憑いている理由

よし ひろし

憑いている理由

「なあ、酒井さかい、少し話を聞いてくれないか」


 昼休み、学食で大好物の味噌ラーメンを食べ終わった所で、同級生の多田ただに声を掛けられた。多田とは一年の時に同じクラスだったが、この春進級して別のクラスとなった。俺は二年一組だが、奴が何組かは知らない。つまりを持ち掛けられる間柄ではないのだが――


「お前、その、幽霊とか怪談とか興味あっただろう。それで、その、な…」

 なるほど、そっち関係の話か。


「なんだ、何か不思議な出来事にでもあったのか?」

 言いづらそうにしていたので、話を促す。


「ああ、実はな、ここ一週間ほど、の調子が悪いんだ。俺、自転車通学なんだが、その、自転車が妙に重くて」


「油切れじゃないのか? それともタイヤの空気が甘いとか?」


「いや、もちろん整備はきっちりしたんだ。でも、ペダルが、重くて。――それに、なにか、体調も悪くなってる気がする。なにかこう、生気を吸い取られているような――、嫌な感じなんだよ」

 沈んだ声で話す多田の顔は確かに疲れが浮かんでいた。目の下にはうっすらとクマも出ている。


「ふむ、それで、もしかしたら自転車に何かが――ってことか?」


「ああ、ま、そういうとこなんだが、その……、信じてもらえるか?」


「話は分かったが、自転車に何が起こってるかは、今の話だけでは、なんともなぁ」


「ああ、だから実際に見てみてくれないか、放課後にでも。頼むよ」


「まあ、見るだけなら構わないが…、期待はしないでくれよ、俺には別に特別な力はないからな」


「いいんだ。誰かに何でもないと言ってくれれば安心するし、もし何かあるなら――、新しい自転車を買うよ」


「……わかった。見てみよう、お前の自転車」


 俺の言葉に多田は、ぱっと笑顔を浮かべ、ありがとう、と言うと、自分の自転車の写真を見せ、駐輪場のナンバーを伝えてきた。そして、


「じゃあ頼む。俺、今日、部活だから。帰るのは五時過ぎなんだ。何かわかったら体育館に来てくれ」


 そう言って多田は去っていった。その背中を見ながら、

「ふむ…、あいつ何部だっけ? ま、いっか、体育館でやってるのは確かだから……」

 とつぶやいていると、


「中々、面白うそうな話ね。放課後と言わずに、今から見に行きましょう」

 すぐ横から声を掛けられる。


「食後はゆっくりすることにしているから。君一人で行ってきても構わないよ。何ならそのまま解決してきてくれ」

 声の主を横目で見ながら、小声で話す。


「ダメよ、私、あなたに憑いているんですからね。あなたが学校にいる間は、一緒にいるの。これ絶対」

 さも当然とばかりに言い、大きな目でこちらを見つめる。


「はぁ~、そう……」


 彼女、阿井佳純あい かすみは、この春から俺にとり憑いている幽霊だ。この学校の元生徒で、死んだ時は一年生。元々は一年一組の開かずのロッカーに憑いていたが、その謎を解いた俺を気に入り、今はまるで恋人かのようにべったりとくっ憑いている。学校にいる間だけだが。


 当然彼女の姿は他の人に見えない。多田が話している間もすぐ横にいたのだが、当たり前だが全く気付いていなかった。


「それで、多田自身には、何もとり憑いてなかったよな?」

 俺には何も見えなかったが、もしかしたら彼女なら――そう思って訊いてみた。


「ええ、そうね。少し妙な気配が残っているみたいだったけど――、直接とり憑いてはいないわね」


「妙な気配?」


「ええ、ま、よくわからないけど、勘よ。女の勘。きっと何かあるわ。放課後、楽しみね」

 ルンルンという文字が見えるほど楽しげな様子の彼女。死んでから十年以上、人と関わることがなかったせいか、俺との学校生活を満喫しているようだ。


 何事にも興味を持つのはいいが、厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしい。この間も体育館倉庫で――


「ああ、あのことが多田の耳にも入ったのか。それで来たんだな、俺の所に……」


 付き合いのほとんどないあいつが、突然なんで変な相談を持ち掛けてきたか、少し引っかかっていたが、納得した。少し前に、体育館倉庫で起きた奇妙な出来事を無事納めたことがあった。体育館で部活をやっているなら、耳にしていても不思議はない。


「はぁ~、学校の怪談的なのを持ってこられても困るんだけどな……」

 すぐ横のまさに学校の怪談そのものみたいな存在をちらりと見ながら、さらに深いため息をついた。



 放課後、問題の自転車が置かれた自転車置き場へと向かった。もちろん阿井佳純もすぐ横を並んで歩いている。

 前に、幽霊なのだから、フワフワと宙に浮いて移動しないのか? と聞いたら、

「できるけど、歩きたいの、あなたと一緒に。いいでしょ」

 と言われた時は、なんだかドキッとした。幽霊とはいえ、外見はすごく可愛い女の子だからね。


 廊下には帰宅する者、部活へ行く者、委員会に参加する者などかなりの生徒が行きかっていたが、見えないはずの彼女にぶつかる者はいない。見えはしないが、存在の気配のようものを無意識に感じているようだ。


「楽しみね、何が憑いてるのかしら?」


「憑いてる前提なのか、ただの機械的な故障かもしれないしれないんだぞ」


 人目が多いので、小声でつぶやくように話す。ぶつぶつ独り言を言いながら歩いているように見えるだろうが、仕方ない。悩み多い高校生、そんな人間がいても周りはそんなに気にしないさ。多分ね……


 賑わう廊下を抜け、階段を降り、玄関から出る。駐輪場があるのは、中庭方面に少し行ったところだ。歩いてすぐに見えてくる。

 下校時間なので、そこにも生徒は多くいた。そんな中をぐるりと見渡し、さて、教えられた場所はどこだと探す――までもなかった。


「ああ…、マジか……」


「ほら、私の言った通りだよ、雅樹まさきくん」


「そうみたいだな、阿井さん」


 阿井佳純が勝ち誇ったように指をさす。その先から漂う異様な気配。

 行きたくない――そう思ったが、ここまで来てそういうわけにはいかない。前を歩く彼女もノリノリだしね。


 問題の自転車のすぐ近くまでくる。


「うわぁ……」


 写真で見た青いシティサイクル――今その車体は無数の蜘蛛の巣で覆われていた。

 他の生徒が全く気にしてないところを見ると、そう見えているのは自分たちだけなのだろう。阿井佳純に憑かれてから、俺にも霊力らしきものが備わってきて、本来なら見えないものが見えてしまうようになっていた。


 自転車のカゴからハンドル、サドルからペダル、荷台、前後の車輪、すべてに半透明の蜘蛛の糸が絡みつき、いくつもの巣を形作っている。フレームの中央部に作られた巣が特に大きく、その中央に小さな蜘蛛が一匹、ここは俺の場所だ、とばかりに陣取っていた。


、通じるかな、あの蜘蛛に?」

 とりあえず話を聞いてみたいが、さて、意思疎通ができるのかどうか?


「私が手伝ってあげる。――手、繋いで」


「あ、ああ、わかった」


 差し出された左手に右手を重ねる。ヒンヤリとした感触。だが、死者の無機物的冷たさではない。柔らかく、どこか血の流れも感じる、ごく普通の少女のものだ。俺が彼女を人間だと認識し、彼女自身もそう思っている限りは、その感触も人のそれ同じのようだ。


「どうぞ、話しかけてみて」


「えっと、聞こえますか、蜘蛛さん、どうしてそんなところにいるのか教えてくれませんか?」

 まずは丁寧な言葉づかいで下手したてに出てみる。


「人間、おまえ、これの持ち主と、関係、あるか?」

 おお、ちゃんと返事が返ってきた。カタコトの日本語を話す外国人のようなしゃべり方だが。


「ええ、まあ、知り合いで――」

 そう言った途端に、強い怒りの念が伝わってきた。


「くわっ! 死、与える。我と、同じ――」

 八つある蜘蛛の目が一斉に紅く輝いた。


「う、う~ん……、落ち着いて、どういうことか、説明して」


「我、殺された、あの人間に――」

 そこで言葉と共にイメージが送り込まれてきた。



 おそらく朝、通学の為に自転車に乗ろうとする多田。

 そこで気づく、蜘蛛の巣がハンドルからカゴにかけて張っているのを。

 当然のようにそれを取り除く。と、そこから地面へと落ちる一匹の蜘蛛。

 それを忌々し気に足でつぶす多田――



 ま、人としてはやりがちなことだ。別に責められることではない。しかし、殺された蜘蛛からすれば、憎きかたきと言うわけか。


「う~ん……、彼も悪気あったわけじゃないと、いや、えっと、どう言えばいいのか…」


「無意味な死、我、故に返す、復讐なり」

 伝わる強い意志。


 一寸の虫にも五分の魂とは言うが、これはどう説得すればいいものか。


「えっと、だから人と蜘蛛ではそもそも価値観が違う、いや、スケールが違う、世界の見方というか、見え方というか――」


 言葉では説明しようがない。蜘蛛と人間ではすべてが違いすぎる。

 無理じゃね、説得なんて――

 そう思うが、あきらめるわけにもいかない。多田の命が掛かっている。


「だから、命の重さが、その、死に対しての感覚がね――」


「ああ、もう、じれったいわね!」

 傍らで静かに成り行きを見ていた阿井佳純が、話に割って入る。


「これ相手に、人間的説得とか無理だから」

 彼女が蜘蛛を指さし身も蓋もないことを言う。そして、


「だから、こうするのよ」

 右手を素早く伸ばし、蜘蛛を捕まえる。


 プチッ…


 そのまま握りつぶした。


「ええっ!」

 さすがにびっくりして、大声をあげた。


 と、周りにいた数人の生徒の視線がこちらに向く。

 まずい、誤魔化さないと。


「鍵、鍵ないな、どこっかで落としたのかなぁ……」

 制服のポケットを大袈裟に探る。

 それで納得したのかどうかはわからないが、みなそれぞれの作業に戻って、こちらから意識は遠のく。


「ふぅ~、阿井さん、それで解決になるの?」


 殺されて自転車にとり憑いた蜘蛛が、更に殺されて、それで終わりなのか? また復活とかしない?

 そんな疑問が頭に浮かぶ。


「こうして終わりよ」

 俺の疑問に答えるかのように、阿井佳純がつぶした蜘蛛をポイっと口の中に放り込んだ。


 ゴクリ…


「え、えええぇ……」

 今度は抑え気味に驚きの声を漏らす。


「こいつはね、ただ無為に殺されたことに憤慨していたのよ。こうして、血肉にされるなら、納得するの。――ほら、見て、私の新しい技。スパイダーマン!」


 阿井佳純が右の掌から蜘蛛の糸を飛ばし駐輪場の屋根へとくっつけた。それはまさしくスパイダーマン。


「う、うむむむ……」


 なるほど、蜘蛛だものね。食べるために殺し殺されるのは普通の事。ただ感情のまま意味なく殺されたのが気に入らなかったわけね。

 それにしても、食べて蜘蛛の力を取り込むとか、ありなのか、幽霊って――


「羨ましい? 君にも分けてあげようか、この力」


「え、できるの?」


「うーん、多分」


「えっと…、やっぱいいや、まだ普通の人間でいたい」


「そう、意気地なしね。そういえば、そういう人だったわね、優柔不断と言うか、慎重というか」

 阿井佳純が冷めた目でこちらを見る。


 ああ、そうだとも。俺は臆病者さ。開かずのロッカーもいろいろ怖いうわさがあったから、開けてみるまで一年かかったもんね。


「とにかく今回の事件はこれで終わりってことでいいのかな?」


「そうね。見て、ほら」


 阿井佳純に促されて自転車を見ると、車体を覆っていた蜘蛛の巣が溶けるようにして消えていく。主を失って、存在する意義がなくなったせいなのだろう。


「ふぅ~、よかった、荒事にならなくて」


「それで、どうするの。本当のことを話すの?」


「それは――」



 結局、多田には何事もなかったと報告した。ペダルの根元に細い糸が巻き付いていたから、そのせいじゃないかと。テグスみたいな透明なものだから、気づかなかったんだろう、と適当な嘘を言って誤魔化した。糸は外しておいたから、もう平気なはずだと、言い、最後に


「蜘蛛の巣を払うのはいいが、蜘蛛は殺すなよ。あれは幸運を捕まえてくるラッキーな生き物だからな、わかったな」

 と少し強めに言っておいた。


 多田は何のことか一瞬わからないようだったが、自転車がおかしくなる前にちょうど蜘蛛を踏みつけたことを思い出したようで、急に不安げな顔になり、何か言いたげにこちらを見たが、俺は何も言わずに、じゃあな、と言って別れた。

 ちなみに多田はバスケ部だった。



 次の日、多田から、自転車も体調も元に戻った、ありがとう、と礼を言われた。

 どうやら、一件落着のようだ。

 もうこんな奇妙な事件に巻き込まれるのこりごりだ、と思ったが、

「ねえ、次はどんな面白いことが舞い込んでくるかな。楽しみね」

 ルンルン、としている阿井佳純を見ていると、多分次もあるのだろうなと思い、深くため息をつくのだった……

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