卒業論文『九州地方の民話に見る恐怖の本質について』.docx
@Jikouji2000
はじめに
まず最初にお伝えしておきますが、ここに書き記しているのは決して怪談などではありません。
もし何か身の毛もよだつような、恐怖で頭がどうにかなりそうになるような怖い話を期待してくださっている方には、予め謝罪しておきます。
私がここに残しているのは、私の生まれ故郷である九州地方……特に熊本県を中心とした各地域で収集した民話や伝承です。
そうした土着の物語というのは、得てしてその地域に根付いた文化や風習が色濃く現れるものです。
一例を挙げるとすれば、冬になると激しい寒いに見舞われる地域だと、吹雪に紛れてやってくる『雪女』などでしょう。
『雪女』は元々、新潟や青森といった、東北地方の一部地域で伝わる民話でした。そうした地域では人間の命を簡単に奪い去ってしまうほど熾烈な吹雪が人々を襲います。
『雪女』とは、そうした過酷な環境の中で生きる民草が、自然という圧倒的な脅威の象徴として造り上げたものです。
このように民話とは往々にして地域の特性を反映させるものなのです。
これは私の考察なのですが、民話とは、その地域で起こった事件や事故を婉曲的あるいは抽象的に表現したものではないでしょうか。
科学や医学が発達していなかった時代、人々は未知の現象に遭遇した時、その原因を神や妖怪といった超常的な存在に押し付けていました。
何故それが起こるのか、どうやったらそれが起こらなくなるか、という不可解と未知に頭を悩ませるよりかは、空想とはいえ、立派な犯人をでっち上げた方が精神衛生的にいいと判断したのでしょう。
ある意味合理的な判断だったと言えます。
しかし明治維新に入り、西洋から伝来した最先端の科学技術や即物的思想が流入してくると、妖怪の仕業として恐れられていた現象の原因が次々と解明されていきました。
未知が未知でなくなってくると、妖怪はその存在意味を無くしました。
まぁ、一時期話題になったアマビエのように、そのキャラクター性から取り沙汰されるものもありますが……基本的に私生活で「これは妖怪の仕業だ!」という機会はほぼありません。
つまり、今の時代において民話とはほぼほぼ形骸化してしまったのです。
民話が持つ訓示としての役割は既になく、その一部のみが先程述べたアマビエのように一種のキャラクターとして消費されるばかりとなっています。
民話の大半は歴史書や資料にも残らず忘れ去られたり、地域の少子高齢化に伴う継承者不足から消滅の危機に瀕しています。
私が専門としているような、集落の地域性――俗に言う村がらを追究する系統の民俗学は、大きな岐路に立たされていると言っていいでしょう。
しかし、そうした未曾有の危機の中でも忘れ去られず、若い世代へと確かに受け継がれている民話は少なからず実在します。
その多くは観光資源として重宝されている物がほとんどですが、中には脈々と、それこそ一子相伝のような形式で密かに伝承されてきた物もかなり希少ですが、確かに存在します。
そうした民話の多くは、科学の力では解明できないような――明らかに何かがおかしい、奇妙なものも多いのです。
改めてお伝えしますが、これは怪談ではありません。今ではよく知られている怪談話である『きさらぎ駅』や『赤い部屋』といった、誰かの恐怖心を煽るために作られた物語と比較するとかなり地味で、何の起伏も山場もありません。
なぜならこれはあくまで備忘録……それも、今後大学の期末レポートや卒業論文として活用するために収集した民間伝承を書き記しただけなのですから。
……と、ここまで長々と書き連ねた前書きに目を通し、「それでもよい」と息巻いてこのページをスクロールしようと考えていらっしゃる物好きな方もいるかと存じます。
そういった方々のために、もう一つだけ付け加えて説明しておきたいことがあります。
この世界には「語ってはいけない話」……つまりは禁忌なるものが存在するというのは有名な話です。
その話に出くわした時、それを誰かに話したらマズイ、と老若男女関係なく、誰もが本能で直感してしまうような物語。
明確な理由も、根拠も何もないけれども、何故かそれを読み進めていくと「あ、これは駄目だ」と無意識に感じてしまうのです。
今から語る幾つかの話は、そうした禁忌に該当します。
そのため地名や個人名など、個人情報の特定に繋がる情報は可能な限りぼかしを入れますが、学術的価値や資料としての信頼性を確保するために、話の内容と大筋には一切手を付けていません。
つまり、これからご覧いただく民話は禁忌そのものだということをご理解ください。
ですので、もし文章を読んでいる最中に気分が悪くなったり、激しい頭痛がするといった心身の不調を感じた際は直ちに閲覧を中止されることをお勧めします。
また、上述の通り「これ以上読んだら駄目だ」と直感してしまった場合にも同様です。
とはいえ、今この文章を読んでいる貴方が、俗に言う『鋭い人』でもない限り、文章媒体を読んだだけではすぐさま不幸に見舞われるという事態にはまずならないと思います。そもそも禁忌を破ったことによる罰則というのは私たちの理解や思考の領域を超えていますので。
ですが、万が一の事態に備えるために細心の注意を払ってご閲覧ください。
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