熊本県阿蘇地方民話『ねまりが』


 南阿蘇の■■という村に与吉という名の若い木こりがいた。彼は毎日、斧と籠を持って家から三里ほど離れた森まで出かけていた。森へと向かう道中、何個か山と谷を越えなければならない。森へと行く時は平気だったが、帰り道が問題だった。一日中木を切り続けた身体は疲労でくたくたで、背負った籠には薪や木材がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたからだ。


 ある日、森でいつものように仕事をして家に帰る途中で与吉は道に迷ってしまった。森をあてもなくさまよい歩く中、与吉は五歳くらいの子どもと出くわした。子どもは与吉の姿を見るとにっこりと笑って立ち去ったので、与吉は首を傾げた。


「人里離れたこの山中で、子どもが一人で遊んでいるのはどうにも奇妙だ」


 不審に思った与吉は慌てて後を追った。

 山を越え、谷を越え、野を越え、やがて与吉は深い森の奥にたどり着いた。そこで彼が目にしたのは森の中にひっそりと建つあばら家だった。

 与吉が壁の隙間から家の中を覗き込むと、そこには何人もの鬼が炉を囲んでいたのである。

 その様子にたいそう驚いた与吉は斧や籠を放り出して、一目散に逃げ出した。


「ねまりが、ねまりががおった」


 必死に村まで逃げ帰ってきた与吉は村人たちにそう叫んだ(注1:ねまりが、とは■■地域で普及していた『呪われた家族』を指す蔑称である)


 与吉の報告を受けた村人たちはあれこれと協議した末、ねまりがを打ち倒すことに決まった。村人たちは鋤や鍬、鎌といった農具を武器代わりに持つと、深夜の夜闇に紛れてねまりがを襲撃した。


 突然の夜襲に驚いた鬼たちはあばら家から這い出してきて、平身低頭で命乞いをしたが、聞き入れてもらえず、鬼たちは全員首を斬り落とされた。

 その中には与吉が見た子どもと同じ背丈くらいの小鬼も混じっていた。

 村人たちは鬼の死体を里から遠く離れた山の麓にある滝壺に蹴り落とした。


 これにて里の近くに棲んでいた化け物は倒され、里には平穏が訪れましたとさ。


 めでたしめでたし。

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