遺伝子の解明

不労つぴ

遺伝子の解明

 生物学の権威、ファウンド博士はついにヒトの遺伝子を完全に解明することに成功した。


 ところが、博士は翌日から研究室に全く姿を見せなくなってしまった。


 博士は研究熱心な人で、これまで仕事をサボったことはないので、研究室の面々は博士が姿を現さないのを不思議に思った。


 博士のことを心配に思った助手は、とうとう博士の家を訪れた。


 助手は博士の家のドアをコンコンとノックする。


「ファウンド博士! 私です、助手です。ご無事ですか!?」


 しかし、待てど暮らせど返事は返ってこない。助手が試しにドアノブを捻ると、すんなりと扉は開いた。


 助手は博士が何か事件に巻き込まれたのではないかと心配になり、急いで家の中に入った。


 助手がリビングに行くと、博士はタコのように顔を赤らめ、いびきをかきながら眠っていた。


 家の中はまるで台風でも襲来したかのように荒れており、テーブルには空になった酒瓶がいくつも床に投げ捨てられていた。


「ファウンド博士、起きてください。これは一体どういうことですか!?」


 助手が博士を揺すると、博士はヒクッと酒臭い息を吐きながら目を覚ました。


「どうもこうもありゃせんよ。私はもう疲れた、もう研究室には行かないよ」


「何故です博士!? 博士はあんなに熱心に研究を続けておられたではありませんか。一体何があなたをそうさせたのですか?」


 興奮冷めやらぬ助手を尻目に、博士は残っていた酒を一気に飲み干した。


「私は気づいてしまったんだ……あまりに恐ろしく残酷なことに」


「恐ろしいこととは……?」


 博士は空になった瓶をテーブルに激しく叩きつけた。


「ヒトの遺伝子の最後のピース。それは、だったのだ。私はこれまで遺伝子の解明に一生を捧げてきた。しかし、私のこれまでの人生は私の意思ではなく、全て遺伝子によって仕組まれていたんだよ。こんなに滑稽なことがあるかね?」


 博士はその残酷な事実を知ってしまい、絶望してしまったのだった。


 人間は自由意志があると思いこんでいるだけで、実際は遺伝子の奴隷なのかもしれない。


 どこまでが自分の意志で、どこまでがそれ以外なのか――案外そこに境界線は無いのではないだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遺伝子の解明 不労つぴ @huroutsupi666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画