今風有想怪奇譚
樽山酒乱
××とこみてて
Vtuberもいっときの流行じゃなくなって、定着して落ち着いたよな。
縦型配信アプリなんかも、ワーッて増えて、そこから落ち着いてさ。YouTubeに昨日が増えたし、それで落ち着きそうだよな。
最近、俺が前によく見てた配信アプリもサ終したよ。まあ、そのアプリは結構過疎ってたから、そりゃサ終するわな……って感じだったけどさ。
俺はLive2DのVtuberも結構初期から見ててさ。かなりたくさんの人を見てたんだけど、色々あって、今は配信をあんまし見なくなったんだよね。
去年の年末まで、俺の生活リズムは、Vtuber配信に支配されてたよ。
元々ゲーム実況とか、生配信とかも見るのが好きでさ。
結構たくさんVtuberを登録してたんだけど、その中でも特によく配信を見てた人が、アプリの案件を受けてさ、さっき言った縦型配信アプリでしばらく配信してたんだよね。
俺はスパチャはあんまりしないけど、案件で名前の出たものは買っちゃったりするタイプだから、そっちのアプリで他の人の配信なんかもしばらく見てた。
そのアプリはマイナーだから、そこ以外でも同時に配信してるって人が多かったんだけど、そのアプリでしか配信してない、変わった人もまれにいてね。
俺がリスナーになった女性のVtuberも、そんな一人だった。
ほんと、全然有名な人じゃなかったよ。名前で検索しても別のVが候補で出てくるぐらい。普通の個人勢だったよ。
ガチ恋勢がメインの人で、毎回来てコメントするような固定のリスナーは20人ぐらいだったかな。
コメントしないで見てる人とかはもっといたから、同接は50人ぐらいだったよ。
めちゃくちゃ配信ジャンキーな人でさ、そういうのが仕事ってわけでもないのに、毎日配信してたよ。
正直、そのアプリだけでそれぐらいの頻度で配信してて、しかもちゃんとOBSとかも使ってるようなガチな人は少なかったから、そのアプリ内では、彼女は結構伸びてて、ランキングとかも載ってたんだよね。
名義は公開してなかったけど、プロイラストレーターだって話で、Live2Dのモデルは自作のものを使ってたし、SNSにイラスト載せたりもしてたけど、実際絵は上手かったよ。
多分ニコ生とかかな? 他サイトでの配信を長いことやってたみたいな話だった。
結構配信慣れしてる感じだったし、メインのイラストレーターの名義ではYouTubeの配信もやったことがあったような感じだった。
YouTubeは合わなかったから、プラットフォームを変えた、みたいに言ってたね。
配信の内容は、雑談と歌、あとは、ファン向けに同時視聴とか。
怖がりなのにホラー映画が好きでさ、月に一回は「○○見るとこみてて」ってタイトルでホラー同時視聴をしてたよ。叫び声がうるさくて、ご近所さんからクレームが来たこともあるらしかった。
彼女はリアクションがすごい良くてさ。正直、俺はそれ目当てで見てたところがあったね。めちゃくちゃいい悲鳴上げるんだよ。
怖いシーンになりそうなときには、「みんなみててね?」ってすごい不安そうに言うからさ、コメント欄には「みてるよ」ってコメントがよく流れてたよ。ジョークで、「みてないよ」ってコメントするノリもあった。
そんな感じだから、リスナー名も「見守り隊」みたいな名前だったよ。そこから逆に、彼女は普通の配信も「○○するとこみてて」ってタイトルにしてたね。
ちなみに、俺はあんまりスパチャしないってさっき言ったけど、彼女の活動しはじめてから最初の誕生日の時には、少額で投げ銭したりもした。
俺はコメントもしてたし、常連だったから名前を覚えてもらってたんだけど、初スパチャだったし、普段よりリアクションしてもらえて嬉しかったよ。来年も誕生日だけはスパチャしようかなって思ってた。
でも、その彼女にスパチャしたのは、その誕生日のが最初で最後になったね。
ある日、彼女つながりの相互フォロワーから、珍しくDMが来た。
普段はDMのやり取りなんてしてなかったし、これといった心当たりがなかったんで、通知を見た段階で、正直なんか嫌な予感みたいなのはしたんだよ。
DMには一言、「これの554番のコメントどう思う?」と書いてあって、その下にアドレスが貼ってあった。
アドレスの文字列を読んで、俺は少なくとも某巨大掲示板なのがわかった。
すごい嫌な感じがしたけど、つい見ちゃうことってあるじゃん。それで、俺もそのアドレスをクリックしちゃったんだよ。
アドレスは個人のアンチスレ、いわゆるヲチスレってやつに繋がった。
それは、彼女のイラストレーター名義の方のアンチスレだったんだよ。
俺は一瞬で相互フォロワーの彼に対して怒りが沸いてきたね。どうしてこんなブラクラアドレスを教えやがったんだ、ってさ。
でも、見たくないと思っても、もう気になっちゃうじゃん。つい554のコメントまでスクロールして見ちゃったよ。
そこには、
『まーーーた彼氏変わったっぽい バンドの○○のボーカル 男が苦手とかうせやろ』
って書いてあった。
確かに、彼女は男の人と接するのが苦手だとか、そういう事はよく言ってたよ。
でもさ、男の人とのコミュニケーションで距離感が分かってなくて、よく友達に怒られる、っていう話だったからさ。
そういうのって、彼氏ぐらいしか言わないじゃん。男の人との距離感分かってなかったとして、彼氏以外は普通、注意したりしないからさ。
で、俺はその話聞いたときに、あ、彼氏いるんだ、って、その瞬間に分かっちゃったわけ。
雑談配信での話を聞けば聞くほど、彼女はファッションの流行に普通に敏感だし、どう聞いても学生時代からデート経験がいっぱいあるみたいだし、これはもう少なくとも普通にモテる人なんだろうな……って、確信したよ。
そんなわけで、俺は彼女についての、そっちの情報については、覚悟してたんで、ショックではあったけど、まぁ、知ってたけどね、って感じだった。
俺がほんとにショックを受けたのは、どっちかというと、彼女の本名義での揉め事の多さだったね。
同人漫画書き同士での揉め事がきっかけで、そのヲチスレは作られたみたいなんだけどさ。
書き込みはかなり最近まで続いていてさ、しかも、単発のスレじゃなかった。
最新の話題では、別名義、つまり俺が配信を見ていたVtuberのアカウントについても触れてたよ。
絵柄の特徴と、好きな漫画から特定されたっぽい。
その関係で俺の例の相互フォロワーにまで、情報が巡りめぐって来たらしかった。
俺はさ、いちいちヲチスレ作るなんて、正直ヒマ人以外の何物でもないって思うし、ネットでリアル知り合いの愚痴の話をしょっちゅうスレに書き込んでるような連中は、非常識だと思うんだけどさ。それでも、明らかに彼女の揉めごとの量はヤバい感じだったんだよ。
スレでは、同人活動をしている人のSNSアカウントの引用が複数あってさ、そこからの情報だけ読んでも、彼女の本名義での同人活動の仕方がめちゃくちゃで、ものすごいいろんな人に迷惑をかけてるのが分かった。
いろんなハマったジャンルの同人活動で、合同誌を企画しては、何回も参加者に迷惑かけてたらしくてね。
勝手に別の仕様で入稿したり、表紙のイラストを連絡なしで変えたり、原稿の決まったページ数を自分だけ守らなかったり、印刷所に電話して勝手に入稿日を変えたり、問題起こしたのが明るみに出たあとは、メールも電話も一切通じなくなったり。
彼女がコミュニケーション下手なのは配信でエピソードを聞いてて知ってたし、本名義でYoutube配信をやらないのは、モテすぎてストーカー対策してるとか、本名義をVtuber活動に使いたくないとか、そういうことなんだと、勝手に解釈してた。
でも、それは違ったわけだ。まあ、アンチはストーキングの一種だから、ある意味ストーカー対策ではあるんだけどさ。
揉め事って、一回だけならその人のせいじゃないって思えるけどさ、マジでおんなじ揉め事をいろんなところで起こしてるなら、本人にも責任があるって思わない?
俺はさすがに、あんだけ揉めてる人は、本人にも責任はあると思う。
けど、それはそれとして、そのスレの存在を教えた相互フォロワーへの対して怒りがこみあげてきたからさ、DMで文句を言ったら、「でもこれすごい話題になってて、それで何日か前にリスナーの●●さんも××さんもアカウント消してるんだよ」って返ってきた。
確かに、その頃ちょうど、名前の挙がったフォロワーを見なくなっててさ。
確認したら、確かにアカウント自体が無くなってたよ。
で、もしかしてと思って、彼女本人のアカウントを調べたら、全然動いてなかったんだよね。普段は毎日、けっこうな頻度で更新してたのにさ。
古いツイートのリプライ欄に、いくつかリスナーから彼氏関係のコメントがついてたから、それが原因だろうね。アンチは来てなかったけど。
彼女の過去のもめ事を知っても、まだまだ俺は、Vとしての彼女が好きではあったんだけど、それでもリスナーにだけは本人から事情を説明してほしかったよ。
ただの言い訳でもいいからさ。
でも、その時配信したら、さすがに彼女を傷つけようとするアンチが普通に配信にわんさか来そうな気がした。
それからだいぶ経った頃に、スマホを開くと、久しぶりに彼女が突発で配信枠を取っていて、その通知が来てた。
SNSの事前告知とかは一切なし。
その時俺はちょうど家に帰ってきたところだったんで、あわててアプリを起動した。
配信を開いたとたん、アバターの向こうで、彼女がグスグス泣いているのが聞こえた。
号泣してたから、普段とまるで声が違ってたよ。
コメント欄は「そんなことしないで」とか、「泣かないで」とか、「落ち着いて」とか、「そんなことしないで」とか。
俺は、「やっぱり引退配信か」って思って胸がグッとして息苦しくなったんだけど、どうもコメントの様子がおかしくてさ。
コメントの中には、「これ警察呼んだ方がいいやつだったりする……?」とか書いてあった。
俺の想像とは違う、物騒な内容なのはそれで察したんだけど、もう彼女は泣きすぎで、半分以上何言ってんのかわかんなかった。
たまに単語が聞き取れて、アンチスレに書いてあった細かい揉め事について、彼女自身の事情を語っているのは分かったけど、具体的な言葉は聞き取りきれなかった。
あとは、切れ切れに、しんどい、もう無理、って何度も言ってるのは分かった。
この配信がどういう内容なのか知りたくて、俺がコメント欄を遡って読もうとしてると、彼女が椅子から立ちあがる音がして、中身を失ったアバターがガクついて暴れた。
ちょっとして、また彼女がアバターの中、というよりカメラの画角に戻ったようで、アバターの動きに生気が戻った。
「ごめんね、でも、みんなさいごまでみててね」
彼女は少しマイクから遠いところで話しているらしかった。
彼女のその発言で、コメント欄は「みてるよ」というコメントでいっぱいになった。
「みてるよ」
「みてるよ」
「みてるよ」
「みてるよ」
「みてるよ」
俺も気づくとコメントを入力していた。
「みてるよ」
「みてるよ」
彼女の身体が動かなくなったのに、俺は途中で気づいたけど、身体は全然言うことを聞かなかった。
脳内ですごい危険信号が出てる感じだったんだけど、コメント打つのをやめられなくて、
「みてるよ」
「みてるよ」
「みてるよ」
「みてるよ」
ずっと俺は画面をみて、おんなじコメントを打っていた。
指が痛い。
俺はそれでハッと気づいた。
いつの間にか夜が明けてた。
コメント欄には、恐ろしいことに、まだ、最初に俺が配信を開いたときに来てたリスナーが全員残ってた。
俺は、動かなくなった彼女のアバターと、まだ狂ったように「みてるよ」のコメントが流れるコメント欄を見て、全身から血の気が引いた。
彼女のアバターの向こう側で、何が起きたのか、完全に分かった気がした。
俺が飲まず食わずで、一晩中寝ずにコメントしてたのも、今コメント欄のリスナーが変なのも、この配信が悪いんじゃね? と俺は何となくそう思った。
早く警察を呼んで、配信を止めようと思って、最初に思いついたのが、彼女のイラストレーターアカウントに、リアルの知り合いがいるんじゃないかって可能性だった。
彼女と仲の良さそうなアカウントを選んで、DM解放してるか調べて、片っ端から連絡してったら、そのうちの一人、彼女と家が近くて親しい人に向かってもらえることになった。
今考えても、あの時の俺、行動力あったな。
そんな感じで話がまとまった後も、俺はなんか気分が焦ってて、ずっと例の配信を開いて確認してたんだけど、昼ぐらいにはちゃんと配信枠が閉じて、コメント欄のリスナー達も正気に戻った様子だった。
何人かリスナーのSNSのアカウントを知ってたし、それぐらいにみんな復活して書き込みをしてたからすぐ確認できたんだよね。
まぁ、配信枠が閉じたあとも大変だったよ。
俺も、俺以外も、リスナーのメンタルの落ち込み具合がね。
みんな落ち込んでたよ、そりゃ。大なり小なりね。
彼女を見てて、止められなかったんだし。
ただ、彼女の友人から後で聞いた話では、あのスレの内容は、おおむねほんとにあったことらしいんで、俺は単純にアンチを恨んでおしまいにすることもできなかったよ。
そうそう、俺はDMで連絡した関係で、警察にちょっと呼ばれたりもして、リアルの事情をちょっとだけ教えてもらったりもしたんだよね。彼女が亡くなったときの状況とかもね。
なんか、どうもご遺体の状況が妙だったらしくてさ。
まあ、俺もめちゃくちゃ詳しく聞いたわけじゃないんだけどさ、PCの前で亡くなっていたのは、彼女じゃなくて、バンドマンの彼氏の方だったんだって。彼女本人は、寝室のベッドの中で、いわゆるODで亡くなっていたらしい。
彼女はかなり防犯のしっかりしたマンションに住んでて、防犯カメラの記録もあったんだけど、彼女が死んで以降、彼氏が配信時間の少し前に入ってきた以外の人の出入りは無かったらしい。
しかも、彼女は死体の状態から言って、少なくとも例の配信の前日には亡くなってたんだって。
つまりさ、この話がほんとなら、あの最後の配信の時には、彼氏がしゃべってた事になるんだよ。
でもさ、話している内容はマジで彼女っぽかったし、泣きながら喋るイントネーションも、女の人っぽかったんだよね。
確かに声はいつもと違ったけどさ、女の人と男の人って全然喋り方違うじゃん。
ボイチェンのVtuberとかも色々声を聞いてるから思うんだけど、女の人のガチの泣き方とか、泣いてる時の喋り方ってさ、男がマネしようったって、なかなか難しいと思うんだよ。逆も難しいんだけどさ。喋り方には性別出るよ。
で、俺は最近じゃあ、こんな風に思ってるんだよ。彼女の幽霊が、彼氏に乗り移って、最後の配信をしたんじゃないかって。Live2Dのアバターに入るみたいにね。
いや、彼氏に恨みがあったとかではなくてさ。
彼氏とは同棲してて、仲も良かったみたいだし、そういうことではないと思うよ。
まぁ、直前に揉めてたら周りの人間にはなんも分からないけどさ。
なんかさ、あの配信のことを細かく思い返してみると、幽霊って意識がちょっと不明瞭なんじゃないかと思えるんだよね。強い気持ち以外は残ってないんじゃないかなって。
自分がまだ死んで無いって勘違いしてて、たまたま前に来た彼氏のことを、画面のアバターだと思って入っちゃって、心残りだった最後の配信をしちゃったんじゃないかな。
ご家族は彼氏の方が無理心中をしたんだって思ってるみたいだったけど、俺は勝手にそんな風に妄想してるよ。
ほんとだとしたら、彼氏にとってはとんでもない巻き込み事故なんだけどね。
世の中には、バリバリ働いてて、仕事が恋人、って人もいるじゃん。
それと同じで、彼女ぐらい配信中毒の人は、何よりも配信するのが好きで、心残りが配信に関することだった、ってこともあると思う。
けど、もし仮にほんとにそうだったなら、彼氏本人の魂って今、どこにいるんだろうね。
身体から追い出されたなら、今もその辺をフラフラ歩いてるのかな。
別の、入れそうな身体を探してたりしてね、なんて。
今風有想怪奇譚 樽山酒乱 @Taruyama
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