第2話 スケッチブック

ようこそ、妖望堂へ。

私はこの妖望堂ようぼうどうの丁稚で才一さいいちでございます。

あなた様はこの店に選ばれたお客様でございます。

この店には、数多くのアンティークを置いてございます。きっと、あなた様のお気に召す品がございますよ。

ただ、この店があなたを選んだように品物もあなた様を選びます。

あなたが望んでも、望みがあなたを選ばなければそれはお売りできません。

そして、この店には『者』をお求めになる方もいらっしゃいますが、『者』をお売りになる方もいらっしゃいます。


あぁ、今日もまた新しいお客様がいらしたようです。

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「こんなところにアンティークショップがあったなんて知らなかった。」

そういってそのお客様は入ってこられました。

「いらっしゃいませ。妖望堂へ。店主ののぞみでございます。」

「ちょうどいい。アンティークショップを探していたんだ。ちょっと見て欲しいものがある。絵なんだけど、いいかな。」

そのお客様は、若い男性のお客様でした。確かに手には抱えるほどのトートバッグをお持ちで、その中にはなにか分厚いファイルの様なものが入ってございます。絵などあまり興味のなさそうな雰囲気をお持ちの方でしたが、どんな絵なのでしょうか。そして、どういった経緯でお手元にあるのでしょうか。

「お話を伺いましょう。どうぞおかけください。才一、こちらの客様にお茶とお菓子をお持ちして。」

「はい。」

私はお客様にお茶とお菓子をお出しいたしまして、店主の横に控えておりました。


「さて、どんな絵画なのでございましょう。今お持ちいただいておるのでしょうか?」

「あぁ。この絵を引き取ってくれそうなアンティークショップを探して歩いていたから今もこのトートバッグに入っているんだ。」

お客様はトートバッグからそのファイルのようなものを出してきました。

ところで、これはアンティークなのでしょうか?

私が見る限りでは、少し古いスケッチブックなのですが、そのスケッチブックに描かれていたのは、ある男性がソファーでくつろぐ姿の絵でした。

その男性の前のテーブルには水の入ったピッチャーに一輪のバラそして、オイルタイマーなのでしょうか、そのオイルタイマーだけ色が付けられ印象的に描かれております。

「実はこの絵は連作になってて、二枚目以降もこの男の絵が続くんだ。

ただ、すごく不思議なことがあるんだよ。というのが、このオイルタイマー実はだんだん少しずつ進んでいるように見えるんだよ。昨日より今日、そしてまた明日とこのオイルが下に落ちていく。

なにか気味が悪くて、ある占い師に見てもらったら、これはアンティークショップに持って行けと言われた。アンティークショップに持って行ったら、売れるだろうと。

ただ、何軒か周ってみたのだが、何処とも相手にしてくれなかったよ。落書き程度を売りつけに来るなとまで言われたよ。で、次で最後にしようと思っていたら、ここを見つけたのさ。」

「そうでしたか。」

店主はそのスケッチブックを捲ったり透かしたりしながら眺めておりましたが、しばらくして仰いました。

「あなた様がこの絵を手に入れた経緯をお聞きしてもよろしいですか?」

「そうだな。ちょっと話は長くなるんだが…それでもかまわないか?」

「私共は時間は余るほどございますゆえ。」

店主は私にお茶のおかわりを言いつけ、私にも座って聞くようにとおっしゃいました。


そのお客様のお話はとてもふつうでは信じられないようなお話でございました。


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俺は、今はアルバイトで食いつないでいるが、週末は街角でストリートでライブをやっている。

ある時、俺が演奏をしていると一人の婆さんが聞いていたんだ。

その日はバイトで嫌なことがあってむしゃくしゃしてたのもあって、演奏は出来がいいとは言えないものだった。なのに、その婆さん俺の演奏を真剣に聞いておひねりもたっぷりいただいた。

そして、「すごくいい演奏だった。あんたはいい音楽家になるよ。心が洗われた。ありがとう」

と言って、握手まで求められた。


俺さ、バイトでしくじってるし、目指してる音楽の道もなかなか芽も出ないし、腐ってたんだよな。でもその婆さんのおかげでちょっと元気出てさ。嬉しかったんだよ。


その数日後だった。俺のバイト先の居酒屋にその婆さんが現れたんだ。

俺のバイトしている居酒屋の店長は、ちょっと怖い系の人でさ、まぁ簡単に言うとヤンキーが大人になって飲み屋はじめましたって感じの人なんだわ。俺、仲良かった先輩に連れられてバイト始めたんだけど、その先輩も店長が嫌でやめちゃってさ、俺まで辞めると何されるかわかんねぇし、それに一応給料は払ってくれてて俺も生活しなきゃならねぇしで、ズルズルと続けてたんだよね。

でもそろそろ限界かなぁ。とか思っていたわけ。店長のモラハラもパワハラもウンザリだったし、とにかくお客さんに暴言はいたり失礼な態度取ったりするのが気に入らないんだよ。

で、もう辞めるって言おう言おうと思っていたところにさ、婆さんが来たんだよ。

この婆さんがさ、見た目がちょっとぎょっとする見た目なんだわ。

まず背丈はそんなに大きくないんだけど、猫背なんだよね。

で、とがった顎と鷲鼻、そして眼光鋭い目をしてる。唇は血のように真っ赤、顔には年輪のようなしわが刻まれててさ。耳もとがっていて、髪は真っ白でフサフサなんだがぼさぼさなんだよ。

まるでおとぎ話の絵本から飛び出した魔女だぜ。おまけに全身真っ黒の服を着ている。これでとんがり帽子でもかぶれば魔女そのもの。


店長も婆さんの風貌を見てぎょっとしてたよ。

俺が、婆さんに親し気に声をかけたもんだから、余計びっくりしてた。


「あ、おばあちゃん。いらっしゃい。」

「お前、あの気味の悪い婆さんと知り合いなのか?」

店長は俺に「追い出せ。どうせ食い逃げだろ。あんな汚い婆さん、店に入れるな。」

そう言ったんだ。

普段の俺なら、黙って店長に従っていたかもしれない。でも、あの時の俺はなぜか店長のいう事を聞きたくなかったんだ。

「食い逃げなんかじゃないですよ。あの婆さん。それに、お客さんにそんな言い方するの良くないっすよ。」

そう、店長に言ってやったんだよ。当然、店長は怒ったよね。でも俺は構わないやって思った。そして、婆さんにビールと突き出しを出したんだよ。

婆さん。俺のほうを見てにやりと笑ってさ。

「兄さん。あんた成功したいんだろ?こんなところでくすぶって終わっちまうのは嫌なんだよな。」

そう言ったんだよ。

「おばあちゃん。そりゃ俺、こんな所から抜け出したいけどさ。でも、どうにもならないものはならないじゃん。」

「そんなことはないね。あんたはこの後、間違いなく成功の道を歩いていくよ。私が言うんだ間違いはない。とにかく、この店は早々に辞めたほうがいい。私の言うとおりにすればいい。」

「いう通りって…あの店長、俺が辞めるなんて言ったら絶対なぐるか、半殺しに会うよ。俺は、まだこの命は惜しいよ。それに、収入がなくなる。それは困る。

「いいだろう。

そう俺が言うと、婆さんはニヤリと少し気味の悪い笑いを浮かべて、店長のほうを見た。

そして、鋭い視線を送ったかと思うと、変な呪文を唱えたんだよ。

すると、あの店長の顔が何故か柔らかくなったような気がしたんだ。

「ほれ、あの男に辞めるって言ってみな。」

「え?どういう事?」

「いいから、いいから。」

「あ、うん…。店長、俺、この店辞めるわ。辞めさせてください。」

少しびくびくしながら、俺は店長に辞めるって言ったんだよ。そうすると、店長が少しうつろな目をしながら、

「おう、そうか。今までこき使って悪かったな。

お前も夢があったんだよな。これは俺からの心ばかりの餞別だ。」

そういって、レジから札束をつかんで俺に手渡したんだ。あとで数えたんだけど50万ぐらいあった。店の売り上げの大体半月分ぐらいだ。

「え?店長!!これはまずいですって。」

「いや、もらってくれ。俺もそろそろ店をたたもうと思っていたんだ。退職金変わりだ。今日はもう店も閉めるから帰っていいぞ。」

俺は、婆さんのほうを向いたよ。そうしたら、そこにはもう婆さんはいなくて、このスケッチブックだけ置かれていた。


数日後、街角で演奏していた時にある男に声をかけられて名刺を渡されたんだ。あるバンドのサポートメンバーが病気でバックに着けなくなったから、代わりを探している。一度、話を聞いてみないか?と言われた。

俺は、その話を受けたね。そりゃ、夢がかなうんだ。

でも、そのすぐ後に例の婆さんがまた現れた。

「これで、あんたとの契約が成立したね。私はお前の望みをかなえてやった。」

「どういう事?契約って?俺はそんな事した覚えはないよ。」

「お前は私と契約をした。これからどんどん栄光の道を歩いていくんだ。その代わり、お前の大切なものを一つづつ、私がいただいていくよ。

栄光の道が約束される。それだけでもお前は満足だろう。」

そういって、婆さんは高笑いをしてそして、消えてったんだ。

俺は、最初大切なものって何がなくなっているのか、見当もつかなかった。でも、気づいたんだよ。

はじめは些細なものだった。小さい頃から大事にしていたキーホルダーとか、そして地元の友達と喧嘩別れしたりとか。

それと同時に、俺のCDデビューが決まったり、音楽番組への出演なんかもどんどん入ってきた。去年なんかは全国ツアーも。


でも、婆さんの呪いはどんどんエスカレートしていて、この前は10年付き合っていた恋人と別れた。

そして、大親友が事故で亡くなった。

とうとう、先日は母さんが急病で入院したと連絡が来たんだ。

きっと、あの婆さんが全部仕組んだことなんだって、それって俺のせいってことだよな。俺、どんどん怖くなってきて。しまいには俺の命もとられるんじゃないかと思って。


どうすればこの連鎖を断ち切れるのかと、ある占い師に助言を頼んだんだ。業界内ではすごく有名で、政財界や有名人なんかが占ってもらってるんだ。

その人曰く、

「このスケッチブックを手放しなさい。アンティークショップがこのスケッチブックを引き取ってくれます。」

そういわれたよ。それで、このスケッチブックを引き取ってくれるアンティークショップを捜し歩いていたわけさ。


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「とても曰くのある『者』でございますね。」

店主はそのスケッチブックを捲り、目を細めながら眺めております。

「この描かれている人物は、とてもイキイキとされておりますね。

彼は絵の中でダンスをされておられるのか。きっと何か約束がおありでその約束に出かける前なのでしょうか。」

私がその絵を見て思ったことを店主にお伝えすると、店主は私ににっこりと笑って、

「才一。その通りだね。でも、この彼は出かけることができない。この絵の中からは出ることができないのだよ。」

「絵の中からでる?どういう事でしょうか?これは絵であって出るも何も…?」

店主はおかしな事を仰います。この絵からこの男が出るなんてことございますでしょうか?


「かしこまりました。このスケッチブック、私のほうで引き取らせていただきます。ただいま、小切手をご用意いたしますのでお待ちくださいませ。」

店主はそういって私に小切手の用意を御言いつけになりました。


「ところで、このスケッチブックを手放された後の事は、その占い師とやらからお聞きになられたんですか?」

「いや、何も聞いてないが。なにかあるのかな。」

「そうですか、いえ、私は占い師ではございませんので、わかりかねますが。どうぞ、お気をつけてお帰りくださいませ。」

そう店主に云われたお客様は少し不安なお顔をされて出口のほうに向かわれました。

すると、思い出したようにお客様が仰いました。

「そうそう、あと一つ、その占い師が言っていたことを思い出したよ。

この絵には最後のピースが足らない。あと一枚あるはずなのに。その一枚があれば解放されるはずなのにって。何のことかわかるかい?」

「さぁ、私にはさっぱり。」

店主が答えました。


お客様がお帰りになった後、店主はそのスケッチブックを店のカウンターに置いて何か調べ物を始められました。

私も、店の中を片付けたりやり残しておりました残務などに取り掛かることにいたしました。


私が店内の掃除をしておりますと、店主が私に声をかけてまいりました。

「才一。たぶんあのお客様の寿命のお時間は、このオイルタイマーが終わるまでのような気がするのだ。この運命は変えられるのかどうか…

きっとその最後の一枚を見つけることが鍵になりそうなのだけれど…」

お客様とその老婆との契約は、やはりスケッチブックを手放すことで終わるものではなかったようです。

店主が頭を抱えておられます。私はどうしたものかと、悩むばかりでございます。


まぁ、この後のお話はまた次のお話ということで。








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