後編


「魔人は無理だったが……、その配下は捕まえて、国に渡しておいた。後は国がやってくれるだろうさ。魔法で情報を抜き出せば、手がかりが増える……。まあ、手がかりへの手がかりが増えるだけの気もするが……」


「でも、それだとトリタツ様の手柄とは思われにくいのではないですか? 魔人の仲間を渡したトリタツ様の功績が無くなり、なにもしていない勇者の烙印が消えないままの気がします……」


「いいじゃねえか、それで」


 グラスを指で弾く。チン、と甲高い音がした。


「功績を独り占めするつもりはねえし、勇者全体で情報を共有するべきだ。そして、できる奴がやればいい……、魔王だって、誰が倒したっていいんだからさ」


「英雄と崇められなくてもいいのカ?」



 勇者とは、承認欲求の塊だと思っていたペイペイだ。

 褒められたい、敬られたい。尊敬されたい、好かれたい――そういう人が勇者となり、結果を出すのだと。

 ……嫌がるなら勇者特権の悪用だけして、それがばれて勇者の称号を剥奪、という末路を辿るだろう。……だが、勇者トリタツはそのどちらでもない。

 本当に、世界の平和だけを願って勇者となり、戦い続けている……。

 毎回、程度の差はあれ命懸けであるのに――だ。


「俺は別に……、他にすることもねえしな。十年もやってるともう慣れちまってる。勇者でいること、教会の情報を元に魔王陣営の情報を探ることが俺の日常なんだよ。大きく変えて、新しいことを始める気力は今の俺にはもうねえな……もう二十八だぜ?」


「まだまだ若いですけど」


「勇者しかしてこなかった人間が、今更、他になにができる。しかも結果を出しているならまだしも、俺にはなにもねえ。あるのは良きタイミングで死ねない不運だけか」


 ……それは幸運なのでは?


 だが、本人が幸運だと思っていなければ、死ねない不運が連続して、『生き続けてしまっている』と解釈してもおかしくはない。


 勇者となれば与えられる恩恵があるが、やはり人によって恩恵にも差があるのだ。

 人から好かれやすいことに特化した勇者がいれば、戦闘センスが飛躍的に上がった勇者もいる。正確な虫の知らせ、毒に強いなど……。勇者であれば誰もが持つ恩恵でも、内容には違いがあって――勇者トリタツの場合、運が良いに特化していたのだ。


 数億の矢が上空から落ちてきても当たらない。爆破魔法が不発に終わる。勇者ふたりが並んでいて、敵がまず最初に不意打ちで殺したのが相方だった勇者の方……など。

 勇者トリタツは良きところで死ねないまま、今の今まで生きてきた……生きてしまった。


 十年も結果を出せないまま、勇者というだけで今、この世界にいる。


 勇者の厄介なところは、この役目を、途中で脱げないということだ。


 一度≪勇者≫になってしまえば、死ぬまで勇者だ……。

 魔王を倒すことでしか、この役目を終えることはできない――。



「……悪いが、俺から提供できる情報はねえな。新しい情報はあるか?」

「いえ、残念ながらないですね……」


「そうか……なら、また明日くる。今日はゆっくりと休むつもりだ」

「明日も一日休んだ方がいいゾ。魔王の手がかりが連日、手に入るわけじゃないんダ」

「おう……なら、そうするよ」


 軽く手を振った勇者が去っていく。

 彼の背中は大きいはずなのに、今は小さく見えていた。



「……う、酒が回ってきたか……?」


 ふらつく足取りで帰路を歩く。

 多量に飲んだわけでもないのに酔いが深くなるのは彼の弱点だった。


 すると、昼間から酒を飲んで泥酔している男がいることに気づいたアウトローな若者たちが、彼を囲むように集まってきた。

 彼が勇者とは知られていない……、実は手の甲には勇者と分かる白い紋章があるのだが、手袋をしているために確認できなかった。

 若者たちは彼が勇者であるとは思いもしなかっただろう……地味な見た目、今にも転んで泥まみれになりそうな負け犬の男。こんなもの、搾取してくれと言っているようなものだ。


「おいおっさん」


 と、ひとりの若者が声をかけた。金槌を握り、ゆっくりと近づいてくる……

「俺はおっさんと呼ばれるほどの年齢じゃ――」と言い返す気力もなかった。


「金目のものを、」


 その時、勇者の頭に鳥の糞が落ちてきた。そんな不快感すら、勇者は気にも留めない。

 偶然とは言え、あまりにも不運過ぎる光景を目の当たりにして、若者たちが噴き出した。

 げらげらげら、と大勢で笑い者にした後に、


「――おっさん、可哀そうな奴だな……だけど見逃す気はねえぞ?」


「うぇ、」

「あ?」

「おろろろろぉ――――」


 勇者が吐いた。吐しゃ物を避ける若者が「うげ!?」と後退すると、傍にいた若者にぶつかる。押された若者がさらに後ろの若者にぶつかって――


 ドミノ倒しのように倒れていく若者たち。

 工事中の建造物の支柱にぶつかった若者のせいで、組まれた鉄骨の上に立っていた若者が近くにあった鉄骨に体重をかける……すると、仮組みの段階だったようで、想定以上の体重がかかり、建造物が歪む。どこかの部品が落下し始め――仮組みだった鉄骨が軋んで外れていく。

 ひとつの鉄骨が落ちれば、後は崩壊の一途を辿っていった。


「なん――」


 降り注ぐ鉄骨が若者たちを圧し潰し、蹂躙していく。

 その隙間に入り込んでまた死ねなかったのが――勇者トリタツだ。


 彼は胃の中のものを全て吐き出して、鮮明になった意識で周りを見渡す……、彼はなにもしていない。本当になにも……。

 意識もなかっただろう。気持ち悪くて吐いただけなのだが……、気づけば建造物が崩壊し、周りは落ちた鉄骨だらけで、それに巻き込まれた若者がその命を失っている。

 生きている若者も足だけ潰れていたり、腕が切断されていたり、無傷ではない――無傷なのは勇者だけだ。


「…………また、か」


 狙われたことが、ではない。

 自分が助かり、周りが被害を受けるこの構図が、だ。


 ――勇者になった時から。


 勇者トリタツの勇者生活は、これの繰り返しだった。


 死ねない。それはつまり、他者を殺しているということだ。

 彼の意思でなくとも、勇者トリタツを生かして民間人を殺しているのは、「勇者を生き長らえさせるため」のかつての勇者の意思によるものだ。

 ――幸運? 違う。彼の幸運とは、他人の幸運を奪って自分のものにしているとも言える。人よりも幸運を持つトリタツは……他人を不幸にしているのだから――

 勇者としてなにひとつ功績を残していない自分が死ぬべきなのだ。


 なのに、生かされる。


 死なせてくれない。


 勇者トリタツは、勇者システムに救われた不死なのだ。



「……なのに、なんでギャンブルだと負けてばっかなんだよ……ッ」



 同じ幸運ならそっちの方が良かった。


 ――そのへんは、勇者に不用な幸運だから、と言われれば納得しかできないが。



「あ、あの! トリタツ様! 凄い音がしましたけどっ、大丈夫ですか!?」

「案の定だ。また俺だけが生きてる――」

「……はあ。怪我がなくて良かったですけど……、あとこれ、報酬です」


 どうやらシスターは、紙に包んだお金を届けてくれたらしい。


 走って追いかけてくるほどのことではないが……だが、助かったのは事実だ。


「……いや、だから俺はなんの功績も――」

「でなければ、お小遣いです」

「…………。くれるなら貰っておくけど……」


 報酬としては納得できないけど、彼女からの好意によるお小遣いなら、受け取らない理由がない……。それにしても、いくら彼女が大人びていても、年下からお小遣いを貰うのは……。


「散々わたしにお世話になっておいて、今更お小遣いは受け取れませんとか言いますか?」

「…………そうだな、こうなったらとことん、甘えてやろうかな……」


「はいっ、情報が入り次第、トリタツ様に教えますね! その分、元【竜の国】の騎士様なのですから、色々と内部情報を流してくださいよ?」


「はいはい……あればな」


「あるはずですよ!!」


 貰った小遣いを懐にしまい、シスターをこれ以上先へは進めないように押し返す。


「ちょ、ちょっと……?」


「この場の処理は俺がやっておく。あんたに見せられるような軽度の怪我でもねえしな……また子供たちを集めて紙芝居でやってろ。ここはあんたの出る幕じゃない」


「いえっ、怪我は見慣れていま、」

「いいから帰れ」


 強い口調にシスターも少し怯え、ふん、と拗ねて背を向けた。


(俺の傍は危ないんだよ……仮にあんたを抱きしめたところで、俺の心臓を狙った矢があんたに刺さる可能性もある以上……一緒にはいらねえ)


「?」

「なんでもねえから早く帰れ」


 ぐいぐいと背中を押して、シスターを帰らせる。


 彼女の姿が見えなくなったところで、振り向いて、嫌になる面倒な後処理と向き合う。

 人の幸運を奪っているため(そういう解釈だ)自業自得ではあるのだが、望んでしたことではない――そろそろ騒ぎを聞きつけた軍人がやってくるだろう。

 勇者、と名乗れば問題にはならないはずだが――――



「貴様が勇者だと? はっ、バカなことを言うんじゃない!!」


「……やっぱこうなったか……。シスターを帰すんじゃなかったな……」



 それでも、本当にシスターを巻き込む予定は一切ない≪出来損ない≫の勇者だった。




 …【出来損ない勇者のラッキーデイ】了

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出来損ない勇者のラッキーデイ 渡貫とゐち @josho

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