魔女は決意する
「さっきはごめんなさい」
「いや、いいんだ」
しおらしく執務室に戻ったセラフィーナを、エルヴィスは温かく出迎えた。立ち上がったエルヴィスは、両腕を広げる。セラフィーナはその胸に飛び込んだ。
「当然のことだよ。君みたいな女の子が、死ねと言われて、素直に受け入れられる訳がない」
囁くようなエルヴィスの声が、セラフィーナの中に染み渡っていく。涙さえ浮かぶなかで、しかしセラフィーナは泣くのを堪えた。
覚悟なら、決めてきた。セラフィーナはエルヴィスから離れる。
「ねえ。あなたの望みを聞かせて?」
力強い赤い瞳で、不敵な魔女の顔で、王太子に問う。
王子もまた、意志を秘めた青玉の瞳でセラフィーナを見つめ返した。
「私の望みは、国を守ることだ」
愛しい君を、切り捨ててでも。
エルヴィスは、セラフィーナを捨てる決断をした。
けれど、その命を惜しんでくれた。
それだけで、もう十分だと思うことにした。
「……わかったわ」
セラフィーナは瞼を伏せた。いい加減、涙を堪えるのも限界だった。固く目を瞑り、涙が引くのを待つ。
それから、笑顔を浮かべてみせた。愛しい人の心に焼き付くような、綺麗な笑顔を。
「わたしはあなたの魔女。あなたの願いはわたしの総てをもって叶えてあげる」
死ぬな、と本当は言って欲しいけれど。
「死ぬわ。殺されてあげる。だけど少しだけ、時間をちょうだい」
「何をする気だ」
「わたしが死んでも、わたしを失わない方法を試してみるの」
セラフィーナは魔女だ。世界から祝福されている。世界はセラフィーナの味方。だから、世界の理を解することもできた。例えば、人間は死後のこと。死を迎えた人間は、魂となりて冥界へ行く。そこで魂の浄化が為され、まっさらになった頃に新しくこの世に誕生する。
セラフィーナは、この理を捻じ曲げることを考えた。つまり、魂となったセラフィーナが、浄化を受けずに生まれ変わる方法だ。そうすればオルコットは、セラフィーナを殺しても魔女を――ダリアッドへの対抗手段を完全に失うことはない。セラフィーナは再びエルヴィスの願いを叶えることができるのだ。
魂だけでこの世に留まる算段はついていた。要は幽霊になればいい。そうして、この世に生まれんとする人間の中から、適当な器を探せば良い。
問題は、その後だ。選んだ肉体には、魂が二つ共存することになる。主導権は、もともとの持ち主にあるだろう。それをどうセラフィーナへと委譲させるか。
頭を搾って出した結論は、外部の助けを借りることだった。要は、外から魂を引っ張り上げてもらえばいい。
その術をセラフィーナは魔法書として書き起こした。魔法書は、魔力さえ流せばそこに書かれた魔法を発動することのできる代物だ。口伝よりも確実に、後世にその手段を伝えることができる。
本をしたためたセラフィーナは、未来に想いを馳せた。次に生まれてこれるのは、何年後になるだろう。そのときエルヴィスは存命だろうか。セラフィーナが生まれ変わるまでの間、この国はどうなってしまうのだろうか。
「今考えても仕方ない、か……」
自室に独りで佇むセラフィーナは、書き終えた本の表紙を撫でた。机に置かれたその本の使い方は、既にエルヴィスをはじめとした国の重鎮たちに伝えた。〝セラフィーナの見つけ方〟も説いておいた。あとは、未来を信じてセラフィーナは命を断つだけだ。
セラフィーナは、本の隣に置いてあった短剣を手に取った。宝剣と呼んでも良いような、綺麗な装飾のされた剣だった。だが、白い光を弾く刃は鋭く、それが凶器であることを訴えていた。
既に魔法の掛けられた短剣。セラフィーナは今これをもって、命を断つ。
「死にたく、ないわね……」
生まれ変わる算段がついていなければ、果たして決断できていたかどうか。
だが、エルヴィスのために総てを捧げると誓ったから。セラフィーナは剣を取る。
剣を両手で掲げるように持ち、切っ先を己の胸に向ける。凶悪な輝きを持つそれが、恐ろしくて仕方なかった。
――どうか、生まれ変わった世界では、
セラフィーナは祈る。
――私は皆に愛されていますように。
歯を食いしばり、目をきつく閉じる。
そしてセラフィーナは、短剣を自らの胸に突き立てた。
セラフィーナの献身 森陰五十鈴 @morisuzu
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