友人が、ボタンがあると言い出したから一緒に探す羽目になった。
立入禁止
友人が、ボタンがあると言い出したから一緒に探す羽目になった。
「実はね……」
神妙な面持ちで語り出した友人に何事かと思い、椅子に座ったまま極限まで友人に近付き耳を寄せた。
「巨乳ボタンがあるの」
……………………。
「よしっ、帰るか」
時刻は下校時間。部活動やバイトに勤しむ生徒は教室には既に居なくて。残っているのは週番の仕事をやってる人か、私らのように暇を持て余している者だけだ。
急に変なことを言い出した友人は斎藤香純。
平均的な身長と可愛らしい顔つき。そしてフレンドリーな話し方で友人も多い方だと思う。
対して私はと言うと可もなく不可もなく。積極的では無いにしろ、クラスメイトとは当たり障りなくやっていると思う。
そしてこの友人とも。
「ちょっと、ちょっと。葉月ちゃんお願い。一緒に探して」
「いや、ちょっとごめん。意味がわからないから他の人に頼んでみて。じゃあ、また明日」
鞄を掴んで帰ろうとするが、その手は香純に掴まる。
まじか。ビクとも動かねぇ。いやいや、乙女の力じゃないだろってくらいの力がおありのようで。そっとやちょっとで動かなくてビビったくらいだよ。
「はぁぁぁ。んで、なんだって?」
私に抵抗する力はもうない。椅子に座り直して隣の席の香純に頬杖をつきながら聞くと、香純は待ってましたとばかりに目が輝いていた。
「あのね。私の胸ってほら、見ての通り慎ましいでしょ」
「貧乳ってことね」
「だっ、ちっげーよ。慎ましいの」
貧乳って言うと怒られるけど、そういう言葉がある世の中が悪いと思う。初めから慎ましい胸と統一しておけば貧乳という言葉は浸透しなかったかもしれないんだし。わからんけど。
「それで?」
ぷりぷりと怒っている香純に続きを促すと、思い出したように続きを語りだす。
「いまだに見つけられたことは無いんだけど。その、ね。どこかに大きくなるボタンがあるかもしれないの」
「ないわ」
「ないってどうやって証明出来るの?」
「は?」
「証明できないでしょ。だからあるかもしれないじゃん。お願い。一緒に探してほしいの」
「やだよ」
「なんで?」
「面倒臭いし、意味がわからない」
「意味って?」
なにこれ。私が、はいかイエスかいいよって言うまで解放されないやつなのか。
「万が一、ボタンがありました。するとどうなるの?」
「巨乳になってロケットとして飛んでいく」
「は?」
「ん?」
「いや、余計に意味がわからないし……」
いやいやいや。ちょっと待って。なにロケットって。巨乳までは理解出来た。というかしたけど、ロケットってなんだ。ロケットはロケットだろうけど飛んでくとは。巨乳ロケットになって飛んでいくということなのか。えっ、なにそれ。怖い。
「意味がわからないならさ。一緒に探してどうなるのか見届けてくれればいいんだよ」
「やだよ」
「えっ、なんで? 今いい感じじゃなかった?」
「全然いい感じでもなんでもなかったよ……。じゃあ帰るね」
「ちょっと、待って!」
立とうとするとまた腕を引っ張られて椅子に戻される。
巨乳ロケットボタンを探すのに必死すぎやしないか。本当になにこの状況。
教室内を見渡すが、さっきまで数人いたはずの人達はいなくなっていた。
誰かしら捕まえて生贄にしようと思ったのに。
心の奥で悪態をつきつつ、目の前の友人に向き合う。
そもそもなんで私なんだよ。他にも仲のいい人いるじゃん。その人達でいいじゃん。
「葉月ちゃん」
「えっ、なに?」
「嫌だ?」
「えっ?」
「巨乳ボタンを探してとか意味のわからないことを言って」
あっ。意味がわからないって自分でもわかってるんだ。そりゃあそうだよね。
けど、困ったことに、香純からの頼まれ事は嫌では無いのか問題なんだよなぁ。自他ともに認めるほど、私は香純に甘い。大抵のお願いはなんだかんだと引き受けてあげるし、今だってそうだ。帰ろうと思えばすぐに帰れるのにそうしないのは香純が悲しむから。
この友人にはそれだけの魅力があるのか分からないが、私からしたら魅力的な友人なんだと思う。
たぶんだが、私と正反対な部分が多いからだと思うけど。
香純も勘違いじゃなければ私に懐いてくれていると思うし。それがまた可愛いなと思ってしまうあたり、末期だと自覚している。
「いいよ。一緒に探してあげる」
「本当に?」
「うん。本当に」
落ち込んでいたはずなのに、私の言葉を聞いた途端、目を輝かせて喜ぶ姿に私も嬉しくなってしまう。
「で、そのボタンってどこら辺に落ちてるとかってあるの?」
「落ちてるとかじゃなくて……」
中途半端なところで言葉が切れてしまい気になる。落ちてないならどこにあるのか。見当がついているなら早めに教えてほしい。そしてなかったという事実を目の当たりにしてもらい、納得してもらうのが早い。
「どこ?」
「……体のどこかにあるの」
「はぁ?」
大きな声が出た。教室に私達以外いなくて良かったと心から思う。
「体ってなに? 埋め込まれてるってこと?」
「たぶん?」
「たぶんってことは違うってことかもしれないでしょ」
「違わなくて。体に埋め込まれてるっぽいから一緒に探してほしいかなって」
体って体でしょ。探すって言ったってどうやって。
「そんなの、お風呂の時に鏡見ればいいじゃん」
「見たけどなかったんだもん。触らないと出てこないっぽくて。だから葉月ちゃんに協力してほしいの」
「いや、だからってなんで私なんだよ。他にも適任者がいるでしょ」
香純のことをよく思っているのは少なくても一人は知っているが、香純がどうも思ってないからその人に頼むのは無理で。
他には……。
香純と仲のいい人を頭の中で整理するが、こんな話に付き合ってくれるような子は……いた。
「高山さんとか協力してくれそうじゃん」
私がその子の名前を出すと香純の肩がビクリと揺れた。
「高山さんに頼んだら即協力してくれそうだよ」
「それはやだ」
「なんでよ。仲良いじゃん」
「触られたくないから。葉月ちゃん以外はやだ」
「は?」
私以外に触られたくないってさ。もうそんなの。いやいや。そういう意味ではないのかもしれない。今どき同性も異性も関係ないとしてもだ。こういう早とちりが後に友人関係の溝を深くすることもあると知っている。
「葉月ちゃんは私に触りたいと思わないの?」
「思わないよ」
「なんで?」
「なんで? なんでもでしょ。友達だよ。触ってどうすんの」
「私のことを意識してもらう」
なんだそれ。意識ってなんだよ。そんなの……。
「そんなのとっくに意識してるし。した! 心臓に悪いからこういうのはやめて。普通に言ってくれればきちんと受け止めるから」
「うん。…………ごめん」
「いいよ。香純の突拍子もないのは慣れたから」
「それはいいことなの?」
「自分で言う? いいことだよ。香純と付き合っていくなら必要でしょ」
「そうだね。そういう葉月ちゃんが、好き。私に甘いところも最後には私の意見もしっかり聞いてくれるところも。こういうのも馬鹿馬鹿しいと思っても付き合ってくれるところ全部」
「それはどうも」
「葉月ちゃんは? 私のこと好き?」
「はいはい。好き」
恥ずかしくてぶっきらぼうな返事なのに、香純はとても嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、今からうちで巨乳ボタンを探すぞ。おー!」
「はぁ? それ、まだ終わってないの?」
「それはそれ。これはこれ。一緒に探してね」
「まじで、勘弁してよ……」
次はさっきとは反対に、机に突っ伏した私を起こして腕を引っ張って椅子から立ち上がらせる。そのまま腕を引っ張られつつ教室を後にした。
巨乳ボタン。それがあるのかないのか。もうこの二人しかわからない。
友人が、ボタンがあると言い出したから一緒に探す羽目になった。 立入禁止 @tachi_ri_kinshi
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