エピローグ

<最終話>嘆きの祝杯

◆◆◆



4日目 13:00



 動かなくなった仏郷ふつごうの横で、巌内いわない暮田くれたの手を取り、泣き続けていた。ふと、暮田くれたまぶたわずかに動いたような気がして、巌内いわないはすかさず声をかける。

巌内いわない「旦那様…!!??」


暮田くれた「………サティ…良かった。まだ少しだけ…息があるようだ。…知っているかい。今日は…クリスマスだって…。2人きりの最後の夜に、お祝いをしよう…」


巌内いわない「旦那様!…私を置いていくなんて…許しません!!最後まで一緒にいると、約束されたではありませんか…」


暮田くれた「……人生の最期さいごに、こんな言葉が聞けるなんてね。サティ、ありがとう。僕は今、幸せだよ。」

 微笑む暮田くれたの目から、涙があふれる。


暮田くれた「僕と、サティ…2人だけの、世界。ここは…僕たちの、幸せのやかただ…。」

巌内いわない「えぇ。えぇ。旦那様。だから、ここからが私達の人生です。まだ、終わってはいけません…。」


暮田くれた「サティ、残念だけど、僕にはもう…時間がないようだ…。…最高に幸せな最期さいごを…見届けてくれはしないかい。貯蔵庫ちょぞうこに、ドンペリがあったはずだ…いつか…君と2人になれた日に飲もうと、取っておいたんだ。近くに、ウォッカも置いてある。何本か、持ってきてほしい…」

巌内いわない「わかりました!すぐにお持ちします!!必ず…必ずそのまま、待っていてくださいね!」

 巌内いわないは涙を拭いて、貯蔵庫ちょぞうこへ駆けて行った。


 巌内いわないが数本の瓶を抱えて戻ってくる。

暮田くれた「ありがとう…僕に、ドンペリを、飲ませてくれないかい…」

 頬を床につけたまま、暮田くれたれた顔で微笑んだ。巌内いわないふたを開け、瓶のまま中身を口に含ませると、ゆっくりと暮田くれたの口に注いだ。


暮田くれた「ありがとう…最高だよ…とても美味おいしい…。」

巌内いわない暮田くれたの顔を優しくなぞりながら、もう一度その口に祝福しゅくふくのシャンパンを流し込む。



暮田くれた「サティ…僕に…ウォッカをかけてくれ。」

巌内いわない「旦那様!?何を…」

暮田くれた「…こんな…無様ぶざまな姿のまま、死にたくないんだ…。愛するキミとのひと時、そしてシャンパンとウォッカにひたって死を迎えられるなんて、最高にリッチじゃないか。」


巌内いわない「……………わかりました。旦那様のいない世界など、わたしには、もはや何の意味もございません。貴方あなたとともに、かせて下さい。」


 巌内いわないはトポトポとびんの中身をらし、暮田くれたの全身をらしていく。巌内いわないは動かないままの暮田くれたの横に寝そべり、その手に酒瓶を握らせると手を引き、自分の上にドボドボとこぼさせ、全身を酒にひたらせた。酒にまみれ、れた身体を寄せ合うと、2人は最後のシャンパンを口にした。


巌内いわない「旦那様、私達は永遠に一緒です。」

暮田くれた「……あり……が……とう…」





 暮田くれたは残された力を振り絞り、ゆっくりと、愛用の葉巻はまきに火をつけた—






◆◆◆



―10日後―



 反乱軍の上層部の司令により兵士たちが撤退てったいし、町の中心部で繰り広げられていた抗争こうそうが一旦の落ち着きを見せた。山のふもとの町はしだいに平穏へいおんをとり戻しつつあった。数日間快晴が続き、雪が溶けると同時に、豪雪地帯である山奥へと繋がる道の封鎖ふうさが解除され、町と山の人々の往来おうらいが再び開始された。

 人里離れた場所にある暮田家くれたけの住人の安否あんぴについては、小料理屋の亭主ていしゅが心配する程度で、さほど騒ぎにもならなかったが、地域医療を支えていた比嘉井ひがい安否あんぴについては、町民の誰もが不安に思い、その生還せいかんを待ち望んでいた。病院の診察記録から、比嘉井ひがいの最後の往診おうしん暮田家くれたけだとわかっていたため、町の交番や病院関係者らが暮田家くれたけ捜索そうさくにやってきた。


 中庭なかにわの屋根の下の、溶け始めた雪の中からスコップののようなものが顔を出していた。町民達が掘り起こすと、そばには雪かき用のスコップと一緒に、青くなった比嘉井ひがい遺体いたいが埋まっていた。長らくこおっていたため保存状態もよく、コートの下に名札付きの白衣を着ていた事もあり、みな比嘉井ひがい本人だと理解するのに時間は要しなかった。

「やはり、ここでしたか…」

「……比嘉井ひがい先生に間違いねぇ。雪下ろし中に転落して、そのままもれてしまったんだろうか。」

 町民たちは驚き、涙を流しながら手を合わせた。

「地域の発展のために尽力じんりょくし、老若男女ろうにゃくなんにょ誰にでも優しい素晴らしい先生だったのに。どうしてよりによって比嘉井ひがい先生が…。」

「あの豪雪ごうせつの中、屋敷のみんなのために雪かきなんかして死んじまうなんて。最後の最後まで、比嘉井ひがい先生らしいな…」

「これから町の皆は一体、どうしていけばいいんだ…」

 町民達は口々に比嘉井ひがいあわれみ、その死をいたんだ。


「……暮田くれたさんの屋敷も見るにえないひどい有様ありさまだ。屋敷の住人はおそらく全滅ぜんめつだろう。比嘉井ひがい先生のような綺麗な状態で見つかることはない。心の準備はいいか。」

「あぁ。」

 町民たちは震えながらボロボロに焼けげた暮田家くれたけのエントランスへ入る。ち果てた屋敷のあとは、まるで永遠の眠りについたような不気味な静けさをかもし出していた。大きなグランドピアノの残骸ざんがいの上に、黒焦くろこげになってちぢれた紙切れが残されていた。



 

 

 誰にも気づかれぬままに

 焼けげたその手紙と

 暮田家くれたの住人達は




 人生という名の物語の、幕を閉じた。







◆◆◆






―親愛なるサティへ―



この手紙を読んでいる時、

おそらく僕はもうこの世にいないだろう。

サティが無事生き延びてくれる事を、

心から祈っているよ。


君をこんなことに巻き込んでしまって、

本当に申し訳ない。


あの日

僕が比嘉井ひがいを呼んだのが

全ての元凶げんきょうだった。



風邪気味の君が心配で

見てもらうよう頼んでしまった


君が

遠慮しているのかと勘違いして



礼をしようと医務室いむしつに行ったら

診察台の上で

半裸はんらで寝ていた比嘉井ひがいがいた。



いつからだったんだい。


そんなことも気づけずに比嘉井ひがいを信頼し、

頼りにしていた僕は、本当に最低な男だ。


僕は比嘉井ひがいを外に連れ出して

二択で尋ねた。


あいつは

殺されるくらいなら、自分で死ぬ

そう言った。


僕は屋敷の鍵を閉めた。



父が、宇曽うそを雇わなければ、

君を不幸な目にあわさずに済んだかもしれない。

仏郷ふつごうが、サティに向ける態度に、

仲間のそれとは違うものを僕は感じていた。

どこか面影おもかげを感じる目元。

君は、気づいていたんだろうか。


でも、何も言いだすことができなかった。

君を傷つけるのが怖かった。

僕は、弱い人間だ。

宇曽うそ君よりも、ずっと。


妻が亡くなってから、

君には本当にたくさん支えてもらった。

感謝しても、しきれないよ。

君がいなければ、

僕は今ここに存在しなかった。


君は

弱くて 臆病で

なにもできないこんな僕を嫌うだろうか。

でも僕は、永遠に、君を…



ありがとう、サティ

いつも 僕を横で支えてくれて

しずかに けれども深く 愛してくれて

てをとりあい ずっと生きたかったけれど

いまはまだ 叶わないようだね

まっているよ ずっと

すえながく 空の上で




メリー・クリスマス、サティ。

また会える日を






Jin Kuleta 19XX.12.24





◆◆◆







END

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Despair~絶望の館~ タカナシ トーヤ @takanashi108

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