第20話
生活にも中にもひとつ変化もあった。
カミュに剣術を習い始めたことだ。
信頼に答えるために無能な盾ではいられない。
魔術が出来ないのなら少しでも剣術で戦える方がいいだろうという思いで始めた剣術だが、これがまた難敵だった。
「相手の動きを見ろ、予測して隙を突け」
今日の剣術指導。
離れた位置で指導するカミュの声を耳に入れつつ、俺は下から斬り上がってくる木剣を寸前のところで防御する。
カツンッ、と甲高くて小気味のいい木剣同士がぶつかり合う音が響く。
一拍置いて両手で持った木剣の柄に力を入れ、斬り上がってきた木剣をはじき返して後退し、息を整えて木剣を正道に構える。
その先には同じ木剣を持って攻撃を加えてきている相手――アリシアの姿がある。
もうこの打ち合いをするのも何度目だろう。
少なくともすでに五十回は超えているだろうな、と俺は頭の冷静な部分で思案する。
カミュの指導方針は基本、習うより慣れろだ。
そのためウォーミングアップと素振りなどの練習の後はひたすらに打ち合う。
ようは、考えるな、感じろということだ。
もちろん俺に剣の心構えはない。
あるとすれば、高校時代の体育の授業の一環として剣道を齧った程度だ。
なので俺の実力を一とするなら、二年以上習っているアリシアの方が四か、五くらい上だろう。
そんなことを考えている間に再びアリシアが攻めてくる。
今度は中段からバットでも振るかの如き、横一文字の攻撃。
俺はそれをうまくタイミングを合わせて剣を振り上げてアリシアの攻撃を弾く。
だが――、
「……っ!」
咄嗟に振り上げた剣を引き戻す。
そこに真上に弾いたはずのアリシアの木剣が降ってくる。
ずしん、と重い一撃が加わり、俺は歯を食いしばってそれに耐える。
その二撃目の隙を突き、俺はアリシアの剣を横へ流しつつ、自らからの剣を横なぎに振るってアリシアを遠ざける。
そして先程と同じ状態に戻り、状況は振り出しへと戻った。
いまのは危なかった。
冷や汗をかきながら剣を構え直す。
さっき彼女は俺が弾いた剣を手首と腕の力で強引に真下に振りかぶったのだ。
受け止められたから良かったものの、直撃すれば痣ができる程度ではすまなかった。
骨折は必至だったろう。
このような返し手で攻めるのは典型的な鋼神流の型だ。
この世界の剣術には三つの流派がある。
その中のひとつである鋼神流は攻撃は最大の防御という言葉を具現化したような攻撃的な剣術で、自らが攻め立て相手に間合いに踏み込むことで成立する剣術だ。
ようは自分から攻め、相手の形成を崩しにいく剣術といったところだ。
そしてこの流派の得意とするのが、攻撃の手を緩めることなく次の一手を放つ連続技だ。
これに対抗するかのような流派が守神流。
文字通り守りに特化した剣で、こちらからは踏み込まず、相手が自分の間合いに入ることで初めて成立する剣術。
いうなれば専守防衛の剣というところか。
最後は龍神流。
三大流派のなかでも特に異質、異端だと言われている剣術だ。
なんでも鋼神、守神流などのような基本的な型を持たず、武器による意識変化というオカルト的なことを掲げている流派らしい。
詳しくは知らないが、話を聞く限りでは戦い方を教えるというよりは戦いに対する構え方についてを説く流派といったところか。
そしてカミュはこのうち守神流と鋼神流を取得している。
なので自然と俺たちの習う剣術もその二つになる。
もっとも、始めて一週間程度の俺はそれらを理解することはできていない。
初日はアリシアに遠慮なしに打ち込まれるだけで手も足も出なかった。
しかし人は何事にも慣れるもので、今ではあらかたの攻撃はガードできるようになってきた。
だがまだ足りない。
攻撃に転じるほどの余裕がない。
それを証明するかのように、一撃を見舞い損ねて後退したアリシアの目は俺の隙を窺うかのようにぎらついている。
俺は額に汗が流れるのを感じつつ、苦笑いを作る。
勘弁しろよ、痛いのは嫌いなんだ。
負け気味の自身を勇気づけるかのようにそんなことを思った矢先――
「ジークっ!」
名前を呼ばれてハッとする。
いつの間にかアリシアが距離を一気に詰めてきており、引いた木剣から寸分違わない軌道で突きが放たれようとしていた。
俺はそれを首の動作だけで躱す。
耳のすぐ横を風切り音を伴って、木剣が通過する。
こっちは初心者だというのにアリシアの動作には容赦がない。
気を抜けば、本当にとてつもなく痛い思いをする。
事実この一週間に痛い思いをして負けてきた。
でも、年下に負け続けるのはさすがに癪だ。
なので、俺は少し卑怯な手に出る。
怖気づきそうになるのを抑え、間一髪で俺の横を抜けた剣を持っているアリシアの腕を掴んで引き寄せてやる。
技を放った後というのはどうしても隙ができる。
この一撃も例に漏れず、剣を突き出したアリシアの隙は大きく、意図的に重心を崩すなんて案外楽にやれてしまう。
そして、その体重のかかり具合が偏った彼女の足を大外刈りの要領で刈った。
「あ……」
そんな短い声が聞こえた時にはアリシアの体は宙を浮き、そしてそのまま地面に倒れる。
だが、俺は掴んでいた腕を引っ張る。
綺麗だとも、可愛らしいとも思っていた彼女の顔が間近にくる。
両者の距離が近くなり、互いに見つめ合うような体勢になった。
数秒ほど無言で両者を見つめる間があったが、俺が先に視線を逸らしゆっくりアリシアを地面に降ろしてやる。
「そこまでっ、今日はこれで終わりだ」
カミュの鋭い声でその日の稽古は終わりを告げた。
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