人件費1円の国

ちびまるフォイ

命の価値がデフレ

「君が外から来たという客人か」


「王様。ご招待ありがとうございます」


「うちの国はなにもない。

 人だらけの国だが楽しんでいってくれ」


「はい!」


王様の言う通り、国には人間がみちみちに詰まっていた。

あてがわれた王様の家来とともに街を歩くことに。


「あの人は……何をもたせてるんですか」


「あれは"カバン人間"だよ」


「はい?」


「カバンの役割をしている人間さ。

 主人が必要になった時、必要なものを取り出して渡す」


「……いや、それカバンで良くないですか?」


「ここには人間が多すぎるから。

 仕事がなさすぎて人件費だけは安いのさ」


「いくらです?」


「1円」


「はい!?」


「君も1円なら、カバン買うよりも人を雇うだろう?」


「まあ……それは……」


「案内はここまでだ。君もこの街を楽しむと良い。

 今は慣れなくても、しだいに人間を使うことになれるさ」


「本当ですかね」


家来の言葉に半信半疑だったが、この生活にも数日で慣れてしまった。


「おい、料理人間。朝飯を作ってくれ」

「はい」


「あ、お風呂人間。シャワーを浴びるからお湯の準備を」

「はい」


「テレビ人間。テレビつけて」

「はい」


「服人間。今日の服を選んでくれ」

「はい」


大量の人間を1円ずつ雇って、小間使いしていく。

機械にまかせるよりも柔軟で安く済む。


「いやあ、人間は便利だなぁ!」


すっかり人間ナシでは生活できないからだになってしまった。

それでも雇っているのはあくまでも人間。


人間にも得意・不得意が出てくる。


「マッサージ人間。肩をもんでくれ」

「はい」


「ちがうって。痛いよ。もっとそっちを」


「は、はい……」


「だーーっ! そうじゃないってヘッタクソだなぁ!」


「すみません、自分これまでクローゼット人間しかやったことなくて」


「そんなこと知らねぇよ! こっちは1円で雇ってるんだ!

 お前の価値は今1円なんだ! それに見合った働きをしてくれよ!!」


この言葉に雇われていた人間は我慢の限界を迎えた。


「そんな言い方ひどすぎる! 撤回してください!」


「はぁ!? 1円も払えないくせに!」


「お金はらえるのがそんなに偉いんですか!

 あなたと私は同じ人間でしょう!!」


「こっちは1円で雇ってるんだ! 文句言うな!」


「私の心まで1円で好き勝手されるおぼえはない!!」


「あーーもううるさい!」


口喧嘩に勝てなかったのでつい手が出てしまった。

雇われた人間は殴られた拍子に地面に吹っ飛んだ。


「な、なんてことを……」


「え? わ、悪かった。ついカッとなって……」


「暴力なんて重罪。いくらだと思っているんですか!」


「えええ!?」


他の雇われ人間が通報し、あっという間に警察に捕まった。


「暴力なんて重罪を犯すとは!」

「5円レベルの重罪だ!」


「おいおいちょっとまってくれよ!?」


この国では暴力が何よりも重く扱われた。

言い逃れる余地なく、裁判もスキップして死刑が決まった。


「なんでこんなことに……」


牢屋では死刑の日を指折り数えるだけの日々。

隣の監獄にいる死刑囚はうれしそうだった。


「ひっひっひ。死刑の仲間が増えちまった」


「たしかに暴力ふるったのは悪かった。

 でもそれだけで死刑っておかしくないか?」


「おかしいもんか。ここじゃなんでも安い。

 人間の命なんて1円しか価値ないのさ」


「そんな……」


「1円が世界から失われても誰も気にやしないだろ」


「……まあそうかもしれないけど」


「だから俺は1円以上の迷惑をかけて、

 自分の命以上の影響を与えるんだ!」


「おい!? なにを!?」


隣の死刑囚はあえて監獄を汚し散らかして自殺した。

処理には何人もの雇われ掃除人間が動員され、1円以上の被害となった。


そして、自分にも最後のお迎えのときがきた。


「き、きた……」


独房の向こう側から黒い頭巾と、バカでかい処刑斧を持った大男がやってくる。

自分の牢屋の前に立つと静かに鍵をあけた。


「でろ。おまえころす」


「ま、待ってくれ。その前に話を!」


「いのちごい、きかない」


「そうじゃない! これはお前の身を案じてのことだ!!」


「??」


「お前も雇われたんだよな。処刑人間として」


「ああ」


「1円で雇われたはず」

「あたりまえだ」


「で、俺は王と面識がある」


「それがどうした」


「ちょっと考えて見てほしいんだ。

 王と面識のある俺が処刑されるということに。

 そんなの王が許すと思うか?」


「しらん。おれ、いわれたとおり、ころすだけ」


「王はきっと俺のことを見逃せというはずだ。

 もしお前も俺を見逃してくれたなら、

 俺の命以上の価値。10円を贈ろう」


「10円?」


「10人処刑するよりも高い金額だぞ?」


「いや、おう、きっと、ころせとめいじる」


「本当にそうか? 王が見逃せと言ってたのに

 お前が処刑したらどうなると思う?」


「……?」


「王の意向に反したお前がまっさきに殺されるだろうな」


「おれ、ころされる!?」


「そうとも。王の命令はぜったいだからな」


「おうも、おまえころせと、きっというはず!」


「……そう思うか?

 王が殺せと命じて、お前が殺したら

 俺の命ぶんの価値:1円の見返りがある。


 だが逆に王が殺せといい、それをお前が見逃したら?」


「……そんなことしたら、おれ、ころされる」


「そう。だから、お前が1円の報酬を得るためには

 王が殺せと命じたうえで、お前が実行しなきゃならない。

 でも王の本心なんてわからないだろ」


「う……うあ……?」


処刑人は頭がこんがらがってきた。


王が殺せと命じ、処刑人が殺す。

そうすれば処刑人は通常報酬の1円だけもらえる。


王が見逃せと言ったのに、処刑人が殺したなら。

そうすれば処刑人は罰として殺される。


王が殺せといい、処刑人が見逃す。

その場合も処刑人は殺される。


王が見逃せと命じ、処刑人も見逃す。

こうなるのが一番いい結果。

処刑人は殺されないし、10円までもらえる。



いったい処刑人は、殺すべきなのか見逃すべきなのか。



「おれ、おれ……どうすれば……」


処刑人が頭をかかえたとき。

そのわずかな瞬間で斧をうばいとり処刑人の頭をかち割った。


処刑人の頭巾をかぶると、すぐに結果を伝えた。


「罪人を始末しました!」


すると警官がやってきて死体を見た。

顔はぐちゃぐちゃなのでわからない。


「これは……まさか殺したのか?」


「ええそうです。ところで王は罪人を殺せと命じてましたか?」


「いや、王は客人として見逃すようにとのことだ」


「そちらでしたか。では王にお伝えください」




「おおせのとおりに、見逃してもらいました!」


俺は頭巾を頭巾を脱ぎ捨てると全力で逃げた。

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