猫のような君に恋をした。
棗颯介
それでも。
自分は猫に恋をしている。
それに気付いたのは君と数えきれないほどデートを重ねた後のことだった。
「これは、キャットタワーから吊るすのかな」
「ううん。自分で持って猫ちゃんの前で振り回すんだよ」
「ふぅん。自動じゃなくて手動なのか」
「猫と遊ぶのなんて手動だからね。人の方から猫に対して『遊んで~』ってして遊んでもらってるの」
いつものように二人で商店街のウィンドウショッピングを楽しんでいた日。君が大切にしている家族の猫のためにペットショップを訪れたときの何気ない日常会話が、気付かせてくれたんだ。
―――それはまるで、俺達の関係そのままじゃないか。
「っ、はははは………」
そのことに気付いたとき、心の底から可笑しいと思えた。とんだ笑い話もあったものだと。そうか、自分達のこの不思議な関係は、猫と人のそれがそのまま当てはめられるんだ。
「それはまるで、俺達の関係そのままじゃないか」
思ったことをその場ですぐさま口に出した。別にそれを言ったところで気を悪くするような君じゃない。そのくらいは君のことを知っているつもりだから。
「え?」
「俺が『遊んで~』って熱心に声をかけて誘ったら、だいたい打率三割くらいで君が応えてくれる。さっき君が言った猫に遊んでもらう飼い主のそれと変わらないと思わない?」
「かもね」
「ずっと前から聞きたかったんだけど、どうして君はこうして俺とデートしてくれるんだろう。もう十年も。その気のない男からの誘いを」
「気まぐれ。友達付き合いなんてそんなものじゃない?『遊ぼう』って誘われて、気が向いたら行くし、気が向かなかったら行かない。何も特別なことじゃないと思うけどな。こうして面と向かって直接言うのはちょっと失礼な話かもしれないけれど」
確かにそうかもしれない。けれど、君には申し訳ないのだけれど既に自分の中での俺達の関係性のイメージは堅く固まってしまっていた。
俺はこの十年ずっと、猫に恋をしているんだ。
「っと、そろそろいい時間だね」
「そうだね、我ながらタイムキープがきっちりしてて良いデートができたと思うよ」
「うん、私も楽しかった」
「それならよかった。俺も楽しかったよ」
そんな短い挨拶を交わして俺達は店先で別れた。
「ばいばい」
君がその日の終わりに告げた言葉。きっと君は何の気なしに口にしているんだろう。そのうち自分の気が向いたとき、また俺と会えるものと信じている。逆に、もう会えなくなっても構わないと思っているか。
理由は何であれ、君から『ばいばい』という言葉を告げられるたび、俺の心はたまらなく孤独感に襲われるというのに。
俺が君を好きになってもう十年。
俺が君を好きになったのは、決して君を好きだからじゃなかった。
ただ、君という存在が、一番都合がよかったから。
他人のことを考えるなんて気が重くなること、子供の頃から嫌いだった。そういう性格に育ってしまったのだからこれはもうどうしようもない。他人でそれを否定できる輩が一体この世界のどこにいる?まぁなんでもいい。とにかく自分は他人のことに自分のリソースを使いたくない。そういう人間だ。まして恋愛なんていうパーソナルスペースの侵略戦争なんてもってのほかだった。
けれど成長していく中で、周りにいる友人知人はそれぞれに恋人を持つようになる。やがては結婚して、子供が生まれて、世の中にいる多くの大人のような、無垢な子供が「大人ってどういう人?」と問われたときにイメージするような存在に変わっていくんだろう。
周りが変わっていくことに、自分が置いていかれる。それが怖かった。
だからせめて、振りだけでもしておきたかったんだ。
「君のことが好きだ。付き合ってほしい」
いったいこの十年で何度君にそんなことを口にしただろうか。何度言葉にしても、それは何度も中身のない言葉になってしまう。
「私はそういうのはちょっと今は考えられないです。ごめんなさい」
いったいこの十年で何度そんな返事を聞いただろうか。何度受け取っても、俺の心は少しも悲しくならなかった。
それが俺が君に最も求めている答えだったから。
『はい、私もあなたのことが大好きです』なんて答えは要らなかった。頑張っている振りだけしていたかったんだから。
俺はずっとこのまま平行線のまま、君が歩いているところから限りなく近い隣の道を並んで歩いていく。それだけで幸せだったんだ。安心できたんだ。
なのに。
「ここのお店美味しいね。いいところ見つけちゃった」
君と初めて行く店で舌鼓を打つたびに。
「あ、私もこの本好きなんだ~」
君と共通の話題で盛り上がるたびに。
「メリークリスマス。はいこれ、プレゼント」
君と記念日を祝うたびに。
どうしようもなく、惹かれていく。
どうして俺は今、君のことが“本心から”好きなんだろう。自分自身、分からなくなっていた。それがその日ようやく分かった。
猫が可愛くないわけがないんだ。
君は猫だ。気まぐれに振る舞い、周りの人を魅了して振り回す自由な猫。きっと君はこれからも誰のものにもならず、自分のしたいように生きていくんだろう。それこそ、誰とも連れ添わないまま生涯を全うするのかも。
なんて、立派なんだろう。周りに置いていかれることを恐れている自分と比べて、君の在り様はとても眩しい。
君のそういうところが好きになったんだ。きっと。そしてそれは、誰かが歪めてしまってはいけないものなんだ。
例えば、君がいつか俺の告白を受け入れてくれたとして。そのときの君に、自分は果たして今と同じ感情を抱くのだろうか。分からない。分からないけど、分からないからこそ、俺達は今のままでいるのが一番良いんだ。きっと。
それでも。
「君のことが好きだ。付き合ってほしい」
会うたびにそう言いたくなる。君の横顔を見るたびに美しいと感じる。君の後ろに立つたびに両腕で抱きしめたくなる。
どうか、君が俺を好きになりませんように。
どうか、これからも君に『好きだ』と言うことができますように。
また明日も、君に会えますように。
猫のような君に、これからも恋をさせてほしい。心から。
猫のような君に恋をした。 棗颯介 @rainaon
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