第3話 無病様


「出た出た出た出た!!」


「ほんっとに出やがった!!」


夜中よなかの小道の中。

気が付けば俺と夜夏ヨカは。

もと来た道を全速ぜんそくりょくで走っていた。


無病むびょう様そっくりだったぞ……!?なぁ!」


「知るかよ!!」 


流石さすがの夜夏にも余裕よゆう一切いっさい無いらしい。

ろくな返事が返ってこない。


「待て……ってきてる!!」


夜夏の声にり向けば。

後ろの小道を、無病様の顔をしたの高い女が追いかけてくるのが見えた。

地面スレスレをくように移動するその女は、おそろしいほどの速さだ。

その顔はけ、こしからは長い女のうでえている。


「コイツさぁっ、寺までれてって大丈夫なのか……!?」


無我むが夢中むちゅうで走っているからか。

ハアハアといきをするたびに脇腹わきばらいたむ。


「無病様なら何とかして下さるに決まってんだろ!!」


夜夏はそう言い切った。

いやいや!

んな事言ったって、無病様って寝たきりじゃねえか!?

しかし、そんな事を口にする余裕もない。


追いつかれたらどうなるんだ!?


そんな事ばかりが頭をよぎる。

道の先に寺の裏門うらもんへの階段かいだんが見えれば、にものぐるいでのぼった。

門をければ、すぐさまそのとびらじる。


「はぁ……はっ……これで、中には入って来れないはず……」


夜夏が息をととのえながら、そう言った時。

メキメキと音を立てて、閉めたばかりの扉がはじけ飛んだ。

続いて巨大きょだいな女の腕が、門のふちを掴む。


全然ぜんぜん無理むりじゃん!!」


「あぁぁぁあ゛!!無病様!!」


俺達はそんな無惨むざんな声を上げながら、中庭に面した扉から屋敷やしきの中へと転がり込んだ。


真っ暗な廊下ろうかに、静まり返った室内しつない

そこをバタバタとける。


「無病様ぁ!!お休みの所すみません!!」


夜夏はそう言って、今朝けさおとずれたばかりの広間ひろまふすまを開けはなった。

ろうそくのあかりに照らされた室内。

今朝けさ見たままの変わらない部屋。

一組ひとくみ布団ふとんわきに、肘掛ひじかけが置いてある。

そこに肘を付いて、無病様は何やら書物しょもつを読んでいた。


「お前達……まだ起きていたのかい」


抑揚よくようのない声で、無病様は書物から目をはなさずにそう言う。


月見つきみでもしていたのか?」


「いえ……すみません無病様……私めが……左門さもんを外に連れ出しまして……」


しどろもどろとそう言う夜夏。

それをさえぎって俺は叫んだ。


「俺たち化け物に追いかけられて!!それが今、裏門に……!」


その時。

開いた襖の外に見える、中庭のまつの木がき飛ぶ。

バラバラとい上がる無数の庭の小石。

それがおさまったかと思えば。

顔の裂けた着物きもの姿の女が中庭の中央に立っている。


俺と夜夏はすっかりの引いた顔で、無病様を見つめた。


「ほお。夜夏お前……言いつけをやぶったな?」


無病様はっすらとみを浮かべながら、ゆっくり書物を閉じる。

たちまち夜夏はあせらしながらうつむいた。


「あの!俺が……無病様の言った事を確かめようと言ったんです……」


俺がそう言えば、無病様はふむと首をかたむける。


「……みづけた……ミツケタ……ヒヒっ……」


その時、女の不気味ぶきみな声が室内にひびわたる。

無病様はゆっくりと布団から立ち上がり、そばにあった黒の羽織はおりを引っけた。


「どうやら私に用があるようだ」


そのまま襖を開き、中庭にめんした廊下へと出ていく。

俺と夜夏は、口元くちもとを押さえてそれを見つめた。

無病様の動きはゆっくりだし、相変あいかわらず顔色かおいろが悪い。

あんな化け物の前に出てどうするというのか。


「何をもとめる?人形よ」


廊下へと出た無病様がそう言う。

顔の裂けた女はこぼれんばかりの笑みでその口を開いた。


「イノチ……無病のイノチィィ……!!」


次の瞬間。

女は巨大な腕を振り上げて無病様へと飛びかかる。


「うっわ……!!」


俺と夜夏が咄嗟とっさにそう叫んだ時。

青々あおあおとしたかべのようなものに、化け物は弾き飛ばされた。


無病様のまわり……いや、この屋敷全体ぜんたいを、青々とした巨大なまくのようなものがおおっている。

所々ところどころとおったその膜は、電気をまとっているかのようにパリパリと音を立てていた。


「何だこれ……」


思わずとなりの夜夏を見るが、ポカンと口を開けたままかたまっている。


「……くろぬまに覆われたほしを知っているか?」


中庭の木々にね返った化け物を見つめながら無病様は言った。


「その星の生物せいぶつはみな……外敵がいてきからまもる強力なまくを持っていてね」


何の話だ……?

俺は思わず無病様の話へ耳をかたむける。


「どう言う理由ワケか、害意がいいのあるものは弾き飛ばしてしまうのさ」


害意のあるもの?

あの化け物みたいなヤツの事か?


「私はその膜がとびきり頑丈がんじょうでねぇ。……故郷こきょうでも苦労くろうしたよ」


無病様はそう言うやいなや、廊下に落ちる自身じしんの影へと手をばした。

たちまちその影から、ゴポゴポと真っ黒な錫杖しゃくじょうが引きずり出される。


「私のぬま猛毒もうどくでね。自身の体をむしばみ、その寿命じゅみょうけずってもまだ……物足ものたりないらしい」


無病様はそう言いながら、影から何本も真っ黒な錫杖を引きずり出した。

木々に突っ込んだ化け物は、先程さきほどから体がしびれて動けない様子だ。

したらしながら逃げようと痙攣けいれんしている。


是非ぜひとも……あじわってみてくれ」


無病様はそう言うと。

手に持った錫杖をまるでやりのようにげ放った。

物凄ものすごい速度で飛んでいく数本の錫杖。

それが全て木の前で倒れた化け物の体にさる。


その瞬間。

化け物は声にならない奇声きせいともに、白いけむりを上げながら跡形あとかたもなくけ消えた。

突き刺さった錫杖のみが、その場にガラガラと落ちる。


「ふむ……相変わらずどくを出すのは心地ここちい」


無病様はそう言って首を回すと、化け物が消えた木々の前へと歩み寄った。

見ると黒い錫杖たちは、庭の小石や地面をも溶かし始めている。


「それでお前達……」


無病様がれれば、黒の錫杖たちはまるで吸収きゅうしゅうされるかのように溶け消えた。


「外は楽しかったか?」


今までに無いやさしげな笑みを浮かべる無病様。

一切いっさい表情の無い人だと思っていたが。

どうやらそうでは無いらしい。

俺は何と言えば良いのか分からず、ぱくぱくと口を動かした。


「あの……無病様、それは何だったんです……?」


夜夏が化け物が消えたあとを指さしてそう言う。


「人間のかわ上手うま再現さいげんしていたから……皮膚ひふ星人せいじんと言ったところかな」


「星人……??」


俺は思わずそう聞き返してしまう。


「ああ、伝えわすれていたね左門。ようこそ霧山きりまやでらへ……。ここは星人せいじん管理かんりまかされた寺」


始めて聞く情報の洪水こうずいに、俺はパチパチと目をまたたく。


「私は異星人の和尚おしょう、無病だ。……歓迎かんげいするよ?左門」

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