第2話 真夜中


無病むびょう様が言ったことが、本当かどうか確かめるぅ……??」


こめかみをピキピキと言わせながらそう言う夜夏ヨカ


「んなもん、確かめるまでもなく本当に決まってんだろテメェ!!……新人の生意気なまいき大概たいがいにしろよ」


どうやら夜夏にとって無病むびょう様は神のような存在らしい。

まゆをつり上げながらズンズンとせまってくる夜夏に、思わずあとずさる。


「だからっ、俺も無病様を信じたい!」


思いっきりむなぐらをつかまれて、俺はそうさけんだ。


「そのために確かめようつってんの!」


「確かめなくても信じろよ!テメェ!」


無理むりだっ!お前は無病様の人となりを知ってるかもしれねえけど!……俺はまだ無病様のこと何にも知らねーんだよ!!」


思いっきり言い返せば、胸ぐらの手はゆるんだ。

俺の言い分を少しは理解してくれたのだろうか。

眉をつり上げて、その鼻息はないきあらいままだが……。


「わかった」


夜夏はそう言ってあっさりと俺の胸ぐらから手をはなす。


「ここでお前を、だまって無病様を信じますって言うまでタコなぐりにしても良いが……」


すっかりわった目つきでこちらをにらんでくる夜夏に内心ないしんビビリながらうなずく。

タコ殴りにされそうになったらどうやって逃げよう……。


「イイぜ?今夜こんや確かめてやる。無病様がうそをつかねえってトコ、見せてやんよ」


ビシッとこちらをゆびさしてそう言う夜夏。

正直コイツとの関係は今の所最悪だ。

おない年くらいに見えるが、何かとっかかってくるし、こわいし。

しかし俺にはどうしても、無病様がどういう人物か確かめる必要があった。


広間ひろまで真っ黒なひとみと目を合わせたあの時思ってしまったんだ。

いや、頭をよぎってしまった。

あやかし寺に出るという化け物。

それが……彼女なのでは無いかと。


真っ黒のうつろな目。

1ミリも動かない表情。

人間とは違う、何か別の生命せいめいたいみたいだった。

夜夏ももしかしたら、彼女にだまされているのかもしれない。


こうしてその日の夜。

俺と夜夏はこっそりと、寝巻ねまき姿で屋敷やしき寝所しんじょを抜け出した。

ふもとの街と変わらない虫のき声に、草木がザワザワとれる音。

夜の寺を歩くなんて、中々ない新鮮しんせんな気分だ。


「……あのさ、この寺ってお前とオレ以外に他の小坊主こぼうずはいないの?」


声を落として敷地しきち内の小道を歩きながら、となりの少年に話かける。


「ハゲと包帯ほうたい野郎やろう、あとはうるせえ法師ほうしがいる」


「ちゃんと名前で教えろよ……?」


「ハゲは今ふもとのまちに買い出し行ってっから、帰ってくるのは明日だな」


やはり食料や日用品にちようひんの買い出しは小坊主の仕事らしい。

俺は2時間以上かかった山のぼりを思い返して項垂うなだれた。


「イヤなら出ていくんだな」


夜夏は鼻でわらうようにそう言う。


「行かねえ……で、そのハゲの人以外は?」


「法師は出張しゅっちょう中。包帯野郎はここを上がった先の小堂しょうどうの方にいる」


そう言って夜夏は小道の続く先、まっくら獣道けものみちを指差した。


「ここの寺は無駄むだにデカいから。手分けしてンだよ」


「今日は……そっちには行かないよな……?」


真っ暗な獣道のあまりの怖さに、俺は怖気おじけ付いてそう言った。


「この先の小堂も敷地内だからな。寺を出るつったら裏門うらもんからだろ」


夜夏はそう言って手に持った提灯ちょうちんで、屋敷の裏手うらての方へと続く道を照らす。

提灯のあかりをたよりにしばらく進んだ後。


「この門出たら、敷地の外だ」


夜夏は、表の門よりはずいぶんと小さな門のとびらの前で立ち止まる。


覚悟かくごはできてんだろうな」


「……そっちこそ。あ、でもちょっと待っ」


俺の言葉を一切いっさい持たずに、夜夏はいきおいよく裏門の扉を開けはなった。

おびえってものが無いのだろうか。


「何だよ」


「いや、オレたち……何も武器ぶきとか持ってないけどけ物が出たらどうすんだ?」


夜夏は、『今更いまさら何言ってんだコイツ』という顔をした後。


「……待ってろ。無病様の錫杖しゃくじょう取ってくる」


そう言って俺に提灯を押し付けた。

錫杖なんて勝手に持ち出して良いのだろうか。


そんな事を考えながら、手持ち無沙汰ぶさたに開いた門の先を見つめる。

門の先には石の階段かいだんがあり、その下にはっすらと小道が続いていた。

その時だ。

ふとその小道を、何かが横切った気がした。

暗くて良く見えなかったが、人影だったように思う。

気のせいだろうか……?

何かの動物か?


「オイ」


後ろから声を掛けられて俺は飛び上がった。


「何だっ……夜夏か……」


「ビビりすぎだろ」


夜夏は『ダッセ』とでも言う風な顔で俺から提灯をひったくる。


「お前はこっち持ってろ」


そう言われて押し付けられたのは、金色ににぶく光る立派りっぱな錫杖だ。

ずっしりと重く、俺の身長よりも長い。


きずなんか付けたらタダじゃ置かねぇ」


「ならお前が持てよ……」


ねらわれそうなヤツが持つんだよ。ビビリくん」


夜夏はそう言うなり、さっさと門の先の階段をり始めた。


「お前さっ、怖くねえの……?無病様の言う通りなら出るんだろ?」


あわててその後を追いながら石の階段を降りる。


「ちんたら行った方が怖えだろ。さっさと確かめてさっさともどんだよ」


夜夏にも"怖い"と思う感情はあるらしい。

俺はほっとしながら、錫杖をにぎりしめて歩いた。


あやしいヤツが居たら、すぐにもと来た道を戻る。いいな」


夜夏はそう言って階段を降りた先の小道を進み始める。


「この先は……どうなってるんだ?」


「大きな砂利じゃり道にでる。そっからはひたすら山をくだる道だ」


そのまま黙って真っ暗な小道を進むと。

数メートルほど先にひらけた道が見えてきた。

夜夏の言った通りの砂利道だ。


その時。

提灯に照らされた木々の先。

その広い砂利道に。

チラリと人の影が見える。

すぐさま夜夏がかがみ込み、提灯の灯りを消した。

俺はごくりと息をんで夜夏のマネをする。


しゃがんだまま木々の合間あいまって、草むらのかげから砂利道をのぞけば。

暗がりの中にぽつんとの高い人影が立っていた。

こん色の着物に、長い黒髪くろかみ

そう……まるで今朝けさ会ったばかりの無病様とまったく同じような姿すがた


「無病様……」


隣で夜夏が立ち上がり、俺はギョッとした。


「いやっ、絶対ちがうって……!」


慌てて夜夏のうでを掴むが、勢いよくはらわれる。


「こんな所を出歩くなんて……お身体からださわります!」


そのまま砂利道に出ていく夜夏を、俺は口を押さえて見つめた。

どうしよう。どうする?

本物の無病様なのか……?

でも、だとしたら何でこんな所に……。


「早く寺へ戻りましょう」


夜夏がそう言えば、着物の女はゆっくりとこちらを振り向いた。

今朝見たとおりの顔。

間違いない。

本当に、本物の無病様なのか……?

俺も出ていくべきかと慌てて足を踏み出す。


「……寺へ……れて行ってくれるのか……?」


その時、無病様が口を開いた。

真っ黒な瞳に、すずな顔つき。

どこまでもそっくりなのに。

何かがおかしい。

まるで人形のような……。

いや、本当に人形そのものみたいだ。


口の下に見える薄っすらとした線。

皮膚ひふい合わせたみたいなあと

月明つきあかりに照らされて、それが明らかになる。


「……何だ……その皮膚の跡……?」


夜夏がぱくぱくと口をひらく。


「……連れて行ってグレ……寺へ……行ギたい」


次第しだいひど奇妙きみょうしゃべり方をし始めた女に、夜夏はヒクりと口のはしを引きつらせた。


「左門っ!!錫杖かせっ」


夜夏の大声に、俺は慌てて草むらから錫杖をほうり投げる。

それはもう全力ぜんりょく投球とうきゅうだ。

ちゅうう錫杖。

その瞬間。

着物の女の顔が引きつり、ビチビチと音を立てて皮膚ひふけるのが見えた。


「ゾレを近づけるなぁぁア゛!!」


この世のものとは思えないような叫び声とともに、金の錫杖がたたき落とされる。

着物をやぶってびてきた、巨大きょだいな女の腕。

それが錫杖を叩き落としたのだ。

目の前の信じられない光景こうけいに、足がガクガクとふるえ出す。


「はは……化け物……ほんとに出るんだ……」


人は、本当に怖いと笑ってしまうらしい。

そんな親友の小坊主の話を思い返しながら、俺はさっそく……外に出た事を後悔こうかいした。


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