第2話 あんまり高いのは勘弁してくださいね
帰りの電車の中、直の肩に寄りかかって静かに寝息を立てる柚。
揺れに揺られて振動する度「ん」と耳元で吐息が聞こえる度に彼女の可愛い唇を自分ので塞ぎたくなる。
しかし、車内はそこそこ人が乗っている上に私たちの座っているのは対面型のロングシートなため、鋼の意志で我慢する。
二つ目の駅に停車し、何となく人の乗り降りを眺めていると、乗って来る人の中に知った顔がひとつ。
「「あ」」
丁度向こうもこちらに気付いたらしく、偶然にも声が重なる。
「清水さ」
「ん」
反応しといて無言でいるのも失礼だと思い話し掛けようとすると、眼前にスマホを突き出される。
見れば、RINEのQRコードが画面に表示されていた。
清水さんは私の隣で寝ている柚に視線を軽くやってから、「早くして」と画面に鼻がくっつきそうなくらい近付けてくる。
柚を起こさないように気を遣ってくれてるんだと気付き、慌ててポケットからスマホを取り出してQRコードを読み取ってから、『さと』を友達追加した。
無言で追加した画面を見せると清水さんは軽く頷き、対面の座席に腰を下ろした。
今気付いたけどデカめのスーツケースを引っ張っていて、どうやらどこか遠出をしていたらしい。
そういえば6日くらい前に柚が言っていたような。「なんか紗都探してもどこにもいなくてさー、おかもっちゃんもいなくて聞いたら一週間くらい紗都と二人で旅行に行ってるって返ってきてマジびっくりした!!聞いてもよく教えてくれないしっ、紗都に関しては『秘密♡』って返信着たきり音沙汰なしだし、あ゛ー!!めっちゃ気になるんだけどー!!」と。
因みに『おかもっちゃん』と言うのは柚のクラスメイト兼友人である。真面目な委員長系の女の子で、フルネームは
旅行に出掛けたらしい日が今日から丁度一週間前だって柚が言っていた。つまり、丁度旅行帰りの清水さんに遭遇した……ってことかな。何たる偶然。
清水さんは足を組んだ腿の上に肘を乗せて、気怠そうにスマホの画面を覗いている。めっちゃ不良っぽい仕草で相変わらず見た目も派手だけど、ちゃんと似合ってるし、下品じゃないし、寧ろカッコいいとさえ思う。
『ラブホ帰り?』
唐突なメッセージに思わず吹き出しかける。
『違います!!海を見に行ってきただけです!!!!!』
高速で打ちながら睨みつけるように清水さんを見ると、目を細めながら口角を上げて、からかうような表情を浮かべていた。
じょ……冗談………!?
顔を赤らめる直に紗都はフッと息を吐いて、再びスマホに文字を打ち込む。
『ごめんごめんw冗談で言ったんだけど、そんな動揺しちゃってかわいーね』
そういえば、清水紗都は嘘吐きで適当なことしか言わない軽い人……なんだっけ。
嘘吐きって言うのは柚の口から聞いたことがないからホントか分からないけど、軽そう……な感じは確かにあるな。
失礼な偏見だけど、ああいう見た目だし、夜遊びして性に奔放な生活を送ってそう……。
『あたしのこと、遊んでそうな女って思った?』
丁度思ってたことを聞かれて、思わず清水さんの顔を見てしまう。
その顔は何を考えてるのか読み取れない表情をしていて、どう応えたらいいのか数秒悩んでから、結局正直に応えることにした。
『ごめんなさい!ちょっと思っちゃいました』
『傷付くなあ。そーいう噂が飛び交ってるだけで、ホントはあたし真面目でちゃんと人のこと考えて生きてんのに』
まさか地雷踏んだ!?と思い顔を上げて見れば、清水さんは舌を出していたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
『嘘だよ~wwあたし人生真面目に生きたことないし、嘘吐きの尻軽女だよ。大神さんだったらかわいーし、全然アリ寄りのアリだし。この後一発ヤっちゃう?www』
思わず睨むような視線を送ると、清水さんは笑いを堪えるように口元を押さえていた。
揶揄われてばかりで思わず拳を握る。が、こんな公共の場でいきなり席を立ち上がって目の前のシートに座る意地悪な先輩を殴れるわけもなく、理性的に手の力を緩めた。
なんてことをしていたら、またメッセージが飛んでくる。
『柚から聞いた。付き合ったんだって?おめでとー!で、どこまで進んだの?もしかして付き合った初日に最後までヤっちゃった?w』
大切な恋人との関係を軽んじられたように感じ、ブチッと、自分の中で何かが切れる音がして公共もクソもないと腰を浮かしかける。
しかし寸での所で『じょーだん』と言うメッセージが届き、どこか儚げな表情の清水さんが見えて、私は静かに腰を座席に沈めた。
少し動いてしまったせいで最適なポジションからズレたのか、「ん〜……」と唸りながら、柚は頭を私の肩に擦り付けるように動かす。
やがて満足がいったのか「んふふ」と笑みを溢しながら、また小さな寝息を立て始めた。
……落ち着かないと。
『ごめんごめんwちょっとした意趣返しってか憂さ晴らしってか、んー、まあいーや。もう満足したから忘れて』
軽い物言いにまた少しムッとしながら、意趣返しと憂さ晴らしってどういう意味だったかなと考える。
意趣返しは……復讐とか仕返しとかって意味だっけ。
それで、憂さ晴らしはストレスを発散させるって意味で………。
あ。
『ごめんなさい!!』
『は?いきなりなに?ww』
『柚のことで。その、清水さんにとっての柚って特別で、だから、私が柚を悲しませたから、清水さんが怒ってるんじゃないのかって思って』
『あー。前カフェの前で睨んじゃったやつ?あんなのジョークだよww困らせたかっただけだから。真に受けんなーw』
……ジョーク…?
スマホの画面から顔を離して清水さんの方を見てみると、変わらず揶揄うような視線を返してくる。
この前の月曜日、学校で避けてしまったことを柚に謝りたかった。でもやっぱり怖くて、どうしようと悩みながらのらりくらり街を歩いていた時、偶然カフェの前で出くわした柚と清水さん。
あの時の、今にも刺して来るんじゃと怯んでしまうほどの迫力と威圧感に満ち満ちた表情は、今でもはっきりと思い出すことができる。
あの顔が………いや――
『嘘です。あの時の清水さんの顔、そういう感じじゃなかったですから。少なくとも私の目には本気で怒ってたように見えました』
すぐに返事が来るだろうと顔を上げずに返事を待っていたけど中々返答がなくて、どうしたんだろうと顔を覗こうとした瞬間にメッセージが届く。
『これからは清水さんじゃなくて『清水先輩』、な』
何を言ってるんだと思って顔を上げた瞬間、鋭い痛みがおでこに生じて、思わず大きな声が出てしまう。
「あ痛っ!?なぁっ!?」
すぐ目の前には清水さんがいて、その顔はにんまりと手を私のおでこ辺りに添えていて、ようやくでこぴんを食らわされたんだと気付く。
「またな、大神」
「んなっ………!?」
周りからすごい視線を感じて恥ずかしいし、痛いしで、何か文句のひとつでも言おうと言葉を探してる間に清水さんは目の前から消えていた。
いつの間に移動したのか既に電車の出入口にいて、手をひらひらと振りながら、笑顔でホームへと消えて行った。
私はおでこを押さえたまま少しの間呆然としていたけど、開かれた両開き式ドアの先に見えるホームの風景に気付き、慌てて立ち上がる。
「私たちもここで降りないとじゃん!柚っ!起きてっ!!着いたから降りるよっ!!」
「んぅ~……?」
結局、寝惚け眼の柚を立ち上がらせるのに手間取り降りる前に電車は出発してしまう。
結局、一つ先の駅からUターンで帰ることになった。
『また今度、RINEじゃなくてちゃんと謝ります!!』
ピコンッ
『パフェ奢ってくれるならよかろう』
思わずフッと笑みが零れる。
半分寝たままの柚に肩を貸しながら歩く、もうすっかり暗くなった帰り道。
苦手で軽くて掴みどころがなくて、ちょっぴり……いや、かなり怠い性格をしている一つ上の先輩。
そんな彼女のことをちょっと苦手に思ってしまっているのは変わらないけど、嫌いじゃない、仲良くなれそうだなと思えた。
「あんまり高いのは勘弁してくださいね……清水先輩」
可愛くてモテる親友に好きな人ができたらしい話 甘照 @ama-teras
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