妖望堂

KPenguin5 (筆吟🐧)

第1話 マリオネット

ようこそ、妖望堂へ。

私はこの妖望堂ようぼうどうの丁稚で才一さいいちでございます。

あなた様はこの店に選ばれたお客様でございます。

この店には、数多くのアンティークを置いてございます。きっと、あなた様のお気に召す品がございますよ。

ただ、この店があなたを選んだように品物もあなた様を選びます。

あなたが望んでも、望みがあなたを選ばなければそれはお売りできません。もし、無理にお買い求めになると…まぁそれは追々。


あぁ、新しいお客様がいらしたようです。


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「ここは…?アンティークショップ…」

女性のお客様です。珍しいですね。この店が女性を選ぶとは。

「いらっしゃいませ。妖望堂へ。店主ののぞみでございます。」

「こんなところにこんなお店があるなんて、知らなかったわ。素敵なお店。少し見させていただいてもよろしいですか?」

とても、上品な物をお召しになったお客様でございます。どこかの上流階級の奥様でしょうか。

「どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ。才一、こちらの客様にお茶とお菓子をお持ちして。」

「はい。」


「私たち一人一人に、それぞれの歴史があるように、アンティーク商品にも色々な歴史がございます。品物によっては様々な経験を経てここにたどり着いた謂れのある品なども数多くございます。

長い時間を生きてきたこの『者』たちの声を聞いて、次のご主人様を見つけるのが私の役目なのでございますよ。

きっとここにある『者』の中であなた様を選んだ『者』があるはずでございます。」

「おかしなことを仰るのね。物が私を選ぶ…。まるでここにある商品たちに意思でもあるかのような。でも、私は私が望むものを選ぶわ。それがきっとその物も私を選んでいるのよ。」

そのお客様は店主を嘲笑うかのような表情をして仰いました。


「そうでございますか。では、ごゆっくりご覧くださいませ。」

店主はそういって一度お客様のそばを御離れになりました。

お客様は店内を見て回っております。


店内には所狭しと様々な商品が置かれております。

私は店主に以前伺ったことがございます。

『者』たちがどうやってお客様を選ぶのかと。

それはどうやったらわかるのかと。

店主は私に仰いました。

「彼らは長い年月の間色んな人とふれあってきた『者』なのだよ。私たちよりもよっぽど人を見る目を持っている。

そして、私はその彼らの想いを感じ取るのさ。お前もそのうちわかるようになるよ。

ここにいる『者』たちは自分の望むご主人を探しているのさ。

だから私はこの『者』たちの次の住処を見つける手伝いをしているのだよ。」

私は店主の想いに感服いたしました。ただ、私にはその『者』たちの想いはまだ感じ取ることができません。店主のようにわかるようになるにはまだまだ修行が足らないようです。


先程のお客様は店内を見て回っておられます。ふと、足を止められて見入っておられます。

それは、箱に入ったオルゴール仕立てのマリオネットでした。

透明の箱に入れられ、今は止まっていますが後ろのねじを巻けばマリオネットが動き出します。

「ねぇ、こちらのオルゴールを動かしていただいてもよろしいかしら。」

お客様が仰いました。

「かしこまりました。」

店主がオルゴールのねじを回して動かします。

オルゴールは幻想的な美しい音楽を奏でます。それに合わすようにマリオネットが踊り出しました。マリオネットのダンスはとても官能的で美しいこちらを誘い込むようなダンスです。

さらに、閉じられた箱の中はまるで夜の海の様な、はたまた夜空の瞬く星をちりばめたような美しさです。


見ているこちらの心を揺り動かしてしまう魅力です。

しかも、マリオネットは本当の人間なのではないかと思うほどの精巧な仕上がりでございます。螺子が巻かれるまでは下を向いて顔を伺うことができませんでしたが、動き出したマリオネットはいえ、彼の顔はとても美しく心惹かれる顔をしております。

私はこんなに美しく生々しいマリオネットに出会ったことがございません。


「美しい…」

思わず声が出てしまいました。

お客様もそのマリオネットをご覧になって夢心地のような表情をされております。

「こんな美しいマリオネットを見たのは初めてです。是非この商品を売っていただきたいの。おいくらなのかしら。」

「お客様、大変申しわけございません。こちらの商品はお客様にお売りできる商品ではございません。」

店主がお断りを申し上げております。きっとこの商品の望むお客様ではなかったのでしょう。

でも、お客様は、

「なぜ?お金はいくらでもお支払いしますわ。この商品が気に入ったの。私がお客なのだから、文句はないはずよ。」

と、すごい形相で食い下がっていらっしゃいます。

「申し訳ございません。でもお売りいたしますと、お客様に大変なご不便や不幸が訪れてしまうかもしれないのです。代わりに、こちらのカエルの置物などいかがでしょうか。」

「あなたはわたしを虚仮にしているの?このカエルが私を選んだとでも言いたいのかしら?

いいわ。覚えていらっしゃい。」

そういってそのお客様はお帰りになりました。

「才一。困りましたねぇ。あのお客様はきっとまた来られますよ。」

「はい。困りますねぇ。」

と私は店主に答えました。


翌日、案の定あのお客様がご来店されました。本日はお一人ではなく、恰幅のいい男性の方とご一緒でございます。

「あなた、こちらのお店なの。私が購入するといっているのに、売れないの一点張りなのよ。」

この男性の方はお客様のご主人のようでございます。

「ほう。なかなかな品ぞろえのアンティークショップだな。お前が欲しいといっているその品物はどれだ?」

「ほら、あの深い海の様な箱に入ったマリオネットよ。素敵でしょう?」

お二人は店内にずかずかと、マリオネットの前まで入ってこられました。

「ご店主。このマリオネットを売ってくれ。何か曰くがあるようだが、そんなものこの現代にナンセンスだ。金には糸目をつけない。

それでも売らないというのなら、そちらにそれなりの覚悟をしてもらわないといけなくなる。」

これでは脅しではございませんか。

「そこまで言われましたら、私共も命や財産が惜しゅうございますので、お売りいたしましょう。ただし、何が起こっても当店は責任を持つことはできませんよ。」

店主は顔色一つ変えずにそうおっしゃいました。

「まったく世話をかけおって。まぁ、わかってくれればそれでいい。

では、この商品は自宅に運んでもらえるのかな。」

ご主人は慇懃な態度で仰います。

「もちろん、手入れをさせていただいたのち、明日にでもご自宅に運ばせましょう。」

店主がそういうと、ご夫婦は「では頼んだよ。」と言ってお帰りになりました。


翌日、私と店主が納品に伺いました。大きなお屋敷でびっくりいたしました。店主は落ち着いて見えましたが、私は内心ドキドキしておりました。

納品が終わり、店主が帰りに一言お客様に仰いました。

「このマリオネットは寝室に置いてはなりません。寝姿を見せると良くないことがございます。これだけはお守りくださいませ。」

そういって、私たち二人は、お客様のお屋敷を辞してまいりました。

本当にお売りしてよかったのでしょうか?私は急に不安になってしまいましたので、店主に伺ったのでございます。

「店主。本当にあのマリオネットをお売りして大丈夫だったのでしょうか。」

「あぁ、あそこまで言われては商売人としてはお売りするしかあるまい。…何も起こらないといいのだがな。」

本当に何か起こるのでしょうか?私は変な胸騒ぎを抑えることができませんでした。


その数か月後、私は所用で店を空けおりまして用事を済ませて店に戻りますと、例のマリオネットが店に戻ってきているではありませんか。

不思議に思った私は、店主に聞いてみたのです。

「あのマリオネットが戻っておりますが、どうされたのでしょうか?」

「あぁ、お前が出かけている間にあのお客様がこられて、引き取ってほしいとお持ちになったのだよ。」

「では、何か問題があったという事なんでしょうか?」

「うむ。ご主人の話によると…」

そういって店主が事の顛末を話してくださいました。


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「このマリオネットはいったいどういう品なのだ。

とにかく、このマリオネットは引き取ってほしい。このままだと我が家は崩壊してしまう。」


そういってご主人は憔悴しきった様子で起こしになられたのだ。

私は何があったのかと、お話を伺うことにしたのだよ。

ご主人は訥々と、話された。その話はこんな感じだったよ。


このマリオネットがうちに来た際は、妻はとても喜んだのです。

はじめはエントランスのよく見えところに置いてました。毎日ねじを巻いて眺めておりました。

このマリオネットの姿は使用人たちも虜にさせてしまうほど魅力的でした。特に、マリオネットがサングラスをずらして上目遣いでこちらを見る表情に何人もの女の使用人が悲鳴を上げるほど虜にしていました。


ある時、妻が風邪をひいたのです。流行りの風邪でして何日間か部屋で寝込んでおりました。自室で一人で寝ておりますと寂しいからと、マリオネットを部屋にもっていってしまったのです。

私もご店主から寝室には持っていくなと言われていたのをすっかり失念しておりました。妻の気がそれで済むのならと許してしまったのです。


すると、その夜から毎夜妻はうなされる様になりました。

毎夜、夢にあのマリオネットが出てきて哀しそうに泣くそうなんです。

哀しそうに泣くだけで何も言わないようなんですが、妻は夜に眠れず容態が悪くなっていきました。

私は、ご店主に云われたことをその時に思い出したのです。

使用人に言ってマリオネットを寝室から玄関のエントランスに移動させました。そうしましたら、2.3日後ぐらいに今度は使用人たちが変なことを言い出しました。


「あのマリオネットが夜になると、光る目から光る涙を流すのです。旦那さま。気味が悪いです。」


使用人を怖がらせるのもよくないと思い、マリオネットを物置にしまわせたのです。これできっと大丈夫と思っておりましたら、その翌日の朝、このマリオネットが元の玄関のエントランスに戻ってきておりました。

誰が戻したのかと問いただしましたが、誰も知らぬ存ぜぬでして。

その日はまた物置のほうに戻したのですが、その翌日もまた元の場所に戻ってまいります。

そんな事が何回か繰り返し起こるので、使用人たちは気味悪がりまして、続々とやめていく者がでまして、今では、古くからいる3人の使用人のみとなってしまいました。

妻の看病もございますし、私の執務もございます。使用人が減ってしまっては支障も出てきます。

現に、私の仕事のほうではかなりの損害が出始めております。

このままこのマリオネットを所有しておりましたら、家も何もかもを失いかねない。

ご店主の言う通り、このマリオネットは我が家には厄をもたらす物だったようです。

代金を返してほしいとは言いません。


どうか、このマリオネットを引き取っていただけませんでしょうか。


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「才一。私はこのマリオネットを引き取らせてもらえてよかったよ。

まだ、回復できるところで気が付いていただいて本当に良かった。きっと奥様も体調は回復してお仕事のほうもすぐ身元に戻るだろう。

もちろん、先日お支払いいただいたお代金は手数料等を差し引いてお返ししたよ。」

店主は続けておっしゃいました。

「このマリオネットはね、人を探しているようなんだ。

それが、男なのか女なのか、どんな関係なのかということは私にはわからない。でもこのマリオネットが探している人物はあのご夫婦ではなかったということだ。

そして、この店にまた戻ってきた。なぁ、才一。このマリオネットの探し人は誰なんだろうな。」

「そうですね。」

店主は心底ほっとしたような表情で私に仰います。


私はふと気になったので、店主に聞いてみました。

「あのご婦人がこの店に来られたのは何故なんでしょう?店が呼んだのならあのご婦人に選ばれるべき『者』があったはずでございましょう?それはなんだったんでしょうか?」

「あぁ、それはね。このカエルの置物なのだよ。あのご婦人がこれを選んでいたのなら、きっとおうちは安泰、繁栄が約束されていたはずだったのだがね。やはりね、人というものは刹那的な感情に動かされて生きてしまう生き物なのだね。本当に、もったいない。」

「そういえば、店主が進めておられましたね。そのカエルの置物。」

「そうなのだよ。また、こいつの主人を見つけてやらねばならなくなったよ。」


店主は少し困り顔でそのカエルの置物を掌の中で撫でておられました。

私は、もしかしたらこの店に並んでいる『者』たちには、本当に命が吹き込まれているのではないのかと少し身震いがするのでございました。

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