第17話 恐怖の氷
「今回もまた、随分派手にやったみたいですね、少佐殿」
「派手なもんかよ軍曹。俺の魔法はリリとかルナーリアみたいなんとは違うぜ、地味も地味だよ」
目の前で忙しなく動き回る軍の人間を眺めながら、担任教師であり潜入任務の協力者でもあるアシュトン・グロウマン軍曹と言葉を交わす。
場所はテオール山中腹、俺たちがあの怪人と戦った場所だ。
戦闘を終えてしばらく、一時間もかからない内に軍の連中はテオール山へやってきた。
さすがに早すぎだろと思わないでもないが、ちゃんと理由がある。
そもそも、今回の校外学習で敵が仕掛けてくるだろうことはある程度予想出来ていたし、報告書にもその旨を書き記していた。
であれば備えておくのは当然で、軍の部隊がいくつか帝都で待機していたのだ。いつでも動けるようにしてくれていれば、あとはリリが次元跳躍で迎えにいくだけ。
校外学習は当然中止。やってきた部隊は現場とその周辺、つまりこのテオール山全域を細かく調査するために右往左往。
中々に広大な山なのだけど、果たして調査が終わるのはいつになるやら。
「そういう問題じゃありませんよ、少佐。あなたの魔力に当てられた生徒たちが、何人いるとお思いで?」
「全くだよ隊長! 軍曹、もっと言ってやって。生徒全員運ぶのめっちゃくちゃ大変だったんだからね!」
俺たちの背後に突然現れたリリは、言い渡した仕事を終えてきたらしい。
彼女にはテオール山にいる生徒全員に事情を説明して、帝都へ送り届ける役目を与えていた。事情といっても、馬鹿正直に全部話すわけもなく。
神災級の魔物が現れ、リリとルナーリアのS級二人が討伐。不測の事態につき校外学習は中止となり、テオール山には軍の調査が入る。
と、こんな具合だ。
てか皇女殿下、仕事が早すぎないです? 生徒全員だぞ、もっと掛かるかと思ってたわ。
地味に大仕事を任せていたのだが、文句よりも報告を先に聞きたいなって。
「生徒たちの反応は?」
「まちまちですね。不安げな子も安心してる子もいましたが、中止に憤ってる感じの子も何名か。隊長の魔力に当てられて気絶した子はおよそ半数ほど。簡単に治療を施してきたので、じきに目を覚ますかと」
帝都でちゃっかり軍服に着替えてきてるリリは、メガネをかけてポニーテール。
先ほどからグロウマン軍曹やリリが言っている、俺の魔力に当てられた、と言うのは、特段珍しい現象でもなかったりする。
例えば、俺が入学してすぐの模擬戦でエリックにしたような、声に魔力を乗せて圧を与える技術。あれの超上位互換だと思ってもらえればいい。
あのエルフの男が変身した怪人の、神災級並みの魔力。あれが山全体にまで広がって、未だ未熟な魔法学園一年生に襲いかかった。
だけならまあ、多少気分が悪くなったり、酷くて恐慌状態に陥ったりくらいで済むだろうけど。
俺の固有魔法は神域魔法だ。
神の力だ。
その全力解放に加えて、魔力に乗せた殺気まで伝播してしまえば、実力差が開きすぎてるやつなら気絶してしまう。
軍曹の言う派手に、とはそこに起因しての発言だろう。
それにしても、半分は気絶せずに済んだのか。さすがは魔法学園に入学しただけある、というべきか。気絶しちゃったやつらは今後ももっと頑張れ。
「さて、この後はどうするか。俺らも帰っていいんじゃない? ダメ?」
「ダメです。部隊の指揮権は、この場で最も階級の高い隊長に与えられています。幸いにして彼らはシルバーファングとも何度か任務を共にしていますし、隊長の正体も知っている者たちです。調査が終わるまでは帝都に帰れないと思ってください」
「おい軍曹、聞いたかよ今の言葉。非情な副官だと思わんかね?」
「少佐殿は優秀な副官を持てて幸せですな」
「お前もそっち側かよ。あー、こりゃしばらく帰れんか。こんなことなら
あいつらなら俺仕込みの探知魔法が使えるので、かなりの広範囲を短時間で探れる。常日頃から混沌の森を主戦場にしているやつらなのだ、こんな山の調査程度、子供の遊びにも等しい。
「ああそうだグロウマン、タバコ持ってるか? 最近吸えてなくてさ」
「一応、私は教師であなたは生徒なのですが、少佐殿?」
「今は帝国軍少佐としてここにいるのだよ、軍曹。いいだろ別に、どうせ数日は帰れないし、制服についた匂いも落ちるって。吸わねえとやってらんねえよ」
ため息を吐きつつも、グロウマンは胸ポケットからタバコとライターを取り出してこちらに差し出してくれる。
ありがたい、約一ヶ月ぶりのヤニだ。
隣のリリからお咎めの言葉がないあたり、よその部隊を預かる羽目になった俺に、多少は同情してくれてるのだろう。
深く吸って、煙を吐き出す。
あぁ〜、久々に吸うと頭にクるぅ……。
「中々いいもん吸ってんじゃねえか」
「どうせなので、一箱差し上げますよ。私はまだもう一箱ありますから」
「お、まじ? さんきゅー」
いやぁ持つべきは親切な部下だな!
「さて、ちょっとは仕事しますかね。大尉、部隊を小分けに再編するぞ。闇雲に捜索しても、痕跡らしいもんは見当たらないだろう。なにせ相手はエルフだからな」
「隊長にはなにか考えが?」
「何ヶ所か目星はつけてある。部隊を再編後、指定した地点周辺を捜索させろ。指揮は大尉が取れ、軍曹はその補佐を頼む」
「少佐はどうするおつもりで?」
「俺はちょっと野暮用があってな。あとは任せたぞ」
リリのため息を背中に受けながら、ひらひらと手を振ってその場を後にする。
向かう先は、いくつか立てられたテントの裏側。よっ、と手を挙げるが、相手から返事はない。少しくらい反応してくれてもいいものを。
「悪い悪い、待たせたな。いやぁ中佐ってのも大変なもんでさ、無駄に階級が高いから、こう言う時は面倒なんだよ」
新しいタバコを取り出して火をつけながら、戯けたように言う。
少しの距離を空けて立っている銀髪のエルフは、興味ないと言わんばかりの無表情。
しかしその手には、氷で作られた大鎌を持っている。物騒なやつだな。
「で、なんの用だ? 俺はこう見えて忙しいんだが?」
「私と闘いなさい、ガルム・フェンリル」
ま、得物を手にしてる時点で、って話だな。
敢えてその理由は問わない。そんな無粋な真似はしない。
俺が先ほど使った神域魔法。その本当の使い方を見て、ルナーリアなりに思うところがあったのだろう。
なにせ俺がやったことと言えば、加護を与えてくれている女神への祝詞。神の力を振るうため、神を讃え、崇める詠唱だ。
だから、夜空から降ってきた剣こそが、返答の代わり。
「一合だ、それ以上はやらねえぞ。忙しいのはマジだからな」
「十分よ」
鋭い視線と相対する。
周囲の気温が、急速に下がる。
冷気が満ちる。
合図はなかった。それでも俺たちは同時に地を蹴る。
結果は見えているようなものだ。俺のやることは変わらない。いつも通りに魔法を使うだけ。いくら銀髪クーデレエルフが相手と言えど、そこに情けも容赦も入り込む余地はなかった。
だから、僅かに剣を振るう手が鈍ったのは、俺の心情云々の話ではなくて。
「……」
「満足か?」
大鎌を振りかぶった状態で、動きを止めたルナーリア。その鎌の持ち手は、真ん中から真っ二つに斬り裂かれている。
多少動きが鈍ったところで、今のルナーリアに俺の固有魔法を突破できる道理はない。
「ねえガルム。あなたは、自分の固有魔法を正確に理解できてる?」
得物を光の粒子に変えて消し、ルナーリアはその場にへたり込みながら口を開いた。
随分藪から棒な話題ではあるが、ひとまず乗ってやるか。
「そりゃ当然だろ。じゃないとS級としても、軍人としても失格だからな」
「なら私は、S級失格かしらね。いえ、それもある意味当然。私みたいなのがそうやって持ち上げられること自体、おかしな話なのよ」
なにかに怯えるようにして、腕を抱く。周囲の気温が更に下がって、地面に氷が張る。彼女はハッとしたように辺りを見渡した。
その様子を見て、思い至る。
彼女のコントロールできていないその冷気が、何を由来としたものなのか。
「恐怖か」
「……ええ、その通りよ。この魔法は私の意思とは関係なく、私の恐怖の感情に反応する」
月と恐怖の女神、ルナプレーナ。
ああ、こいつは厄介だ。この子が優しい子だからこそ。だからこそ、この上なく厄介な加護になってしまっている。
「あの日からずっと、私の心の中には恐怖が巣食っている。命が失われていくことへの畏れ、大切な人をこの手にかけた時の恐れ、また繰り返すかもしれないっていう、怖れ」
──だから私は、独りでいい。独りがいい。
夜空に浮かぶ月を見上げて、その表情に浮かぶのは諦念。
「けれどそれだけ。私は、私の魔法についてそれだけしか理解が及んでいない」
それでも、と。俺を見上げるその目には、強い光が宿っていた。
一瞬前の儚げな顔はどこへやら。貪欲に強さを求め続ける、よく見慣れた彼女だ。
「あなたなら、私の魔法について私以上に理解しているのではないかしら?」
「百年以上そいつと付き合い続けてきたお前より、って? 買い被りすぎじゃねえか」
「そうでもないわ。だって、あなたは私よりも神域魔法に詳しくて、神との距離が近いもの」
フォルステラ様との、個人的な関係のことを言っているわけではないのだろう。
俺の一族、フェンリル族のことを言っている。
俺たちフェンリルは、人間やエルフたち他の種族よりも、強く神の加護を受けて生まれる。
星と運命の女神、フォルステラ様の加護を。
そのフェンリル族の中でも、とりわけ強い加護を受けているのが俺だ。
まあ、ルナーリアの言う通り、彼女の固有魔法についてはある程度推察できる。
だがあくまでも推察、推測、あるいは憶測の域を出ず、それを伝えていいものか。
魔法とはイメージの力だ。あれやこれやとややこしい理論は存在しているし、術者の知識によっても出力は左右されるが。
あくまでも重要なのは、当人のイメージ。
俺が推測を伝えることで、変な先入観を与えたくはない。
しかしここで何も答えないというのも、それはそれでどうなのだろう。
ヒントくらいは、与えてやってもいいか。
「なあルナーリア。エルフってのはみんな、ソールレウスの加護を受けて生まれるんだよな? で、お前はルナプレーナの加護を強く受けちまってる」
「そうだけれど……それがなに? そんな誰でも知ってるような話を、今更……」
「お前の魔法は、どちらの加護をどれだけ強く受けていても、不可能だ」
「……どういうこと?」
氷の魔法だけなら、なるほどたしかに。ルナプレーナの加護を強く受けていると言える。恐怖に反応すると言う点も、そこを強調するようなものだ。
けれど彼女の魔法は、もはやそんなレベルのものじゃない。
「オーガキングと戦った時。あの大鎌を使った魔法もそうだが、なによりもその後、召喚されそうになってたオーガどもを凍りつけにしたあれ」
オーガどもだけじゃない。世界そのものすらも凍らせるような規模の魔法。
そんなもの、俺ですらお目にかかったことはない。
俺の固有魔法と同じ、いやそれ以上の規模で、世界そのものに干渉する魔法。
「神様が憎いか?」
「……当然よ」
「だろうな。俺も、たまにイラっとくることがあるよ」
神は平等じゃない。公平じゃない。
すこぶる気まぐれなやつらだ。そのくせ俺たちの人生に介入してきて、めちゃくちゃに引っ掻き回し、それが試練だなんだと適当なことを抜かしやがる。
フォルステラ様のことは尊敬しているし、母親のように思うこともあるけれど。
だからこそ、と言うべきか。
「この歳になると、母親からの過干渉ってのは鬱陶しく感じるもんだからな」
苦笑しながら言えば、うまく意味が伝わらなかったのか。ルナーリアは可愛らしく小首を傾げた。
ふとした拍子に見せられる幼い仕草にほんの少しドキリとしながらも、言葉を選び直す。
「テメェの運命くらいテメェで決めさせてくれ、ってことだよ」
「運命……」
「俺たちは神の気晴らしに使われるオモチャじゃないし、おままごとに付き合わされるお人形でもないんだからな」
あの人の加護をうまく扱う上で、とても大切な心意気だ。
そこまで言うと、ヒントを与えすぎになってしまうけれど。
「必要以上に恐れることはねえよ。それこそ、ルナプレーナの思い通りってもんだ。俺もリリも、そんなに柔じゃないからな」
少なくとも俺は、世界そのものを凍らされても元気に動き回れる。
よく言うだろ、犬は喜び庭駆け回る、って。
こんな好みど真ん中の美少女エルフが凍らせた世界なら、喜んで駆け回ってやるさ。
「んじゃ、俺はそろそろ戻るぞ。リリに部隊の指揮は任せたとは言え、あいつもまだまだ経験が足りてねえからな」
「待って、ガルム」
フェンリルさんはクールに去るぜ、と背中を見せたのに、服の裾を控えめに掴まれた。
大して力は掛かってない。ひどく弱々しい。だからこそ、足を止めざるを得ない。
「私は……今よりもっと、強くなれる?」
「なれるよ」
即答した。断言した。
俺がそこを疑うつもりはない。
だってこの子は、とても優しくて。だからこそ悩んで、苦しんで、怖がって。
そんな子が報われない物語ってのはノーセンキューだ。
そんな運命は、神が認めても俺が認めない。
「ありがとう」
シンプルで短い一言と共に立ち上がり、ひとつ、息を吐いた。思ったよりも距離が近くて、彼女の吐いた白い息が頬を撫でる。
「もっと頑張ってみる。それでいつか、あなたを倒すわ」
とても微かな笑みだった。
けれど、決意に満ちたその顔は、夜空に輝く月や星よりも眩く、美しく。
距離を取り転移で帰っていく彼女を、俺は呆然と見送るしかできなかった。
「不意打ちは反則だって……」
普段がクールとツンに極振りな分、たまのデレが強すぎる。
これだからクーデレってのはいいんだよ。
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