熊本県阿蘇郡■■村在住Tさん(58)へのインタビュー書き起こし
えーと、まぁここまでが『ねまりが』の大まかなあらすじです。あー、こんなに長く喋ったのは久し振りですよ。喉が痛くなっちゃいました……それで、実際に聞いてみてどうでしたか?
……ええ、ええ、そうですよね。全然おめでたくないですよね、こんな話。だって何も悪いことをしてない鬼を突然殺しちゃってるんですから。しかも向こうは命乞いすらしているんですよ? これじゃあ鬼がどっちか分かりませんよね。
こんな残虐なお話ですから、村に関する歴史や民話にも書かれたことがないんです。まぁ、当然と言えば当然ですよね。
私がこの話を聞いたのは、確か曾祖父からだったと思います。曾祖父はこの村に関する民話や伝説を集めるのが数少ない趣味でしたので……ほら、先ほど見せた村史の最後のページ。編纂委員会の最初に名前が載っているでしょう?与一って。そうそう、その人が私の曾祖父です。
まぁ、曾祖父は村で一番民話や伝承に聡い人だったので、編纂委員会の委員長になるのはそりゃあ当然でしたよ。
そういえば、貴方も曾祖父と同じような分野を勉強しているんでしたっけ? ええっと、なんて言ったっけな……あぁ、そうそう、民俗学。民俗学というやつですね。
すごいなぁ、かっこいいなぁ。私なんて生まれた時から寺の住職になるって決めつけられてましたからね。大学を出てないので、そういう専門的な分野を勉強するのに憧れていたんですよ。
それで、貴方は『ねまりが』の話を聞いてどう思いますか? 専門家としての意見をお聞かせください。……いやだなぁ、謙遜なんてしないでくださいよ。私みたいな人間からすれば、大学生でも立派な専門家ですよ。
…………ほう、それで?
……なるほど、ありがとうございます。
つまり、貴方は『ねまりが』という存在は実際にはただの比喩で、被差別民や見た目が他の方々とは少し違う障害のある方々だと考えたのですね? うんうん、なるほど。ありがとうございます。
私の考察はね、ちょっとだけ違うんです。あぁ、でも『ねまりが』が何かしらの比喩だという考察は私も同じです。しかしですね、私はただの被差別民や障害のある方々の隠喩だとは思っていないんです。
多分あれ、ナニカに呪われた人々のことなんじゃないですかね。
『スラバカ』ってご存知ですか? ここから少し離れた場所にある宮地町という地域に伝わる葬送習俗なんですが……おぉ、ご存知ですか? 流石大学生、よく勉強してますね。ちなみに、その情報は一体どこで? へぇ、柳田国男が……えぇ、その人なら知ってますよ。なんでも民俗学の権威だとか。
すみません、話が逸れましたね。まぁ、ご存知なら話は早いのですが、あれって同じ家で立て続けに死人が二人出た場合、三人目を出さないように誰も入らないカラの墓を作る……という習俗なんです。今じゃそんな習俗も伝承もほとんど残っていませんし、若い人はそもそもそんな習俗があったということすら知りません。
だからもう昔の資料にしか記録が残っていませんし、そんな文化が生まれた意味すら失われています。しかし、というか、だからこそというか、ついつい野次馬根性が出ちゃいましてね、色々と邪推しちゃうんです。それで編み出した結論というか、考察がありましてね?
あれはね、多分、家系そのものに対する葬式なんじゃないかと。
あらかじめ墓を作り、葬式を挙げておくことで『もう家族全員が死んだことにしておく』。そういう狙いがあったんじゃないですかね。だって、死んだ人間は死なないでしょう? だってもうとっくに死んでますから。
スラバカはね、それを一族郎党全員という規模で行う習俗なんです。『その一族はもう全員死に絶えて途絶えたんだ。だからもうこれ以上死人は出ないだろう』……といった具合で。
勿論、効果があったかどうかは知りません。スラバカはあくまで葬送習俗、願掛けのようなものですから。あ、でもこれを言っちゃ私みたいな住職の仕事なんて全部無駄になっちゃうか。あっはっはっは。
おっと、またまた話が脇に逸れましたね。すみません。なにしろ貴方みたいなお若い人と話すのは久し振りなんでね、自分でも気づかないうちに舞い上がっているんだと思います。
で、えーっと、どこまで話しましたっけ? あぁ、そうそう。『ねまりが』とスラバカがどういう関係があるのかっていう所か。
話の本題に入る前にお伝えしときますけど、『ねまりが』の語源って何か分かります?『ねまり』はねまる、つまり腐るという意味の熊本弁で、『が』というのは牙城、よすが、家……あるいはそれら全てをひっくるめた意味。
つまりですね。『ねまりが』とは腐った場所、という意味なんです。何が腐っているか……まぁ、ここまで言えば貴方ならおおよそ察しが付いたでしょう。その顔を見れば分かりますよ。
腐れとはケガレ、つまり死や病に直結する呪いのような概念です。
……酷いですよね。本当に。ただ鬼っていうだけで腐ったもの呼ばわりって。ええ、ええ、可哀想です。命乞いをしても許されなかったのを見るに、そもそも人間扱いすらされていなかったんでしょうね。
このケガレという概念は人が亡くなった時に生じるものとされています。ケガレというのは周囲の人間に色々とよくない影響を出してしまいますから、定期的に『ケガレを落とす』必要があるんです。例えば葬式や供養といった葬送儀礼ですね。死人というのはケガレの発生源のようなものですから。
ここで先ほどお話ししたスラバカが出てきます。スラバカというのは一族に付着したケガレを丸ごと払い落とす儀式なんです。ここで重要なのが、ケガレというのは人間個人だけではなく、家族という共同体そのものにも伝染するということです。そのケガレをきちんと落とさないと、家系そのものがケガレで満たされてしまうのです。
……家そのものがケガレに飲まれるって、『ねまりが』の人々は一体何をしたんでしょうね。
卒業論文『九州地方の民話に見る恐怖の本質について』.docx @Jikouji2000
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