第21話

 アリシアとの手合わせが終わり、その場に座って休んでいるとカミュが近寄ってきた。


「最後のは見事だったな」

「ちょっとは手加減してほしいんですけどね」


 本心からそう呟く。


 ちなみにその本人はいない。

 彼女は剣術が終わった直後、水浴びをしてくると言って消えたのだ。


 俺がセコい手を使ってまで勝ちを取りに行ったのが悔しかったのかもしれない。


「手を抜いてはお前の為にはならないだろう」

「それはそうですけど、限度ってもんがありますよ」


 平気で顔面に突きを入れてくるあたり、本当に容赦がない。

 毎度の手合せの度にこれでは命がいくつあっても足りない。


 俺は死ぬために剣術を学んでいるのではない。

 死ぬのはもう御免だ。


「だが、最後に勝てたじゃないか」

「あんなのただの力押しですよ」


 そう言って、鼻で笑う。


 さっきの大外刈りは本来の使い方ではないし、アリシアだから通じた技だ。


 カミュのような一流の剣士や俺より体格のいい奴には通用しない。

 ちょこざいな技だ。


「だが、そういうことが必要な時などもある。ただ剣を使うだけが戦いではない」


 ただ剣を使うだけが戦いではない、か。


 確かに、決闘などの特異な方式以外での戦闘にルールなどない。


 勝てば官軍、負ければ賊軍という言葉があるように勝負を突き詰めれば最後に勝ってしまえばいいのだ。


 そのためになら剣を捨ててでも勝ちに行く価値はあるということか。


 自分の中でそんな結論に至ったとき、足音が聞こえてきて振り返る。

 見ると、やはりいつもの姿に戻ったアリシアだった。


 近づいて来る彼女のその手には、大きめのバケットや動物の革で作られた水筒などの荷物がぶら下がっている。


「一体何を始めるつもりですか? お嬢様」


 そう聞くと、アリシアは稽古の疲れなど感じていないかのように嬉しそうな顔で答えた。


「最近はずっと、私の部屋で食事をしていたでしょ? だから今日はひさしぶりに外で食べようと思って」

「で、ここでそのバケットに入っているものを食べようというわけですか?」

「そういうこと」


 会話をしながらアリシアはバケットなどを開く。


 中には、トマトやレタス、ハム代わりの鶏肉などをパンで挟みこんで作られた食べ物――言うまでもない。

 前世でも見慣れていたサンドイッチが、これでもかというほどに詰め込まれていた。


 詰め込まれた白、緑、赤の三色を主としたバスケットをしげしげと見ていると、アリシアがその中の一つを手に取り、俺に渡してくる。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 ついさっきの剣術の時に間近にあった彼女の顔を思い出してしまい、俺は差し出されたサンドイッチをぎこちない仕草で受け取る。

 思い返してみると、まるでラブロマンス映画のワンシーンようだ。


「どうしたの、ジーク?」


 アリシアに顔を覗きこまれ、俺の意識が回想から帰還する。

 どうやらサンドイッチを受け取ったまま固まっていたらしい。


「いえ、何でもありません」

「そう? ならいいんだけど」


 そう答えると、アリシアもすぐに引いてくれた。


 最初の数日は俺の受け答えがちょっと遅れるだけで心配されたが、いまではそれはまったくない。

 彼女たちが俺の調子に慣れてきたのだろう。


 そんなことを考えつつ、サンドイッチに噛り付く。


 シャキシャキとしたレタスの食感とトマトのみずみずしさ。

 それにパンの柔らかさなど普通に美味しい。


 いや、正直言おう。

 この世界に来てから食べた食事の中で、いちばん日本人としての俺の口に合っていると思える食べ物だった。


「どうかしら?」


 アリシアが遠慮気味にそう聞いてくる。

 俺が「普通に美味しいです」と言おうとして、踏みとどまる。


 なんか「普通に美味しい」っていうのも何だか失礼だな。

 特に普通の部分が。


 かと言って、「美味しいです」と言うだけでは味気ない。

 そうして脳内で言葉を選んでいると横からわき腹を小突かれる。


 見てみると、カミュが「耳を貸せ」とジェスチャーで示していた。


「これは姫様が自分で作られたものだ」


 耳を貸すと、囁き声でそう伝えられる。


 俺はつい、アリシアのほうを見やって作家として考えると同時に想像してしまう。


 彼女がドレスの上にフリル付きのエプロンを着て、台所で新鮮なトマトを丁寧に切り、レタスなどと一緒に用意したパンに挟みこむ姿を。


 ふむ、料理の出来るお嬢様か。

 シンプルだが、いじり甲斐のある設定アイデアだ。


 少女趣味と嫁という存在に憧れる一部の奴らが見れば、「俺の嫁っ!」とか言いだしそうな絵面ではないか。

 これだけで短編小説が一本書けそうだ。


「やっぱり……、ダメだった?」


 なんて作家脳で妄想していると、待ちきれなくなったアリシアが尋ねてくる。


 捨てられた子犬かウサギのような目で見てくるので、邪心的な妄想に囚われていたことに変な罪悪感が芽生える。


「お、美味しいですよ。味付けもしっかりしていますし、見栄えもとても綺麗です。良く出来ていますよ」


 とりあえず咄嗟に頭に浮かんだ単語たちを繋いで言葉にする。


「なら、良かった」


 アリシアはほっとした顔で息を吐き出し、にこっと笑った。

 その花のような笑顔に俺は保護者のような安心を覚える。


 俺の評価を聞いて、安心しきった顔のアリシアもサンドイッチを手に取る。

 そして、サンドイッチに齧り付こうとした時だった。


「ここにいたのか、アリシア」


 待ったをかけるように声が背後の廊下側から聞こえた。

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