とある異世界の、女神のイタズラ

烏丸

本編

 本日の天候は蒼穹。雲ひとつない空が私の旅立ちを後押ししてくれている。


「教会のみんな、見ててね! 私……やり遂げるからっ!」


 私の決意を女神が祝福してくれたのか、気持ちのいい風が私の身体を駆け巡った。

 なんて清々しい日なんだろう。

 それも勇者と出会う日だからかも。

 私は、教会の勅命を受けて、勇者たちの支援を行うこととなった。


 教会は、魔王軍と戦う人々のために結成された。

 衣食住を提供し、時には女神の言葉を伝え、心の拠り所となりたい。

 そんな想いは各地に広まり、今では国・街・村のどこでも、教会の拠点が作られるようになった。


 勇者一行は最前線で魔王軍と戦う精鋭たち。

 そんな彼らを全力で支援しなければならない。

 偉い人が提言したんじゃない。自然に教会内でそんな声が上がったの。


 攻撃的な呪文は下手くそな私。

 でも、補助魔法は教会の人たちよりも覚えてるし、役に立てる。


 勇者一行がいるらしい酒場の情報を聞き、私はそこへと赴く。

 どんな顔をしているのだろう。やっぱり、凛々しいのかな?

 ワクワクしながら、私は酒場の入り口のドアを開けた。


 酒場は相変わらず、陽気な雰囲気で場を包んでいる。

 ここでは日常の不安を払拭し、明日への希望を作る場所。

 私も出来ることなら、ちょっとお酒を飲んでみたい。駄目かな?


 ガヤガヤと楽しげな雑踏がひしめく中、私は勇者の姿を探す。

 ま、探すと言っても、多分これかな? って人に手当たり次第に声をかけるんですけどね。

 司祭様も、せめて勇者の特徴や似顔絵とか渡してくれてもいいのに……。


 ――もしかして、あれかな?


 質素な服装の人がほとんどの中、厚い装甲に身をまとった人間を見つけた。

 その中に、利発そうで勇敢な眼差しを持った青年が、テーブルを取り囲んで幾人と話している。

 あの青年が勇者なら、仲間たちかな?

 だとしたら、流石と言わざるを得ない。様々な土地から来たのであろう、服装も出で立ちもバラバラ。男性はもちろん、女性だっている。

 魔王軍に対抗するために、色んな場所の精鋭を集めたって感じで、カッコいい。


 よし。私は意を決して声をかけた。


「あの……ごめんください。勇者様……とお見受けしますが……」


「――ん?」


 推定勇者の青年が、私の方へ振り返る。

 その瞬間、青年の顔つきが不穏へと変わる。明らかに、私を訝しがってる表情だ。

 ……なんで?


「酒場の人では無さそうだな……。何者だ貴様は」


 事と次第によっては斬ることも辞さない。そんな感じの敵意を感じる。

 どうしてだろう。教会の人間に抵抗感があるのかな。

 私は努めて笑顔を絶やさず、口を開く。


「し、し、心配ありまひぇん! 私は味方ですよ! あなたの!!」


 緊張しすぎて噛んでしまった。舌が痛い。


「それは言葉でなく、行動で示すものだ」


「て、手厳しい……! でも、噂通り、真面目な方なんですね!」


「当たり前だ。俺は勇者。常に毅然とした行動を求められている。それに……教会の人間は信用できない」


「え!? 私……教会から勇者様を補助するように言われて来たんですけど……」


 それから勇者は告げた。教会に関わることで嫌なことがあったらしい。

 あまり詳しく聞いたら、私が卒倒するということで、あくまで概要だけ。

 信頼しないって言っても、そこは勇者。私を気遣ってくれるのは、流石だ。


「とは言っても、このまま帰れって言ったらお嬢さんに可哀想だろうよ」


「だが、何をしてくるか分からんだろ」


「教会も悪かったって思ってるんだろ? 罪滅ぼししたいのさ」


「しかし……」


 ああ……。勇者様とその相棒の方が言い争いをしている。

 ど、どうしよう。帰った方がいいのかな。何かすっごく迷惑かけてそうなんですが……。


 その相棒さんは、勇者様にとって信のおける人物らしい。

 最初は私を拒否一方だったのが、深々と考えるようになっている。

 だけど、結論を出したきっかけは、少女の一言だったのかもしれない。


「ねぇ、連れてってあげようよ。見た所しっかりした子だと思うよ? 数日間、様子を見てからでも遅くないって。『言葉より行動で示す』。アンタの言葉でしょ?」


 鮮やかな色彩に異国の美しい刺繍が施され、流れるような衣装に身を包んだ少女。

 ベルトにアンクレット、ブレスレットなどなど、装飾品も多い。

 多分、踊り子なのかな。いいなぁ、私もあんなアクセサリーつけてみたい……って駄目か。

 わ、私は聖職者なんだからね。自覚しなきゃ!


 でも、そんな少女と勇者の青年はなんだかお似合いのように見えた。


 踊り子さんの言葉によって、勇者様は私の同行を許してくれた。

 その後、私の献身的な態度が功を奏したようで、数日間をかけて信頼を得ることができた。


 私の補助魔法は勇者一行にとって貴重な戦力となっていた。

 解毒、加護等、今まで勇者一行に足りない要素を兼ね備えていた私は、日々皆さんの力になれていることを実感していた。






 魔王軍との戦いも終盤に差し掛かる。

 私たちは魔王領に最も近い街で、作戦を立てていた。

 神妙な顔つきで、勇者様はこれまで共に戦ってきた仲間の顔を見ている。


「敵地へ仕掛けることになれば、多かれ少なかれ犠牲が出る」


「死ぬかもしれない……ってことですか?」


 私の言葉に、勇者様はうなづく。


「これからの旅は、さらなる苦難が待つだろう」


 静まり返る仲間たち。そうだよね。

 そんな中、勇者様は私に告げる。


「君は俺たちに欠かせない存在だ。だが、君を魔王領へは……行かせたくない」


「……え?」


「敵の陣地では戦いが激化する。補助魔法をかける暇もないだろう。そして、君は攻撃呪文を覚えていない」


「……はい。でも、その代わりに補助呪文をいっぱい覚えてるんです」


「ああ。今までは君を守るように戦えてたが……魔王領となれば難しい。君を守りきれる自信は……ない」


 分かっていた。私は自分で自分の身を守れない。

 どうしても守ってもらわなきゃいけない。


「……分かりました。どうかご無事でいてください。この街の教会で祈り続けます」


「ああ。俺たちが帰ってきた時の……自分たちの『居場所』を守っててくれ」


「……はい!」




 私の他にも数名、勇者一行から離脱することとなった。

 もしも、魔王領へ先行した勇者様たちが死んだ場合の……保険でもあった。


「勇者様。今日もご無事を願っています……」


 勇者様たちと分かれて数ヶ月。私は教会で祈り続ける。

 勇者様が帰ってくるまで、安否は分からない。けど、勇者様は帰ってくる。

 魔王を倒して、この世の中を平和にしてくれる。私はそう信じている。


 勇者様が帰ってきた報せを受けるのは、そこから数週間後のことだった。




 最後に私が見た頃と比べて、勇者様はよりたくましくなっていた。

 魔王領へ行く前にはあんなに着込んでいた鎧は全て捨てて、軽い衣服に身を包んだその様は一見すると村人のよう。

 だけど、筋肉がしっかりと付いた肉体は村人のそれではない。そこが村人との違いだった。

 話を聞くと、鎧で攻撃を受けるより、素早く敵を殺した方が効率が良かったらしい。

 恐ろしい数の魔物が勇者様一行を襲ったのだろう。その証拠に、魔王領へ侵攻した内の幾人かは、魔王に辿り着く前に死んでいた。




 その後、勇者様は踊り子と結婚した。

 私と勇者様が最初にお会いした時から、あの二人はとても仲つつまじく会話をしていた。

 勇者様と旅をした者ならみんな揃えて二人を祝福するだろう。もちろん、私も祝福した。

 これからは勇者様がこの世界を統治し、平和を享受していくのだろう。そんな素晴らしい日々に感謝したい。

 私たちの努力はこれから報われる。そんな予感がしていた。

 けど、私と勇者様が会話できたのは、この結婚式が執り行われて以降、無かった。




 勇者様が魔王を殺してから数十年が経過した。

 今日も、教会の外では人々の怒号の声が鳴り響く。

 役目を失った教会は不要だ。国の予算を食いつぶすな。

 魔王軍と戦う人々の心の拠り所であり、衣食住を提供できる施設を作りたい。

 そんな小さな希望から始まった教会という自助組織は、平和となった今ではお荷物と呼ばれ、必要だった人たちから蔑まされている。


 教会の重い扉ごしからでも聞こえてくる心を蝕む声。それに耐えられず、私は思わず愚痴をこぼしてしまった。


「今日も好き勝手に言ってくれちゃって……信じられない」


「こらこら、外の人間を悪く言うものじゃないよ」


「司祭様……。ですけど、こんな仕打ちはあんまりだと思います」


「私たちの存在は魔王討伐の協力だけでなく、女神への祈りで世の中の平穏を保つ役目もあるんだがな……」


「国には進言を?」


「もちろん。国は教会の役目を理解してくれている。だが、ここまで声が大きければ、何か手段を講じる必要があるな……」


 外で騒ぐ群衆は教会に嫉妬していた。

 魔王が死んでから、確かに世の中は平和になった。だけど、平和になれば困る人も出てくる。

 それは戦いに明け暮れていた人々。彼らの目的が消失し、職が消えてしまった。

 別の職につくことも叶わない。元々その仕事している人がいるから。

 結果として、貧困は魔王と戦争していた頃よりも増えている。その事実は悲しいけど、受け止めなきゃいけない。

 最初は、そんな貧困に喘ぐ人々を助けるために、衣食住を提供しようとした。

 でも、さすがに教会もタダで泊めるわけにはいかない。いくらかのお金を貰わないと、やっていけないのも事実。

 そんなお金すら稼げない人々は、教会は甘い汁を吸っていると勘違いし、騒ぎ立てる。

 その声は最初は小さくとも、場の空気に当てられて、いつしか国中に広がってしまった。

 最初から対策しなかった教会側も悪かったけど、私はそんな人々の行動を怖いと思った。


 教会側も存続の希望はある。

 けど、今までの規模(これでも魔王軍と戦争していた時より小さいのだけど)では活動は困難となる。国民の理解も得られない。

 結局、規模をより縮小しての活動を希望する進言を国に行うこととなった。


「これで外の野次も減るといいんだけどな……」


 明日、司祭様が国に趣いてその進言を行う。

 もっと小さくなるのは悲しいけど、私はこの仕事に誇りを持っている。

 毎日女神様に祈り、教会に訪れる人達に祝福を捧げる。


 眠りにつこうと目を閉じる。

 けど、うっすらと煙の匂いが鼻をくすぐった。視覚が無くなったからだろうか。

 その匂いは敏感に感じられ、何が起こっているのかを直感で理解することができた。


「――まさか、火事!?」


 直ぐ様起き上がり、私は火事の元へと急ぐ。


「くっ――! 火の周りが早い! 魔法を使ったの!?」


 魔物と戦うために使われていた魔法が、今は人を傷つけるために使われる。

 魔法は常に誰かを傷つけなければ気が済まないのか。

 なんとも皮肉なものだが、これを何とかしなければ私たちが焼け死ぬ。

 簡単な水魔法くらいなら私でも使える。すぐに私は水魔法を出し、消火活動を行う。

 けど、私の魔法なんかでは消し去ることができないくらい、火が燃え盛っていた。

 何十年も建物として形を保ち続けてきた木材や石材を巻き込み、火は勢いを増していく。

 これが人の業で行われている事実。どうせなら、モンスターに壊してほしかった。


「ゲホッゲホッ! これじゃ……死んじゃう……!」


「だ、大丈夫か……」


「司祭様!?」


 よろよろと歩く司祭様を支えるため、駆け寄った私。

 火の光に照らされた司祭様の身体は傷だらけになっていた。

 短い刃物で切られた肌。その辺の岩で殴られたのだろう打撲跡。流れる血は司祭様の生を貪り食っている。


「すまない……私たちの判断が早ければ、こんなことには……」


「そ、そんなことありません! 早くここから逃げましょう!?」


 その時、ドタドタと床を叩きつけるように走ってくる音が響く。

 助けが来たのかもしれない。そう思っていた私は予想以上に愚かだったと知らされる。


「――いたぞ! 奴らを殺せ!!」


「残りはあいつらだけだ! 斧を持って来い! 首を切り落とす!!」


 目が血走っているのは、毎日外で罵声を私たちに浴びせていた人々だった。

 火が回って、下手したら死ぬかもしれないのに、人々は私たちに憎悪以外の感情を向けていない。


「美味しい思いはもうさせねぇ! 俺たちの苦しみを思い知れ!!」


 自分勝手もここまで来ると、ある意味喜劇だ。


 勇者様、世界は本当に平和になったのですか?

 魔王がいた方が、人々の想いがバラバラになることはなかったのでは?

 どうして、私たちがこんな苦しみを受けねばならないのですか?


 今、この世界で私の『居場所』はあるのですか? 勇者様はどこで『居場所』を守っているのですか?


 各々の貧相な武器を手に持ち、私たちを殺そうと前へ出てくる。


「死ねっ――」


 刹那、司祭様が魔法を放った。

 その魔法は一瞬で群衆を焼き払い、燃え盛る炎に飲み込まれていった。


「くっ……こんなことに使いたくはなかったが……」


「司祭様!」


「私はもう……長くない。だが、お前は……お前だけはここから逃げなさい」


「司祭様! 私……悔しいです! どうして世界は平和になったのに、こんな目に合わなきゃならないんですか!?」


 力強く目を瞑り後悔を重ねている司祭様を見て、私は答えの出ない疑問をぶつけてしまったのだと後悔する。

 教会の人たちは味方だ。今は一緒に逃げて、いつの日か――。

 その時、意を決した司祭様が私をジッと見つめた。


「――呪いを受ける覚悟はあるか?」


「呪い……ですか?」


「永遠の命、不死の存在……。女神に祈りを捧げる者しか習得できない禁忌の魔法だ。祝福と呼ぶ人もいるが、私は呪いと考えている」


「何をされても死なない……ということですか?」


「触媒とした願いが叶うまでは」


「――なら、私の願いは一つです。こんな世界、壊したい。魔王のいる世界に戻したい! 私たちの存在が認められる世界がいい!!」


「――私も同じ気持ちだ。ここで殺された者たちの無念も背負い、達成してくれ」


 司祭様の最期の魔法。それは私にかけられた。

 骨組みも焼けきった教会は形を崩し、焼け落ちる。

 炭になったいくつもの大木が私の身体を押しつぶす。

 だけど、私の身体は千切れることはなかった。痛みはあるが、身体は無事そのものだった。


「…………」


 今すぐに行動を起こしても、力のない私じゃ生ける屍にしかならない。

 もっと準備が必要だ。どうせ死なないし、ゆっくり時間をかけよう。

 私は魔王にならない。魔王を蘇らせて、あの時をもう一度呼び戻す。

 そう、これは幸せになった人間への呪いだ。


「そっちで見てて、みんな。私……やり遂げるから」


 あの日と同じ、雲ひとつない露悪的な青空に視線を馳せながら、私は新たな決意を胸に秘めた。

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