出来損ない勇者のラッキーデイ

渡貫とゐち

前編


 才能がなくとも勇者になれる――

 世界に散らばった、かつて魔王に一撃を与えた勇者の欠片。

 およそ二万の欠片が世界に存在していると言う。


 それは地下深く、それは樹海の最奥、それは海の底――

 意外なところで言えば町中の民家の屋根などに落ちていたこともあった。


 触れればどんな凡人であろうとも勇者になることができ、世界で重宝されているために得られる勇者の権力以外にも与えられる恩恵は数多い。


 たとえば運動能力。下半身が動かなかった民間人が勇者の欠片を手に入れた時、両足が動くようになった事例もある。

 魔王を倒すために必要なものは勇者に与えられる――そういうルールが適応されるのだ。


 それでも…………勇者になっても必要なのは、生まれ持っての≪才能≫だった。




 町中にある目立つ白い建物は教会だ。神を信仰する者が集まる場所だったのが、今では勇者を全面的にサポートする施設になっている。

 ……勇者とは神様のようなものだ、と受け入れてしまえば、教会の存在理由は以前と変わっていなかった。


 教会の扉が開く。


 勇者の逸話を紙芝居にして披露していた緑髪のシスターが、来訪者……ではなく、戦地から帰還した顔見知りに気が付いた。


「あ、おかえりなさい」

「……おぅ、ただいま」


「なんだ、戻ってこれたんですね」

「おい。期待してなかったみたいな言い方ぁ……」


 じゃあちょっと待っててくださいね、と、シスターが続きの紙芝居を「なるはや」で進めていく。物語も終盤だったらしいが、怒涛の勢いで展開が進んでいき、「おわり」の文字が枠からすっぽ抜けていった。シスターはそれに見向きもせず、


「さあさあっ、今日の戦果を聞きましょうかね!」


「いや紙芝居…………まああんたがいいならいいけど」


 子供たちも何度も聞かされた話だったのか、興味のない者が大半だった。

 話が終わると同時に一斉に教会の扉へ吸い込まれていった。……子供たちが望んで聞きにきたというよりは、シスターのわがままで勇者の逸話を聞かせているような……?


「腐ってもシスターですからね。勇者様の布教は積極的にやりませんとっ」


「腐っても、か……そういう自己評価の低さは直した方がいいと思うぞ?」


「それをあなたが言いますか? 勇者トリタツ様――」


 長旅で伸びた無精ひげ、若い勇者と比べると覇気がない容姿と年中調子が悪そうな顔色が特徴の二十八歳の男だった。

 最低限の防具を身に着けた、「オシャレ? なにそれ食えんの?」とでも言いたげな興味のなさは、仕事熱心というよりは諦めの末に思える。


 こんなにも濁った勇者は彼以外にはいないだろう。


 ……勇者特権を悪用しない面は評価される部分だが……ただ、彼の場合は勇者であっても特権が効果を持たない可能性が高い。

 権力者であっても嫌悪感が先行し過ぎて特別扱いが認められないケースはあるものだ。


「俺は本当に腐ってるんだよ……ひとまずカウンターにいこうぜ」


「分かりました――ペイペイさん、お昼寝の時間は終わりましたよー」


 カウンターで顔を突っ伏して、昼寝どころか夜の寝不足を取り戻すように熟睡しているのは若い少女だった。

 シスターと容姿だけならそう変わらない年齢に見えるが……ただ、やはり立ち振る舞いを考えるとカウンターの少女の方が子供だ。


 まだ青臭いガキ、というのが匂いで分かる。


(それで言うとシスターは俺より大人な気もするんだけどな……)


 中身が。

 歳だけ重ねて中身が子供の自分を比較して……何度目か分からない自己嫌悪だ。


「んん……? ……あー、トリタツか、おかえり。生きて帰ってこれたとは意外ダ」

「お前も俺が死ぬと思ってたのかよ……」

「死相を出しながら出かければ誰だってそう思うだロ」


 出したつもりはないのだが……。

 覇気がないだけで死相が出ているつもりはなかった。全身、黒か茶色で地味な格好だから、死相が見えやすいだけではないか?

 他の勇者はもっと派手な色を使って存在を誇示しているので、尚更、彼が死ぬ前提というイメージがついてしまっているのかもしれない。


 こういうタイプこそ堅実に仕事をこなしそうではあるが……。

 やはり勇者とは結果以上に人気重視である。なぜなら英雄だ――頼りたい勇者が地味なおっさんと派手で自信満々な若者であれば、誰だって後者を選ぶ。

 現実を知ったからこその堅実よりも、自信過剰による傲岸不遜――油断ばかりで隙だらけの若者の方が受けはいい。人気とは、やはり『なんとかしてくれる感』だ。


 自他共に評価が低い勇者トリタツは…………任せてもダメそう感が凄く感じられる……。まあその分、危険地帯へ先行していかせる毒味役に抜擢されることも多いが……。

 言いにくいが「死んでも困らない」人材である。ただ、彼の場合はしぶとく十年以上も生き長らえているので、勇者としてはベテランの男だが。


「ナニ飲む?」


 教会内、この場に似合わないカウンター席に座る。

 対面するのは、線が細い小柄な少女だが、化粧だけは一人前だ。

 頭の上にちょこんと乗っているふたつの黒いお団子。彼女の髪型はこの国では一般的なものだった。トレードマークにしてしまえば埋もれてしまうだろう。


「じゃあ……」

「やっぱり酒カ……やけ酒カ」


「いや、酒はいい……毎回のようにやけ酒してるわけじゃねえし」

「アタシの特製ドリンクでいいカ?」


「毒じゃなければな」

「毒じゃなイ。薬かモ」

「飲んでいい薬なんだろうな?」


 出された透明な液体を一気に飲み干す。

 ……彼女が出す特製ドリンクは、美味しくはないが効果はある。不味いということは健康な体を作ってくれるということだ。

 ちょうど寝不足であり、栄養失調気味ではあったのだ。もちろんこれ一杯で取り返せる負債ではないが、飲まないよりはマシだろう。


 ふら、と意識が落ちそうになったが、カウンターに肘を置いてなんとか堪える。


「……おまっ、これ……――酒じゃねえか!!」

「酒も薬じゃないカ」

「クソ……騙された……ッ」


「でも、口を近づけたら分かりそうですけど……」


 カウンターの向こう側に移動したシスターが、特製ドリンクの正体を確かめる。彼――勇者トリタツが好んでいる酒の銘柄だ。

 禁酒しているわけではないが、それでも抑えている彼には言って素直に飲むことはないだろうから、特製ドリンクと詐称して飲ませたのだ。

 飲ませて暴れるタイプではないので、飲ませても罰は当たらないだろう。


「もう一杯飲みますか?」

「……くれ」

「相当お疲れみたいですね……どうぞ」


「まて。シスターは注ぐの下手だから、アタシがやル」


 そんなことないもん! とついつい素が出たシスターだった。


「……あのね、ペイペイさん、いくらわたしでもこれくらいできますよ?」

「そういうことは一滴もこぼさないようになってから言ってくレ」


「…………一滴くらいは許容範囲のはずでは……?」



「シスター、そのコップに水を注いでくれ」


 テスト感覚でお願いしてみた。はぁ、と溜息をついたシスターが、「これくらいできますからね?」と不満顔で水をコップに注、


 どぼどぼどぼ!! と、コップから数ミリずれた位置に水が垂れ流されていく。


「――ちがっ、今のは瓶が重かったからです!! ほら、今はちゃんと注げてるでしょう!?」

「話しながら注ぐからまたこぼれてる!! あんたやっぱりセンスねえな!?」


「この人、掃除もそうなんだよナ。掃除してるのか汚れを引き伸ばしてるのか分からなイ……はっきり言えばいない方がはかどル」


「酷い!!」


 シスターが小さくなってしまった。……さっきまで子供をまとめる「年下だけどお母さんのような人」かと思っていたのに、あっという間に年相応……もしかしたら中身は見た目よりも幼いかもしれないと思えてきた。


「ただ家事ができないだけなのに……」

「それが問題」


 まあアタシがいるかラ……とデレたペイペイに、にへー、とだらしない笑みを見せるシスター。勇者トリタツが毎回この教会に帰ってくるのは、このふたりの成長を見届けたいという想いも、まあ、なくもないのだ。


「酒飲みながら聞かせてほしいゾ。……今日の戦果ダ」


 カウンターの向こう側で椅子に座ったペイペイ。シスターは立ったまま、「そうです、どうだったんですか?」と前のめりになって聞いてくる。

 ……教会から情報を貰った上で向かった勇者としての役目だ、報告しないわけにもいかない。


「やっぱり魔人討伐は無理でしたか!?」

「なんで無理を前提にしてんだ……」

「え!? じゃあ――」


「無理だったぞ」


「なんでちょっと期待させるんですか……」




 …続

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