代になるかならないかの若い割には爺臭く見える印象がある。
「それにしてもジーク。どうしたのだ、その髪は?」
そうやって色々と失礼なことを考えていると、いつの間にか俺の名前が聞こえて顔を上げる。
「髪、ですか?」
おうむ返しで呟いて、自分の頭から生えている髪の毛を触ってみる。
アリシアやネロなどの金髪や茶髪に比べれば地味だが、前世の俺に似た炭のように黒い髪が生えている。
「おぬし、元は真っ白な髪であったろう。珍しかったから覚えているぞ」
「はっ……?」
サラッと言われたその一言に体と思考が固まる。
なんだそれ。
俺の髪が白だなんて聞いたことないぞ。
俺はさっとアリシアに目をやる。
アリシアは俺が睨んだとでも思ったのか、体を硬直させたが、やがてこくりと頷いた。
「えーと、まぁ、その……、ちょっと……」
うまい言い訳が思いつかない俺はその場で言葉を濁す。
ネロは歯切れの悪い俺を見て一瞬眉を寄せる。
肝心な時に言葉が出てこないとはまったく情けないことこの上ない。
「それよりもどうかされましたか。王子」
空気を呼んだカミュが助け舟とばかりに口を挿んでくる。
「あぁ、そうだ。私が触れるべきはこの事ではないな」
そのおかげで話の流れが変化し、俺は話題の的から外される。
助かった。
いい仕事っぷりだと内心で感謝を述べておく。
本題を思い出したネロは懐から一枚の封筒を取り出した。
どうやらさっきまでアリシアとは本当に他愛もない話をしていたようで本題はここからのようだ。
だが今度はアリシアが言い放つ。
「それを渡すだけですか? なら、さっさとお帰り頂けますか」
「用がなければ声を掛けるわけがなかろう。ちゃんと読んでおけ」
「なら、さっさとそれを置いて帰ってください」
アリシアはそう言って、ぷいっとそっぽを向く。
嫌われてんなぁ、お兄ちゃん。
その光景を視界に入れつつ、再びカミュとヒソヒソ話を再開する。
「あの二人って、仲でも悪いんですか?」
「いや、あれは単に姫様が王子を嫌っているだけだ、一方的にな」
「それはまたどうして?」
「さぁ、詳しいことは知らん。私はお前より長く姫様に仕えているが、私が仕える前からあんな感じだったぞ」
そうなんですかと適当に相槌を打つ。
正直、アリシアのネロの嫌いようはすさまじいものがある気がする。
ここまで嫌われているのはさすがに
しかし慣れているのか、ネロの方はまったく表情を変えることはない。
怒りや苛立ちといった感情はなくただ単に困り顔なだけだ。
「さぁ、渡すものとやらを置いて――」
「お父様からだ」
ネロがそう告げると抵抗していたアリシアがピタッと固まる。
そしてさっきまでの抵抗が嘘のように消え、ゆっくりとその封筒を受け取った。
「招集だ」
ネロは短く告げると用は済んだとばかりにそのまま去っていってしまった。
「何だったんですか? いまの?」
ネロの姿が消えた辺りで俺は訊ねる。
招集とは一体何のことだろう。
そんな疑問に答えるようにアリシアが短く言う。
「食事会よ、お父様からのね」
「お嬢様のお父様ってことは、王様ですよね」
アリシアの父――つまりはこの国を治める王様との食事。
だが、そこである疑問が浮かぶ。
「そういえば、お嬢様たちは父親との食事をしていませんよね? なぜですか?」
この一週間、俺は食事の全てを彼女たちと共にしている。
逆に言うと、彼女たち以外と食事をしていないのだ。
アリシアの父親である国王の顔すら見たことがない。
だがアリシアは質問には答えてくれず、黙ったまま。
さっきまでのはしゃぎようと比べれば不気味なまでの沈黙だった。
やがて手紙を仕舞ったアリシアは視線を下げたまま告げる。
「ジーク。明日の食事会のあいだは何も話さないで」
それだけを言うと、アリシアは黙って手に取ったサンドイッチを咀嚼した。
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