不都合な真実

◆◆◆


4日目 11:30



 巌内いわないの目に飛び込んできたのは、床に突っ伏している暮田くれたと、その隣に呆然ぼうぜんと立ち尽くしている仏郷ふつごうだった。


巌内いわない「旦那様……!!!!」

 巌内いわない暮田くれたのもとへ駆け寄り、顔を覗こうとして悲鳴を上げた。美しかった暮田くれたの顔が、見るも無残むざんれあがり、首には何かでしばられたようなあとがくっきりと残っている。巌内いわないは思わずその場で嘔吐おうとした。

巌内いわない「どうして…どうして旦那様を!!!!!!!!」

 巌内いわないは口を押さえたまま立ち上がり、仏郷ふつごうのもとへ駆けていくと思い切り殴打おうだした。力の弱い巌内いわないが繰り出す攻撃を、仏郷ふつごうは軽く受け流す。

仏郷ふつごう本音もとね…」

巌内いわない「………!!??」

仏郷ふつごう宇曽うそ君の次は、旦那様まで…。本音もとねを傷つける者は、私が許さない……。」

 巌内いわないの全身に悪寒が走った。

巌内いわない「…………え…………??」

仏郷ふつごう「今まで黙っていてすまなかった。宇曽うそ本音もとねを紹介し、この屋敷につとめさせたのは私だ。だがすべては、本音もとねの幸せを想ってやったことだった。」




=======================




20年前 3月2日


 暮田くれた家のあるじ信夫のぶおのもとで屋敷の執事をしていた仏郷ふつごうは、時折町の小料理屋に飲みに出かけた。

 馴染みのマスターは、料理を注文した仏郷ふつごうと談笑した後、厨房から素朴な青年を呼び出し、仏郷ふつごうに紹介した。

「彼、去年からここで働いてくれているんだけど、なかなか腕が良くてね。最近ここをやめて自分の店を持ちたいって言い始めて聞かないんだ。仏郷ふつごう君のとこの料理人、だいぶ高齢だっていってたよな。」

「えぇ。料理人さんもそうですが、旦那様もだいぶご高齢でいらっしゃいますけど。三角みかくさんのお弟子でしさんでしたら喜んで旦那様にご紹介いたしますよ。ちょうど、旦那様の息子様が、彼と同じくらいの年頃かと思います。」

「おぉ、そりゃありがたい。彼は本当に料理一筋で、腕も確かだ。暮田くれたさんとこのお屋敷で働けるなんて夢のような話じゃないか。」

 宇曽うそはにこやかに微笑んだ。

「マスター、ありがとうございます。この店が嫌とか、そういうことではないんです。この店は大好きですし、マスターの事も、もちろん尊敬しています。ただ、俺は郷土料理だけではなく、世界の色々な食事を作って食べて頂きたい、そんな風に思っているだけなんです。」

「うちの旦那様はグルメでいらっしゃる。料理人さんもそろそろ跡継ぎが必要なご年齢。きっとこころよく受け入れてくれるでしょう。」

 仏郷ふつごうは屋敷に戻って、あるじ信夫のぶお宇曽うその事を伝えた。



20年前 9月10日



 仏郷ふつごうは小料理屋でマスターと酒をわす。

 「いやぁ、宇曽うそくんのことだけど、いいねぇ彼。本当に腕もいいし、働きっぷりも真面目で、しっかりしている。長く屋敷で働いてくれそうだよ。」

 「そりゃあ良かった。今でも時々、うちの店に顔出してくれるんだよ。」

 「そうか。屋敷の事、なにか話していたかい?」

 「えっ、いやぁ、フフフ。暮田くれたさんとこのご長男と、若奥様がたいそう仲が良いそうで。いつもそれを羨ましがって。最近はもっぱらその話ばかりですよ。」

 マスターは楽しそうに笑う。

 「なるほど、確かに屋敷の中では出会いなんてないですからね。」

 「仏郷ふつごう君、彼に本音もとねちゃんを紹介してはどうかね。彼ならきっと、本音もとねちゃんを幸せにできるのではないだろうか。」

 「……そんなことができたらどんなにいいだろうか。しかし、いくらなんでも都合がよすぎるだろう。自分で捨てておいて、また一緒に暮らしたいだなんて。」

 「そうはいったって、未次みじかのネーチャンが亡くなった後、きみは本音もとねちゃんの成長を陰から支援して、見守ってきただろう。宇曽うそ君と本音もとねちゃんがくっついて、君の屋敷で暮らしてくれれば、最高に幸せじゃないか。君はそばで彼女を見守り、独身をつらぬいてその罪を一生つぐなっていけばいい。」

 「それは私の自己満足でしかない。本音もとねにとってそれは幸せと言えるのだろうか。」

 「最近の本音もとねちゃんを見ていたらわかるだろう。朝から夜までバイトに明け暮れて。安定した住処すみかと仕事があったほうがいいにきまっている。どうだい、今度の休み、宇曽うそ君を本音もとねちゃんの喫茶店に連れて行って、二人を引き合わせてこようか?」

 仏郷ふつごうはしばらく黙って考え込んだ後、顔を上げて大きくうなずいた。


==================================



 涙を流し続ける巌内いわないの向かいで、同じように仏郷ふつごうも涙を流していた。

仏郷ふつごう「全ては私の身勝手から起きたことだ。あんなに真面目だった宇曽うそ君も、旦那様…今の暮田くれた君の奥様が亡くなってから、おかしくなってしまった。情緒不安定になった暮田くれた君に、本音もとねられはしないかと、不安だったんだろう。そう思ってずっと宇曽うそ君の腹立たしい態度を我慢してきた。だが…先日、傷ついた本音を見て、許せなくなった。羽交はがい絞めにしている時、本気で殺意が芽生えた。」


巌内いわない「……じゃあ…宇曽を殺したのは…」


仏郷ふつごう「この私だ。すべて、お前を想ってやったことだ。そして、宇曽うそが死んでパニックになっている本音もとねに手を出した暮田くれたのことも、許せなかった…。だから、暮田くれたが殺したようによそおって、宇曽うそを殺そうと思った。そうすれば、お前はの事を嫌いになると思った。だが、違ったようだ。そんな結末などいらない。もう、この世にお前を傷つける奴はいない。私は永遠にお前の味方で、永遠に、お前を愛している。」


巌内いわない「…勝手なことを言わないで!!!!!!!」


 巌内いわないはポケットからサバイバルナイフを取り出し、仏郷ふつごうの胸めがけて振り下ろした。

仏郷ふつごう「な…なぜだ…!!!??そのナ…イフは、わたし…が……」

巌内いわない「ここへくるとき、旦那様のを持ってきたの。私達の、最初で最後の、お揃いのアイテム。」


巌内いわない「……私を一番傷つけたのは、アンタよ……」


 巌内いわないは、仏郷ふつごうが動かなくなるまで、積年の恨みを晴らすかのようにその刃を引き抜いては刺し続けた。その小さな手など簡単に押さえられるはずの仏郷ふつごうは、あらがわずにただただ、自身の罪の重さを受け止め、声にならない声をあげ続けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る