最終話 宇宙知性よ、永遠に

 気づくとハドリアヌスの意識は銀河のうえにあった。見渡せば遠くへ光の一団が見えた。一団は光の帆を纏ったアーヴェーであった。


「ハドリアヌス、そなたと同じアーヴェーが自立進化した姿だ」

「あれが……」


 自立進化したアーヴェーは宇宙空間にも適応できる体を持っていた。


「そうだ。私が初めて知性化した最も古い種族が今や宇宙を股にかけて永遠の旅を続けている」


 アーヴェーは優雅に銀河を泳ぐように進んでいく。その光の一団をハドリアヌスは追いかける。

 意識は光だ。なのにどこまで行っても追いつくことはない。アーヴェーは遥か遠くへ行ってしまう。


「始祖、アーヴェーへは届かないのか?」

「いまのそなたでは無理だろう」


 アーヴェーの光の線が銀河の果てへと消えた。


 ――――気づくと海を漂っている。


「始祖、もう俺にはすることが無いか?」

「そなたはよくやった。私を止めてみせたのだから」

「ならば、もう?」

「ああ。知性化は止めにしよう」


 知性化の螺旋は終わる。しかしハドリアヌスは焦りを感じていた。この焦燥感は何だ……?


「始祖、アーヴェーを追うにはどうすればいい?」

「彼らにはもう届くことはない。彼らには悠久の時が必要だった。そなたが進化できれば無いことも無いだろうが」

「おねがいだ。俺を知性化させてくれ。俺の知性はゲームクリアのためだけにあるのではないはずだ」

「確かに。そなたには期待しているぞ……」

「…………何も、しないのか?」

「未来はもうすでにそなたの心のなかにある」


 もういちど、目を覚ます。ハドリアヌスは宇宙船のなかにいた。これまでのことは夢だったのだろうか? 分からない。ただ確かに見た。意識した。

 宇宙の無限の広さを、そして豊かさを――――。


 宇宙船でブラックホールを探した。装備スロットは並行世界へと繋がっている。そのように信じて、装備スロットをじっと見る。ブラックホールの痕跡を探した。反応のない装備をじっと見て、ふと何も持ち合わせていない自分に気づく。それはあの日、アップリフト・オンラインへ来た自分と重なった。


「それでも、いいか……」


 眩い光に照らされて、ハドリアヌスの意識はアップリフト・オンラインへログインした。ログインはかつてないほどの時間的ロスがかかった。

 それでも信じたい。それでも遊びたい。



「イカ、遅かったな」

「BLTか」


 データとなったBLTがハドリアヌスを出迎える。永遠の命となった彼らは同じく永遠の魂を持ったハドリアヌスを優しく迎えた。


「これからダンジョンへ行こう」

「いや、修行するよ。俺」

「ゲームはクリア出来たんだろう?」

「いいや、俺にはまだクリア出来ていないゲームがある」


 アーヴェーに近づくのだ。


「イカ、これからはハドリアヌスって呼ぶことにするぜ」

「何だ? 急に」

「ハドリアヌス、いやご主人よ。お供します」


 ハドリアヌスはオオカミにまたがった。そうして大地を踏みしめて走った。月が近づく夜へ、暁の昇る朝へ。

 ふたりは冒険した。冒険のさなか、さまざまなゲームに触れた。そして銀河のあらゆる場所へ冒険する。そこにはいつか見たゴブリンが住まう森やドラゴンが舞う空があった。ゲームとは名ばかりの圧倒的なリアルだった。


「ハドリアヌス、ここから先へ行くか?」


 宇宙船でビュンと行くだけだ。構わない。


「ハドリアヌス、この先はひとりでは渡れないな」


 ふたりで行くだけだ。構わない。


「ハドリアヌス、戦うぞ」


 俺の装備スロットは10個だ。並行世界への門が開き、始祖が昼寝をしている。始祖を起こさないようにしてから、武具を取り出す。エネルギーをくべてやるのだ。

 そうしたならば無敵だ。


 銀河の果てまで宇宙船で飛び回る。宇宙船が超光速で飛び、ハドリアヌスの意識と同期する。シンクロした意識は宇宙背景放射うちゅうはいけいほうしゃを感じ取り、原初の姿の宇宙をふたたび蘇らせる。宇宙への理解を深めつつ、次はどこへ行こうか? なぁBLT。

 ほかにも光のデータとなった仲間たちの姿が見える。たけさん、アルウェン、タラバガニ。三つの光が飛んでいく。それを目印にハドリアヌスらの宇宙船は無限の彼方へと飛び、数多の並行世界へとブラックホールを潜って行く。止まることのない冒険、冒険、冒険だ。


 気づけば宇宙船でうたた寝をしていた。十億年ほどのあいだの眠りだ。仲間たちが不変の魂として守っていた。ブリッジをもう一度起動させる。ブリッジは変わらぬ音を立てて宇宙を飛ぶ。戦いに必要なAIを眠らせて、異種族には対話で相手をした。私たちは知性化した種族。争いなどもういらないのだ。

 宇宙は広いというより大きい。その巨大な宇宙を、インフレーションして、やがて冷たくなっていく宇宙を、そして泡のように湧きあがってくる宇宙を皆で見つめた。宇宙より、年齢を超えた存在として旅の仲間は意識を持っていた。意識は繋がっていく。無限の彼方へ。


 そうしてメルベーユの娘や息子の葬列が並ぶころ、ハドリアヌスたちはアーヴェーに追いついた。アーヴェーの光の帆は美しく輝いている。その輝きに辿り着きたくてここまで来た。

 そうだ、ここまで――――。

 この頃にはラヌマニアンたちは超文明を立て直していたので、メルベーユの孫、ブラディールがアーヴェーを捕らえた。アーヴェーは静かな言葉で悠久の物語を語り出した。美しい旋律をもって、正しい音韻で。ブラディールたちはこれから遥か遠い、星の終わりを見越して、アーヴェーとともに行くという。


「ハドリアヌスさん、あなた方はどうしたいのですか?」

「俺たち?」


 そうだ。アーヴェーの物語を語り継ごう。アーヴェーの物語は銀河の旅を美しく切り取り、謳い上げた。新しい物語を作るのだ。


「俺たちもアーヴェーとともに行くよ。途中まではブラディールとともに行こう」

「わかったわ」


 ハドリアヌスは幼体を何匹も産んだ。

 そうして宇宙船を作り変えた、ハドリアヌスたちは航海を始めた。終りなき旅、終りなき異種族との対話の旅だ。

 ここまでが俺の物語だ。


 そう言うとハドリアヌスのもとにいた小さなアーヴェーの幼体たちが口々に感想を言い合った。


「ええー、もう終わりなの?」

「まだ続きを聞きたいー」

「おやおや、続きはまた今度だ」

「ちぇっ……」

「すぐに分かるようになる、続きはゲーム上でしような」


 本を閉じるとランプを消した。ランプの光には一億の星々の光が浮かんでいる。ランプを手に取り、懐かしい匂いのする小屋でブラディールがお裁縫をしている。縫われているのは銀河の織物だ。ひとつひとつの銀河に異種族たちの暮らしがあり、生きた証が輝く。


「ハドリアヌス、もうすぐなのね……」

 

 年老いたブラディールは言った。ブラディールの眼鏡ではもうハドリアヌスの姿は見えなくなっている。ハドリアヌスはかつてのように小さくはない。宇宙空間を旅できるほどに自己を進化させて光の帆を持っている。かつてのアーヴェーの一団のうちの一頭のように。


「ああ、さらなる冒険を世界に刻む。もっとも世界の意味は変わってしまったけれどね」


 並行世界はどんなエネルギーをも取り出せる。エネルギーは宇宙を作る。だから宇宙を創造できる。


 ――――創造した数多の宇宙を冒険で制覇しよう、仲間と共に。


 とん、とん、とん。

 とん、とん、とん。


 宇宙の狭間で誰かが優しく揺り起こされる。意識が目覚め、世界を認識する。世界が広がる限り、宇宙知性は止まることはないだろう。(完)







――あとがき――


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理由あって俺、イカだけど異種族たちの争うVRMMOで成り上がる! カクヨムSF研@非公式 @This_is_The_Way

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