代えの言葉
脳幹 まこと
分かるよ。分かる。でもさ。
色々世話になった友達から電話がかかってきた。
仕事の関係でかなり心をやられたらしく、長い時間愚痴を聞いていた。
俺は彼を励まして、最後にこう添えた。
「分かるよ。分かる。みんな苦労してるよね」
俺はその言葉を口にしている間、驚くほど感情が無だった。
なんだそのノンカロリーな言葉は。言わなくても同じじゃないか。
そんな言葉が欲しかったわけじゃないだろ。
「そうだね。みんなそれぞれ頑張ってるもんね。僕だけじゃないよね。ありがとう」
彼はそんなノンカロリーな言葉に、同じくらいのカロリーの言葉を返した。
当たり障りのない言葉。無難な言葉。誰にでも言える言葉。
無味無臭の相槌。
電話が終わった。
みんな同じ、あるいは人それぞれ。
便利な言葉だ。インスタントだ。何の跡も濁さない。
何の重みも背負わない。そういう言葉だ。
俺は――
「みんな苦労してるよね」と彼に言う直前まで、俺よりよっぽど苦労してるじゃんって思ってたんだよ。
でも俺は俺でそれなりには苦労してた。だからって「俺も苦労してて……」って言うのも自己中に思えた。
だから包んだんだ。「みんな」で。
みんなって何だよ。どこにいんだよそいつらは。
お前が電話している間、お前と彼の二人しかいなかっただろうが。
お世辞や社交辞令なら別にいい。円滑に進めるために必要な間だから。
でも大切な人に思いの丈を打ち明けて、それでこんなの返されたら、俺だったら「こいつ……」って思ってしまう。
所詮、代えの言葉すらない、そういう関係だったんだ、って思ってしまう。
俺は、俺は――
逃げたんだ。彼の重さを背負うことから逃げたんだ。
世話になった友達の、苦労を見つめることから逃げたんだ。
俺だって精一杯頑張ってるって。だから君に割ける時間はないんだって。
きっと後になって思うんだ。
彼の苦しみは彼にしか分からない。俺は真に彼を理解できない。だから、あの行動は間違ってはいなかったのだと。
輪郭をぼかす。抽象にする。曖昧にする。俺をみんなに同化させる。
馬鹿みたいだ。
代えの言葉もないから、ただ力ずくで押し通しているだけだ。
お前はあの言葉を吐いた時、彼にあんな中身のない返事を言わせたかったのか。
散々聞いてやったんだから、もう黙ってろ。そう言いたかったのか。
俺は、俺は、俺は――
彼のことを大切に思っている。
彼とこれからも友達でいたいと思っている。
分かち合いたいし喧嘩もしたいと思っている。
分かるよ。分かる。
聞こえのいい言葉、安易に酔える言葉を使いたくなるのは。
でも。もし次があるなら。
その時までに準備するんだ。
彼に贈るための、代えの言葉を。
代えの言葉 脳幹 まこと @ReviveSoul
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