後日談
第1話 惚れた弱みというやつか
「直、放課後海行かない?」
「え……海……?泳ぐの?この季節に?」
「泳がないよ。一緒に海が見たいなーって思って」
「まあ……いいよ。行こっか」
「やった!!じゃ、詳細はまたRINEに入れとくから見といてー!」
学校の休み時間に突然遊びに来たと思えば、それだけ言い残して満面の笑みを浮かべながら教室を出て行ってしまった。
校内だと柚は私以外の友達と話したりすることが多く、わざわざ私に会いに来ることは珍しくてせっかくだからもうちょっと話したかったけど、それは放課後まで取っておこうと再び机上の参考書に視線を向ける。
「ちゃんと復習しないと」
私と柚が付き合い始めてから一週間が経った。
私たちの交際を公に明かしたわけではないけど、何となく勘づかれているのかたまに私と柚が校内で話したり一緒に登下校をしていると、生温かい視線を感じるような気がする。
正直ちょっと気になるけど、直接危害を加えて来ないならいいかなと思う。
因みに、私のファンクラブとやらには柚と付き合い始めた次の日にはバレていて、ファンクラブ会員と名乗る生徒から私たちの交際を祝う旨の書かれた長文の手紙をもらったり、廊下のすれ違いざまに「おめでとうございます」と小声で祝われたりした。
正直大分アレだったけど、直接危害を加えて来ないならイイカナトオモウ。
「直ーーー!」
「あ、柚。お疲れ」
校門付近でスマホを弄りながら待っていたら柚がとてとて走って来て、スマホをスクールバッグにしまう。
いつも通り手を差し出すと、自然な動きで恋人繋ぎにされる。
「直もお疲れさま!!授業どうだった?分からないとこなかった?」
「んー。基本は大丈夫だったけど……一応あとで一緒に復習したいかも」
「いいよ。あー、じゃあ海でのんびりまったりお勉強会しちゃう?電車の中でもいいけど」
「いいね、電車の中でお願いしてもいい?」
「任せてっ!!」
無邪気な笑顔に思わず私まで口角が上がる。
そのまま私たちは手を繋いで一旦姫宮宅に帰り、スクールバッグを置いて服を着替えていたら、柚は何やら用意していたらしいリュックを玄関に置いていた。
何が入ってるのか気になるけど、それは海に行ってからのお楽しみかな。
私も教科書とかスマホなどをお出かけ用バッグに詰め込んで。
「よーし!それじゃあ行こー!!」
「おー!」
元気よく出発した。
そこそこ人の乗る電車の二人席に腰掛け、教科書を開いて授業の復習をする。一年の初めだから全体的にそこまで難しい教科がある訳じゃないけど、単純に中学よりも科目数が多いから大変だ。
「文系科目はいいとして、理系科目は分からない所あったらすぐに言ってね?あーいうのって、早期治療しとかないと一個わからないまま有耶無耶にしてたら、その先どんどん難しい応用とかわからないのが増えて行って、あれもこれもわからないー!!ってなったら絶対頭爆発しちゃうから、絶対言うこと!分かった?」
「わかりました、先生」
「よーし!じゃあ、とりあえずこんなもんかな。そろそろ着きそうだし、本日の授業はここまでにしましょう」
「うん。ありがと、柚」
「任せたまえ~」
なんて言いながら教科書類をバッグにしまって窓の外を見てみると、思わず「わ~」と子供みたいな声が出てしまう程、どこまでも続く大海原が視界に広がっていた。
隣で私よりオーバーリアクションで感動している可愛い柚を見ていたら、いつの間にか目的の駅に到着していた。
電車を降りるとふと喉が渇いて、そういえば飲み物を持ってくるのを忘れていたことに気付く。柚のをもらおうとしたけど、柚も忘れていたらしい。
駅内の自販機を見つけて何を買うか迷っていると、何やら柚が隣でニヤニヤしていた。
「……なにニヤニヤしてんの?」
「え~?自販機で飲み物買うなんて、直も散財ガールズの仲間入りだな~って思って。あ、私これがいい!」
「あれは柚がもうすぐ家着くって時にわざわざ自販機で買ったから言っただけであって、今は家から遠いからいいんです。はいこれ、ゴゴゴ紅茶のミルクティー」
「ありがと!やったー直の奢りだー!」
「…仕方ないな」
直はゴゴゴ紅茶のレモン味を買い、改めて柚と手を繋いで海へと歩き出した。
踏切を渡ってほんの三分ほど歩くと海が見えてきて、堤防を乗り越えると……なんていうんだこれ、磯?岩浜?とにかく平たい大きな石が一面広がってる地帯に辿り着く。
「柚、どのへん座る?」
「んー……海に近すぎて濡れたら嫌だし、ちょっと離れて座りたいかも」
「だね」
海から少し離れた所に荷物を下ろしてから、小さな波が打ち寄せるギリギリの所まで行って、石の隙間から突然飛び出してきたフナムシにびびって転けかけた柚の体を直が支えたり、二人で海をバックに写真を撮ったり、一頻り満喫した。
荷物の場所に戻り、柚はリュックから花柄の座布団を二つ取り出して地面に敷いた。
「おー、何が入ってるのかと思えば、まさかの座布団」
「折りたたみ椅子だと重いし、とりあえず余ってた座布団持ってきてみました」
座ってみれば案外しっくり来て、お互い顔を見合わせて「結構いいじゃん」と笑い合う。
「あっ、そうだ!フッフッフ、実はこの日のために私は準備してきたのだよ……」
「そ……それはっ……!?」
いきなりスイッチの入った柚のノリに合わせつつ、リュックから取り出されたアルミの保冷バッグに注目する。
持ち上げた保冷バッグを指で叩き。
「この中身は何だと思う?」
ニヤリと口角を上げる。
まずこのノリがわからないというのは置いといて、何が入っているのか考えてみる。
このタイミングで保冷バッグに入っているものと言えば軽食。柚はまだ難しいものは作れないだろうし、簡単に作れてこういう場所でもお手軽に作れるものといえば……!
「さ……サンドウィッチ……とか?」
「え……えぇーーー!?なんでわかったの!?直にバレないようこっそり作って持ってきたのに!!」
「………当ててしまった」
なんてやりながら、少し前から私に隠れてこっそり練習していたらしいサンドウィッチを食べてみる。
「ん。これは卵サンド」
「そう!他にも色々あるよ。ツナとかハムレタスとか」
「おおーマジですごいじゃん!この卵だってちゃんとスクランブルエッ……ん…?」
何やらガリッと硬い感触がして、口から取り出してみると大きめの殻がこんにちはした。
それに気付いた柚はさっきまで自慢気にしていた顔を仄かに紅潮させて、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……ごめん、直……学ばない子で……」
「いやいや、十分成長してるよ。私だってたまに殻入っちゃうことあるし、サンドウィッチもちゃんと作れてるし、すっごい美味しいよ」
直が微笑みかけると柚はその顔にポーッと見惚れて、かと思えば突然立ち上がり。
「私はっ……直のことがっ、好きだあああぁぁぁーーーーー!!」
空気を揺らすほどの声量で叫んだ。
スッキリした表情で夕日に照らされる彼女の姿が綺麗でしばらく見惚れてしまっていたけど、我に返ると段々恥ずかしさで体が熱くなってくる。
「ちょ、ちょっと柚!む、向こうの人に聞こえちゃうからっ」
「ふふ。寧ろ聞いてて欲しいな。私はこんなに直が好きなんだぞー!…ってさ」
誇らしげな笑みを浮かべる柚に、更に頬を染め上げる直。
「直も叫ばない?思い切り叫んだら、スッキリしてきもちいーよ?」
「わ、私は………」
「………私のこと好きって叫ぶの、恥ずかしい…?」
「ん゛っ……」
実際のところ恥ずかしいけど、そんな顔でそんなことを言われたら拒否できないのが惚れた弱みというやつか。
「………叫びます」
「んふふー。やったぁ!あ、それじゃあ一緒に叫ぼうよ!私がせーのって言うから、それに合わせて一緒に、さっき私が言った台詞を叫ぶの!……どう?」
「……ワカリマシタ」
もう……どうにでもなれ。
「じゃあ行くよ?……せーのっ!」
「私は柚のことがっ」
「私は直のことがっ」
「「好きだあああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」」
ビリビリと、空気が震えたような気がしたけどそれは一瞬で、すぐに世界は何事もなかったかのように落ち着きを取り戻し、波音が静かに聞こえるだけとなる。
叫んだあとの体は異常なほど熱を持ち、いつの間にか握られていた手は小刻みに震えていた。
隣を見れば、柚もこちらを見ていて、どちらからともなく笑みを溢した。
「きもちいーでしょ?」
「……うん」
それから二人は残っていたサンドウィッチをご馳走様して、やがて話題も尽きて話したり話さなかったりしながら、手は変わらず繋いだまま、まったりとした時間を過ごした。
水平線が夕日色に沈むにつれて辺りが次第に暗くなっていく様子を眺めていると、柚の隣と言うのも相俟って心が落ち着く。
18時も過ぎて辺りがかなり暗くなってきた頃、軽食を食べたとは言え流石にそろそろ帰って夕飯を作らないとと思い柚に話し掛けようとすると、
ぽてんっ
と、肩に重みが乗った。
「………眠いの?」
「んぅ~……ちょっと……」
なんてふにゃふにゃな口調で言いながら、柚はぐりぐりと私の肩に頬を擦りつける。
その様子が愛おし過ぎて、繋いでいる方とは反対の手で恋人の頭を撫でた。
「なお……」
「なに?」
「………すき」
「うん、私も好き。大好きだよ」
「んふふ~……そっかぁ……うれしいなぁ」
幸せを噛みしめるように繋いだ手をもう一度握り直して、灼ける夕景に目を細めながら、口を開く。
「夜ご飯作らなきゃだし、そろそろ帰ろっか」
「うぅ……ん………」
「一緒に作る?」
「つくるぅ」
「立てる?」
「たてりゅ………」
柚は眠たそうに瞼を擦りながら、膝を地面に着けて立ち上がろうとするが、完全に寝惚けていてフラフラと危なっかしい。
直は見かねて腰に手を回し、一度柚のお尻を地面に下ろさせた。
「荷物まとめるからちょっと座ってて。危ないから勝手に立っちゃ駄目だよ」
「んぅ……」
てきぱきと荷物をまとめて、最後に柚の座っている座布団を回収してから肩を貸して立ち上がらせ、そのまま二人はゆっくり駅へと歩いて行った。
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