#歌舞伎町サバイバル

島原大知

本編

第一章


ネオンが煌めく歌舞伎町の片隅で、スマートフォンの光に照らされた少女たちの姿があった。スモークが充満するゲームセンター跡に身を寄せ、うつむきがちに画面を見つめている。

「やった、フォロワー1000人超えた」

「次のミッションはなんだろ」

それは、まるで現実逃避するようにバーチャルの世界に没頭する、今時の若者の姿のようにも見えた。だが彼女たちの間で話題になっているコンテンツの名は、「#歌舞伎町リアルサバイバル」。

参加者たちは、歌舞伎町で出されるミッションに挑戦し、その様子をSNSに投稿する。セックス、リスカ、万引き、恐喝……。次第にエスカレートしていくミッションをクリアすればするほど、知名度とフォロワーを得られるのだ。

まるでゲームかのように、現実の過激な行為に身を投じる少女たち。彼女たちの多くは、「家出少女」と呼ばれる存在だった。リアルでは踏みにじられ、存在を否定された彼女たちが、バーチャルの中に承認を求めているのかもしれない。


そんなゲームに熱を上げる少女の一人に、朱里という名の17歳がいた。

「よっしゃ、次は万引きミッションだな」

朱里は、スマホの画面に表示されたミッション内容を確認し、奥歯をかみしめた。小柄な体躯からは想像もつかない程度の、大胆不敵な笑みを浮かべている。

ミッションの対象となっているのは、歌舞伎町のブランドショップだ。防犯カメラやセンサーがずらりと並ぶ店内を、いかにしてアイテムを万引きするか。

その手口をSNSに投稿するのが、今回のミッションだった。

朱里は幼い頃から、父親から虐待を受けてきた。殴る蹴るは日常茶飯事で、時には灰皿の火を押し付けられることもあった。

母は朱里を庇うこともなく、逆に父の機嫌を損ねぬよう、娘に責任を押し付けるのだった。

そんな家庭から逃れるため、朱里は家出を繰り返していた。学校にも馴染めず、やがて歌舞伎町をさまよう不良少女の仲間入りを果たす。

リアルサバイバルに手を染めたのは、そんな彼女の、新たな"居場所"を求めた結果だったのかもしれない。「こんな理不尽な世界、ブッ壊してやる」。

彼女の瞳の奥底で、そんな感情が燻っていた。


「ちょっと、アンタどうしたのよ」

通りすがりの先輩めいた少女が、うろつく朱里に声をかけた。

年の頃19歳くらいだろうか。髪にはピンク色のメッシュが入り、まるでギャルのような出で立ちだ。だが言葉遣いは乱暴で、頬には古傷が残る。

「アンタ、もしかして『リアサバ』?」

朱里は虚を突かれ、一瞬戸惑った。リアルサバイバルの参加者は他人に知られぬよう、ひっそりとゲームを進めるのが常だったからだ。

「バレバレよ。私も昔はやってたもん」

そう告げた少女は、美夜子という名だった。

「でもね、アンタ、それ、自分で終わりを決められるうちにやめといた方がいいよ」

美夜子の瞳が、真剣な面持ちで朱里を見つめる。朱里は思わず、生唾を飲み込んだ。

「あ、アンタ、今のミッション、万引きでしょ。私がやり方教えてあげる。その代わり、やめとくって約束して」

結局、朱里はその申し出を了承した。万引きのテクニックを伝授された朱里は、あっさりとミッションをクリアしてしまう。

そのまま朱里は、美夜子とゲームセンターを後にした。

「ゲームばかりに夢中になってると、現実との区別がつかなくなるのよ。私も、あんたみたいだったから……気をつけなよ」

美夜子はそう告げると、人ごみの中に消えていった。


美夜子との出会いにも拘らず、朱里はリアルサバイバルから抜け出せずにいた。

ミッションをこなすたびにあがる承認欲求。増えていくフォロワー数。現実の自分は認められなくとも、ゲームの中の自分は絶賛されている。

その感覚が、心地良くて病みつきになっていた。

ゲームに熱中するあまり、朱里は外見を変えていった。栄養の偏りからか頬はこけ、肌は青ざめている。

常に目は充血し、血走っていた。

そんなある日、ゲームのミッションが一段とエスカレートした。

『リスカの画像を投稿しろ』

画面に表示されたその文字を、朱里は食い入るように見つめた。

傷つき、血を流す感覚。痛みと引き換えに得られる安堵感。不健全な欲求が、脳裏をかすめる。

「……っぱ、いっか」

葛藤の末、朱里はそのミッションを"スキップ"した。

ゲームを続けるうちに、リアルとの区別が曖昧になりつつあった。

自傷行為は今の朱里にとって、いまだタブーのラインだったのだ。

その夜、朱里はいつになくぐっすりと眠れた気がした。


次の日の朝、いつものようにSNSをチェックすると、煽るようなメッセージの数々が朱里を襲った。

『このビビリ女が』

『結局、お前もただのクズだったな』

『もう二度と顔出すなよ』

リスカミッションをスキップしたことで、一気にアンチが増えたらしい。

一夜にして味方は敵に回り、ゲーム内の立場は転落の一途をたどる。

それでも朱里は、ゲームを続けることを選んだ。

リスカには抵抗があったが、他のミッションなら……今までだってやってきたじゃないか。

そう自分に言い聞かせ、朱里は没頭する。

次から次へと過激になるミッションに、心はすり減っていく。

いつしか朱里の瞳からは、生気が失われつつあった。

そんなある日、一通の DM が朱里に送られてきた。

『ゲームから抜け出したいなら、俺に会いに来い。歌舞伎町の裏路地で待ってる』

差出人名は、XYZと記されていた。


朱里は身体を震わせながら、その日を待った。

リアルサバイバルから抜け出す、最後のチャンスのつもりだった。


第2章


差出人不明のDMを受け取った翌日、朱里は期待と不安が入り混じる心境で歌舞伎町の裏路地に向かっていた。

ネオンサインが路地裏まで届かず、薄暗闇に蛍光灯の明かりが滲んでいる。

ゴミ袋の山を風が揺らし、生ぬるい夜気に身を包まれた。

鼻を突く、腐敗臭のようなこもった空気に、朱里は思わず顔をしかめる。

路地を照らす街灯は僅かに明滅し、不穏な影を生み出していた。

「こんなとこ、来るんじゃなかった……」

後悔の念が胸をかすめる。だが、ゲームから抜け出す最後のチャンスを、朱里は簡単に諦められなかった。

どれだけ卑屈な手段でも、ゲームで得た繋がりを失うのは耐え難いことだった。

リアルサバイバルは、朱里にとって生きる意味そのものになりつつあったのだ。


XYZの正体は、今も分からない。ただ、朱里の胸の奥では、淡い期待が疼いていた。

この出会いが、すべてを変えるターニングポイントになるかもしれない。

そんな予感に、心は高鳴っていた。


「朱里……」

背後から、弱々しい声が朱里の耳に届いた。

振り返ると、そこには頬を紅潮させた理人の姿があった。幼馴染で、朱里を心配しつつも、いつも行動を共にしてくれる存在だ。

「なんでアンタがここに……」

「一人で危ないところに行くなっつってんだろ、バカ」

理人の怒気まじりの言葉には、安堵の色が滲んでいた。

一緒に来てくれたことに、朱里は内心ほっとしていた。

XYZの正体が何者かも分からない。単独で会うのは、確かにリスクが高い。

だが理人を巻き込むのは本意ではなかった。

「アンタは帰りな。この先は私一人で……」

「それは無理な相談だ」

低く、しかし強い調子で、理人は告げた。

この先に待ち受ける事態を、敏感に感じ取っているのかもしれない。

「私と一蓮托生のつもりでいてくれ」

その言葉に、朱里の胸は熱くなった。

理人のまっすぐな瞳を見つめ返し、小さく頷く。

二人で、この危険な道を歩んでいこうと決意したのだった。


「待って待って、それ、ホントに大丈夫なの?」

美夜子の声が、不意に二人の会話に割って入った。

「美夜子さん……」

「XYZって奴、私も知ってるのよ。あいつ、半端じゃないって」

美夜子の表情は、いつになく硬い。

「そもそもゲーム、いい加減止めなよ。これ以上やってたら、ロクなことにならないって」

心配そうに語る美夜子に、朱里は心の内を明かそうと決意した。

「私、このゲームがないと、生きていけないの」

「バカなこと言ってんじゃないわよ。命を賭けてまでやることかって」

「私には、これしかないんだよ!」

思わず、朱里は叫んでいた。

美夜子は驚いたように目を見開き、やがて悲しげに目を伏せる。

「私だって、昔はそう思ってたよ。でもね、ゲームに生きる意味を委ねちゃダメなの。リアルから目を背けたって、救われやしない」

苦い過去の記憶が、美夜子の脳裏をよぎっているのかもしれない。

「XYZはヤバイ。あいつはゲームの犠牲になった子を食い物にしてる。だから、会っちゃダメ」

力を込めて語る美夜子に、朱里は黙り込んだ。

それでも、XYZへの期待は消せなかった。

「ごめん、私、会ってくる」

美夜子の制止を振り切り、朱里は路地の奥へと進んでいった。

理人が、どこか申し訳なさそうに美夜子を見つめ、そして朱里の後を追う。

まるで運命のように、二人の歩みは止まらなかった。


「よく来たな、朱里」

ふと顔を上げると、目の前に一人の男が立っていた。

低く、耳に残る声。

黒いパーカーに身を包み、フードで顔を隠している。

「XYZ……?」

「そうだ。俺が、お前を救ってやる」

言葉とは裏腹に、男の口調は冷たく突き放すようだ。

薄笑いを浮かべたその唇は、まるで蛇のようにも見えた。

「救うって、どういう……」

「そのためには、お前にもう一度、ゲームに参加してもらう」

「は? 何言ってんの、もうゲームには……」

「最後のミッション、受けてみないか? それをクリアしたら、二度とゲームに縛られずに済むように、俺が計らってやる」

甘美な誘惑の言葉。

だが、朱里の中で警戒心が頭をもたげる。

「最後のミッションって、何よ」

ゆっくりと、XYZは口を開いた。

「人を殺せ」

その言葉は、鋭利なナイフのように朱里の心を突き刺した。

愕然とする朱里の頬を、生暖かい夜風が撫でていく。


「ふざけんな! 誰が人殺しなんかするかよ!」

理人が、XYZに詰め寄った。怒りに任せて、その胸倉を掴む。

「お前、朱里を何だと思ってやがる!」

「……お前には話してねえよ」

冷たく言い放つXYZ。理人を軽く振り払うと、再び朱里に向き直った。

「どうする? 受けるか、受けないか」

「私……」

戸惑いを隠せない。

人を殺すだなんて、今の朱里には到底叶わぬ話だ。

リスカにすら抵抗を感じたのだ。他人の命を奪うことなど、想像もつかない。

だが、ゲームを止める最後のチャンス。

そう言われれば、一縷の望みにすがりたくもなる。

「サツ人覚悟で生きるか、ゲームの奴隷で生きるか、選べ」

XYZの言葉は、究極の二択を迫っていた。

朱里の脳裏に、ゲームにのめり込んだ日々がフラッシュバックする。

歪んだ承認欲求、蝕まれていく心。

目の前の理人は、そんな朱里を心配そうに見つめている。

「私は……」

朱里は、かすれた声で呟いた。

瞳には決意の色が宿り、夜空に向かって拳を突き上げる。

「私は、もうゲームなんかに頼らない。

自分の人生は、自分で決めるんだ」

理人が、朱里の肩に手を添えた。

穏やかな、それでいて力強い言葉が、夜風に乗って響く。

「俺もだ。朱里と一緒に、立ち向かっていこう」

XYZは苦々しげに二人を見やった。

フードの奥で、皮肉な笑みを浮かべているのかもしれない。

「……好きにしろ」

捨て台詞を吐き捨て、XYZはするりと路地の闇に消えた。

「さあ、帰ろう」

「……うん」

二人は手を繋ぎ、歌舞伎町の喧騒へと歩み出した。

ゲームの呪縛から解き放たれ、新たな一歩を踏み出すために。


第3章


XYZとの一件から数日後、朱里は理人とともに、新宿中央公園のベンチに腰掛けていた。

頬を撫でる風は、まだ夏の名残を留めている。

頭上の木々は、少しずつ秋の色に染まり始めていた。

「ねえ、理人」

「ん?」

「私、ゲームのことでアンタを巻き込んじゃってごめん」

申し訳なさそうに、朱里は視線を落とした。

淡い色のスカートの裾が、風にひらひらと揺れる。

「謝ることないよ。俺も、朱里のことが心配だったんだ」

理人は優しく微笑み、朱里の手を取った。

少し汗ばんだ手のひらが、心地よい温もりを伝えてくる。

「これからは二人で、ゲームから抜け出す手伝いをしよう。

美夜子さんにも、協力してもらえるはずだ」

「うん……」

朱里は小さく頷いた。

穏やかな風景の中で、二人の決意が新たに固まっていく。

まるで、かつての無垢な日々に戻ったかのような錯覚すら覚える。

だが現実は、そう甘くはない。

リアルサバイバルという名の呪縛は、根深く若者たちの心に食い込んでいるのだ。

ゲームに取り憑かれた少女たち。

家庭や学校での, そして社会からの疎外感。

承認欲求を満たすために、過激な行動に走る。

そんな負の連鎖を断ち切るには、並大抵の覚悟では足りないだろう。

朱里自身、まだゲームへの未練を断ち切れずにいた。

スマホの中に眠る、リアルサバイバルのアプリ。

指一本で、またあの日々に舞い戻ることができる。

そう思うと、ふと背筋に冷たいものが走った。


ゲームセンター跡。

朱里と理人は、リアルサバイバルに興じる少女たちと対峙していた。

薄暗い空間に、スマホの光が青白く浮かび上がる。

「ねえ、もうゲームはやめない?このままじゃ、危ないよ」

理人が、少女たちに語りかける。

穏やかな口調だが、どこか熱を孕んでいる。

「うるさいわね。アンタらに何がわかるっての」

「ほっといてよ。これでもリアルを生きてんだから」

少女たちは、冷ややかな眼差しを向けた。

ゲームへの執着は、簡単には揺るがないようだ。

「私も、ゲームにのめり込んでた一人よ。でも、あれは本当の生き方じゃない」

今度は朱里が、自分の体験を語り始めた。

リスカの誘惑、XYZという悪魔的存在。

ゲームの犠牲者となった少女たちの悲劇。

言葉少ない朱里にしては、必死に紡がれる言葉だった。

「あんたら、まだ取り返しのつく段階なの。今ここで、ゲームから離れて」

心を込めて訴える朱里に、少女たちの表情が少しずつ揺らぐ。

スマホを握る手に、僅かな迷いが生まれ始めていた。


そのとき、ゲームセンターの奥から拍手が響いた。

「ここにいたのか、朱里」

現れたのは、あのXYZその人だった。

相変わらずのパーカー姿で、うごめく影のように佇んでいる。

「お前には失望したよ。せっかくチャンスをやったってのに」

「黙れ!私は、もうお前の言うことなんか」

「いいね、その強がり。でも、お前の心の弱さは知ってるぜ」

XYZの唇が、不気味に歪む。

「ゲームは、お前の心の拠り所だった。

仲間から「いいね!」をもらえる、唯一の居場所だったんだろ?」

「……っ」

朱里の表情が、微かに曇った。

XYZの指摘は、的を射ている。

「さあ、もう一度ゲームの世界に帰ろうぜ。

みんなで、最高のミッションに挑戦しよう」

甘美な誘いの言葉が、少女たちの心を揺さぶっていく。

スマホの光が、一層強くなったように感じられた。


「待て!そんな誘惑に、負けるな!」

理人が割って入る。

少女たちの前に立ちはだかり、XYZを睨みつけた。

「お前のやってることは、単なる犯罪だ。

少女たちを騙して、ゲームに引きずり込むなんて許せない」

「犯罪?ハッ、笑わせるぜ。

俺は彼女たちに、新しい生き方を与えてるだけだ」

「……とんだ善人ぶりだな」

今度は朱里が、XYZに詰め寄った。

瞳には怒りの炎が燃え上がり、指先は微かに震えている。

「あんたのおかげで、私はゲーム中毒になった。

現実が見えなくなるくらい、のめり込んでいった」

「だが、気づいたんだ。

ゲームの中で生きていても、本当の自分は取り戻せないって」

「……」

XYZは、黙して朱里を見つめている。

フードの奥の表情は、読み取れない。

「さあ、みんな。

一緒にゲームから抜け出そう。

私たちの人生は、私たちの手で切り拓くの」

力強く言い放つ朱里に、少女たちがぽつりぽつりと頷く。

「そうだよ、俺たちは仲間だ。

一人じゃない、みんなで支え合っていこう」

理人も朱里に同調し、少女たちに語りかける。

次第に、ゲームへの執着が薄れていくのを感じた。

それは、新たな一歩を踏み出す勇気の芽生えでもある。


XYZは、苛立ったように舌打ちした。

「ちっ、こうなったら手段を選んでられないか」

ポケットから取り出したのは、一丁の拳銃だった。

「お前ら全員、消えてもらうよ」

冷たい銃口が、少女たちに向けられる。

「やめろ!」

咄嗟に、理人がXYZに飛びかかった。

銃を奪い取ろうと、必死にもみ合う。

「離せ、このガキが!」

「絶対に、撃たせない!」

理人の思いがこもった叫びが、ゲームセンターに響き渡った。

「みんな、早く逃げて!」

その声に我に返り、少女たちは一目散に出口へと走り出す。

「待ちやがれ!」

XYZが苛立ちまじりに叫ぶが、すでに遅い。

少女たちは次々と、ゲームセンターから脱出していった。


だが、朱里だけは違った。

理人を置いて、逃げるわけにはいかない。

「離せ!さもないと、お前も撃つぞ!」

XYZが、理人の胸に銃口を押し当てた。

「撃てるもんなら撃ってみろ。

俺は、朱里を守る盾になる」

理人は毅然とした表情で言い放ち、身じろぎもしない。

「理人……!」

朱里の胸が、締め付けられるように痛んだ。

理人の勇気に感銘を受けつつ、どうしようもない恐怖が全身を駆け巡る。

大切な人を失う恐怖。

二度と、味わいたくない感情だった。


「――っ!」

瞬時の出来事だった。

XYZの腕を掴み、そのまま投げ飛ばす。

「とおりゃああ!」

聞き覚えのある、雄叫びのような声。

振り返ると、そこには美夜子の姿があった。

「さあ、今のうちよ!」

美夜子に手を引かれ、朱里と理人は慌てて外へと駆け出した。

崩れ落ちたXYZを尻目に、ゲームセンターを後にする。

外は、もう夕闇に包まれ始めていた。

オレンジ色の空が、少しずつ青みを帯びている。

「ハァ、ハァ……無事でよかった」

息を切らしながら、美夜子が笑顔を見せた。

「美夜子さん、どうしてここに?」

「あんたたちを見張ってたのよ。

ホントは最初から手助けしようと思ってたんだけど、

あんたたち、立派に立ち向かってたわね」

「私たち、ゲームから抜け出すって決めたんです。

自分たちの人生は、自分たちで生きていくって」

朱里の言葉に、美夜子が満足げに頷く。

「その意気よ。

そしたらこれから、私と一緒に活動しない?」

「活動?」

「ゲーム中毒の子たちを助けるボランティアをやってるのよ。

体験者の話を聞かせるだけでも、すごく役に立つわ」

「私……やります!」

朱里は即座に頷いた。

理人も、朱里の隣でしっかりと頷く。

「よし、それじゃあ改めて……

朱里ちゃん、理人くん、よろしくね」

美夜子が差し出した手を、二人でしっかりと握り返した。

ゲームの呪縛から解き放たれた今、新たな仲間とともに歩み始める。

輝かしい未来が、二人を待っているはずだ。


エピローグ


あれから数ヶ月。

朱里と理人は、美夜子とともにボランティア活動に励んでいた。

ゲーム中毒に陥った少女たちのメンター役となり、現実の素晴らしさを伝える日々。

「最近、ゲームの誘惑を感じなくなったよ」

「うん、だってリアルのほうが楽しいもん」

二人で公園を歩きながら、笑顔で会話を交わす。

風はすっかり冬の気配を帯び、街路樹の葉もほとんど落ちてしまった。

だが、木枯らしが頬を撫でても、もはや冷たさを感じない。

朱里と理人の心は、かつてないほどに温かいのだ。

「そういえば、XYZのその後って……」

「警察に捕まったみたいよ。美夜子さんから聞いた」

「そっか。もう二度と、ゲームで少女たちを騙せないね」

「うん。私たちが断ち切ったんだ、ゲームの連鎖を」

どこか誇らしげに語る朱里に、理人も柔らかな笑みを浮かべた。

「ねえ朱里、今日の夕日、綺麗だね」

「ホントだ……」

二人で寄り添い、地平線に沈む夕日を見つめる。

オレンジ色に輝く光が、穏やかな温もりを届けているようだ。

「理人、これからもよろしくね」

「ああ、朱里とならどこまでも行けるよ」

固く手を繋ぎ合い、二人は大地に根を下ろすように佇む。

ゲームの世界に閉じ込められていた少女は、ようやく自由を手にしたのだ。

現実という、最高のステージを生きる自由を。


(完)

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#歌舞伎町サバイバル 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI

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