大地、高校での話

女難

 高校に入学して二カ月。大地もクラスに馴染み、親しい友人も出来た。クラスメイトの三分の二が男子で、女子のほうが少ないが、クラスの雰囲気は悪くない。

 中間試験も終わり、宿泊学習で近くの山にある県立の研修所に行くことになった。

 周囲を高い木々に囲まれた、古い山道。そこを、ジャージ姿にリュックを背負った1年生たちが、長い列を作って歩いている。

 車で向かう大きな車道もあるにはあるが、この宿泊学習では古い山道を歩いて登るのが毎年の恒例行事となっている。


「あっちぃな」


 額から流れる汗を拭いながら文句を言っているのは、大地のグループのメンバーの坂本。小柄でやや小太りな彼は、グループの中で最後尾になんとかついて来ている。


「日差しがないけど、風もないからなぁ」


 同じように汗を流しながら、タオルで拭っているのはグループリーダーの近藤。遅れ気味の坂本にペースを合わせて歩いている。クラスの中でもイケメンの部類にはいる彼は、勉強も運動もできる万能タイプ。クラスの女子にも人気がある。


「……ムシムシする」

「雲でてきてない?」


 先頭を歩くのは眼鏡をかけている柄沢と、ひょろりと背の高い川田。二人が並んで歩いている、その後ろ、グループの真ん中あたりを歩いているのが大地だ。

 じわりと額に汗を滲ませ歩いている大地だが、首筋がチリチリして嫌な感じだ。後ろを振り返って確認したい気持ちもあるのだが、『止めておけ』と本能が囁いている。

 このチリチリした感覚は、山道に入ってしばらくしてから感じ始めたものだ。


 ――いったい何だって言うんだ。


 眉間に皺を寄せながら、山道を歩き続ける大地。その不機嫌な雰囲気を察したのは、リーダーの近藤で、少し歩くペースをあげて大地の隣へと並んだ。


「どうかしたのか?」

「あ、いや、何でもない」


 先程までの不機嫌な顔から、パッと笑みが浮かんだ顔で返事をする。父親の稲荷の胡散臭い笑顔とは違って、柔らかい笑みだ。


「(はう!)」

「(尊い!)」

「ん?」


 何か聞こえた気がして、後ろを振り返ると、へばっている坂本の後ろに、女子のグループがついてきているだけだ。


「もうちょっとしたら休憩地点だったはずだし、頑張れ」

「ああ。でも、頑張るのは俺じゃなくて、坂本のほうじゃね?」

「……ああ」


 大地が親指で後ろを歩く坂本を指し示すと、近藤は再び後ろへと戻っていった。


        *   *   *   *   *

 

 時は、大地たちが古い山道に入ってすぐの時点まで遡る。

 各クラスが二列になって山道に入っていく。その時大地の隣にいたのは同じクラスの女子の一人。

 その彼女の足元に、タイミング悪く、にょろりと一匹の白っぽい蛇が現れた。長さ1メートル以上ありそうな蛇に、周囲はパニック状態になる。


「キャー!」

「うわ、でかい蛇!」


 大きな声のせいか、蛇は鎌首をもたげ、シャーッと口を大きく開いて威嚇してきた。

 周りが騒ぐ中、大地はそっと女子の腕をつかみ、シッと口元に指をたてて、声を出すなと指示を出す。女子は、ハッと自分の口を押さえると、大地の背後に隠れた。


『さっさと山へ帰れ』


 優しく諭す大地の念話が通じたのか、蛇はびくりと身体を震わせたかと思ったら、ずるりずるりと戻っていった。


「やば、ちょっと稲荷くんってば、カッコいい」


 ぽそりと呟いたのは、大地の隣のクラスの女子。


「え、白子しらこさんって、ああいうの好み?」

「いやいや、好みっていうか。女の子守ろうとしてる男子って、カッコよくない?」

「まぁ、それは確かに?」

「だって、他の男子、ギャーギャー喚くだけだったじゃない?」

「確かに」


 ――たぶん、あの子なら殺すこともできたと思うんだよねぇ。


 白子と呼ばれた彼女は、稲荷同様、神の一柱である白蛇の一族だった。大地と違うのは、人族と白蛇の妹とのハーフ。完全に現地人(?)であること。

 大地が稲荷の息子だというのは、伯母である白蛇から聞いていたので、気にはしていた。あくまで、自分と同じ、神の血を引く者同士という観点であるが。


 ――それにしても、お姉ちゃんもバカなんだから。


 先ほどの大きな蛇は、白子の実姉。妹が心配でわざわざ様子を見にきたのだが、気になりすぎて、山の中から出てきてしまったようだ。


「ねぇねぇ、それよりもさ、2年の先輩でさ」


 白子は話を変えるべく、人気の先輩の話をふるのであった。


       *   *   *   *   *


『やだ、カッコいい』


 木々の間から、金色の目にハートを浮かべながら覗いている、一匹の蛇。

 白子の姉は蛇の姿のまま、大地の後を追いかける。


『何々、名前は大地っていうのね』

『(妹の)巳穂みほの隣のクラス?』

『あの神力ってば、たまんないんだけど』


 ブツブツ独り言を呟きながらも、大地に向ける視線は揺るがない。


『後で巳穂みほに詳しく聞かなきゃだわ!』


 しばらく大地たちを追いかけていた姉だったが、戻って白蛇の手伝いをしなければならない時間となってしまった。

 引かれる想いを残しつつ、姉は大きな身体をずるりずるりと音をたてながら山の中へと戻っていった。


        *   *   *   *   *


 稲荷は渋い顔をしながら、パソコンに届いたメールを見ている。

 相手は白蛇。


「息子よ。よりにもよって、なんだって蛇に気に入られてるんだい」


 メールの内容は、白蛇の姪が大地を気に入ったので、一度二人を会わせられないか、ということ。所謂、お見合いである。

 大地の見た目は高校生だけれど、実年齢は60を過ぎている。

 しかし、あちら異世界でのエルフの血を引く者としては、まだまだ子供なのだ。


「第一、蛇はないよな。蛇は」


 蛇たちは嫉妬深くて、独占欲が強い。白蛇の過去の男たちのことを思い返して、稲荷はぶるりと身体を震わす。


 ――今の白蛇のパートナーの人間は、尊敬するわ。


 それを自分の息子が、となると、それは別の話である。

 実際、今は恋愛などよりも魔道具愛のほうが強いし、最終的にはあちら異世界での生活に戻りたいと言うようになるだろう。そこに蛇を連れて行けるか、となると、たぶん無理だ。

 稲荷は神の一柱であるが、白蛇の姪は、神ではなく眷属。あちら異世界に渡るだけの力はないだろうし、そんな面倒そうな女を、イグノスが許すとも思えない。

 一応、本人に確認してから、とメールを送ると、その日の夜にお断りの返事が来た。


「だよなぁ」


 ――さて、どうやって、断るか。考えないといかんな。


 うーん、と腕を組みながら、考え込む稲荷なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

稲荷余話 実川えむ @J_emu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ