01:繭(まゆ)


 繭には生前の記憶があった。痛くて苦しくて重たい記憶。持っているだけで呪われる人形みたいなデバフの塊。ゲームの呪いの装備のように取り外せない癒着したパーツ。


 今の繭を繭と呼ぶ者はいない。繭が人間だった頃を知る者がここには存在しない。ある時代の日本に生きていた悲しい女の名前。親は『繭(まゆ)』という言葉に美しく繊細な絹糸、その光沢溢れる糸で自由に織った布を纏い綺麗に華麗にこの世を歩んでほしい、そう願って名付けをしたらしい。実際の繭はその通りには生きられず、部屋に引き込もって成虫になれず死んだ蛾の成れの果てだった。


 絹糸は蚕の作った繭を煮て製糸する。つまり中の虫に用はない。繭の名を冠した存在は紡がれる側で、綺麗な外側だけにしか価値がない。一生懸命自分を糸で包んだ蚕の先の未来は、強固な糸の壁の中で逃げることも出来ず熱湯に茹で殺される末路。


 繭の一生はなんだかんだ名は体を表すを地で行く結末だった。そんな風に自嘲出来る程度に、命を失ってようやくなれた。


■■■


 今世の名前はリュナという。昔の人型とはまるで異なる四足歩行をする動物型。自身を覆う黒色の皮膚は前世の柔らでハリのある人皮とは真逆の冷たく硬度の高い感触。牛のようなフォルムに沿って流れるたてがみは絹糸のさらりとした光沢を持ったシルクカラー。目玉は禍々しいほどの赤。固い黒と柔らかな白に挟まれた血の色は、アンバランスを引き立て不気味な様子を増幅している。


 不自然による異形。何かによって手を加えられ森羅万象から切り離された部分だけは、前世の繭を作る虫と同じだなと皮肉に思えた。


 人々からは幻獣と呼ばれたカトブレパスという異名の方が知られている。架空の怪物に例えられる姿はいっそ清々しいほどに人を呪った繭にお似合いの転生先だった。









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イーター【感情を喰らう化け物のはなし】 音三 @296-U

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