第18話 裏に潜むのは

 校外学習の後始末も終わり、数日。

 俺たちが入学してから一ヶ月が経過した。残念ながら、この世界にゴールデンウィークと呼ばれる素晴らしい長期連休は存在せず、今日も今日とて平和な学園生活だ。


 一年生の校外学習に神災級の魔物が現れた、という話はすでに噂として学園内を駆け巡っており、おまけに帝都近郊の森でのこともあって、学園のみならず帝都全体でもどことなく不安感が漂っている。


 とはいえ、ことの全容を公表するわけにもいかない。それはそれでまた国民にいらぬ不安を与えることになるからだ。


 学生にできることといえば、もしもの事態に備えて少しでも学園での学びを身につけることだけ。

 そんなわけで本日は、グロウマンによる実戦魔術の授業の様子をお送りしてみよう。


「魔力の物質化は、学生にとっては中々難度の高い技術だ。だが、騎士団や軍、上位の冒険者になるなら、必ず修めておかなければならないものでもある。今日は初日だし、まずは感覚を掴むところからだな」


 消費魔力はそこそこ高く、それでいて術式の構築もそこそこ難しく、しかし使えたらこれがまたかなり有用。

 それが魔力の物質化。


 軽く魔力を動かして、手元にナイフを作る。無骨なデザインのそれは、俺にとって緊急時の武器にもなる。

 他にも壁を作れば即席の盾にできたりも。俺はあまり詳しくないが、研究畑のやつらも結構重宝するらしい。


 例えば元素魔術は、自然の力を使う魔術だ。土の魔術なんかが近いように思われるが、これは魔力で物質を操作しているのであって、己の魔力そのものを物質化させているわけではない。


 純粋に自分の魔力のみで。そうなると難易度はそれなりに上がる。

 魔法学園の生徒たちは誰もが才能に溢れた若者たちであるが、それもまだ花開く前の蕾に過ぎない。言ってしまえばまだまだ子供なのだ。魔力操作の練度、経験が、大人たちに比べると圧倒的に足りていない。


 演習場で早速クラスメイトたちが四苦八苦しているのだが。まあ、その中に例外が一人。


「おお、さすがはリリウム殿下だな……」

「綺麗な剣……」

「そりゃ殿下はすでにS級だしなぁ、出来て当たり前って感じなんじゃない?」


 クラスメイトたちの視線を一身に集めるのは、我らがリリウム・アルカンシェル皇女様。

 そりゃ出来て当たり前だ。誰があいつを鍛えたと思ってる。


 リリが作り出したのは、シンプルながらも所々に美しい意匠が施された直剣。

 ていうかあれって──。


「あれ、あなたの剣じゃない」

「うおっ! びっくりしたぁ!」


 背後から急に囁かれて、肩を跳ねさせる。

 振り返れば、怪訝な顔をした銀髪エルフさんが。


「驚きすぎよ……授業中だからって気を抜き過ぎじゃないかしら」

「じゃあ気配消して近づいてくんなよ」

「で、あれだけれど」

「無視は泣くぞ」


 そう、リリが作り出した剣は俺の固有魔法によって、夜空から降ってくるアレ。ルナーリアにも先日の校外学習の際見せた、七星剣グランシャリオだ。

 あいつ、人の剣作ってドヤ顔しやがって。


「いいの?」

「いいもなにも、あの剣見てピンと来るやつなんていねえよ。同じ部隊のやつかお前くらいにしか見せたことないし」

「そう」


 校外学習と言えば。

 あの日、ルナーリアとたった一合のみの決闘をして、少しだけ言葉を交わしてから。

 彼女の態度が、少しだけ軟化したように思える。一度こちらと距離を取るような真似をして、かと思えばまた軟化して。むしろ割と距離が近くなってる感じがある。


 今だって、内緒話をするにしても、ちょっと距離が近い気がする。

 俺がさっき驚いたのも、思ってたより近くから声が聞こえたからだ。お前の声綺麗なんだから、耳元で囁かれたら背中がゾクゾクしちゃうでしょうが。異世界にASMRの概念を持ち込むのはまだ早いんだよ。


「ところで、ルナーリアの方はどうなんだ?」

「愚問ね」


 まあ、わざわざ聞くまでもないか。こいつもS級、今じゃリリより順位は上だ。

 その上彼女はリリとの決闘で、クラスメイト全員の前であの魔法を披露しているし。


 銀髪エルフさんがちょいと魔力を動かせば、彼女の周囲に様々な氷の武具が突き刺さる。

 剣、斧、槍、刀に双剣、おまけに馬上槍ランスやらフランベルジュやらと、同じ武器種でも色んなタイプを作り出してやがる。


「ま、ざっとこんなものよ」

「ドヤ顔せんでもいいから」


 可愛いだけだぞ。


 しかしこいつのこの魔法も便利なものだ。しかも便利なだけじゃない。ルナーリアはこの魔法を十二分に扱うため、すべての武器の扱いを達人級にまで修めている。

 武器として使うもよし、弾丸のように射出するもよし。遠中近とどの距離にも対応できるオールラウンダー。


 でもなぁ。これはなぁ。


「あー、ルナーリア。悪いが、それはもう一つ先の技術だ。悪いんだが、他の奴らに合わせてもらってもいいか」


 と、ここでグロウマンから苦言を呈される。そう、魔力の物質化に元素魔法を掛け合わせるのは、もっとレベルの高い技術なのだ。

 今のこの授業はまだ、基礎も基礎の段階。ルナーリアにも教える側に回って欲しいグロウマンからすると、周りのレベルに合わせて欲しいのだろう。


 しかしである。銀髪エルフさん、ここでなぜか顔を逸らして目を泳がせた。


「ああ、なるほどそういうことね。グロウマン先生、彼女はこれで大丈夫ですよ」

「むっ、そ、そうか?」


 ニッコリと、先生の部分を強調して言ってやれば、軍曹殿は納得したようだった。無理矢理自分を納得させた、ともいうが。


「固有魔法の影響か?」

「そんなところよ」


 使う魔法のほとんど全てに、氷の属性が強制的に付与されてしまう、ってところだろう。

 この手の話は、固有魔法の使い手には珍しい話でもなかったりする。俺だって、魔力の放出が苦手なのは固有魔法の影響だ。おかげでまともな元素魔法も使えない。

 幸いにして、今回のような魔力の物質化程度ならできるけど。てか、生きるためになにがなんでも身につけたけど。


「ところで、あの件については?」

「ん? ああ、あれね」


 言わずもがな、先日の校外学習の件である。

 事件が起きた日とその翌日は、俺も部隊の責任者としてテオール山に残っていたのだけれど。学園を休むわけにもいかず、調査は別のやつに引き継いでいる。


 調査結果は数日すれば届く、とルナーリアにも伝えていたため、彼女も気になっていたのだろう。


 S級冒険者として。

 同じエルフが起こした事件として。

 そしてなにより、自分が狙われているから。


「ここで話すようなことでもねえしな。また後で……昼にでも話す」


 頷きだけを一つ返し、俺から離れていくルナーリア。別に一緒にいてくれてもいいのに。

 また一人でいるのかなと思っていたのだが、意外なことに彼女は、クラスメイトたちの輪に入っていった。


「あ、ルナーリアさん! ちょっと分からないところがあるから教えてくれる?」

「見せてみなさい。ああ、これなら──」


 そしてルナーリアを迎え入れたのは、兎獣人のエルだ。校外学習の時の交流もあってか、エルと同じ班の女子二人、ポーラとフレンダも、嫌悪感を見せずにルナーリアを受け入れる。


 やっぱり、エルの存在はありがたいな。お陰で周りのクラスメイトたちも、恐る恐るではあるが、ルナーリアに話しかけようとしている。


 うんうん、ルナーリアが少しずつでもクラスに馴染んでくれて、おじさんは嬉しいよ……。

 と、後方ベガ立ちしてたら、担任がシラーっとした目でこっちを見ていた。


「フェルディナント、お前も他の奴らに教えてこい」

「へいへい」


 あんたが一番上手いだろ、とグロウマンの目が語っている。別にそんなことねえよ。

 ま、後進を育てるのも俺たち先達の役割だからな。今は同級生だけど。ちゃんと教えてきますよ。



 ◆



 普段俺は、昼休みになると基本的にベルクとオスカーの二人と一緒に飯を食う。たまにリリとドロシーも混ざって五人で食堂に、なんて時もあるけど。

 まあそれも、大抵は放課後にギルドに向かう時とか、前の校外学習前日の時とか、班全員でなんぞ打ち合わせする時だ。


 そら女子がいた方が華があっていいけれど、やっぱり気の合う男友達だけと、って方が気が楽なのも事実。


 さて、今日の昼はそんないつもとは大きく違い、ルナーリアと二人だけで中庭に来ていた。

 彼女は毎日お弁当を作ってきているみたいで、今日も可愛らしい弁当箱を持参している。


「……」

「なに、どした?」


 中庭のベンチに並んで座ると、彼女は俺の手元にあるブツをジッと見る。


「あなた、それで足りるの?」


 心配そうな声音もある意味当然で。今日の俺の昼食は、固形の携帯食料二つだけだからだ。カロリーのメイト的なやつ。口の中がパッサパサになるやつ。


「普通に足りるよ。育ち盛りのガキじゃあるまいし」

「後で私のお弁当を強請っても上げないわよ」

「ねだらねえわ」


 人をなんだと思ってるんだ。

 そんなルナーリアの、今日も自作してきたらしきお弁当。おにぎりが猫の顔の形になってて随分可愛らしい。

 相変わらず、本人と弁当のギャップが激しいやつだ。


「それで、どうだったの?」

「早速本題かよ。昼はまだあるし、もうちょいゆっくり行こうぜ」

「くだらない話に付き合うつもりはないわ」

「こいつは手厳しい。んじゃま、順番に話していくとしますかね」


 時系列順に。

 判明した事実をより分かりやすく正確に伝えるには、それがベストだ。


「まず最初に、学園の侵入者。こいつはエルフ女王国の差金で間違いない。もっと言えば、一部の過激派連中の仕業だな」

「……よく調べられたわね」

「うちの情報部は優秀でな。女神のスリーサイズすら調べ上げる、なんて豪語する連中だぜ?」

「気持ち悪いわね、死ねばいいのに」


 あなたのサイズも調査済みですよ、とは言わない方が良さそうだ。

 気持ち悪いのは同意だから、汚物を見るような目で俺を見ないでほしい。あくまでも情報部の話だよ、俺は関係ないよ。ホントだよ。


「エルフ女王国に突きつけられるような決定的証拠を握れたわけじゃないが、揺さぶりくらいは掛けられるだろうな。恐らくだが、今後は侵入者も減るはずだ」

「完全になくなる、とは言わないのね」

「そこで次の話だ。神災級オーガキングの出現。こいつはルナーリアも、大体予想ついてるだろ?」


 こくりと頷く銀髪エルフさんは、猫の頭を右耳から小さくパクリ。どんな味付けかは知らんが、気に入ったのか長い耳がぴこぴこと動く。畜生可愛いな。


「教団とか名乗ってた、あのエルフの組織ね」


 これに関しては、あのエルフ自身もその口でたしかに言っていたことだ。

 アストラルベアだけでなく、未知の怪人にまで変身しやがった、あの痩せこけた男エルフ。

 それはつまり。


「オーガキングが急に現れたのは、教団のやつがあの薬で変身してたからだ」


 分かりきっていただろうに、それでも頭が痛いのか、ルナーリアはため息とともにこめかみを抑える。

 眉間に皺を寄せながら、それでも弁当を食べる手は止まらない。


「ならどうして、俺たちの前に現れたのか。あのエルフの口振りからして、あの時のオーガキングはいわば試作段階ってとこだったんだろう。んなもんをわざわざ、S級二人が揃ってる前に出してきた理由は? それに、俺たちの居場所をどうやって突き止めた?」

「エルフ女王国とその教団が、繋がってるってこと?」


 それだけはあり得ないだろう、と。俺を睨む目が告げている。

 自分を捨てた故郷のはずなのに。


 あるいは、だからこそかも知れない。銀髪の自分を追放するほどに、あの国は伝統やらなんやらに固執する。

 であれば、旧くから人類の敵である魔物の力を使い、神の敵たる悪魔を崇拝するような連中と手を結ぶわけがない。


 まあ、俺もそう思ってたさ。あの国は帝国と同じく、虹神教を国教にしている。おまけに太陽と勇気の神ソールレウスの加護すら受けた国だ。

 信じられない、というのが率直な感想。


 しかしなんというか、うん。我が身のことになってから、ようやく信じられた。


「残念ながら、エルフ女王国だけじゃない」

「は? なによそれ……つまり、この国も、って言いたいの?」

「それだけなら、幾分か楽だったんだけどな」


 テオール山を挟んだ隣国のエルピダ共和国。

 大陸南部に位置し、異大陸との交流も盛んなソルシェール連合国。

 火と戦争の神フランベルを信仰し、獣人が治める傭兵国家、レオンハート王国。


 ここに帝国とエルフ女王国を加えれば、大陸の五大国家として数えられるわけだが。


「五大国家全てとの繋がりが確認された。それもそこらの平民やら商人やらじゃない。それなりの地位にある貴族とな」

「嘘でしょ……」


 さしものルナーリアも、驚きを隠せないらしい。弁当を食べる手も止まり、唖然としている。


「恐らくだが、小国にもかなり広まっているはずだ。もう大陸全土って言っても差し支えないくらいにはな」

「いつの間にそんなに……」

「そこは分からんが、教国とやらのトップは相当頭が切れるんだろうぜ」


 人智を超えた、なんて言葉があるけれど。この世界には少なくとも十人、そう呼ぶべき個人が存在している。

 言うに及ばず、S級冒険者に数えられる十人であり、俺やルナーリアを始め、半数は人間じゃない長命種だ。人間のくせに千年生きてるババアもいるが。


 もっと言えば、冒険者以外にもS級と同レベルのやつはいるし、相応のパーティや組織も存在している。

 我らが皇帝陛下なんか戦闘力で言えば俺以上だし、エルフ女王国の女王はその策謀であらゆる相手を手玉に取る女狐だ。

 俺が懇意にしてるS級パーティだって、優秀という言葉では足りないくらいのやつらばかり。


 そう言った面々の目を誤魔化し、欺き、決して勘付かれることなく。


「話がかなり大きくなってきたわね……」

「今現在大陸各国と秘密裏に情報共有中だ。その間俺ら下っ端は、目先のことを解決しねえとな」

「学園の内通者、ね」


 エルフ女王国の刺客は、まず間違いなく学園の内通者が手引きした。

 その両者はどちらも教団の者だろう。


「学園内への手引きだけじゃない。この前の校外学習の時もだろうな」

「でしょうね。あまりにも情報を知りすぎてるもの」


 教師か、あるいは生徒か。

 そこまでは未だ突き止めていないが、あるいはその両方にいる可能性だって。

 校外学習の行き先だけならまだしも、班ごとの課題の魔物まで知られていた。これは、それなりに内側の人間でなければ知り得ないことだ。


「内通者の件に関しては、今度リリとグロウマンも交えて改めて話そう。とりあえず、報告の続きだ」

「他にもあるの? 大体出揃ったと思うのだけれど」

「あのエルフが使ってた薬だ」

「あの薬って、あなたが消し飛ばしたじゃない」

「ま、そこはちょっとした裏技ってやつでな。とにかくその薬だが、どうにも混沌の森産のあれやこれやが色々と使われてるっぽい」


 混沌の森。俺の職場であり、今も部下たちが元気に駆け回っているでろう場所。


 あのクソ悪意の塊みたいな場所に現れる魔物や植物などは、どいつもこいつも厄介な奴らばかりではあるけれど。

 反面、その素材は当然ながらレア物ばかり。薬の素材に使おうものなら、既存の薬物なんて目じゃないもんが出来上がるのは当たり前だ。


「あなたの実家じゃない、混沌の森」

「やめろ、あんな場所を俺の実家にすんな。たしかに親の顔より見慣れた森だけども」

「もっと親の顔見なさいよ……」


 親の顔云々に関しては君も人のこと言えないでしょうが。俺も大概だけど。


「ルナーリア、混沌の森に入ったことは?」

「何度かあるわよ。何組かのパーティと合同レイドで」


 ふむ、流石のルナーリアも、混沌の森にソロで入るような真似はしてないか。安心安心。


「知っての通り、あそこは一部のA級とS級のみにしか立ち入りが許されてない。S級であってもパーティ推奨。軍の中でも、うちのシルバーファングだけ。それだけ危険な場所ってわけだ」

「その混沌の森に入るだけの実力はある、ということね」


 さもありなん。大国に悟られないだけの隠密能力があるのだから、そりゃ混沌の森にだって余裕だろう。魔物相手と国相手じゃその性質は違えど。


「ていうか、ひとつ気になったのだけれど」

「なんだ?」

「いくら帝国の情報部が優秀でも、さすがに情報が一度に出過ぎじゃないかしら?」


 おっと、そこに気づかれるとは。お目が高い。


 いや実際、テオール山には大した痕跡も残ってなかったんだよな。拠点にしていたらしき洞窟は見つけたし、薬品類の残骸っぽいのもあった。たがそれだけじゃあ何も分からん。

 さすがはエルフとだけあって、魔力的な痕跡は残してなかったし。


 仮にここに痕跡が残っていたとしても、五大国との繋がりまで発展するのは急すぎるというものだ。


「さっきも言っただろ? 裏技だよ、裏技」


 なんなら、反則技チートと言ってもいい。こればかりは、ルナーリアの交友関係、あるいは俺の交友関係を調べてなかった教団側のミスだ。


 つまり、俺とルナーリア共通の知人というと。


「全知のババアに頼った。あいつ相手だったら、貸し借りはその場で清算だしな」

「……本気?」

「本気と書いてマジだぜ」


 ルナーリアが青い顔をするのにも理由がある。

 というわけで、ここらでひとつ回想でも挟もうかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帝国軍人の俺が、銀髪エルフと学園ラブコメするまでの三ヶ月間 宮下龍美 @railgun-0329

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画