第3話 扉
ようこそ、妖望堂へ。
私はこの
あなた様はこの店に選ばれたお客様でございます。
この店には、数多くのアンティークを置いてございます。きっと、あなた様のお気に召す品がございますよ。
ただ、この店があなたを選んだように品物もあなた様を選びます。
あなたが望んでも、望みがあなたを選ばなければそれはお売りできません。
そして、この店には『者』をお求めになる方もいらっしゃいますが、『者』をお売りになる方もいらっしゃいます。
先日はとても不思議なスケッチブックをお持ちいただいたお客様がいらっしゃいました。
実は、あのスケッチブックなのですが、先日不思議なことが起こりました。
スケッチブックを仕入れた次の日の朝の事でございます。
朝、いつも通り店を空ける準備をするために鍵を開け、店内に入りますと、青い光と赤い光がどこからか出ておりまして、その光がまるで会話を楽しんでいるような感じで揺れておりました。
私が店に入りましたら、その光たちはすっと消えてなくなってしまったのです。
そして、もう一つ。あのスケッチブックなのですが。
描かれておりました絵でございます。元々はオイルタイマーだけ青い色がついてございました。それが、人物にもそしてその周りの背景や小物にも色がついて、少し世界感が浮き上がってきておりました。
とくに、テーブルの上に置かれた花瓶のバラの色が深紅でございまして、私は感嘆のため息が出たものでした。
店主にこの二つのことをご報告いたしますと、
「店内にきっと共鳴する何かがあるのでしょう。」
とおっしゃいました。
本当に、この店に勤めるようになってから、不思議なことを目にする機会が増えましてございます。
「そういえば、店主は先日もこのスケッチブックに描かれた男は閉じ込められているような事を仰っておられましたよね。
この男が意思を持っているとお考えなのですか?」
「私にはまだわからないよ。ただこのスケッチブックにはなにか不思議な呪がかけられているようだね。それが何なのかはまだわからない。
だから、このスケッチブックを引き取ることにしたのだよ。」
そうでございます。こんなスケッチブック。アンティークショップで扱うような商品ではございません。
でもこの妖望堂では、何かしらの曰くのある『者』たちを取り扱っておるのでございます。
私にはそんな呪など見抜く力はございませんが、店主には何か感じるものがあったのでございましょう。だから、何処のアンティークショップでも門前払いだったこのスケッチブックを引き取っておられたのです。
店主は常々私に言います。
『もの』には特に手仕事で作られた物には、関わった人の想いが込められていることが多い。そして、その『もの』を使った人、手にした人の想いも重なりそれは『者』に変わる。
長く使われたり、強い想いを込められた『者』の中には、人のように想いを持つ者もいる。
私はね、そんな『者』の想いをくみ取るのだよ。
そして、もしその『者』に呪がかけられておればその呪を解いてやらねばならないのだよ。
と、このように仰るのでございます。
さて、このスケッチブックの呪はなんなのでございましょうか?
この男は、いったいこの絵の中で何を望んでおるのでしょうか?
そしてこの店の中で何と共鳴しておるのでしょう?
私にはさっぱりわかりません。
スケッチブックを眺めておりました店主が、私に仰いました。
「このオイルタイマーが先日のお客様の命の時間であるのなら、どんどん減っていっています。急がねばなりませんね。とはいえ、この絵にどんな呪がかけられているのか、そしてその呪をどうやって解くことができるのか、それを解明しなくてはならないのですが、なかなか難しいですね。」
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「こんにちわ。」
お客様が来られたようです。
少し様子がおかしいですね。小さなお子様です。
保護者の方の姿がみえません。迷子でしょうか?
「珍しいお客様ですね。どうされましたか?」
店主はそのお子様の目線に合わすようにしゃがんで声をかけておられます。
そのお子様は店主の目を真っすぐににらんでおられます。
「助けてほしい。仲間を探している。」
お子様にしてはとても低い声をされておりますね。声変りが終わった感じです。この年齢のお子様には似つかわしくない声をされております。
「どうされたんですか?詳しくお話しください。」
「俺は、今こんな姿なんだけど、本当はもっと大人なんだ。ある場所で1人の婆さんに呪をかけられた。仲間も一緒に。
この呪を解ける方法を探していたら、ここに青と赤の光を見つけた。
たぶん、ここに仲間がいる。」
そのお子様がそうおっしゃたその瞬間、青と赤の光が真っすぐに伸びてそのお子様の前で交わり、紫の光になったのでございます。
私はびっくりいたしました。先日見たあの光でございます。
そしてお子様が、両手をその光に差し出すと、その光がお子様を包み込んでしまいました。
不思議なことはまだ続いております。そのお子様が光の中でどんどん大きくなってまいります。そして、これが本来の姿なのでしょうか。精悍な大人の男性の姿に変わっておられました。
「なんと!!」
店主も大変驚いておられます。
「あぁ、戻った。」
その男性は自分の掌を見てそして自分の足や体を触って、ご自身の姿を確認しておられる様子でした。
「こんな不思議なこともあるものなんですね。私も初めての経験でございます。驚きましたよ。
では、あなた様のお仲間を探さなければなりませんね。さて、どちらの『者』なのでございましょうか。」
店主は少し首をかしげております。私ですら大体見当がついております。なぜ店主はとぼけたのでしょうか?
「大丈夫。俺にはあいつらの姿がわかる。
あの青の光を放つのは、あそこにあるマリオネットだ。
そして、赤の光はその棚の上にあるスケッチブックだな。
あいつらはその中に閉じ込められている。」
「かしこまりました。では、彼らをお持ちいたしましょう。才一お持ちしてください。」
「はい。かしこまりました。」
私は、そのマリオネットとスケッチブックをその男性の前にお持ちいたしました。
「よかった。無事だったんだな。すぐに助けてやるから。待っていてくれよ。」
「助けるとは?どうやって彼らを開放するのでしょうか?」
「彼らを解放するためには扉が必要なんだ。」
「扉でございますか。どのような扉なのでございましょう?」
「普通の何の変哲もない扉なんだけど、ヤギの紋章が描かれた扉でその扉に閉じ込められたんだよ。」
「ヤギ…ですか。キリスト圏ではヤギは悪魔の象徴とも生贄の象徴ともされておりますね。
では、お仲間はその扉がないと救い出すことができないということでございますね。」
「そうだ。店主。だが、その扉は何処を探しても見つからないんだよ。
まぁ、スケッチブックとマリオネットは引き取らせていただきたい。これは俺の仲間なんだから。」
「いいえ。それは出来かねます。」
私は、驚きました。てっきりこの男性に彼らを引き渡すのだとばかり思っておりました。彼のお仲間だとしたら、それが道理だと思っておりました。でも、店主が言いました。
「この妖望堂に集まる『者』たちは次の持ち主をいつも探してございます。そして、私はこの『者』たちが選んだお客様にこの『者』たちをお売りしております。
ですので、あなた様にこの『者』をお売りすることはできません。」
「なぜだ?」
男性は声を荒げて、恐ろしい形相で怒り狂っております。
「金はいくらでも払ってやる。こいつらを俺に渡せ!!」
「才一、早くスケッチブックとマリオネットを片付けなさい。
あなたは、彼らのお仲間ではない。彼らに呪をかけた老婆。魔女なのだろう?彼らを手に入れてどうしようというのだ。」
「お前の知ったことか。奴らを返せ!!それは俺のものだ。」
私は、驚きと恐怖でスケッチブックを抱えて、そしてマリオネットを背中に守ってびくびくと震えておりました。
店主はその男と対峙しております。店主のあのような姿を見るのは私も初めてでございます。
いったいこれから何が起こるというのでしょう。
「才一。下がっていなさい。そしてそのスケッチブックとマリオネットは死守するのです。いいですね。」
「わかりました。」私は答えました。
すると、店主が何か呪文を唱え始めました。
とても不思議な呪文でした。頭が少しふらふらするような感覚に襲われて、私は多分しばらくの間気を失っていたのでしょう。
気が付くと、店主が私を心配そうに見下ろしております。
「あ、すいません。あの魔女はどうなったんですか?スケッチブックとマリオネットは…無事なんでしょうか?」
私は身を起こすと周りを見渡しました。私のすぐ横にマリオネット、そしてスケッチブックも無事だったようです。
「もう大丈夫ですよ。才一、よく彼らを守ってくれましたね。さて、そのスケッチブックとマリオネットをこちらに持ってきてくれませんか。」
その時、何か私は違和感を覚えたのです。
何がどう違うとか説明しにくいのですが、この店主に彼らを渡してはならない。なぜかそう思ったのでございます。
「お前は、私共の店主ではない!!」
そう、私が言いましたら、今まで目の前におりました店主の形をした男はみすぼらしい老婆に変身したのでございます。
「よくわかったな。才一。」
私の後ろで、店主の声がいたします。着物はボロボロ、体のあちこちに出血しており、立っているのがやっとという様子でございます。
「店主、大丈夫でございますか?」
「あぁ、大丈夫だよ。さて、魔女よ。決着をつけようではないか。お前の負けだよ。」
また、店主が不思議な呪文を唱えたかと思うと、老婆が急に苦しみだし、断末魔を上げながら炎にまかれて行きました。
「ぎゃーーーーー!!!」
老婆の姿はその炎とともに消えてなくなりました。
「才一。なぜ、あの男が私ではないとわかったのだい?」
店主が私に問いかけられました。
「あの男に彼らを渡してはならないと、なぜか思ったのでございます。『者』があの男の所には行きたくないといっているような気がしたのでございます。」
私はそう答えました。
「うむ。そうか。お前にも『者』の声が聞こえたのだな。」
「『者』の声。でございますか…」
店主はそれ以上何も言わず、老婆が消えた場所にしゃがんで何かを見ておられます。
「それは、何でございましょうか?」
私が伺いますと、店主が言いました。
「最後のピースが揃ったようですよ。才一。」
そういって、一枚の紙を私に手渡してこられました。
その紙には、ある扉と、一人の男が描かれておりました。
スケッチブックに描かれた男性とはまた別の男性でございました。
「才一。スケッチブックをこちらに」
「あ、はい。」
店主にスケッチブックを渡しますと、そのスケッチブックの最後のページにその紙をはさみました。
すると、不思議なことに、そのスケッチブックから、二人の若い男性が出てまいりました。一人は茶色の髪をした人懐こそうな男性で、もう一人は銀色の髪をした筋肉質の男性でした。
「はぁ、やっと出れた。」
「ここはいったいどこなんだ?」
二人は口々に喋っておられます。
「あのー。もしかして助けていただいたんでしょうか?僕たち…」
銀色の髪をした男性が遠慮がちに聞いてこられます。
「スケッチブックに閉じ込められておられたので。よかったです。ご無事に出られて。」
店主が彼らに答えました。
「そうだ、ジンは?ジンは無事なのか?」
茶色の髪の男性が辺りをキョロキョロしております。
「たぶん、こちらでございますね。」
店主がマリオネットを彼らの前に置くと、二人がそのマリオネットのケースに手を置いたのでございます。すると、そのケースが開いて、マリオネットの姿の男性が現れました。
「あぁ、やっと出られた。ありがとう。」
「何があったのか、おはなしくださいますか?」
店主が三人に声をかけました。
三人はお互いの顔を見合わせておりましたが、やがてジンと呼ばれたマリオネットだった男性が口を開きました。
「僕たちは、翌日から始まるコンサートのリハーサルをしていました。僕は、マリオネット。そしてショウはリビングのセットでのダンス。KCは街角セットでのダンスの予定だったんです。
リハーサルが終わって三人でもう少しだけ練習しようと残っていたんです。そしたら、見たことないお婆さんが客席にいて。それに気づいたとたんに、僕はマリオネットに閉じ込められてたんです。」
「俺とKCはこのスケッチブックだったんだな。」
ショウと言われた男性が、仰いました。
「あ、そうだ。今日は何月何日何ですか?」
KCと呼ばれた男性が慌てたように、仰いました。
「本日は2024年3月14日でございますよ。」
店主が落ち着いた声で答えます。
「おい、やばいぞ!!今日、本番だよ。!!今何時ですか?」
「11時でございます。」
「うわ、やばいよ。集合時間もうすぐじゃん。」
「ほんとだ。ここから、東京ドームまでどれぐらいかかりますか?」
「東京ドームでしたら、すぐそこでございますよ。」
店主がそう答えました。三人は店主と私にお礼を言って店を出て行かれました。
去り際にショウと呼ばれた男性が、
「また、改めてお礼に伺わせていただきます。今日は急いでいますので失礼します。」
そうおっしゃって行かれました。
この妖望堂。実は店の意思により時間も空間も歪ませることができるのでございます。なので、先程の日にちも時間も場所も、妖望堂の仕業なのでございます。
「そうですね。お店があなたたちを選んだのならまたお会いすることもあるでしょう。」そして、店主が私にしか聞こえないであろう声で仰ったのは、ここだけの話でございます。
妖望堂 KPenguin5 (筆吟🐧) @Aipenguin
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