第2話 記憶を盗られた男

 舗装された道路。日光を反射するビル。枯れた街路樹。キャンピングカーは都市フレイムに侵入していた。ほとんど砂に覆われた道を進むたび、キャンピングカーは大きく動いた。

 ヨウイチは車体を倒さないように必死にハンドルを切っており、助手席のファウストはガタガタと揺れている。


「んごっ!おおぅ!?もっと安全運転してよお!」


「徐行してこれなんだよ!しかもこの車砂地用じゃないんだよ!」


 時刻は夕方。2人は今日の寝床にふさわしい場所を求めてさまよっていた。何かの建物の下に入れば夜の間に砂嵐が来ても、免れることができるのだ。

 ヨウイチがきょろきょろと車を止める場所を探していると、ファウストがどこかを指さした。


「あそこ!」


「ん?」


 ファウストの指さす方向には大きな白色のドームがあった。巨大な農業プラントである。

 ヨウイチはすぐにそちらの方向へハンドルを切り、車をビル群の奥へと進めていった。農業プラントに近づくにつれて、砂が少なくなり、車の揺れも少なくなる。


「ようやく砂がなくなったぜ…」


「大変だったあ~。ラジオも無事っぽいね。」



『宇宙の裏返りまで残り364日23時間59分59秒。』



 ラジオのカウントダウンが少し進んでいた。ファウストはため息をつくとラジオのアンテナを倒した。そのまま車のフロントにラジオを放る。

 ちょうど車のライトが自動点灯する頃合いだ。

「宇宙が裏返るのはちょうど日の入りくらいってことかあ。テンションさがるなあ。日の出とかだったら希望あったのに。」


「そもそもよ。宇宙が裏返るってどういうことだよ。」


 ヨウイチは今まで疑問に思っていたことを聞くことにした。宇宙が裏返るという言葉の意味がよくわかっていなかったのである。


「そのまんまの意味。球体の宇宙が裏返んの。」


「…?そりゃ球体に穴が開けば裏返せるかもしれんが…それが宇宙規模で起こんのか?」


「うん。ある中心点から一瞬にして裏返んのよ。裏返った瞬間、宇宙はもとの大きさに戻る。その威力に耐えられるものはないってわけ。どんなにおおきな恒星も一瞬で壊れちゃうの。」


「う~ん…よくわからん。ファウストはすごいな。なんでそんな詳しいんだ?」


「…それはファウストちゃんが天才だからなのデース!」


「あっそ…」


 ヨウイチはファウストの得意げな笑顔を無視して、車を停止させた。すでに2人の前には巨大な半球がそびえている。おそらくトラックが出入りしていたであろう大きな入り口が開きっぱなしになっている。


「今日はあそこだな。」


「中になんか面白そうなものあるかなあ…」


「夜は出歩くなよ。明るくなってからだ。」


 キャンピングカーは入り口に近づいた。コンクリートの基礎に大きく穴が開いており中まで貫通している。しかし、夜の暗闇のせいで奥の方は観察できなかった。

 ヨウイチはキャンピングカーを入り口に入ってからすぐの位置に止めた。


「え~?奥に行こうよお~。」


「いやだ。おばけとか出たら怖いだろ。」


「ヨウイチのビビりw大丈夫だよ。エロいこと考えてればおばけは寄ってこないんだってさ?」


「じゃあお前には一生寄ってこないな。」


 車のエンジンとライトを切ったヨウイチは運転席から立ち上がった。後ろの部屋の方へと窮屈そうに移動していく。そのあとを華奢なファウストが追っていった。

 ヨウイチは冷蔵庫を開き、水筒を取り出した。


「私が変態とでもいいたいの~?」


「変態だろ。」


 ニヤニヤとしているファウストの口に水筒の飲み口が突っ込まれる。哺乳瓶を渡された赤ん坊のようにファウストは水を飲み始めた。


「ぷっは~!水うめえ~!生きてる心地半端ないよ!」


「はいはいwいちいちリアクションが大きいなw」


 ヨウイチはファウストを見て微笑みを浮かべると、調理器具を用意し始めた。食事の気配を察知したファウストはすぐに隣へと並んでくる。


「今日の晩御飯は?」


「ジャガイモ。」


「え~!またあ~?もう5日連続じゃがいもだよお。」


「我慢しなさい。前回の街は荒廃がひどかったんだから。」


 2人はここに到着するまでにいくつかの都市で食料を見つけてきたが、前回に寄った都市は荒廃しきっており、少しの食べ物も存在していなかった。そのため2人はここ数日、食べ物の節約のためにジャガイモばかりを食べていた。ジャガイモは醤油で味付けしたり、揚げたりなど飽きないように工夫していたが、食にうるさいファウストは飽き始めてしまったようだ。


「じゃあお肉とにんじんたまねぎ入れて肉じゃがにしてよ~。食べたい。」


「そしたらお前米欲しがるだろ。」


「あと少しで違う惑星にいけるんだよ?おねがい♡」


 ファウストが上目遣いでヨウイチを見つめた。目をそらしていたヨウイチだったがしばらくの攻防戦の後、大きくため息をつき冷蔵庫に手を伸ばした。


「さっすがヨーイチ!」


「うるさい。肉もにんじんも賞味期限あと少しだったから使うんだ。」


「ふ~ん?」


「いいから手伝え!」


 2人はなんだかんだと騒ぎながら料理を開始した。ファウストは最初に肉を細かく切る。ヨウイチがそれを大きめのフライパンで焼いている間に、ファウストはまな板で泣きながら玉ねぎとにんじんを切り、尻尾でジャガイモの皮を器用に剥く。


「ファウスト。玉ねぎと人参ちょうだい。」


「ほい!」


 ファウストは2つの野菜を渡すと、ジャガイモをざく切りにする。それをフライパンにポンと放り込んだ。勢いあまりすぎて、じゃがいものひとつが飛び出すがヨウイチは「3秒ルール」といってフライパンに戻した。

しばらく料理を見つめていたファウストの頭をヨウイチはポンポンと優しくたたいた。


「もう出来上がるから。ファウストはゆっくりしててもいいぞ。」


「ありがと!食器用意するね!」


 ファウストは小さな食器棚から皿と箸を取り出した。皿はヨウイチに渡し、橋は無造作に机の上に置いた。

 肉じゃがが皿に盛られると、待ち構えていたかのようにファウストは椅子に座る。


「待ってました肉じゃがちゃん!」


「はーい。お行儀よく食うんだぞ。」


 机に皿が置かれると、ファウストは元気よく「いただきます。」と言い、料理を頬張った。ヨウイチも遅れて席に着く。


「うみゃーい!」


「そりゃよかった。野菜が若干くたってた分、味の染み込みがはやかったのかね。」


 ヨウイチは肉じゃがの人参を口に運んだ。醬油の味が良く染み込んでおり、人参の甘さも引き立てられている。じゃがいももしっかりと中心まで火が通っており、箸で簡単に崩すことができるほどであった。


 2人の皿から半分ほど肉じゃがが消えた頃、ニコニコと笑っていたファウストが突然車の前方を指さした。フロントガラスを何かが通り過ぎていく。


「どうした?」


「車の前に何かいる。」


 ヨウイチは腰に差している拳銃を取り出した。フロントガラスから見えない位置に隠れ安全装置を解除する。いつでも発砲できるように構えていると、キャンピングカーの出入り口が開かれた。


「は、はあ!?何してんだお前!」


 ファウストは扉を開け、外側に身を乗り出していた。ヨウイチがすぐに彼女を救助しようと外に飛び出すと、暗闇に紛れ小銃の銃身が見えた。

 発光。銃声が鳴り響く。しかし、だれも倒れることはなかった。発砲した人間もファウストが倒れないことに混乱しているようであった。その混乱に乗じて、ファウストの尻尾が小銃を奪い、相手の腕に巻き付いた。

 ファウストのしっぽは自分よりも大きな相手を軽々と持ち上げると、乱暴に地面へと落とした。


「ぐあぅ!?」


 うめき声をあげた男の姿がキャンピングカーの明かりに照らされて明らかになった。つぎはぎのコートを着た、小汚い初老の男だ。

 ファウストは尻尾の小銃を投げ捨てると、男に駆け寄った。男は逃げようとするが、ファウストの尻尾が足に巻き付き、転んでしまった。


「邪魔しないでくれる!?肉じゃが食べてるとこなんですけど!!!!」


「ひ、ひいいい!許してくれ!美味しそうな匂いにつられてきただけなんだ!」


 ヨウイチはファウストの隣に並び、男を見下した。男は腕で顔を隠し、必死に身を守っている。その体をファウストの伸縮自在の尻尾が拘束した。


「君、いったい何者~?」


 ファウストは男の顔に拳をぐりぐりと当てながら、尋問を始めた。ファウストの迫力に気おされている男だが、情報を吐こうとする様子が一向に見られない。

 やがてしびれを切らしたファウストは奪った小銃を男の額に着けた。


「おんどりゃあ!吐かんかいこの野郎!こちとらおめえがいなくなっても1ミリも困らんのやぞ!」


「ぎゃあああ!!ま、まってくれ!何も思い出せないんだよ!」


「はあ~?そんな言い訳通じるわけないっしょ~?」


「ほ、本当なんだ!き、記憶を思い出処刑場に持っていかれたんだ!」


「ほ?」


 ファウストは『思い出処刑場』という言葉に反応を示した。男の額から小銃を離したファウストの顔は興味にあふれているようであった。


「な、なあファウスト。今の話、そんなに気になることなのか?」


「ファウストちゃんはねえ。こういう話も大好物なのよ。んで、思い出処刑場ってなに?」


 自身の話が素直に受け入れられたことに驚いたのか、男はファウストの問いかけに暫く反応を示さなかった。男は息を深く吸うとぽつぽつと話し始めた。


「何日前のことかは思い出せないが、俺はとあるヤベエ奴らに記憶を取られたんだ。この近くの巨大施設でいろんな人間から奪った記憶を『処刑』してるんだ」


「ヤバい奴らねえ…どんな見た目?」


「フードを被ってる人間の集団さ。素顔は見たことねえ。そいつらは惑星間跳躍装置がある場所を乗っ取っているんだよ」


「…それはまずいなあ。私たち、他の惑星に行きたいところなんだよね」


「むう。よくわからん組織?の相手をするのは面倒だな。交戦の可能性もあるぞ」


 ヨウイチはファウストの顔を見つめた。その顔からは一切の不安を感じ取ることができなかった。彼女が何をしようと思っているのか察したヨウイチは頭を抱えた。


「おいファウスト。まさかそのよくわからん奴ら相手にするつもりじゃないだろうな…」


「当たり前じゃん。次の惑星に行くためには跳躍装置は必須なんだもん。わんちゃん話し合いが通じるかもしれないよ」


「はあ…」


「ちゅーわけでさ。君、思い出処刑場?とかいう場所に連れて行ってよ。」


 ファウストは男を縛り付けている縄をほどくと、スッと立ち上がった。男もつられて立ち上がると、ファウストはその腕を徐に持ち上げた。


「やるぞ~?」


「…」


「『お~!』でしょ野郎ども!」


「お、お~?」


 男はぎこちなく声を上げるが、ヨウイチは何も言わずに捨てられた小銃を拾い上げた。その小銃は男に手渡された。男は目を丸くして、ヨウイチを見つめた。


「ファウストに釣られる必要はないんだぜ?」


「は、はあ。銃、返してくれるんだな」


「ファウストが拘束を解いたってことは安全ってことだろ。あんたのことはまだよくわからんが、久々の自分たち以外の人間だからな。仲良くしよう」


「…ああ。僕はイサナという名前だ。それ以外は惑星サマーに行きたいってことしか覚えてない。どうやって記憶を奪われたのかも曖昧なんだ」


「俺はヨウイチ。こいつはファウスト」


「ファウストちゃんだヨ~」


 さっさとキャンピングカーに乗り込んでいくファウストを目で追ったイサナは、自身の手にある小銃を見下ろした。マガジンを抜き、それをコートのポケットに押し込んだ。


「もし記憶を取り戻せたら、そのときはお礼をさせてくれ。」


「礼…ねえ。楽しみにしておくよ。」


 次にキャンピングカーに乗り込んでいくヨウイチの背中をイサナは追っていった。

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救えぬ世界にただふたり 愛人ひぐらし(かなひぐらし) @kana-higurashi

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