第4話 契約


歓迎かんげいするよ?左門さもん


無病様はそう言ってっすらとみを浮かべながら俺の方を見た。


一方いっぽう俺の口からは。

「今すぐ帰ってもいいですか……?」と出かかっていた。


言うんだ左門……!

はっきり、俺には無理だって言わないと……!

このまま……け物だか異星いせいじんだか知らねえ、厄介やっかいなものにき込まれたくない。

長年ながねん小坊主こぼうずとして寺でごしてきた俺のかんが、"危険だ"と言っている。


しかし、今日は色々な事があった。

口を開こうとした瞬間しゅんかん、この寺に来てからの出来事できごと一気いっきに頭の中をめぐっていく。

朝から山をのぼり、無病むびょう様に会い、夜夏ヨカにどやされながら屋敷やしきを回って、夜中には化け物にいかけられた。

それにくわえ異星人だか何だかの情報で、正直しょうじき頭はパンク状態じょうたい

つまり、俺の体力は限界げんかいむかえていた。


そのままくずれるように座り込み、俺は廊下ろうかゆかへと頭をぶつけた。

ゴンッという音とともに意識がとおのいていく。

そう、すっかり眠りへと落ちてしまったのである。


「し、んだ……!?うそだろおまっ……」


となりでそんな、夜夏のまとはずれな声が聞こえたのが最後の記憶だった。


――………。

――……あれ。

――……なんだ?


とても……なつかしい景色が見える。

大きな寺の縁側えんがわ

俺が育った寺だ。


親友の小坊主である右京うきょうが、こちらに向かって大きく手をっている。

その手には和尚おしょう様からくすねた菓子かしにぎられていた。


『早く来いよ〜!なくなっちまうぞ!』


ああ……やっぱり夢だったんだ。

良かった……俺……。

異星人ってヤツを見てさ?

顔がけてて、でかいうでえてて!

あ、でも無病様の方はすごくてさ……この世のものじゃないくらい光る青いまくとか、黒い錫杖しゃくじょうとか……。

言いたかないけど、カッコ良かった。

右京にも見せたかったよ……!

あの寺はホントにとんでもねー……


――左門さもん……。

――左門。


誰かの呼び声がする。

そう思って後を振り向けば。

元居もといた寺の景色はまたたに、っ黒な空間へとえられていく。


なんだコレ……?

真っ暗で、何も見えやしない。

ひんやりとしていて、静かな場所。

どこだここは。


「左門」


抑揚よくようの無い声をけられて、俺は振り向いた。

そこには白い着物きものに黒の羽織はおりかたから掛けた無病様が立っている。


『無病様?なぜこんな所に……っていうかどこですかここは……?』


そうしゃべったはずだった。

しかし俺のその声は、ゴポゴポというあわになって、暗闇くらやみへと消えていく。

どうやらここは、真っ暗な水のそこみたいだ。


「お前は眠ってしまったから、ここで話そう」


無病様はそう言って地面を指差す。

状況じょうきょうが読み込めないまま、俺は無病様の方を見つめた。

異星人ともなると、眠ってる間にも話ができるのだろうか?


「お前をこの寺に呼んだのは、たのみ事のためだ」


無病様は表情を変えぬままそう言った。

その声はらいでいて少し聞こえづらい。


「人の子にしか頼む事ができない」


その言葉を聞いて俺は何故なぜだか、元居た寺の育て親の和尚の話を思い出した。


――そこで……大事だいじな事なんだが……これ左門!真面目まじめに聞いとるのか?まったく……。


良いか?


絶対に、化け物と呼ばれるものらの話を聞いてはいかん……。


良いね?


聞いてはならんぞ……。


ある日突然とつぜん寺の小坊主たちを集めて、和尚はねんすかのようにそう言った。

何故今、そんな話を思い出すのだろう。


その時無病様が、何かをつかむように暗闇の中で手を動かした。


余計よけいなものを見ているね……?」


そして次の瞬間には、俺は和尚が何を話していたのか思い出せなくなっている。

大事な話だった気がするが。

なぜだか思い出せない。

俺はぼうっとする意識の中で、首をひねる。


「異星人のチカラをどう思う?」


無病様はそう言って、真っ黒な空間の底をさわった。

たちまちゴポゴポと音を立てて真っ黒な錫杖が出てくる。


「異星人のチカラがあれば……この星は思いのままだ」


無病様がシャンと音を立てて錫杖をれば。

たちまちあたりに金色のこなる。

そうすると俺の周りにはいつの間にか、黒い錫杖を持った形のない影が立っていた。

影たちは錫杖をかかげてクルリと回りながら、好きにおどり始めている。

まるで何かを祝福しゅくふくするかのように。


「私は長年ながねん、このチカラの契約けいやくしゃを探していてね……」


無病様は影たちを見つめながらそう言った。

すずな黒いひとみがゆっくりと細められる。


「やっとお前を見つけた」


『契約……?』

何が何だか分からず、俺はただ首を横に捻る。


「この星は異星人にきびしくてねえ……人間との"契約"を持って初めて、私は本来ほんらいのチカラを使うことができる」


無病様は肩をすくめ、そばで踊っていた影の錫杖をでた。


「そこでだ」


無病様の真っ黒な瞳に俺の姿すがたうつる。


「私と契約してほしい。左門」


契約とは何だろう。

良くわからないが、無病様は自身じしんの本来のチカラを取り戻したいと言っているようだ。


『チカラを取り戻したら……何をするんです?』


俺はゴポゴポとそう言った。

無病様は目を細めてつぶやく。


「人間をたすけたい」


今までに見たことの無い表情。

そんな顔で無病様はそう言った。


その顔を見て、俺は思ったのだ。

異星人だとは言っても、無病様はこの寺の和尚。

人助ひとだすけを、生きる上での信条しんじょうとしているのだと。


俺はまだ、そういうのは良く分からないが。

寺で育った小坊主としては、手伝てつだいたいと思った。


能天気のうてんきに。

そんなバカな事を思ってしまった。


『良いですよ』


ガポガポと音を立てて俺がそう言えば。

無病様はゆっくりと微笑ほほえむ。


「ありがとう左門」


そう言った瞬間。

無病様は持っていた錫杖を俺の体へとした。


「人の子はいつも、私のどくえられなくてね」


ゴポゴポと不気味ぶきみな音を立てて、俺の体の中へと錫杖が入っていく。


「寺までの道に毒霧どくぎりいて、相性あいしょうの良い人間を探していた」


あつい。

体がひどく熱を持っている。

なんだこれ……!?!?


心臓しんぞうがドクドクと音を立て、物凄い速さで血液けつえきが回りだすのを感じる。


なんだコレ……!!

くるしくてたまらない!!

いきが……できない!


死ぬ……!

このままじゃ死んでしまう……!!


いやだ!!

だれか……!


黒い水の中でおぼれるようにもがく。

しかし苦しみが消えることは無く。

むしろどんどん酷くなっていくように感じた。


あっという間にかすんでいく視界しかいの中で。

こちらを見下ろしている無病様が見える。


それを最後に俺の意識はブツリと途切とぎれた。


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無病様にお願い 高花れい @takabana_rei

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