第1話 配属


雨がしとしととそそぐ中。

きりのかかった山の山頂さんちょう

立派なつくりの古いてらの前に、俺は立っていた。


どんよりとした雨雲あまぐものせいだろうか。

その寺はずいぶんと気味きみが悪く見える。

本当に化け物が出そうな見た目だ。

親友にからかわれたせいでそんな事を思ってしまうのだろう。


「こんちは〜……今日からお世話になる左門さもんですけど〜……」


声を上げてみるが返事はない。

ここまで来るのにだいぶ苦労くろうしたというのに。


2時間ほど歩いた山道の中で、いきなり霧が立ち込め始めた時は本当にあせった。

目の前が全く見えない。

足元の道をたよりに何とか抜ける事ができたが、夜であったらと思うとゾッとする。

霧を抜けた後は、寺へと続くおそろしいほどに長い階段かいだんが続いていた。

かげでヘトヘトだし。

すっかりいきが上がってしまっている。


たしてこんな所までたずねてくる客などいるのか。

食料品とか、日々の生活用品とか、どうやって調達ちょうたつしてるんだ。

毎回この霧山をのぼりしてんのか?


とりあえず、大きな門の前でもう少し声をってみる。


「あの〜〜!」


「誰かおりませんか!」


そこでやっと、門のとびらは小さな音を立てて開いた。

続いて真っ白な髪の少年がぬっと顔を出す。

少年はこちらを見るとギョッと目を見開みひらいて、たちまちまゆり上げた。


「誰?つーかお前、どうやってここまで登ってきた」


「えと……今日からこの寺に配属はいぞくされた見習い小坊主こぼうずの左門ですけど」


俺がそう答えると少年は目を細めた。


「ふ〜ん……辿たどくなんてめずらし」


不服ふふくそうに一言、そう言われる。


「ついて来い。和尚おしょうんとこに案内する」


への字にげたくちびるに、つり上がった眉。

ずいぶんと不機嫌ふきげんそうな態度たいどの少年だ。

格好かっこうからしてこの寺の小坊主だろう。


どこの国の出身しゅっしんだろうか。

真っ白なツンととがった短髪たんぱつに、赤みがかったひとみ

少年はそうそう見かけない見た目をしていた。

黒い髪に青黒あおぐろい瞳の俺とは、まったく正反対な容姿ようしだ。


俺はだまって、寺の中へと足をみ入れた。

へいかこまれた広い敷地しきち内。

丸い小石のめられた中を歩いて、少年は右おく屋敷やしきへと入っていく。


「和尚は変わってっから。気に入られなかったら帰れよ」


少年はり向きもせずにそう言った。

どうやらあまり歓迎かんげいされていないらしい。


「そんなこと言われても、帰る場所がない……」


俺がそうつぶやけば少年は口を開けて「はぁ?」という表情でこちらを振り向く。


「オレ捨て子だから。15になるまでの期限付きで、街の寺に育ててもらってたんだ」


『ヤバかったらいつでも帰ってこいよ』だなんて、親友の小坊主は言ってくれたが。

あいつの寺に俺を受け入れる余裕よゆうなんか無い事は分かってる。

街の寺はどこもギリギリで小坊主たちをやしなっているのだ。

もとた寺の和尚が死にものぐるいで探してくれた就職しゅうしょく先が、このあやかし寺なわけで。

身寄みよりのない俺は、ここを追い出されたら行くあてなんてない。


「ふはっ、その年でホームレスかよ」


少年にき出されて、少しみじめな気分になる。


「悪いかよ」


「いやベツに。おもしれーなって」


少年は、庭に面した渡り廊下の先に広がるふすまの前で立ち止まった。


無病むびょう様〜客人ですよ」


少年が声をかけると、異様いように静かな声音こわねが返ってくる。


「入っておいで」


抑揚よくよう見当みあたらない冷たい声。

あれ?

ひょっとすると、気に入られるのって難しいことなのか?

一切いっさい感情の読めないその声にフリーズする俺の横で、少年がいきおいよく襖を開く。


「オラッ、入って良いとよ」


少年のひじに思いっきり押されて、俺は部屋の中へと転がり込んだ。

急いで顔を上げれば、そこはたたみの広がる大きな広間ひろまだ。

中央に布団ふとん一組ひとくみ敷かれており、誰かが横たわっている。


「良く来た。左門だね?」


声の主は布団に横たわっている人物のようだ。


「もっと近くへおいで」


言われるがままに、俺は布団のそばへと近づく。

そこには、こん色の着物きものを着た女性が横たわっていた。


真っ黒な長い髪。

それから青白あおじろはだに、色のないほお

下まつ毛の特徴とくちょう的な……美しい女性。

しかしまるで人形のように見える。

何かのやまいおかされているようだ。

客が来ても起き上がれないだなんて、そうとう重い病気なのだろう。


無病むびょう様とやらの第一印象いんしょうはソレだった。


「無病様、今日の体調はいかがです?」


後ろから近寄ってきた少年がそうたずねる。

黒髪の女性はゆっくりとその目を開いた。


「うん。……良い方だ。客人が来てくれたおかげかな」


そう言って無病様は俺の方へと目を向ける。

い込まれそうな黒い瞳。

俺はなんだか人ではない何かと話しているような気分になった。

無病様は、眉の一つもピクリとも動かさないのだ。

何を考えているのか全く分からない。


「よし気に入った」


ぼ〜っと無病様の表情をうかがっていた俺は、思わず「えっ」と間抜まぬけな声を出す。


「左門、私はお前が気に入った。今日からここで寺の小坊主をやってくれるか?」


「はいもちろん……そのつもりで、やって来ましたから……」


俺がうなずけば、後ろで少年の舌打したうちが聞こえた気がする。

気のせいだろうか。


夜夏ヨカあに弟子でしとして色々教えてお上げ」


無病様がそう言えば、後ろの少年が口のはしをヒクつかせながらうなずく。

どうやら夜夏ヨカという名らしい。


「ハァ〜イ……教えます……」


その顔には、メンドクセ……と書いてあるようだ。


挨拶あいさつ終わったし、さっさと行くぞ新人」


そう言う夜夏にうでを引っ張られて、俺はあっという間に畳の部屋を出た。


長話ながばなしは無病様のお体にさわる」


広間の襖を閉めてから、夜夏はそう言った。


「そんなにひどいのか?無病様の病は」


「まぁな」


夜夏はそのまま廊下をスタスタと歩いていく。

そして広間からだいぶとおざかった所でピタリと立ち止まった。


「……左門って言ったか?お前」


「そうだけど」


「始めに言っとくが、夜中にこの寺の敷地の外に出るなよ」


「何で」


「出るからだよ」


「何が……?」


「バケモン」


「へぇ〜……」


俺が話半分に頷くと、夜夏はたちまち眉を吊り上げた。


「ヘェ〜……じゃねぇよテメェ!!信じてねえなぁ!?」


「……だってそれほんとかよ。見たのか?」


「無病様が言ったんだ!間違いねぇ!」


どうやら夜夏は無病様の事をおそろしく信頼しんらいしているらしい。


「正確には無病様はなんて……?」


「『夜の12時を過ぎてこの寺の外に出ることはゆるさない。化け物が出るからね』……ってよ」


無駄に抑揚のない声音こわねに思わず吹き出しそうになる。

そっくりなのだ。無病様の話し方に。

長く一緒いっしょにいるとモノマネも上手くなるのだろうか。


「……じゃあ確かめてみようぜ」


「ハ??」


「無病様が言ってる事が本当なのか」




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