救えぬ世界にただふたり

愛人ひぐらし(かなひぐらし)

常夏の星編

第1話 消滅する世界

「世界の消滅しょうめつは確約された。」


 かつてこの世界の人類は惑星間を行き来できるほどに発展した。住みよい星を作り、無限大の資源とエネルギーで宇宙を支配した。だが無限のように思えた宇宙も滅びを迎えようとしていた。




「世界の消滅は確約された。『宇宙の裏返り』まで残り365日。」


 アンテナを立てたラジオから流れ続ける音声がキャンピングカーの中に響いていた。キャンピングカーの中は小さな机や冷蔵庫が用意されており、空調も効いている快適な空間である。

 その机の上に突っ伏して眠っている女の子がいた。よれよれの白衣を着ている。銀髪の頭には小さな角が生えており、腰からは細く悪魔のような尻尾が伸びていた。


「ファウスト~?寝てんのか?ラジオがうるさいんだが。」


 運転席の方から声が聞こえてきた。ファウストと呼ばれる女の子は髪をもぞもぞと動かすと、眠そうな目をこすりながら頭を上げた。

 ファウストは大きく欠伸をしながら背筋を伸ばし、ラジオのボリュームを下げた。


「ごめんごめん…車の揺れが心地よくてつい寝ちゃった…」

「また夜中に眠れないとか言って愚図るんじゃないぞ。」

「わかってるって。」


 ファウストはラジオを持って椅子から立ち上がると、狭い通路を抜けて、助手席まで歩いた。助手席にどんと腰を下ろす。

 キャンピングカーは草一つないれきの砂漠をガタガタと走っていた。強烈な日光がフロントガラスを突き抜けている。

 運転席には白い髪の軍服を着たおじさんが座っていた。頬に縫い目があり、屈強な腕にもいくつもの傷がみられる。 


「ヨーイチ。もう365日だって。」

「ちょうど1年か。ここまで半年。ほんとにたどり着けるのかね。」

「この星が特別広いだけだから、いけるでしょ~」


 半年前、人類は滅亡した。惑星間を行き来するほど発展していた人類は突如発生した「消滅」という現象に成すすべなく、その99%以上がこの世から消え去ったのだ。それ以降人間の「消滅」は発生しなかったが、宇宙の「消滅」が起こることを残ったわずかな人類が明らかにした。宇宙は裏返り、惑星も恒星も何もかもが一瞬にして消滅してしまうのだという。

 もはや人類に残された手段はない。戦争でほとんどの惑星間跳躍装置わくせいかんちょうやくそうちは壊れており、わずかに残された時間をだらだらと生きていくことしかできないのだ。


 ヨーイチと呼ばれた男はブレーキを踏んだ。遠い地平線のど真ん中にたくさんの四角い建物がならんでいることを確認すると、ファウストの方へと目を向ける。


「目指す惑星は地球だったよな?」


「うん。人類が誕生した惑星だね。そんで私の出身惑星。」


「俺はこの惑星デザートから出たことがないんだが。地球ってどんなところなんだ?」


「なっはっはwww惑星デザートからいける惑星はサマーしかないよw」


 科学者のファウストと軍人のヨウイチは奇跡的に消滅を免れた人類であった。2人の棲んでいた都市では、2人以外が消滅してしまったのだ。元々仲が良かったふたりは人類の滅亡を受け、旅をすることを決めた。目的地は人類の故郷である地球。

 現在ラジオから流れ続ける滅亡までのカウントダウンの電波は地球から飛んできているのだという。


「知るかよ。惑星間跳躍装置を使えるのは一部の人間だけだったんだ。つってもお前はサイボーグみたいなもんか。」


 ファウストは自称アークデーモンの改造人間である。自身を改造し、今の姿になった。対するヨウイチは普通の人間。この惑星デザートで軍人として生きてきた。

 惑星デザートは月ほどの大きさの惑星で、そのほとんどが砂漠に覆われている。厳しい環境の中にいくつかの都市が点在しており、2人はすでに5つほどの都市を経由してきていた。だがどの都市にも生き残りの人間はいなかった。

 そして、いま2人は惑星デザート最後の都市フレイムに近づいていた。フレイムには惑星間跳躍装置が存在する。


「フレイムにも生き残りは居ないのかなあ~」


「いたとしても、こちらに危害を加えてくるかもしれん。」


「そのときはヨーイチがぶっ飛ばしてよ。」


 ファウストはアッパーカットの動きを見せてニコニコと笑った。その笑顔を見たヨウイチはため息をひとつ吐くと、アクセルを踏んだ。

 キャンピングカーはうなり声をあげ、進み始める。地平線の先に聳える都市フレイムへと砂埃を上げて。

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