第22話 新たな窓際にて


「新しく配属されました。野沢若葉です」


 後日。

 新顔たちに向けて、ぺこりと頭を下げる若葉──もとい結芽。


「まだ分からないことばかりなので、お教えいただくこともあると思いますが、よろしくお願いいたします」


『新しい顔』で精一杯の愛嬌を振りまく。まだ少し皮膚に違和感が残っているが、じきに慣れるだろう。


 挨拶を終えると、若葉は廊下に出て王野に電話をかける。


『──紫閃結芽さん』

「その名前はよせ。今は野沢若葉だ」

『承知しました、若葉さん』

「どうだ?企業救出課の方は」

『現在はもっと協力的になれるように、チームワークを教えています。兵頭は相変わらず、不服そうですけどね』

「あいつか」


「それで、矢崎の奴は、大丈夫だったか?」


『彼女はすっかり元気になって退院しましたよ。はははっ、あの嫌味な先輩のことを気にするなんて、若葉さんたら意外に面倒見がいいんですね』

「ばかいえ」


 王野の笑い方から、機械くささが抜けていることに気付いた。あれからまた、自己学習を施して更に賢くなったのか。


「……ひゃあっ!!」


 書類が舞った──結芽とぶつかった女性は尻餅をついた。雑談をしていたとはいえ、電話をしていて前方に気付かないなんて、久院のことを笑えない。


「ごめんなさいっ!大丈夫ですか!?」


 話し方を『若葉』モードに戻し、あたふたした態度を偽りながら女性に手を差し伸べる。


「す、すすすすみませんっ!こちらこそ失礼致しましたっ!」


 気の弱そうな女性は、ぺこぺこと謝りながら、結芽の手を借りずに起き上がる。


「あっ、わ、私、事務パートの山田直美と申します!野窓若葉さんですよね?」

「はい、そうです」

「そ、そうですよね。先程挨拶されていたので。私友達少ないので、仲良くしてくださいねっ」


 人懐っこい様子でぽりぽりと頬を掻きながら微笑む山田は「それでは、失礼しますっ」と、おぼつかない足取りで廊下を立ち去った。

 山田の姿が見えなくなると、結芽は鼻を鳴らし、


「……相変わらず、詰めの甘い」


 スーツの裾に付けられた、発信機を掴み取る。


 山田か。随分と安直な名前をつけたものだ。


『いかがされましたか?若葉さん』


「王野。こっちの部署にも『ネズミ』が忍び込んでいるようだ」


 ネズミ──神龍テクノロジーズのスパイの呼び名だ。


「ぶつかった拍子に、服に発信機をつけられた。おまけに、私を旧名で呼んだ。おそらく間違いないだろう」


 先程の自己紹介では野沢若葉と名乗った──が、山田は野窓若葉と前の名前で呼んできた。偶然の呼び間違えではないだろう。


『若葉さん、その山田という女を、いかが致しましょう?』

「この会話が聞かれちゃあ面倒だ。また『盤面』で送る」

『承知しました』


 王野との電話を切ると、結芽はスマートフォンでチェスのアプリを操作する。

 一見すれば、チェスのゲームを遊んでいるとしか思わないだろう──が、これまでの作戦はこの『盤面』を通じて暗号化して通達してきた。


 ポーンの、兵頭。

 ナイトの、岸。

 ビショップの、聖。

 クイーンの、久院。

 キングの、王野。


 それぞれ役職に意味はない。記号として管理しやすくするために、コードネームで呼んでいるだけのこと。


「神龍の奴ら、本当にしつこいな」


 そんなにアンドロイドの機密資料が欲しいのか、はたまた李梅の敵討ちか。

 なんにせよ、何度来ようと、捻ってやるだけのこと──窓際の隅で。


 結芽はぶちっ、と発信機を潰すと、窓の外にばらまいた。

 粉々になった発信機が風に乗って散り散りになっていく様を、神龍テクノロジーズの行く末だと思いながら、眺め続けた──



 ──完。




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窓際ちゃんと5人の護衛たち(全22話) イカクラゲ @akanechankonabe

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