ショート小説3

一宇 桂歌

第3話

          ショート小説 大天才を殺した男




 怖くてたまらない。神を怒らせたからだ。


 あの甲高かんだかい笑い声が、一日中聞こえてくるようになった。医者はどこも悪くないというのに、頭の中に鳴り響く。いったいどうしたことだろう。

 寝ている間も聞こえ、恐怖はさらに大きくなっていく。


 原因はわかっている。あの神が遣わせたモーツァルトを死に追いやり、神の怒りをかったからだ。

 あの男はいつだって甲高い声で、無神経に私を嘲笑あざわらっていた。

 おお、神よ、あなたは何故あのような下品な男に、溢れるかえるほどの才能をお与えになった。よりにもよって、俺の尻を舐めろなどと下劣な歌詞を書くようなあんな奴に……。

 そのうえ皆はこぞって奴を素晴らしいなどと称賛している。

 このままでは、品位ある音楽が地に落ちてしまう。私は決心した。おまえを葬ってやることを。




 ベッドの上で静かに終わりを告げる奴の額に布を当てた時、ゆっくりと私を見た。

私はようやくこいつを葬れると勝ち誇った顔で憐れみをかけた。すると奴は静かに微笑んだ。

「優しくしてくださるのですね。あなたに嫌われているとばかり思っていました」

 それを見て、私は初めてハッとした。彼は私を慕っていたからだ。


 そうして数十年、奴は音楽の天使となって各国の耳へ染み渡っていき、轟くその名を知らない者はいないほどとなった。

それに引き換え、私の名前など誰も口にしなかった。そして私はいつ神から罰がくだるのか、怯える日々だった。

 相変わらず頭の中は甲高い笑い声が聞こえるが、今はもう、ベットから起き上がれない。ああ、そうか。私への罰は、私の名を葬ることだったのだ。


 ——そのとき、あの笑い声と引き換えに、奴のレクイエムが聞こえてきた。


 私は微笑んだ。ああ、神がやっと私をお許しになる。あれは私へのレクイエムだ。

 私の名は、掘り返されて語り継がれるだろう。神の申し子を殺した男として。

 それでも構わない。私はようやくあの笑い声から解放され、永遠の安らかな眠りにつけるのだから。

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ショート小説3 一宇 桂歌 @mochidaira2000

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