第55話 星の如く照らし続けて

 ジェラートを代々木の公園で食べている。隣にいる日内さんは、会いたがっていたのに、なんだか申し訳なさそうな表情をずっとしている。グイグイとアピールをしてこない。調子が悪いのかと訊いてみると、顔を少し赤くして

「スバルさん、年上だったんですね。なんというか、今更ながら失礼な態度ばかりだった気がして」

 俺は、てっきり知っていると思っていた。確かに、直接彼女に言ったことはなかった。俺は首を横に振る。

「そんなことはないよ。全然。日内さんは、仕事熱心だし」

彼女は俯いて

「呆れましたよね。最低な奴と思っていただいて構いません」

吹っ切れたように俯いて笑うものだから、俺は顔を上げるように言った。

「Lieber Engel」

 彼女は首をかしげて意味を訊いてきたので

「親愛なる天使」

俺はそう微笑むと、彼女は照れ隠しなのか

「それ、本当の意味ですか?」

頬を膨らませてしまった。

「じゃあ、ドイツ語勉強してください」

そう笑いながら立ち上がると

「あの」

 俺の服を掴んで見上げてきた。振り向くと

「私のことは日内さんではなく、名前で呼んでください。寿寧って名前なのです。寿里は、この業界の名前で、一百野寿寧いおのじゅねが本名、です。難しい漢字だから、この業界では変えたのですけど」

俺の服を掴んでいた手を離して

「怖い天使とか、もう言わないでほしいです」

そう言われて、思わず笑ってしまった。

「え? 何で笑っているのですか!?」

慌てる彼女が可笑しくなってまた笑いそうになった。

「寿寧さん、クレープは? 食べなくていいの?」

ジェラートの店の隣のクレープ屋の看板をまじまじと先程見ていたので訊いてみた。

 彼女は目をキラキラさせてこちらを見てきた。

 俺は思わず声を出して笑うと、彼女も嬉しそうに微笑んだ。

 


 ルーシーはセイに窓を開けるように言った。セイは窓をゆっくり開ける。春の終わりの風は爽やかだが生温かった。その空気を吸うと体が軽くなっていくような錯覚に陥る。

「ああ……」

もう百歳を過ぎた老婆の母親を、セイはどう思っているのだろう。ルーシーは思う。

「セイ、よかったわ」

ルーシーは言った。窓の外を見て、思い出す。


 ワルツのステップ、彼は本当に下手で。


 臆病なところもあるけど、ルーシーとセイのことを守ってくれていた。


「コウはね、本当に素敵な人だったの」

セイの母親は涙ぐんでいる。

「私、観たの。スバルが勧めてくれて。どうしても観てほしい。資格とかそういうのは考えないで、一人の観客からとしてからでいいからって。モーメント・バイ・モーメント、一緒に観たの。私、泣いちゃったわ」


 セイは思い出す。


 父はよく日本の話をしてくれた。


 描いた絵も大事そうに眺めていた。


 一緒に雪合戦もした。


 父の黒い目で、自分の知らない風景が見えているようで。


 それを見ていると自分も旅をしているようだった。


 母は父のことが大好きだった。


 そして、父も母のことをいつも気遣っていた。


「私が、彼を想う気持ちは変わらないんだって気付かされたわ。彼を憎んでいなかった時期がなかったわけではない」

 ふと、母の肩越しに外を見た。庭の花壇に白い蝶々が飛んでいた。それは雪のような淡い白だった。それがまるで空を羽ばたいているように見えた。

ルーシーは続ける。

「……それでもコウは、ずっと愛してくれていたし、今も愛してくれているんだろうなって」

 セイは長い瞬きをした。

「覚えている。いや、覚えていた。コウは、最後に抱き締めてくれた時に、二度と会えないのだってどこかで分かっていたけど、なんかそれは言ってはいけないような気がしたよ。コウにはきっと夢があるからさって。そしたら、いつか必ず会える気がした。会ってみせると思った」

そう話す彼は、そっと笑った。

「今夜は星が綺麗に見えると思うよ」

 セイが外を見ると。ルーシーはセイを見て目を細めて

「コウがずっと照らし続けてくれているのね」

と言った。

 

 スバルは、夜空を見上げる。日本の夜空もドイツの夜空も、月も星も、あまり変わりはない。

「星の如く急がず、だが休まずに」

そう呟いてみたが恥ずかしくなり、一人苦笑いを浮かべた。

 一人で東京スカイツリーに来ていた。夜空がとても澄んで見える。

 俺は夜景の写真をスマホで撮る。なんだか、見守ってくれているような気がする。

 星の光がそうさせるのか。この世界がそうさせているのかもしれない。そんな風に思った。



〈完〉

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星の如く照らし続けて 千桐加蓮 @karan21040829

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